ポール・エヴァンス・スタジオ

ポール・エヴァンス・スタジオは、アメリカのデザイナー兼彫刻家ポール・エヴァンス(Paul Evans, 1931–1987)が主宰した金属工房である。溶接や彫金の技法を家具と装飾の領域に持ち込み、鋼・ブロンズ・銅・ピューターなどを手作業で加工した一点物の彫刻的な作品を数多く生み出した。壁面彫刻やレリーフパネル、ルームディバイダーといった建築的なオブジェから、彫刻を前面に据えたキャビネットまで、その仕事はアメリカン・スタジオ・ファニチャー運動を代表するものとして知られている。

工房の特徴とものづくり

スタジオの制作は、量産を前提とする工業生産とは一線を画し、職人の手仕事を基盤としていた。エヴァンスはロチェスター工科大学のアメリカン・クラフトマン養成課程とクランブルック・アカデミーで金工と彫金を学んでおり、その技術を家具づくりに応用した点にスタジオの独自性がある。溶接した鋼板を研磨・着色し、パティナや金箔を施す工程はいずれも手作業で行われたため、同じ意匠でも一点ごとに表情が異なる。工房を長く支えた職人ドーシー・リーディングをはじめとする熟練の手により、彫刻と家具の境界を横断する造形が形づくられた。

主要な素材は木材ではなく金属であった。近隣で活動したジョージ・ナカシマやフィリップ・ロイド・パウエルが木を扱ったのに対し、エヴァンスは鋼・ブロンズ・銅・真鍮・ピューターを組み合わせ、溶接痕やテクスチャーをあえて残す荒々しい表面処理を特徴とした。ブルータリズムの潮流と結び付けて語られることが多いが、その造形は民藝的なフォルムから現代都市の風景まで、幅広い源泉から着想を得ている。

沿革

エヴァンスは1955年、ニュージャージー州ランバートヴィルに工房を構え、独立した制作活動を始めた。ほどなくペンシルヴェニア州ニューホープで家具デザイナーのフィリップ・ロイド・パウエルとショールームを共有し、約10年にわたって木と金属を組み合わせた協働作品を手がけた。1950年代後半から1960年代にかけて工房の規模は拡大し、この時期に彼を代表する数々の造形が生まれている。

1964年、エヴァンスは家具メーカーのディレクショナル(Directional Furniture)と提携し、スカルプテッド・ブロンズ、アルジェンテ、シティスケープといったコレクションを同社を通じて市場へ送り出した。その一方でスタジオでは提携後も、壁面彫刻やレリーフ、ルームディバイダーなどの特注・一点物の制作が続けられた。1966年にはペンシルヴェニア州プラムステッドヴィルに、より大規模な工房を開設している。作品の多くには署名と制作年が刻まれ、真正性を確かめる手がかりとなっている。

主な作品

スタジオが手がけた造形には、溶接鋼によるブルータリスト・ウォールスカルプチャー、金属を彫刻的に加工したルームディバイダー、ブロンズによるレリーフパネルなどがある。いずれも建築空間と一体となる装飾を志向し、家具というよりも空間そのものを構成する要素として機能した。ディレクショナルを通じて流通したカタログ製品とは異なり、これらは工房で一点ずつ制作された作品であり、二つとして同じものが存在しない点に価値が置かれている。

主なデザイナー

スタジオの制作を主導したのは、創設者であるポール・エヴァンス自身である。ロチェスター工科大学とクランブルック・アカデミーで学んだのち、オールド・スタージブリッジ・ヴィレッジで銀細工の実演職人を務め、1955年に独立した。金工の素養を家具と彫刻の双方に注ぎ込み、20世紀アメリカを代表するスタジオ・ファニチャーの作り手のひとりとして国際的に評価されている。

基本情報

名称ポール・エヴァンス・スタジオ / Paul Evans Studio
創業者ポール・エヴァンス(Paul Evans, 1931–1987)
創業1955年
拠点アメリカ(ニュージャージー州ランバートヴィル、のちペンシルヴェニア州ニューホープ/プラムステッドヴィル)
分野金属を用いたスタジオ・ファニチャー、彫刻的インテリア