ファセテッド・フロント・キャビネットは、アメリカのデザイナー、ポール・エヴァンスが1970年代初頭に制作した収納家具である。シティスケープIIシリーズの代表作として知られ、マンハッタンの摩天楼からインスピレーションを得た多面体の幾何学的フォルムが特徴的な作品である。ディレクショナル社のために制作されたこの作品は、クロムメッキスチールと木材ベニヤを組み合わせた精緻なパッチワーク技法により、建築的な彫刻性と実用性を高度に融合させている。
特徴・コンセプト
彫刻的な多面体構造
ファセテッド・フロント・キャビネットの最大の特徴は、その名の通り多面体(faceted)によって構成される前面デザインにある。不規則な角度で折り重なるクロムメッキスチールのプレートは、光の反射によって表情を変え、まるで建築物のファサードのような立体的な陰影を生み出す。この複雑な幾何学的構成は、単なる装飾ではなく、都市の垂直性と密度を抽象化した造形言語として機能している。
シティスケープ・ビジョンの体現
シティスケープIIシリーズは、エヴァンスがマンハッタンのスカイラインから着想を得て1971年から1981年にかけて展開したコレクションである。高層ビルの窓や建築的要素を抽象化した矩形のパターンは、都市景観の垂直性と水平性を家具という三次元空間に翻訳したものといえる。ファセテッド・フロント・キャビネットは、この都市的ヴィジョンを最も洗練された形で具現化した作品のひとつとして位置づけられる。
精緻なクラフトマンシップ
各キャビネットの前面を構成するメタルプレートは、職人によって個別に切り出され、溶接され、研磨されている。クロムメッキスチールと木材ベニヤを組み合わせた不規則なモザイク状のパターンは、大量生産の手法を拒絶し、スタジオクラフトの伝統に根ざした制作姿勢を示している。この手作業による精密な仕上げこそが、エヴァンスの作品を単なるデザイン家具から芸術作品へと昇華させる要素となっている。
エピソード
ブルータリズムとハイテクの融合
1970年代のアメリカデザイン界において、ファセテッド・フロント・キャビネットは重要な転換点を象徴する作品であった。エヴァンスは、それまでの彫刻的ブロンズシリーズから、よりスリークで都会的な表現へと移行していた。シティスケープシリーズは、ブルータリズムの力強い物質性と、1970年代後半に台頭したハイテク様式の洗練された美学を見事に統合したデザインとして評価されている。この作品は、エヴァンスの芸術的進化における重要なマイルストーンとなった。
コレクターズアイテムとしての評価
ファセテッド・フロント・キャビネットは、制作当時から高い評価を受けていたが、現代においてその価値はさらに高まっている。オークションハウスでの取引では、コンディションの良い作品が数万ドルから十万ドル以上で落札されることも珍しくない。2014年のライト・オークションでは、ウォールマウント型のファセテッド・キャビネットが4万2500ドルで落札され、2019年のサザビーズでは、モデルPE-354が注目を集めた。これらの市場での成功は、エヴァンスの作品が20世紀アメリカンデザインの正典として確固たる地位を築いていることを示している。
評価
ファセテッド・フロント・キャビネットは、アメリカン・スタジオ・ファニチャー・ムーブメントを代表する傑作として、デザイン史において重要な位置を占めている。2014年にジェームズ・A・ミッシェナー美術館で開催された回顧展「ポール・エヴァンス:境界を越えて、モダニズムを築く」では、シティスケープIIシリーズの作品が中心的に展示され、その芸術的価値が再評価された。
建築家でありデザイン史家のトッド・メリルは、著書『モダン・アメリカーナ:ハイ・クラフトからハイ・グラムへのスタジオ家具』において、シティスケープシリーズをブルータリズムデザイン史における画期的な成果として位置づけている。特にファセテッド・フロント・キャビネットは、金属加工技術と家具デザインの可能性を拡張した革新的作品として高く評価されている。
現代のデザイン評論家たちは、エヴァンスの作品が持つ二面性、すなわち実用的な収納家具でありながら彫刻的な芸術作品でもあるという特質を特に重視している。ファセテッド・フロント・キャビネットは、機能と美の統合というモダンデザインの理想を、独自の表現言語によって実現した稀有な例として認識されている。
基本情報
| デザイナー | ポール・エヴァンス |
|---|---|
| ブランド | ポール・エヴァンス・スタジオ / ディレクショナル・ファニチャー |
| 制作年 | 1970-1973年頃 |
| シリーズ | シティスケープII(Cityscape II / PE300シリーズ) |
| 素材 | クロムメッキスチール、木材ベニヤ、ファイバーグラス、ガラス |
| サイズ | モデルにより異なる(高さ約81-82cm、幅約130-240cm、奥行約56-64cm) |
| 代表的モデル番号 | PE-354、PE-370、PE-380 |