概要
ヴィコ・マジストレッティ(1920-2006)は、イタリアの建築家・工業デザイナーである。本名ルドヴィコ・マジストレッティ。ミラノを拠点に、戦後復興期の集合住宅から家具・照明までを手がけた。構造がそのまま形になる設計を主題とし、成形樹脂の椅子、可動する背もたれをもつソファ、幾何学的な立体を重ねた照明などを残している。カッシーナ、アルテミデ、オルーチェ、カルテルなどと長期にわたって協働した。
バイオグラフィー
1920年10月6日、ミラノに生まれた。父ピエル・ジュリオも建築家である。1939年にミラノ工科大学の建築学部に入学したが、1943年に徴兵を避けてスイスへ渡り、ローザンヌでイタリア人学生向けの講座に通った。ここでBBPRの創設者エルネスト・ナタン・ロジャースと出会っている。
1945年にミラノへ戻って建築の学位を得たが、同年父が没し、ヴィア・コンセルヴァトーリオの父の事務所を引き継いだ。以後、生涯この場所で仕事を続けている。
戦後復興期には公営住宅計画やQT8実験地区に関わり、1953年から1956年にはフランコ・ロンゴーニと共同で集合住宅トッレ・アル・パルコを設計した。1956年にはイタリア工業デザイン協会(ADI)の設立に加わっている。
1959年、自身が設計したカリマーテのゴルフクラブのためにカッシーナと椅子を設計したのを機に、工業デザインの仕事が本格化する。以後、アルテミデ、オルーチェ、カルテル、フルーなどと協働した。1970年代後半からはロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで約20年にわたり教え、1983年に同校の名誉フェローとなっている。2006年9月19日、ミラノで没した。事務所は現在ヴィコ・マジストレッティ財団として公開されている。
デザインの思想と方法
マジストレッティの設計は、形を先に決めてから構造を合わせるのではなく、構造上必要な断面や部材の配置がそのまま外形になるという順序をとる。建築家としての訓練がこの手順の背景にあり、家具でも照明でも、なぜその形なのかを構造の側から説明できるようにしている。
断面で強度をつくる
セレーネの脚部は、板厚がわずかな樹脂でありながら自立に必要な強度をもつ。これは材料を厚くするのではなく、脚の断面をS字に曲げることで得られている。曲面は装飾ではなく、薄い材料に曲げ剛性を与えるための処理である。座面と背もたれの曲面も同じ役割を負っており、全体の堅牢さに寄与している。
基本形の重ね合わせ
照明では、円筒・円錐・半球といった立体を組み合わせて構成する方法を用いた。アトーロは、円筒の上に円錐、その上に半球を重ねただけの構成である。半球は光を下方へ落とすのではなく内面で反射させ、水平方向に広げる。単純な立体の組み合わせが、そのまま配光の仕組みになっている。
製造者と一緒に決める
マジストレッティは、設計者が図面を渡して終わるのではなく、製造者と工程を詰めながら形を決める進め方をとった。カッシーナのチェーザレ・カッシーナとは30年以上にわたって仕事をともにしている。マラルンガの背もたれの可動機構は、試作の段階で背もたれが折れ曲がった状態から着想されたと本人が語っており、工房での検討が形を決めた例にあたる。
使い方を一つに決めない
彼の家具には、使用者が状態を変えられるものが多い。マラルンガは背もたれの高さを変えられ、ヴェランダは背もたれを前に倒して座面と一体にできる。シンドバッドはカバーを掛け替えられる。完成した一つの状態を与えるのではなく、使い手が自分の暮らしに合わせて決める余地を残すという考え方である。
カッシーナの歴史や他の製品について詳しくはカッシーナ ブランドページをご覧ください。
代表作にみる方法
カリマーテ チェア(1959年)
自身が設計したカリマーテのゴルフクラブのために作った椅子で、藁を編んだ座面と赤く塗装した木の枠を組み合わせる。イタリアの地方で使われていた素朴な椅子の構成を保ったまま、塗装によって室内での見え方を変えている。既存の型を残しつつ扱いを変えるという操作は、以後の彼の仕事にも見られる。→カリマテ チェア
エクリッセ(1965-1967年)
固定された外側の半球の内側で、もう一つの半球を回転させる構造をもつテーブルランプである。内側の半球が光源を覆う量に応じて明るさが段階的に変わり、電気的な調光の仕組みを持たずに光量を調整できる。三つの半球の組み合わせだけで機構が成立している点に特徴がある。1967年にコンパッソ・ドーロ賞を受けた。→エクリッセ テーブルランプ
セレーネ(1968年)
一枚の樹脂を一度の成形で椅子にした製品である。金属の補強を持たず、脚部のS字断面と座面・背もたれの曲面だけで強度を確保している。軽量で積み重ねられるため、公共空間での運用にも合う。同時期の一体成形椅子のなかでも、断面形状で剛性を得るという解き方が明確に現れた例にあたる。→セレーネチェア
マラルンガ(1973年)
背もたれの高さを使用者が変えられるソファである。ポリウレタンフォームの背もたれの内部に自転車のチェーンを応用した機構を組み込み、立てた状態と前に折り返した状態を切り替えられる。外観は通常のソファと変わらず、機構が表に出ない。用途の変化に対応する余地を、形を変えずに与えている。1979年にコンパッソ・ドーロ賞を受けた。→マラルンガ
アトーロ(1977年)
円筒・円錐・半球の三つの立体だけで構成されたテーブルランプである。細い円錐が円筒と半球をつなぐため、点灯すると上部の半球が浮いて見える。光は半球の内面で反射して水平方向に広がり、直接下方を照らさない。基本形の組み合わせが造形と配光の双方を決めている。1979年にコンパッソ・ドーロ賞を受けた。→アトーロ
評価と影響
マジストレッティは一般に、ジオ・ポンティやアキッレ・カスティリオーニらと並ぶ戦後イタリアのデザインの中心的な設計者と評価されている。建築家と製造者が直接に組む生産のあり方を、実践として代表する存在として言及されることが多い。
