概要

シャルロット・ペリアン(1903-1999)は、フランスの建築家・デザイナーである。1927年から1937年までル・コルビュジエのアトリエで住居の内部設備を担当し、ピエール・ジャンヌレを加えた三者名義でLCシリーズの原型を設計した。1940年から日本の商工省の顧問として滞在し、以後は木・竹・籐といった産地の素材と工法を設計に取り込んでいる。山岳リゾートや学生寮のための量産可能な家具、モジュール式の収納など、限られた条件のもとで成立する住居の装備を生涯の主題とした。

バイオグラフィー

1903年10月24日、パリに生まれた。父は仕立て職人、母は縫製の職人である。1920年から1925年まで、パリの中央装飾美術連合学校で家具デザインを学んだ。

1927年のサロン・ドートンヌに出品した「屋根裏のバー」で注目される。ニッケルめっきの金属、アルミニウムガラス、革を組み合わせた実物大の室内展示で、これを見たル・コルビュジエが彼女を事務所に迎えた。同じ年に一度は面会を断られており、採用は出品作の評価によるものだった。

1927年から1937年まで、セーヴル通りのアトリエで住居の内部設備の設計を担当する。ここでピエール・ジャンヌレとともに、鋼管を用いた椅子・テーブル・収納の一群を設計し、1929年のサロン・ドートンヌで「住居の内部設備」として発表した。アトリエを離れた後は、フェルナン・レジェやジャン・プルーヴェらと組み、木材を用いた家具やプレハブ住宅の仕事に移っている。

1940年6月15日、日本の商工省から輸出向け工芸の顧問として招かれ、マルセイユを発って8月に日本へ着いた。通訳の三上夫人と、助手を務めた柳宗理とともに各地の産地を回り、1941年に東京の高島屋で展覧会「選択・伝統・創造」を開いている。1942年末に日本を離れ、以後1946年までインドシナに滞在して木工と織物の技術を学んだ。

帰国後はパリを拠点に、大学都市の学生寮、山岳リゾート、公共建築の内部設備を手がけた。1967年から1989年にかけては、サヴォワ地方のスキーリゾート「レ・ザルク」の建築と家具を一括して担当している。1999年10月27日、パリで没した。

デザインの思想と方法

ペリアンが一貫して扱ったのは、住まいに必要な装備を、限られた面積と予算のなかでどう成立させるかという問題である。個々の家具を美しく仕上げることではなく、収納・寝具・作業面をどう配置すれば人が動けるかを先に決め、そこから寸法を出した。

身体の姿勢から寸法を決める

1920年代末の鋼管家具の設計では、座る・もたれる・脚を伸ばすといった姿勢を写真と実測で確かめ、背の角度と座面の高さを詰めていった。シェーズロングが台座の上を滑って角度を変える構成をとるのは、休息の姿勢が一つに定まらないという観察から来ている。造形の決定より先に、身体がとる姿勢の幅を設計条件として置く進め方である。

収納で空間を分ける

ペリアンの仕事では、収納家具が間仕切りを兼ねる構成が繰り返し現れる。1929年の展示では金属とガラスのカジエで居間・寝室・水回りを区切り、1952年のメゾン・デュ・メキシークでは、寝室と水回りを隔てる両面から使える収納を設計した。壁を立てる代わりに収納を置くことで、面積を増やさずに用途の異なる場所を作り出せる。

金属から自然素材へ

1930年代半ばから、彼女の素材は鋼管から木材へ移る。低所得層向けの住居や山小屋を手がけるなかで、入手しやすく現地で加工できる材料が条件となったためである。無垢材、籐、竹を用いた設計は、工業製品の否定ではなく、生産の条件に合わせた選択にあたる。日本滞在中には、1928年のシェーズロングを竹と木で作り直した試作を発表している。

産地の工程を設計の前提にする

日本での仕事では、産地ごとの既存の技術を調べ、そのまま使える工程、輸出向けに調整すべき工程、新しく作るべきものの三つに分けて提案した。柳宗理を助手として各地の工房を回り、講演と実地の指導を重ねている。1941年の高島屋の展覧会は、この調査を住居の装備という形でまとめたものだった。産地の技術を変えずに製品の側を設計するという方法は、帰国後の仕事にも引き継がれている。

建築と家具を同じ仕事として扱う

レ・ザルクでは、宿泊棟の配置から客室の平面、造り付け家具、椅子までを一括して設計した。客室は必要最小限の要素で構成する方針をとり、規格化した部材を現地で組み立てる方式を用いている。建築の計画と家具の設計を分けない進め方は、アトリエ時代から晩年まで変わっていない。

代表作にみる方法

LC7 回転椅子(1927年)

アトリエに加わる前後にペリアン自身のために設計した椅子で、ニューヨーク近代美術館は彼女の単独作として登録している。低く湾曲した背と回転する座面という構成は、作業と会話のあいだで姿勢が頻繁に変わることを前提としたものである。姿勢の幅から形を決めるという後年の方法が、この時点ですでに現れている。→7 フォートゥイユ・トゥルナン

LC4 シェーズロング(1928年)

ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレとの共同作。湾曲した本体が独立した台座の上に載るだけの構成で、本体を滑らせることで背の角度が連続的に変わる。角度を固定する機構を持たず、摩擦だけで位置を保つため、部品数を増やさずに調整の自由度を得ている。姿勢の観察を寸法に落とし込む彼女の役割が最もよく現れた仕事とされる。→LC4 シェーズロング

テーブル・アン・フォルム・リーブル(1938年)

自由曲線の輪郭をもつ木製のテーブルで、直線と円弧で構成していた1920年代の家具からの転換を示す。天板の縁が場所ごとに異なる曲率をもつため、着席する人数と位置が固定されない。幾何学的な形を離れたのは意匠上の好みではなく、使い方を限定しない面をつくるための選択だった。→テーブル・アン・フォルム・リーブル

