ディレクショナル ― アメリカンモダン家具の先駆者
ディレクショナル(Directional)は、1949年にニューヨークで創業されたアメリカの高級家具ブランドである。戦後アメリカにおけるモダンデザインの大衆化に尽力したポール・マッコブが、家具セールスマンのB.G.メスバーグとともに設立したこのブランドは、以来70年以上にわたり、ミッドセンチュリーモダンからブルータリズム、ポストモダンに至るまで、時代の先端を走るデザイナーズ家具を世に送り出してきた。ウラジミール・カガンの流麗な有機的フォルム、ポール・エヴァンスの大胆な金属彫刻作品、ミロ・ボーマンの洗練されたスカンジナヴィアン・モダニズムなど、ディレクショナルの名のもとに生まれた作品群は、アメリカのデザイン史における重要な章を形成している。
ブランドの特徴・コンセプト
ディレクショナルの根幹を成すのは、「時代を方向づける(Directional)」という名が象徴する前衛的な姿勢である。同ブランドは自社工場で大量生産を行う従来型メーカーとは異なり、優れたデザイナーと契約し、それぞれの作品を複数の協力工場で製造するという独自のビジネスモデルを採用した。この方式により、一つのブランドの傘下に多様なデザイン思想が共存する、極めてユニークなコレクションが実現された。
素材へのこだわりもディレクショナルの特筆すべき特徴である。創業期のポール・マッコブ作品における真鍮とウォールナットの精緻な組み合わせに始まり、ポール・エヴァンスが手がけた銅、ブロンズ、ピューター、クロム、アルミニウムといった金属素材の革新的な使用、さらにウラジミール・カガンが追求したルーサイト(アクリル樹脂)と木材の融合に至るまで、常に素材の可能性を押し広げる挑戦が続けられてきた。
デザイン・トレードを通じたインテリアデザイナーやデコレーター向けの販売チャネルを主軸とし、一般消費者市場への直接販売よりもプロフェッショナルからの信頼を重視するというブランド戦略も、ディレクショナルの品格を支える重要な要素であった。
ブランドヒストリー
創業期:ポール・マッコブの時代(1949年〜1960年代初頭)
1949年、マサチューセッツ出身のデザイナー、ポール・マッコブとニューヨークの家具セールスマンB.G.メスバーグが共同で設立したディレクショナル・ファニチャー・カンパニーは、当初マーティン・ファインマンがデザインしたモジュラー式ケースグッズ「マルチプレックス」と調和するアップホルスタードチェアの製作から出発した。マッコブはその後、ストレージ、ダイニング、シーティング、デスクなど幅広い家具を設計し、レザートップ、木材仕上げ、ローマン・トラバーチンの天板といった上質な素材を積極的に取り入れた。
「ディレクショナル・モダン」と銘打たれたソファ・ラインはニューヨークのモダネージ社を通じて流通し、マッコブのハイエンドライン群のなかでも格別の存在感を放った。H. サックス・アンド・サンズ社が製造した「コノサー・コレクション」、ファーンウッド社による「ディレクショナル・グループ」など、複数の製造パートナーとの協業により、ディレクショナルの傘下には数百点に及ぶ個別のデザインが誕生した。1960年代初頭にマッコブの作品生産は終了したものの、その洗練された機能美の理念はブランドのDNAとして受け継がれていく。
ポール・エヴァンスの時代:金属彫刻家具の誕生(1964年〜1987年)
1964年、彫刻家兼家具デザイナーのポール・エヴァンスがディレクショナルのフィーチャード・デザイナーとして参加したことにより、ブランドは新たな黄金期を迎える。クランブルック美術アカデミーで銀細工を学んだエヴァンスは、金属を主材とする前例のない家具表現を切り拓いた。
ニュージャージー州ランバートヴィルに構えた工房では、すべての作品が手作業で製作・仕上げられ、各工程がアーティスト自身の監督のもとで進められた。この「一点ずつ、手で、アーティストの目のもとで」という制作哲学は、クリエイティブ・マニュファクチャリングの新たな基準を確立したと評されている。
エヴァンスがディレクショナルのために生み出した主要なシリーズには、パッチワーク・コッパー、ピューター・アンド・ブラス(1960年代半ば)、スカルプテッド・ブロンズ(1960年代半ば〜)、アルジェンテ(1968年〜)、スカルプテッド・アンド・ペインテッド・スチール、そしてブルータリズムデザインの金字塔とされるシティスケープ(1970年代〜)がある。とりわけシティスケープ・シリーズは、真鍮とクロムのパッチワークによるブロック状のフォルムが1970年代後半の「ハイテック」感覚と完璧に調和し、ディレクショナルをデザイン史に確固たる地位で刻印した。
