Paul Evans Studio(ポール・エヴァンス・スタジオ)

Paul Evans Studioは、米国の金工家・家具設計者Paul Evans(1931年〜1987年)が主宰した工房である。1955年にニュージャージー州ランバートヴィルで独立したのが始まりで、溶接と彫金の技法を家具と室内の装飾に持ち込んだ。鋼、青銅、銅、ピューターなどの金属を手作業で加工し、壁面の彫刻やレリーフ、間仕切り、収納家具を製作した。1964年からは家具メーカーDirectionalと提携し、量産の製品群も並行して手がけている。

事業と製造の実体

この工房の制作は、量産を前提とする家具工場ではなく、金工の技法を基盤としていた。Evansはロチェスター工科大学とクランブルック美術アカデミーで金工と彫金を学び、その後オールド・スタージブリッジ・ヴィレッジで銀細工の実演職人を務めている。その技術を家具の製作に転用した点に、この工房の性格がある。

工程は、鋼板や銅板を切り出して溶接し、表面を研磨または着色し、酸化被膜や金箔を施すという順で組まれる。いずれも手作業であるため、同じ意匠でも一点ごとに表面の表情が異なる。溶接の痕や打痕をあえて残す仕上げが用いられ、これが同工房の造形上の特徴となった。工房を長く支えた職人にDorsey Reading がいる。

主材は木材ではなく金属である。近隣で活動していたGeorge NakashimaやPhillip Lloyd Powellが木を扱ったのに対し、Evansは鋼、青銅、銅、真鍮、ピューターを組み合わせた。作品の多くには署名と制作年が刻まれており、後年の同定の手がかりになっている。

沿革

1955年、Evansはニュージャージー州ランバートヴィルに工房を構えて独立した。まもなくペンシルベニア州ニューホープで、家具設計者Phillip Lloyd Powellと展示場を共有し、木と金属を組み合わせた作品を約10年にわたって共同で手がけている。1950年代後半から1960年代にかけて工房の規模は拡大した。

1964年、Evansは家具メーカーDirectionalと提携し、スカルプテッド・ブロンズ、アルジェンテ、シティスケープといった製品群を同社を通じて販売した。提携後も工房では、壁面の彫刻やレリーフ、間仕切りといった特注の一点物の制作が続けられている。1966年にはペンシルベニア州プラムステッドヴィルにより大規模な工房を開設した。

1987年3月、Evansは事業を閉じ、同月に55歳で死去した。工房の活動もこれをもって終わっている。

デザイナーとの協働

この工房の制作を主導したのは、主宰者であるPaul Evans本人である。設計と製作の双方を同一人物が担い、職人がこれを支える構成にあたる。1950年代後半から1960年代半ばにかけてはPhillip Lloyd Powellとの共同制作が行われ、金属と木材を組み合わせた作品が生まれた。

Directionalとの提携(1964年〜1987年)では、Evansが設計と製作の監督を担い、同社が販売を引き受ける分担が採られた。

主な製品群

この工房が手がけたのは、建築空間と一体になる装飾を志向した造形である。溶接した鋼によるブルータリスト・ウォールスカルプチャー(溶接鋼)サンバースト・ウォール・スカルプチャー、青銅によるスカルプテッド・ブロンズ・レリーフ・パネルが壁面の作品にあたる。

空間を仕切る要素としては彫刻的金属製ルームディバイダーがある。自立する彫刻では抽象自立彫刻(溶接鋼&ブロンズ)を手がけた。いずれもDirectionalを通じて流通した量産の製品とは異なり、工房で一点ずつ製作されたものである。

基本情報

名称 Paul Evans Studio(ポール・エヴァンス・スタジオ)
創設 1955年
主宰者 Paul Evans(1931年〜1987年)
拠点 アメリカ合衆国ニュージャージー州ランバートヴィル、のちペンシルベニア州ニューホープおよびプラムステッドヴィル
活動期間 1955年〜1987年
事業内容 金属を用いた家具および室内装飾の製作

Reference

Tomlinson Companies - Our Story(Directionalとの関係)
https://www.tomlinsoncompanies.com/our-story/
1stDibs - Directional(Paul Evansの製品群)
https://www.1stdibs.com/creators/directional/furniture/seating/