THONET(トーネット)
THONET(トーネット)は、1819年にミヒャエル・トーネットが創業した、現存する世界最古級の家具ブランドの一つです。曲木(ベントウッド)技術を確立し、家具の工業的な量産化を実現したことで、近代家具産業の礎を築きました。200年以上の歴史のなかで数々の名作椅子を生み出し、バウハウスをはじめとする近代デザイン運動とも深く結びついています。現在も創業家の子孫が経営に携わり、伝統的な職人技術と現代のデザインを組み合わせた製品づくりを続けています。
ブランドの特徴とコンセプト
曲木技術による革新
トーネットの特徴は、創業者ミヒャエル・トーネットが確立した曲木技術にあります。当時、木材は直線的に扱う素材という見方が一般的でしたが、蒸気で柔らかくしたブナ材を型で曲げるこの手法により、重厚な彫刻装飾を施した従来の家具とは異なる、軽量で強度のある家具の製作が可能になりました。
大量生産システムの確立
トーネットは曲木技術にとどまらず、生産システムそのものにも革新をもたらしました。生産工程を標準化し、家具製作に分業を導入することで工業的な量産を実現します。また、椅子を部品に分解して梱包することで輸送効率を高め、世界中への効率的な輸送を可能にしました。このノックダウン方式は、現地での組み立てを前提とした近代的な流通システムの先駆けとなりました。
バウハウスとの協働
1919年に創設された造形学校バウハウスとの協働は、近代デザイン史の重要な一章です。芸術と技術、生産性の統合を掲げたバウハウスの理念は、機能的で質の高いものを合理的に生産し、多くの人々に届けるというトーネットの思想と共鳴しました。マルセル・ブロイヤーやミース・ファン・デル・ローエらとの協働により、スチールパイプを用いたカンチレバーチェアなど、革新的なデザインが生まれました。
デザイン哲学
トーネットのデザインの核には、「軽量」「堅牢」「美麗」「廉価」という四つの原則があります。創業から200年以上を経た現在も、この考え方がブランドの根幹を成しています。装飾を抑えた機能美と、素材を活かした構造が、トーネットの家具の特徴です。
ブランドヒストリー
創業期(1819年〜1850年代)
1796年、ドイツ・ライン川沿いのボッパルトに生まれたミヒャエル・トーネットは、家具職人としての修業を積み、1819年に故郷ボッパルトで自身の工房を開きました。1830年ごろからは、薄板を膠で貼り合わせ、蒸気で柔らかくして曲げる技術の実験を重ね、曲木家具の開発を進めます。
1841年、コブレンツの工芸展(コブレンツ芸術協会の展示会)に出品した曲木家具が、オーストリアの宰相メッテルニヒの目に留まり、ウィーンへの移住を勧められました。同じころ、フランス・イギリス・ベルギーで曲木技術の特許を出願しています。1842年にウィーンへ移住したトーネットは、リヒテンシュタイン宮殿の内装などを手がけ、名声を確立していきました。
発展期(1850年代〜1910年代)
1849年、トーネットはウィーンに自身の工房を設立し、無垢のブナ材を曲げる技術を完成させます。同年に手がけたウィーンのカフェ・ダウム向けの椅子「No.4」は、1851年のロンドン万国博覧会に出品され、注目を集めました。1853年には5人の息子に事業を譲り、社名をトーネット兄弟社(Gebrüder Thonet)に改めます。
1856年には、豊富なブナ材と労働力を求めて、モラヴィア地方のコリチャニ(現チェコ)に大規模な家具量産工場を設立しました。1859年には、後に「ウィーン・コーヒーハウス・チェア」として知られる「No.14」の量産を開始。わずか6つの部品で構成され、組み立てと輸送に優れたこの椅子は、1867年のパリ万国博覧会で金メダルを受賞し、1930年までに5,000万脚以上が販売されたとされます。
1871年にミヒャエル・トーネットが75歳で世を去った後も、息子たちが事業を拡大。オーストリア=ハンガリー帝国各地やドイツ、ロシアなどに工場を展開し、ロンドン、パリ、ニューヨークなどに販売網を広げました。20世紀初頭には、カタログに1,000点近い製品が並ぶまでに成長します。
転換期:バウハウスとの出会い(1920年代〜1930年代)