1987年3月、エヴァンスは事業を閉鎖し、55歳で急逝した。21世紀に入り、エヴァンスの作品はコレクション市場で劇的に再評価され、キャビネットやクレデンツァがオークションで25万ドルを超える価格で落札されるなど、その芸術的価値は今なお上昇を続けている。
ウラジミール・カガンとの協業
ドイツ生まれのアメリカ人デザイナー、ウラジミール・カガン(1927年〜2016年)もまた、ディレクショナルの歴史において欠くことのできない存在である。1960年代からディレクショナルとの協業を開始したカガンは、自らの代表的なデザインの製造をディレクショナルに委託し、バイオモルフィック(生物的形態)のソファやスイベルチェアを数多く世に送り出した。
なかでもサーペンタイン・ソファ、クラウド・ソファ、ノーティラス・スイベルチェアといった曲線美を極めた作品群は、カガンの有機的フォルムとディレクショナルの卓越した製造技術が見事に融合した成果として、今日もなおコレクターの間で高い評価を得ている。カガン自身も著書『Vladimir Kagan: A Lifetime of Avant-Garde Design』(2015年刊行)のなかで、ディレクショナルとの協業を重要な章として記している。
トムリンソン・カンパニーズへの統合と現在
ディレクショナルは、ノースカロライナ州に拠点を置く老舗家具企業トムリンソン/アーウィン・ランベス社に買収され、同社の一部門として新たな歩みを始めた。1898年創業のトムリンソン家具製造の伝統と、ディレクショナルのモダンデザインの遺産が融合することで、ブランドは新たな展開を見せている。
現在、ディレクショナルはトムリンソン・カンパニーズの4部門(トムリンソン、アーウィン・ランベス、ディレクショナル、カーター)の一つとして、ノースカロライナ州トマスヴィルの工場で職人の手によるオーダーメイド家具の製造を継続している。ハイポイント・マーケットやシカゴ・マーチャンダイズ・マートのショールームでの展示を通じ、インテリアデザイナーやホスピタリティ業界向けに高品質なアップホルスタリー家具を提供し続けている。
主なインテリアとその特徴
ポール・マッコブによる初期作品群(1949年〜1960年代初頭)
ディレクショナル創業を牽引したポール・マッコブのデザインは、簡潔な線と優雅な機能性を特徴とする。真鍮とウォールナットを主材としたアップホルスタードチェア、セクショナルソファ、ストレージユニットなどが展開され、いずれもポストモダンの大衆化において先駆的な役割を果たした。モデル312アームチェアやモデル1321ラウンジチェアは、マッコブの洗練されたプロポーション感覚を端的に示す作品として知られる。真鍮のストレッチャーとウォールナットの脚部を組み合わせたセクショナルソファ(モデル5006-L / 5004-R)もまた、マッコブ期ディレクショナルの代表作として高い評価を受けている。
シティスケープ・シリーズ(ポール・エヴァンス、1970年代〜)
ブルータリズムデザインの頂点と称されるシティスケープ・シリーズは、真鍮、クロム、バールウッドのパッチワークで構成されたブロック状のフォルムが特徴である。ダイニングテーブル、クレデンツァ、デスク、コンソール、ウォールミラーなど多岐にわたるアイテムが展開された。都市のスカイラインを想起させる幾何学的な構成は、1970年代後半のハイテック感覚と完璧に呼応し、エヴァンスの代名詞的シリーズとなった。
スカルプテッド・ブロンズ・シリーズ(ポール・エヴァンス、1960年代半ば〜)
合板やスチールフレームの上にエポキシ樹脂を手作業で成形し、霧化したブロンズで被覆するという独自の技法により生み出された彫刻的な家具シリーズである。チェア、テーブル、キャビネット、ペデスタルなど、それぞれが一点物の芸術作品としての風格を備えている。有機的でありながら力強いテクスチュアは、エヴァンスの銀細工師としての修練に根ざすものである。
アルジェンテ・シリーズ(ポール・エヴァンス、1968年〜)
アセチレントーチを用いてアルミニウム素材にテクスチュアを施す技法が特徴のシリーズである。コンソールをはじめとする家具形態において、アルミニウムと顔料を注入した金属表面が有機的な抽象パターンとして溶接され、絵画的な表情を生み出した。エヴァンスのクラフトマンシップと実験精神が凝縮された作品群と評されている。
サーペンタイン・ソファ / クラウド・ソファ(ウラジミール・カガン)
ウラジミール・カガンがディレクショナルのために製作した代表的なソファである。蛇行する曲線が生み出す有機的なシルエットと、ルーサイトやウォールナットの台座が組み合わされた優美なフォルムは、20世紀アメリカ家具デザインの最高峰の一つに数えられる。1980年代から1990年代にかけてディレクショナルで製造されたサーペンタインおよびクラウド・ソファは、現在のヴィンテージ市場においても極めて高い人気を誇り、状態の良い作品は数万ドル規模で取引されている。
