概要
ポール・エヴァンス(1931-1987)は、アメリカの家具デザイナー・彫刻家である。銀細工と金属加工の訓練を受け、鋼・銅・真鍮・ブロンズを溶接し、表面を加工して家具をつくった。1964年からディレクショナル社と契約し、手作業による製作を保ったまま既製品として流通させている。1970年代のシティスケープ・シリーズが最も広く知られる。
バイオグラフィー
1931年5月20日、ペンシルベニア州バックス郡ニュータウンに生まれた。フィラデルフィア美術工芸学校、ロチェスター工科大学のアメリカン・クラフツマン・スクールを経て、1952年にミシガン州のクランブルック美術学院へ進んだ。卒業後はマサチューセッツ州のオールド・スターブリッジ・ビレッジで、18〜19世紀の銀細工の実演を担当している。
1955年、ペンシルベニア州ニューホープに移り、木工家具のフィリップ・ロイド・パウエルと共同で店舗を開いた。1950年代を通じて銅のチェストから始め、鋼の前面をもつキャビネットへと展開している。1961年にはニューヨークのコンテンポラリー・クラフツ美術館でパウエルとの二人展が開かれた。
1964年、家具メーカーのディレクショナルと契約する。以後、自身の工房で製作しながら同社の流通に乗せる体制をとった。1966年にはペンシルベニア州プラムステッドヴィルへ工房を移している。1979年に同社との関係を終え、ニューヨークに自身の店舗を開いた。1987年3月6日、事業を閉じた翌日に55歳で没している。
デザインの思想と方法
エヴァンスの仕事は、家具の形を決めてから素材を選ぶのではなく、金属をどう加工できるかを試したうえで家具の形を決めるという順序をとる。彼の工房は木工所ではなく金属加工の場で、溶接・鍛造・研磨・着色といった工程が形の範囲を規定していた。
面を分割して加工する
大きな一枚の金属板を家具の前面にすると、加工の跡が均一になり、変化をつけられない。エヴァンスは面を小さな区画に分け、区画ごとに材質・高さ・仕上げを変える方法をとった。銅、真鍮、ピューター、鋼を溶接してつなぐパッチワークの手法では、金属ごとに着色の反応が異なるため、同じ処理をしても区画ごとに色が変わる。
表面を後から作る
スカルプテッド・ブロンズと呼ばれる一連の作品では、合板または鋼の下地に樹脂を塗り、手で成形したうえでブロンズを吹き付ける。形と表面が別々の工程で決まるため、下地の形状に縛られない起伏をつくれる。金属を削り出すのではなく、盛り付けて表面を作るという方向にあたる。
凹凸を家具の正面に置く
1970年代のシティスケープでは、それまでの起伏の多い表面から一転して、平滑なクロムや真鍮の板を段違いに並べる構成をとった。板の高さと角度が少しずつ違うため、光の反射がずれ、正面から見ると面が細かく分節される。表面の質感ではなく、板の配置で変化をつくるという解き方への転換である。
手仕事を量産の枠に載せる
ディレクショナルとの契約では、すべての作品を自身の工房で手作業により製作し、各工程を自ら監督するという条件を保った。既製品として販売されながら、同じ型番でも個体ごとに表面が異なる。手作業による製作と流通を両立させたこの体制が、後年の限定生産の家具の先例として扱われる。
代表作にみる方法
スカルプテッド・ブロンズ・シリーズ(1960年代半ば)
下地に樹脂を塗って手で成形し、ブロンズを吹き付ける工法による一群である。表面には溶岩状の起伏が生じ、加熱と酸による処理で色に幅が出る。工程の性質上、同じ形は再現されない。→スカルプテッド・ブロンズ・レリーフ・パネル / スカルプテッド・ブロンズ・フロント・キャビネット
アルジャント・シリーズ(1960年代後半-1970年代前半)
アルミニウムの表面に顔料を含ませて溶接し、有機的な模様をつくる手法による。工程で有害な物質が発生することが分かり、短期間で中止された。製作数が少なく、エヴァンスの仕事のなかでも例外的な位置にある。→アルジャント・キューブテーブル
シティスケープ・シリーズ(1970年代)
クロムメッキした鋼、真鍮、木の突板の長方形の板を、段違いに並べて前面を構成する。板ごとに高さと角度がわずかに違うため、光の反射がずれて面が分節される。それまでの起伏のある表面とは対照的に、個々の面は平滑である。マンハッタンの建物の並びが名称の由来にあたる。→シティスケープ・クレデンザ / ファセテッド・フロント・キャビネット(シティスケープIIシリーズ)
スタラグマイト(1960年代後半-1970年代)