ニュアージュ(1952-1956年)

アルミニウムの接合部材と木の棚板を組み合わせるモジュール式の書棚である。棚板の長さと位置を自由に選べるため、同じ部品から左右非対称の構成をつくれる。京都で見た17世紀の御殿の棚が着想の一つとされる。規格部品の組み合わせで非対称の構成を得るという点で、量産と個別の要求を両立させている。→ニュアージュ ブックシェルフ

メゾン・デュ・メキシーク シェルフ(1952年)

パリ国際大学都市メキシコ館の学生居室のために設計した収納で、寝室と水回りを仕切る間仕切りを兼ねる。両面から使え、引き戸と棚板を組み合わせる。着色したアルミニウムの部材はジャン・プルーヴェの工房で製作された。限られた予算と面積のもとで、量産可能な部品によって居室の装備を成立させた例にあたる。→メゾン・デュ・メキシーク シェルフ

評価と影響

ペリアンは長く「ル・コルビュジエの協働者」として扱われてきたが、1990年代以降の展覧会と研究により、LCシリーズにおける役割と、その後の独立した仕事の双方が再検討されている。2019年から2020年にかけてフォンダシオン・ルイ・ヴィトンで開かれた回顧展は、彼女の仕事を建築・家具・展示計画を通じて一括して扱ったものだった。

日本のデザインとの関わりも継続的に論じられている。1940年から1942年の滞在は、輸出向け工芸の方向を検討する時期に重なり、助手を務めた柳宗理はその後の日本の工業デザインの中心的な設計者となった。産地の技術を前提に製品の側を設計するという進め方は、伝統産業と設計者の協働の先例として参照される。

カッシーナは1965年からLCシリーズを生産しており、現在もル・コルビュジエ財団、ペリアンの遺族、ジャンヌレの相続人と協議のうえで製品を管理している。ニュアージュやテーブル・アン・フォルム・リーブルなど、彼女の単独作も同社の生産品目に含まれる。

受賞・収蔵

受賞

  • 1983年 レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ

収蔵

以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。

  • MoMA 回転椅子(1928年、単独作として登録) 収蔵番号 162.1958
  • MoMA ローチェア(1940年設計/1946年製作) 収蔵番号 261.2017
  • MoMA メゾン・ド・ラ・チュニジー ベンチ兼書棚(1952年) 収蔵番号 872.2007
  • MoMA シェーズロング(LC4、1928年、ル・コルビュジエ/ジャンヌレとの共同名義) 収蔵番号 223.1950
  • MoMA ブラジル館の家具5点(1959年、ル・コルビュジエとの共同名義) 収蔵番号 145.2016〜149.2016
  • V&A フォートゥイユ・ピヴォタン(LC7、1927年) 収蔵番号 W.35:1 to 3-1987
  • Met キャビネット(1939年頃) 収蔵番号 1987.461.2ab
  • AIC シェーズロング(1928年設計、ル・コルビュジエ/ジャンヌレとの共同名義) 収蔵番号 1963.1128
  • AIC スツール(1950年) 収蔵番号 2017.527.1-2
  • AIC レ・ザルクの幼児用スツール(1968年頃) 収蔵番号 2016.99.1-2
  • AIC レ・ザルクのダイニングチェア(1970年頃) 収蔵番号 2023.1280
  • AIC プレハブのキッチンユニット(レ・トゥルナヴェル、1975-78年) 収蔵番号 2014.1175
  • AIC プレハブの浴室ユニット(アルク1800、1975-78年) 収蔵番号 2014.1179

作品一覧

発表年 区分 作品名 ブランド / 備考
1927年 展示 屋根裏のバー サロン・ドートンヌ出品
1927年 椅子 7 フォートゥイユ・トゥルナン Cassina
1928年 椅子 LC1 バスキュラントチェア Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1928年 ソファ LC2 ソファ Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1928年 椅子 LC3 グランコンフォール Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1928年 シェーズロング LC4 シェーズロング Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1928年 テーブル LC6テーブル Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1925-1929年 収納 LC20 カジエ・スタンダール Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1934年 ソファ LC5 ソファベッド Cassina(ル・コルビュジエ/ジャンヌレと共同)
1938年 テーブル テーブル・アン・フォルム・リーブル Cassina
1940年 シェーズロング 竹製シェーズロング(モデル522) Cassina
1941年 展示 「選択・伝統・創造」展 高島屋(東京・京都)
1946-1947年 椅子 メリベルチェア(モデル513) Cassina
1952年 収納 メゾン・デュ・メキシーク シェルフ Cassina
1952年 収納 メゾン・ド・ラ・チュニジー ベンチ兼書棚 Ateliers Jean Prouvé
1952-1956年 収納 ニュアージュ ブックシェルフ Cassina
1953年 ベンチ 東京ベンチ(モデル511) Cassina
1953-1954年 椅子 オンブラ・トーキョー(モデル517) Cassina
1953-1961年 スツール メリベルスツール Cassina
1959年 家具 ブラジル館の家具 パリ国際大学都市
1962年 テーブル リオ ローテーブル Cassina
1967-1989年 建築・家具 レ・ザルク チェア(レ・ザルク) サヴォワ、フランス
1993年 建築 ユネスコ本部の茶室 パリ、フランス
照明 ポタンス・ピヴォタント Nemo Lighting

プロフィール

生没年 1903年10月24日〜1999年10月27日
出身地 フランス・パリ
国籍 フランス
活動拠点 パリ、東京、サヴォワ
分野 家具、インテリア、建築
主な協働ブランド Cassina、Ateliers Jean Prouvé、Nemo Lighting

Reference