第一次世界大戦後の1922年、トーネットは競合であったKohn-Mundus社と合併し、Thonet-Mundus社となりました。この時期、1919年に創設されたバウハウスとの協働が始まります。
1925年、バウハウスの教師マルセル・ブロイヤーが、自転車のスチールパイプに着想を得て、スチールパイプを用いたクラブチェア「ワシリーチェア」を発表しました。1926年以降は、後脚を持たないカンチレバー構造の椅子が次々と生まれます。マルト・スタムによるスチールパイプのカンチレバーチェア(1926年)、ミース・ファン・デル・ローエの「MRチェア」(1927年)、マルセル・ブロイヤーの「チェスカチェア」(B32、1928年)など、トーネットはバウハウス関連のデザイナーとともに革新的な家具を世に送り出しました。
再生期:戦後の復興と現代へ(1940年代〜現在)
第二次世界大戦により、各国の拠点は分断されます。戦後、ドイツ(フランケンベルク)とウィーンでそれぞれ別の会社として再建され、現在、THONETブランドの国際的な商標権はドイツのThonet GmbHが保有しています。
ドイツ・トーネットは「No.14」を「No.214」として復刻生産し、伝統的な曲木技術を継承しながら、現代のデザイナーとの協働を進めてきました。2006年には社名をGebrüder Thonet GmbHからThonet GmbHに変更。現在も創業家の子孫が経営に携わっています。
代表的な作品
No.14(現No.214):ウィーン・コーヒーハウス・チェア
1859年に発表された「No.14」は、トーネットの代名詞であり、家具デザイン史で最も成功した椅子の一つです。後脚兼背もたれ支柱、曲木の背もたれリング、座面、補強リングなど、わずか6つの曲木部品とネジで構成され、誰でも簡単に組み立てられる設計でした。
ブナの無垢材を蒸気で曲げたエレガントな曲線と実用性を兼ね備え、1867年のパリ万国博覧会で金メダルを受賞。1930年までに5,000万脚以上が販売されたとされます。ウィーンのカフェ文化を象徴する椅子として、また近代的な量産の先駆けとして広く知られ、現在は「No.214」として生産されています。
No.4:カフェ・ダウムチェア
1849年から生産が始まった「No.4」は、トーネットの曲木技術を世に知らしめた作品です。ウィーンの名門カフェ「カフェ・ダウム」のために製作されたことから「カフェ・ダウムチェア」とも呼ばれます。1851年のロンドン万国博覧会に出品され、その革新的なデザインと製造技術が高く評価されました。「No.14」へとつながる、曲木技術と量産化の出発点となった作品です。
No.209:ル・コルビュジエチェア
「No.209」は、創業者の息子アウグスト・トーネットによるデザインで、19世紀末から20世紀初頭にかけて生み出された曲木のアームチェアです。背もたれと肘掛けを一本の曲木で形づくった構造が特徴で、わずか6つの部品で構成されています。建築家ル・コルビュジエが、1925年のパリ万博「レスプリ・ヌーヴォー館」や1927年の「ヴァイセンホフ・ジードルング(ジードルング)」など、自身が設計した空間で多く用いたことから、「コルビュジエチェア」とも呼ばれています。発表から100年以上を経た今日も生産が続く、トーネットの名作の一つです。
S32/S64:チェスカチェア
1928年にマルセル・ブロイヤーがデザインした「チェスカチェア」(旧名B32)は、スチールパイプとカンチレバー構造による椅子です。後脚を持たない片持ち構造により、スチールパイプの弾性を座り心地に活かしています。座面と背もたれに用いた籐編みの伝統的素材と、スチールフレームの対比が特徴です。
なお「チェスカ(Cesca)」という名称は、デザイン当初のものではなく、後年イタリアのガヴィナ社が、ブロイヤーの養女フランチェスカ(愛称チェスカ)にちなんで付けたものです。トーネットでの型番はS32(肘掛けつきはS64)で、トーネットは1927年からこの椅子を生産しています。
S33:マルセル・ブロイヤー カンチレバーチェア