素材の面では、マルコ・ザヌーゾやジョエ・コロンボとともに、樹脂を安価な代用材ではなく設計上の選択肢として扱った点が挙げられる。セレーネとマウイは、成形技術の水準が異なる時期に、同じ主題を別の解き方で扱った対として参照される。
エクリッセ、マラルンガ、アトーロ、ヌヴォラ・ロッサなどは発表から数十年を経て現在も生産されている。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートでの教育を通じて、ジャスパー・モリソンら後続の設計者にも関わりをもった。
受賞・収蔵
受賞
- 1951年・1954年 ミラノ・トリエンナーレ 金メダル/グランプリ
- 1967年 コンパッソ・ドーロ賞(エクリッセ)
- 1979年 コンパッソ・ドーロ賞(アトーロ、マラルンガ)
- 1983年 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート 名誉フェロー
- 1994年 コンパッソ・ドーロ賞(生涯の功績に対して)
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。
- MoMA エクリッセ テーブルランプ(1965年/1966年) 収蔵番号 1223.1968、27.1997、2266.2001
- MoMA デメトリオ45 ネストテーブル(1966年) 収蔵番号 1232.1968.1-3
- MoMA スタジオ80 テーブル(1967年) 収蔵番号 413.1972
- MoMA セレーネ スタッキングチェア(1968年) 収蔵番号 412.1972.1-3
- MoMA ジウノーネ フロアランプ(1969年) 収蔵番号 414.1972
- MoMA ガウディ アームチェア(1970年) 収蔵番号 411.1972
- MoMA マラルンガ アームチェア(1973年) 収蔵番号 112.1976
- MoMA アトーロ テーブルランプ(モデル233、1977年) 収蔵番号 481.1978
- MoMA ヴェランダ ソファ(1983年) 収蔵番号 291.1984
- V&A アトーロ233(1977年) 収蔵番号 M.39-1992
- V&A セレーネ チェア(1968年) 収蔵番号 CIRC.280-1970
- V&A ヴェランダ(1983年) 収蔵番号 W.43-1984
- V&A ヴィカリオ(1971年) 収蔵番号 W.1-2014
- Met エクリッセ ランプ(1967年) 収蔵番号 1988.236.8
- Met デメトリオ45 テーブル(1966年) 収蔵番号 1988.236.1
- Met ヴィカリオ アームチェア(1971年) 収蔵番号 1988.236.2
- AIC エクリッセ テーブルランプ(1966年) 収蔵番号 2015.601
作品一覧
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド / 場所 |
|---|---|---|---|
| 1953-1956年 | 建築 | トッレ・アル・パルコ | ミラノ、イタリア |
| 1956-1959年 | 建築 | アロージオ邸 | アレンツァーノ、イタリア |
| 1959年 | 椅子 | カリマテ チェア | Cassina |
| 1964年 | テーブル | デメトリオ | Artemide |
| 1965年 | 照明 | ダルー | Artemide |
| 1965-1967年 | 照明 | エクリッセ テーブルランプ | Artemide |
| 1968年 | 椅子 | セレーネチェア | Artemide |
| 1969年 | 照明 | キメラ | Artemide |
| 1970年 | 椅子 | ガウディ チェア | Artemide |
| 1973年 | ソファ | マラルンガ | Cassina |
| 1976年 | 照明 | ソノラ | Oluce |
| 1977年 | 照明 | アトーロ | Oluce |
| 1977年 | 収納 | ヌヴォラ・ロッサ | Cassina |
| 1978年 | ベッド | ナタリー | Flou |
| 1981年 | ソファ | シンドバッド | Cassina |
| 1983年 | ソファ | ヴェランダ | Cassina |
| 1990年 | キッチン | カンピリア | Schiffini |
| 1996年 | 椅子 | マウイ | Kartell |
| 2003年 | 照明 | ブルーコ | Fontana Arte |
プロフィール
| 生没年 | 1920年10月6日〜2006年9月19日 |
|---|---|
| 出身地 | イタリア・ミラノ |
| 国籍 | イタリア |
| 活動拠点 | ミラノ |
| 分野 | 建築、家具、照明 |
| 主な協働ブランド | Cassina、Artemide、Oluce、Kartell、Flou、Fritz Hansen、Schiffini |
Reference
- Fondazione Vico Magistretti
- https://www.vicomagistretti.it/en
- Vico Magistretti | Cassina
- https://www.cassina.com/ww/en/maestri/vico-magistretti.html
- Vico Magistretti | Artemide
- https://www.artemide.com/en/designer/vico-magistretti
- Atollo | Oluce
- https://www.oluce.com/en/products/atollo
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/collection/works/2325