概要

ヴァレンタインは、オリベッティが1969年に発表した携帯用タイプライターである。エットレ・ソットサスが設計にあたり、ペリー・A・キングとアルベール・ルクレールが加わった。打鍵機構には既存の携帯機レッテラ32のものを用い、外装と収納ケースを赤いABS樹脂に置き換えている。事務室に据える機械ではなく、持ち出して使う個人の道具として売り出された点に特徴がある。生産はイタリアとスペインの工場で行われ、のちにメキシコでも作られた。オリベッティの企業史料館は、機構と外観に小さな差を伴いながら2000年まで作られたと記録している。

特徴・コンセプト

板金の外装をABS樹脂に替える

当時の携帯用タイプライターは、金属板を曲げ加工して塗装した外装をまとうのが通例だった。ヴァレンタインはこれをABS樹脂に替えている。射出成形であれば、金属の曲げと溶接では手間のかかる丸みのある形が一度に得られ、色は塗装ではなく材料そのものが持つ。本体と収納ケースを同じ材料・同じ色で作り、二つ合わせて一つの製品として設計できたのは、この置き換えによる。軽さもここから来ており、本体はおよそ4kgに収まっている。

持ち運びを先に決めた構成

ケースは上からかぶせる付属品ではなく、本体を背面側から差し込む容器になっている。開口部の両側にあるゴムのつめが本体を留め、引き抜けばそのまま机上に置ける。持ち手は本体背面の折りたたみ式で、ケースに収めたときも外したときも同じ持ち手を握る。ケースごと床に立てられるため、扱いは鞄に近い。据え置きを前提とした従来機との違いは、この一点から派生している。

赤い外装と黒いキーボード

色の対比は、機械の見え方を変えるために選ばれた。社内報「Notizie Olivetti」は1969年6月に、従来の携帯機とは異なる線を採り、赤と黒を並べることでキーボードが本体から切り離されて見えるようにしたと説明している。狙いは、機械で文字を打つことに職業上の動機を持たない層にも手に取られる「オブジェ」にすることだった。リボンの軸を覆う二つのカバーだけはオレンジ色で、赤い面のなかで操作する位置を示す。

機構は流用し、外側に手を入れる

内部は先行するレッテラ32の機構をほぼそのまま使っている。ソットサスはこの機械を、ありふれた量産機構の上に組み立てられた「機械らしくない機械」と呼んだ。新しい打鍵機構を起こさずに済ませたことで、外装の材料と形の刷新へ費用と手間を寄せることができた。

設計者が想定した使われ方

ソットサスは、この機械をオフィス以外のどこかで使うために作ったと述べている。単調な勤務時間を思い出させないこと、静かな日曜に田舎で素人詩人の相手をすること、ワンルームの机に色のある物を置くこと。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は収蔵する日本向けポスターの解説でこの発言を引き、広告が海辺などの屋外や自宅での使用を描いたと記している。

エピソード

飽和した市場と、原価への要求

1969年のタイプライター市場は、職業用も携帯用も飽和に近づいていた。企業の事務には電子計算機が入り始めており、機械式の携帯機を新たに求める状況ではない。ソットサスはのちに、日本製の機械が市場を侵食していたため、原価を大きく下げた携帯機を作る必要があったと語っている。外装の素材を替える判断は、この要求と切り離せない。

「タイプライターのボールペン」という構想

企業史料館の展覧会カタログで、ソットサスはヴァレンタインを、山積みで売るボールペンのような機械として考えたと振り返っている。オリベッティの携帯機を代表してきたレッテラ22の上品な性格に対し、大衆向けの製品を対置する。その対比は製品にとどまらず、広告の作り方にも及んだという。

ただし当初案がすべて通ったわけではない。行末を知らせるベルを省くといった簡略化は最終仕様に残らず、価格も狙った水準までは下がらなかった。ブリュッセル・デザイン博物館は、設計者が意図した変更のうち踏み込んだものは実現せず、売れ行きも期待に届かなかったと整理している。

