メリベルスツールは、20世紀を代表するフランスの建築家・デザイナー、シャルロット・ペリアンが1953年にデザインした木製スツールである。フランスアルプスの山岳リゾート地メリベルにペリアンが所有していた山小屋のために創作されたこの作品は、アルプス地方の羊飼いが乳搾りに使用していた伝統的なミルキングスツールから着想を得ている。自然素材への敬意と機能美の追求というペリアンの一貫したデザイン哲学が凝縮された作品であり、現代においてもイタリアの名門家具メーカー、カッシーナによって製造され続けている。
特徴・コンセプト
山岳生活からの着想
メリベルスツールは、ペリアンが深く愛したフランスアルプスの山岳地帯の建築様式と生活文化から生まれた作品である。デザイナーは伝統的な山小屋の内装や、羊飼いたちが使用していた素朴な道具類に着目し、その実直な造形と素材の本質的な美しさを現代的なデザインへと昇華させた。山岳地域における人々の暮らしの知恵と、厳しい自然環境の中で培われた機能性を尊重する姿勢が、このスツールの根底に流れている。
構造的特徴
メリベルスツールの最も特徴的な要素は、3本の角度をつけて削り出された脚部である。これらの脚は台形状に整形され、座面の下部に等間隔で配置されることで、視覚的な軽やかさと構造的な安定性を両立させている。直径33センチメートルの円形座面は、中央部分にわずかな凹みを持つ轆轤挽き加工が施されており、座り心地への配慮がなされている。座面の縁は厚みを持たせて緩やかに傾斜しており、人間工学的な快適性を提供する。高さは38.4センチメートルと、スツールとしても小型サイドテーブルとしても使用できる絶妙な寸法が選択されている。
素材と仕上げ
無垢材のみで構成されたメリベルスツールは、木材の持つ本来的な美しさを最大限に引き出すデザインとなっている。座面から脚部まで木目が連続的に流れるように配置され、自然が生み出す有機的なパターンが各作品に固有の表情を与えている。カッシーナによる現代の製造では、天然オーク材、ブラックステインオーク材、アメリカンウォールナット材の3種類の仕上げが用意されており、それぞれ異なる空間に調和する選択肢を提供している。無垢材が持つ柔らかな手触りと、職人による精緻な加工技術が融合し、時代を超えて愛される品質を実現している。
デザイン哲学
このスツールには、ペリアンが生涯にわたり追求した「形態、素材、機能の誠実な表現」という理念が体現されている。装飾を排した簡素な形態は、物質としての木材の本質的価値を尊重し、人間の日常生活に寄り添う道具としての家具のあり方を示している。また、スツールとしての座具機能と、サイドテーブルとしての実用性を併せ持つ多目的性は、限られた居住空間を効率的に活用するペリアンの合理主義的思考の表れでもある。山岳建築の素朴さと、モダニズムの洗練性を調和させた本作品は、地域性と普遍性、伝統と革新の見事な統合を成し遂げている。
エピソード
1955年東京展での初公開
メリベルスツールは、1955年4月1日から17日まで東京の高島屋百貨店で開催された「芸術の総合提案、パリ1955」展において、対となるベルジェスツールとともに初めて一般に公開された。この展覧会はペリアン自身が企画し、ル・コルビュジエ、フェルナン・レジェとの協働により実現したもので、建築、家具、絵画、彫刻、タペストリーなど多様な芸術表現を統合した空間構成を提示した。ペリアンの夫ジャック・マルタンがエールフランスの東京支社長として赴任していた時期と重なり、デザイナー自身も1953年から1955年まで日本に滞在していた。この展覧会は、戦後の日本における西洋モダンデザインの受容において重要な役割を果たし、ペリアンの日本デザイン界への影響を決定づける契機となった。
メリベルのシャレーと山岳プロジェクト
1960年から1961年にかけて、ペリアンはフランスサヴォワ地方のメリベルに自身の山小屋を建設した。このプロジェクトにおいて、メリベルスツールは実際の生活空間で使用されることを前提とした実践的な家具として機能した。その後、ペリアンは1967年から1986年にかけて、同じくサヴォワ地方のレザルク・スキーリゾートの大規模開発プロジェクトに参画し、建築設計から内装デザインまで包括的に手がけた。約20年間にわたるこの取り組みにおいて、メリベルスツールに代表される山岳家具の理念は、より大規模な建築・都市計画へと展開されていった。ペリアンにとって山岳地域は単なる余暇の場所ではなく、自然と人間が調和した生活様式を探求する実験場であった。
カッシーナによる復刻
メリベルスツールは、2011年にカッシーナによって「イ・マエストリ」コレクションの一部として正式に復刻された。この復刻にあたっては、ペリアンのアーカイブ資料を綿密に調査し、オリジナルデザインの本質的要素を損なうことなく、現代の製造技術と品質基準に適合させる取り組みがなされた。イタリアのブリアンツァ地方に受け継がれる伝統的な木工技術と、カッシーナの精密な製造管理が融合することで、ペリアンが意図した品質水準が維持されている。復刻以降、メリベルスツールは国際的なデザイン市場において高い評価を獲得し、モダンデザインの名作として新たな世代の愛好家を獲得し続けている。
評価
メリベルスツールは、ペリアンの作品群の中でも特に純粋な形態美と機能性の統合を体現した作品として、デザイン史家や批評家から高く評価されている。1950年代という、モダニズムが成熟期を迎えていた時代において、工業的素材ではなく伝統的な木工技術と自然素材を選択したペリアンの判断は、当時としては逆行的にも見えたが、現代の持続可能性を重視するデザイン思潮を先取りするものであった。
本作品は、地域固有の文化的文脈を尊重しながら、普遍的な美意識と機能性を実現した点において、グローバル化とローカリティの調和という現代デザインの重要課題に対する先駆的解答として再評価されている。また、単一機能に特化せず、スツールとサイドテーブルという複数の用途に対応する多機能性は、限られた居住空間における家具の役割を再定義する試みとして、現代の都市生活においても高い実用性を保持している。
美術館や画廊における展示機会も多く、2019年から2020年にかけてパリのルイ・ヴィトン財団で開催された大規模回顧展「シャルロット・ペリアンの新しい世界」では、1955年の東京展の再現展示の一部として展示され、ペリアンの日本との深い関係性を示す重要な作品として紹介された。また、オークション市場においても安定した需要があり、ヴィンテージの初期作品は高額で取引されている。
基本情報
| デザイナー | シャルロット・ペリアン |
|---|---|
| デザイン年 | 1953年 |
| 初公開 | 1955年、東京「芸術の総合提案」展 |
| 現行製造 | カッシーナ |
| 復刻年 | 2011年 |
| 型番 | 523 |
| 寸法 | 高さ38.4cm × 直径33cm |
| 素材 | 無垢材(天然オーク、ブラックステインオーク、アメリカンウォールナット) |
| 構造 | 3本脚、轆轤挽き座面 |
| 用途 | スツール、サイドテーブル |
| 製造国 | イタリア |