Jean Royère(ジャン・ロワイエール)

Jean Royèreは、装飾家Jean Royère(1902年〜1981年)が1942年にパリで構えた事務所を核とする20世紀フランスの室内装飾の事業体である。工場を持たず、施主ごとに図面を起こして外部の工房へ製作を委託する体制を採り、家具、照明、絨毯、カーテン、暖炉に至るまでを一式で設計して納めた。1972年にRoyèreが室内装飾の仕事から退いたことで活動は終わっている。図面にもとづく現行の再製作は別法人のロワイエールが担う。

事業と製造の実体

製品はすべて受注生産だった。繰り返し作られた型はあるものの量産の在庫は持たず、依頼のあった住居や施設ごとに図面を起こしたため、同じ名称の型でも寸法、脚の高さ、張り地が個体ごとに異なる。現存品の仕様が一様でないのはこのためで、来歴と当時の図面との照合が同定の手がかりになる。

製作は外部の職人に振り分けられた。Royère自身は1931年から1933年までブールヴァール・ディドロの家具工場で働き、1934年から1942年までは家具製造業Pierre Goufféの現代家具部門を預かっている。独立後もこの人脈を土台に、指物、金工、張り、ガラスをそれぞれの専門工房へ発注した。1942年に出品したゼブラノ材の戸棚は指物工房Saignes et Popotの仕事であり、1940年の樫の戸棚に嵌め込まれた4枚の色ガラスはMax Ingrand、1955年のバグダッドのアラブ銀行の家具は鉄工のRaymond Subesが担当している。

海外の案件では現地生産を原則とした。フランスから運べば納期が延び、工事の進行を妨げるためである。Royèreはフランスの製造費の高さを誌上で批判し、終戦時のベイルートでは製造費がフランスより3割から4割安く、1953年にはその差が倍に開いたと書いている。エジプトでは代理人Gabriel Chammaの会社が、アレクサンドリアとカイロの邸宅向けの家具をすべて現地で製作した。レバノンでは指物のMitri Daher、張りのRaouf Samaraといった職人の名が伝わっている。

仕事の管理は図面を軸に行われた。実行図面には通し番号が振られ、家具一点ごとに参照できる。1万点を超える図面、素描、当時の写真が資料として残り、現在はパリのGalerie Jacques LacosteとGalerie Patrick Seguinが保有している。

沿革

独立前

Royèreが室内装飾に転じたのは1931年、29歳のときである。パリ装飾芸術美術館の主任学芸員Louis Metmanの勧めを受け、ブールヴァール・ディドロの家具工場に職を得て1933年まで働いた。1933年、シャンゼリゼのホテル・カールトンの飲食施設の改装で注目を集め、翌1934年にはフォーブール・サントアントワーヌの家具製造業Pierre Goufféが自社の現代家具部門を任せている。1937年のパリ万国博覧会では17件の仕事を担当した。

事務所の開設と展開

1942年、RoyèreはGoufféのもとを離れ、パリのアルジャンソン通りに自身の事務所を開いた。1949年からはフォーブール・サントノレ通り182番地の2層の画廊を本拠とし、カイロ、ベイルート、リマ、サンパウロ、テヘランへ販売と施工の拠点を広げている。

1955年にはバグダッドのアラブ銀行の家具を手がけた。各国の邸宅や施設の室内を一式で設計する仕事が事業の中心にあたる。

活動の終了

1972年、Royèreは室内装飾の仕事から退いた。以後、当時の家具は流通市場に残るもののみとなっている。Royèreは1981年に死去した。

2018年、図面にもとづく再製作を行う事業がMaison Royèreの名で始まり、2024年にロワイエールへ改称している。

デザイナーとの協働

この事業体は、Jean Royère一人が設計を担い、製作を外部の工房へ振り分ける構成を採った。設計者が工房ごとの技術を把握していることが前提となり、指物、金工、張り、ガラスの各工程で別々の発注先が用いられた。

協働した職人・作家には、指物工房Saignes et Popot、ガラスのMax Ingrand、鉄工のRaymond Subes、レバノンの指物Mitri Daher、張りのRaouf Samaraらの名が伝わる。

主な製品群

造形には一貫した傾向がある。直線と鋭角を避けた有機的な量塊、細い金属の棒と球体を組み合わせた軽い構造体、そして藁象嵌、籐、コルク、押し花といった素材の使い分けである。色彩も同様で、原色に近い配色を室内に持ち込んだ。合理主義を掲げた同時代のフランスのモダニズムとは方向が異なり、装飾と色を積極的に用いる立場を採っている。

ウフ チェアはこの系統に属する椅子である。角を持たない丸い輪郭を持ち、張り地で全体を覆う構成を採る。

このほか、1947年に母のパリの住居のために手がけた一群、細い金属の棒による照明、藁象嵌の卓などがある。

基本情報

名称 Jean Royère(ジャン・ロワイエール)
事務所の開設 1942年(パリ・アルジャンソン通り)
主宰者 Jean Royère(1902年〜1981年)
本拠 フランス・パリ(1949年よりフォーブール・サントノレ通り182番地)
国外の拠点 カイロ、ベイルート、リマ、サンパウロ、テヘラン
活動期間 1942年〜1972年
事業内容 室内装飾の設計、家具・照明・繊維製品の受注製作

Reference

Royère - 公式サイト
https://jean-royere.com