聖ヴァレンタインデーの発表

市場への公式な発表は1969年2月14日、聖ヴァレンタインデーにあたる日だった。製品名もこの日に由来する。広告は街頭・地下鉄・駅の大判ポスター、一般誌の広告、映画館向けの短編に及び、ソットサス自身が全体の統括にあたった。ポスターや折込は一人に任せず、ミルトン・グレイザーをはじめ複数のグラフィックデザイナーへ分けて依頼している。日本オリベッティが出したポスターも作られ、そのうちの一点はヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に収蔵されている(E.1528-1979)。

生産地の移動と1990年代の再生産

生産はイタリアのほかスペインでも行われ、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館が収蔵する個体には背面に「made in Barcelona, Spain」の文字が浮き出ている。1990年代には、この機械を目当てとする需要に応えるためメキシコの工場で生産が再開された。赤以外の色で作られた個体も残っている。

評価と影響

販売の成績は発表時の期待に届かなかった。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館は、技術の面では平凡で、広い層に売れる製品にはならなかったと記している。一方で製品の像は残り、企業史料館は、商業面の成功が目覚ましいものではなかったのに対し、イメージの面での成功は長く続いたとまとめている。

オリベッティに勤めた詩人ジョヴァンニ・ジュディチは、ヴァレンタインを「68年の若者に変装したレッテラ32」と評した。中身は従来の機械のままで、外側だけがその時期の空気に合わせて作り替えられている、という見方である。デザイン評論家のキアラ・アレッシは、タイプライターが道具や機能であることをやめ、固有の存在感を持って視線を求める物になった例として、この製品を挙げている。

発表から30年後の1999年には、オリベッティの企業史料館が「Rosso, rosso Valentine」展を開いた。イヴレーアでの開催ののち、ミラノ、トリノ、ジェノヴァ、プラハ、ブダペストへ巡回している。

収蔵

  • ニューヨーク近代美術館(MoMA) 収蔵番号 1116.1969(オリベッティ・アンダーウッドからの寄贈)
  • ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館 収蔵番号 M.24:1,2-1993(本体とケース)
  • メトロポリタン美術館 収蔵番号 2017.169a, b
  • シカゴ美術館 収蔵番号 2015.626、2016.10

基本情報

デザイナー エットレ・ソットサス、ペリー・A・キング、アルベール・ルクレール
ブランド オリベッティ
発表年 1969年
生産期間 1969年〜2000年(イタリア、スペイン、メキシコの各工場)
デザインの成立国 イタリア
主要素材 ABS樹脂、鋼
サイズ 本体:幅324 × 奥行343 × 高さ98 mm/ケース収納時:幅343 × 奥行352 × 高さ117 mm
重量 4.2kg(本体)

Reference

Valentine: design e grafica per un prodotto cult(Associazione Archivio Storico Olivetti)
https://www.storiaolivetti.it/articolo/93-valentine-design-e-grafica-per-un-prodotto-cult/
Ettore Sottsass, Perry King. Valentine Portable Typewriter. 1968(The Museum of Modern Art)
https://www.moma.org/collection/works/4576
Valentine, typewriter and case, M.24:1,2-1993(Victoria and Albert Museum)
https://collections.vam.ac.uk/item/O146042/valentine-typewriter-sottsass-ettore/
Study and love, poster, E.1528-1979(Victoria and Albert Museum)
https://collections.vam.ac.uk/item/O74510/study-and-love-poster-kanasashi-tadaaki/
Valentine Portable Typewriter, 2017.169a, b(The Metropolitan Museum of Art)
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/739409
Valentine(Museo Tattile Statale Omero)
https://museoomero.it/opere/valentine/
Valentine(Design Museum Brussels)
https://collection.designmuseum.brussels/en/valentine
Weekends With My Valentine(Cooper Hewitt, Smithsonian Design Museum)
https://www.cooperhewitt.org/2013/06/23/weekends-with-my-valentine/
Valentine typewriter, AIBDC:005603(Museum of Design in Plastics)
https://www.modip.ac.uk/artefact/aibdc-005603