溶接した鋼を垂直に立ち上げ、鍾乳石状の脚部としたテーブルである。細い部材を束ねて塊にすることで、下から上へ向かって断面が変わる。天板をガラスとすると脚部の構成が上から見え、支持のしかたが読み取れる。→PE-128 スタラグマイト・コーヒーテーブル(円形ガラス天板) / スタラグマイト・ベース・ダイニングテーブル(溶接鋼鉄ベース)
パッチワークの一群
銅、真鍮、ピューター、鋼といった性質の異なる金属を溶接してつなぎ、着色処理を施す。金属ごとに反応が違うため、同じ処理でも区画ごとに色が変わる。区画の割付は作品ごとに決められ、同一のものはない。→シティスケープ・ウォールスカルプチャー(パッチワークメタル) / 彫刻的金属製ルームディバイダー
評価と影響
エヴァンスは一般に、20世紀中期のアメリカン・スタジオ・ファニチャー運動のなかで、金属を主要な素材とした数少ない作り手と評価されている。同じバックス郡で活動したジョージ・ナカシマやフィリップ・ロイド・パウエルが木を扱ったのに対し、彼は溶接と冶金の技術を出発点とした。
建築におけるブルータリズムの語彙を家具に持ち込んだ点も挙げられる。塊としての体積、面の分節、素材の加工跡を残す仕上げは、同時期のコンクリート建築と共通する扱いにあたる。
2014年、ペンシルベニア州のジェームズ・A・ミッチェナー美術館で最初の包括的な回顧展が開かれ、クランブルック美術館へ巡回した。展覧会には初期の金属細工から後年の家具まで65点以上が集められている。
作品一覧
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1960年代 | 彫刻 | 抽象自立彫刻(溶接鋼&ブロンズ) | Paul Evans Studio |
| 1960年代 | 彫刻 | サンバースト・ウォール・スカルプチャー | Paul Evans Studio |
| 1960年代 | 彫刻 | ブルータリスト・ウォールスカルプチャー(溶接鋼) | Paul Evans Studio |
| 1960年代半ば | パネル | スカルプテッド・ブロンズ・レリーフ・パネル | Directional |
| 1960年代半ば | 収納 | スカルプテッド・ブロンズ・フロント・キャビネット | Directional |
| 1960年代後半 | テーブル | アルジャント・キューブテーブル | Directional |
| 1960年代後半 | 間仕切り | 彫刻的金属製ルームディバイダー | Paul Evans Studio |
| 1970年代 | テーブル | PE-128 スタラグマイト・コーヒーテーブル(円形ガラス天板) | Directional |
| 1970年代 | テーブル | スタラグマイト・ベース・ダイニングテーブル(溶接鋼鉄ベース) | Directional |
| 1970年代 | 収納 | シティスケープ・クレデンザ | Directional |
| 1970年代 | 収納 | ファセテッド・フロント・キャビネット(シティスケープIIシリーズ) | Directional |
| 1970年代 | 彫刻 | シティスケープ・ウォールスカルプチャー(パッチワークメタル) | Paul Evans Studio |
| 1970年代後半 | 家具 | コルゲート(段ボール家具) | Directional |
プロフィール
| 生没年 | 1931年5月20日〜1987年3月6日 |
|---|---|
| 出身地 | アメリカ・ペンシルベニア州ニュータウン |
| 国籍 | アメリカ |
| 活動拠点 | ペンシルベニア州ニューホープ、プラムステッドヴィル |
| 分野 | 家具、金属彫刻 |
| 主な協働ブランド | Directional、Paul Evans Studio |
Reference
- Paul Evans: Crossing Boundaries and Crafting Modernism | James A. Michener Art Museum
- https://www.michenerartmuseum.org/
- Cranbrook Art Museum
- https://cranbrookartmuseum.org/
- Paul Evans Studio
- https://www.paulevansstudio.com/
- Philip Lloyd Powell and Paul Evans | Museum of Arts and Design
- https://madmuseum.org/