マルセル・ブロイヤーが1927年ごろにデザインした「S33」は、スチールパイプを用いたカンチレバーチェアです。ワシリーチェアで示した直線的な美学を発展させ、曲線的なフレームで座る人を受け止める設計となっています。座面と背もたれに張られたレザーやファブリックの面と、スチールパイプの線が織りなす幾何学的な構成が特徴です。
MRチェア:ミース・ファン・デル・ローエ
1927年、ミース・ファン・デル・ローエがデザインした「MRチェア」は、カンチレバー構造の椅子です。曲線を描くスチールパイプのフレームが、見た目の軽やかさと弾むような座り心地を両立させています。ミースの「less is more(より少ないことは、より豊かなこと)」という考え方を反映した作品です。
主要なデザイナー
ミヒャエル・トーネット(Michael Thonet, 1796-1871)
トーネット創業者であり、曲木技術の開発者。革新的な製造技術と生産システムにより、近代家具産業の礎を築きました。「軽量」「堅牢」「美麗」「廉価」という四つの原則を掲げ、質の高い家具を多くの人々に届けることを使命としました。彼が確立した曲木技術と量産システムは、20世紀の家具デザインと流通に大きな影響を与えています。
マルセル・ブロイヤー(Marcel Breuer, 1902-1981)
ハンガリー出身のモダニズム建築家・家具デザイナー。バウハウスの第一期生として学び、後に同校の教師として家具工房を指導しました。自転車のスチールパイプに着想を得て、スチールパイプのクラブチェア「ワシリーチェア」(1925年)を発表。続いて「チェスカチェア」(1928年)など、カンチレバー構造の椅子を次々と生み出し、スチールパイプ家具の可能性を切り開きました。
ミース・ファン・デル・ローエ(Ludwig Mies van der Rohe, 1886-1969)
20世紀を代表するモダニズム建築の巨匠であり、バウハウス第3代校長。「less is more(より少ないことは、より豊かなこと)」「God is in the details(神は細部に宿る)」という言葉で知られ、無駄を削ぎ落とした美学を追求しました。トーネットのために「MRチェア」(1927年)などのカンチレバーチェアを手がけました。
アウグスト・トーネット
創業者ミヒャエル・トーネットの息子であり、トーネット兄弟社の中心人物の一人。父が築いた曲木技術を継承しながら、新たな機械や製造プロセスを開発し、事業を発展させました。建築家たちに愛された「No.209」のデザイナーとしても知られています。
ル・コルビュジエ(Le Corbusier, 1887-1965)
20世紀を代表する建築家でありながら、トーネットの愛用者としても知られます。自身が設計した住宅や展示空間で、特に「No.209」を多く用い、モダニズム建築と曲木家具の調和を示しました。
ブランド基本情報
| ブランド名 | THONET(トーネット) |
|---|---|
| 正式社名 | Thonet GmbH(トーネット有限会社) |
| 創業年 | 1819年 |
| 創業者 | ミヒャエル・トーネット(Michael Thonet, 1796-1871) |
| 創業地 | ドイツ・ラインラント=プファルツ州ボッパルト |
| 本社所在地 | ドイツ・フランケンベルク |
| 事業内容 | 家具の設計・製造・販売(椅子、テーブル、その他家具全般) |
| 特徴 | 曲木技術の確立、家具の工業的量産化、バウハウスとの協働 |
| 代表作品 | No.214(旧No.14)、No.209、チェスカチェア(S32)、MRチェアなど |
| 公式サイト | https://www.thonet.de/ |
現在のトーネット
200年以上の歴史を持つトーネットは、曲木技術という発明を起点に、近代の産業デザインへ大きな影響を与えてきました。バウハウスとの協働を通じて曲木からスチールパイプへと素材を広げ、生まれた名作の数々は、世界各地の美術館やコレクションに収蔵されています。
現在も創業家の子孫が経営に携わり、伝統的な職人技術を継承しながら、現代のデザイナーとの協働によって新しい製品を生み出し続けています。装飾を抑えた機能美と、世代を超えて使い続けられる普遍性が、トーネットの家具の価値を支えています。