ノーティラス・スイベルチェア(ウラジミール・カガン)
巻き貝を思わせる包み込むようなフォルムが特徴のスイベルチェアである。カガンの有機的デザイン哲学を端的に体現する作品として、ディレクショナル製のヴィンテージ品はコレクション市場で高値を維持している。ブークレやベルベットなど豊かなテクスチュアの生地との相性が特に秀逸であると評されている。
アークチェア(キップ・スチュワート、1970年代)
キップ・スチュワートがディレクショナルのためにデザインしたラウンジチェアおよびオットマンのセットである。ポリッシュド・ステンレススチールの流線型ベースと厚みのあるクッションの組み合わせが、モダンかつ洗練された佇まいを生み出している。レザーやウルトラスエードのアップホルスタリーとの調和が際立つ作品である。
主なデザイナー
- ポール・マッコブ(Paul McCobb, 1917–1969)
- マサチューセッツ出身。戦後アメリカンモダニズムの大衆化に貢献した先駆者。ディレクショナルの共同創設者として、真鍮とウォールナットを基調とする洗練された機能美の家具群を生み出した。プランナー・グループ(ウィンチェンドン社)、シメトリック・グループ(ウィディコム社)など、多数のブランドでも活躍した。
- ポール・エヴァンス(Paul Evans, 1931–1987)
- ペンシルヴァニア州ニュータウン出身の家具デザイナー・彫刻家。フィラデルフィア繊維学院、ロチェスター工科大学、クランブルック美術アカデミーで学んだ。1964年よりディレクショナルのフィーチャード・デザイナーとして、シティスケープ、スカルプテッド・ブロンズ、アルジェンテなどの革新的シリーズを手がけ、金属彫刻家具という唯一無二のジャンルを確立した。アメリカン・クラフト・ムーヴメントの中核的存在として、現代のアートファニチャーの礎を築いた。
- ウラジミール・カガン(Vladimir Kagan, 1927–2016)
- ドイツ生まれ、1938年に渡米。父のもとで木工を学んだ後、コロンビア大学で建築を修めた。バイオモルフィック(生物的形態)の曲線を特徴とする有機的なフォルムで、20世紀アメリカ家具デザインに独自の官能性をもたらした。サーペンタイン・ソファ、クラウド・ソファ、ノーティラス・チェアなどの代表作をディレクショナルを通じて発表した。ヴィクトリア&アルバート美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムなどに作品が収蔵されている。
- ミロ・ボーマン(Milo Baughman, 1923–2003)
- カンザス州出身。カリフォルニアン・モダンの美学とバウハウスの原理を融合させ、クロム、ステンレススチール、ガラス、レザーを駆使したモダン家具の新しい造形言語を構築した。ディレクショナルにはテーブル、ドレッサー、ダイニングチェアなどスカンジナヴィアン・モダニズムに着想を得た作品を提供した。セイヤー・コギン社との50年にわたる協業でも広く知られる。
- キップ・スチュワート(Kipp Stewart, 1928–)
- ピッツバーグ出身の建築家・家具デザイナー・画家。シュイナール美術学院で学び、チャールズ・イームズとともに教鞭を執った経験も持つ。ディレクショナルにはラウンジチェア、アークチェア、ローズウッド&クロムドレッサーなどを提供した。ドレクセル社のデクラレーション・コレクション(スチュワート・マクドゥガルとの協業)や、ビッグサーのヴェンターナ・インの建築設計でも知られる。
- ジャック・レナー・ラーセン(Jack Lenor Larsen, 1927–2020)
- アメリカを代表するテキスタイルデザイナー。ディレクショナルのソファにダイナミックなパターンのファブリックを提供し、家具とテキスタイルの芸術的融合を実現した。
基本情報
| 正式名称 | Directional Furniture Company(ディレクショナル・ファニチャー・カンパニー) |
|---|---|
| 設立 | 1949年 |
| 創業者 | ポール・マッコブ(Paul McCobb)、B.G.メスバーグ(B.G. Mesberg) |
| 所在地 | アメリカ合衆国ノースカロライナ州トマスヴィル(現在:トムリンソン・カンパニーズ傘下) |
| 現親会社 | トムリンソン・カンパニーズ(Tomlinson Companies) |
| 主要拠点 | ハイポイント・マーケット ショールーム(525 N Wrenn St, High Point, NC) |
| 事業形態 | デザイン・トレード向け高級アップホルスタリー家具の製造・販売 |
| 公式サイト | https://www.tomlinsoncompanies.com/ |