ニュアージュ ブックシェルフは、フランスの偉大なデザイナー、シャルロット・ペリアンが手がけた壁掛け式収納シェルフである。「Nuage」とはフランス語で「雲」を意味し、その名の通り、自由な曲線と不規則に配された収納区画が雲のような有機的フォルムを描き出す。1940年代の日本滞在期に着想を得て構想が練られ、1956年にパリのギャラリー・ステフ・シモンにて発表された本作は、厳格な幾何学様式を基調とするモダニズムの文脈において、人間的な温もりと詩的な美しさを融合させた画期的な作品として、家具デザイン史に不朽の足跡を刻んでいる。
現在、イタリアの名門家具メーカー、カッシーナが「Cassina I Maestri」コレクションの一環として、ペリアンの遺志を継承しながら製造を手がけている。オリジナルの設計思想と職人技術を忠実に再現しつつ、現代の生活空間に調和する収納家具として、世界中のインテリア愛好家から高い評価を受け続けている。
特徴・コンセプト
ニュアージュ ブックシェルフの最大の特徴は、従来の直線的で規則正しい収納棚とは一線を画す、自由で有機的な造形美にある。大小さまざまなサイズの収納区画が非対称に配置され、それぞれが緩やかな曲線を描きながら連なることで、まるで空に浮かぶ雲のような軽やかさと動きを感じさせる。この革新的なデザインは、単なる機能的収納という役割を超え、空間そのものを彫塑的に演出するオブジェとしての価値を獲得している。
日本美学との融合
本作の根底には、シャルロット・ペリアンが1940年から1946年にかけて日本に滞在した際に深く感銘を受けた、日本の伝統的美意識が息づいている。左右非対称の美、自然の形態への畏敬、そして「間」の概念に象徴される空間の詩学は、西洋モダニズムの合理性と融合し、独自の造形言語として昇華された。この東西の美意識の出会いこそが、ニュアージュを単なる家具から芸術作品の領域へと押し上げている所以である。
モジュラー構造の革新性
ペリアンは、本作においてモジュラー設計という先進的な概念を採用した。各ユニットは独立した構造体として設計されながらも、複数を組み合わせることで無限の可能性を秘めた空間構成を実現できる。使用者の要望や空間の特性に応じて柔軟に対応できる汎用性は、建築と家具の境界を曖昧にし、「住まいの芸術」を追求したペリアンの設計哲学を如実に体現している。
素材と仕上げ
1956年の発表当初は、アルミニウム板を曲げ加工して制作された本作であるが、カッシーナによる現行モデルでは、高品質な木材にラッカー仕上げを施した仕様となっている。ホワイト、ブラック、グレーなど洗練されたカラーバリエーションに加え、オーク材の自然な木目を活かしたナチュラルな仕上げも用意されており、多様な空間スタイルとの調和を可能にしている。
エピソード
シャルロット・ペリアンは、1940年に日本政府の招聘を受けて来日し、約6年間にわたる滞在を経験した。この時期、彼女は日本各地を訪れ、伝統工芸や建築、そして自然の美に深く魅了された。特に、雲や山稜線といった自然の有機的形態、そして日本家屋における収納の在り方は、彼女のデザイン観に決定的な影響を与えた。
ニュアージュの構想は、この日本滞在中に芽生えたとされる。しかし、第二次世界大戦の混乱により構想の具現化は遅れ、最終的な製品化は1956年まで待たなければならなかった。パリに戻ったペリアンは、ジャン・プルーヴェとの協働を経て、ギャラリー・ステフ・シモンにおいて本作を発表。以後、このギャラリーはペリアンの作品を世に送り出す重要な拠点となった。
興味深いことに、「Nuage(雲)」という詩的な命名は、ペリアン自身によるものである。彼女は、家具に詩的な名称を与えることで、単なる道具としてではなく、生活に寄り添う存在として位置づけることを意図していた。この姿勢は、ル・コルビュジエのもとで研鑽を積んだ後、独自の道を歩み始めた彼女の成熟した設計哲学を象徴している。
評価
ニュアージュ ブックシェルフは、20世紀のデザイン史において特筆すべき意義を持つ作品として、広く認知されている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、パリのポンピドゥー・センター、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館をはじめとする世界有数の美術館・博物館がコレクションに収蔵しており、その芸術的・歴史的価値は国際的に評価されている。
美術史家やデザイン評論家からは、本作が「オーガニック・モダニズム」の先駆的表現として位置づけられている。厳格な機能主義に基づく戦前のモダニズムから、人間の感性により寄り添う戦後のデザイン潮流への転換点を象徴する作品として、家具史における重要なマイルストーンと見なされている。
コレクターズマーケットにおいては、1956年製のオリジナル作品は極めて希少であり、国際的なオークションにおいて高額で取引されている。その価格は時に6桁から7桁のユーロに達することもあり、ヴィンテージ家具市場における最高峰のひとつとして位置づけられている。
シャルロット・ペリアンについて
シャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand, 1903-1999)は、20世紀を代表するフランス人デザイナー・建築家である。1927年にル・コルビュジエのアトリエに参加し、ピエール・ジャンヌレとともに「グランコンフォール」や「LCコレクション」をはじめとする数々の名作家具を生み出した。
1940年から1946年にかけての日本滞在は、彼女のデザイン哲学に決定的な転機をもたらした。自然素材への愛着、有機的形態への志向、そして「住まいの芸術」という理念は、この時期に深化し、帰国後の作品群に色濃く反映されている。生涯を通じて、建築、家具、インテリアデザインの領域で革新的な仕事を続け、現代デザインの礎を築いた先駆者として敬われている。
基本情報
| デザイナー | シャルロット・ペリアン(Charlotte Perriand) |
|---|---|
| ブランド | カッシーナ(Cassina) |
| デザイン年 | 1940年(構想)/ 1956年(発表) |
| 原産国 | フランス(デザイン)/ イタリア(製造) |
| 素材 | ラッカー仕上げ木材 / オーク材 |
| カラー | ホワイト、ブラック、グレー、オークナチュラル 他 |
| サイズ展開 | 複数サイズのモジュールを展開 |
| 設置方法 | 壁掛け式 |
| コレクション | Cassina I Maestri |