ファベーラチェアは、ブラジルを代表するデザインデュオ、カンパナ兄弟が1991年に発表した革新的なラウンジチェアである。サンパウロのファベーラ(スラム街)に暮らす人々の創意工夫と資源の有効活用に着想を得たこの作品は、端材の木片を手作業で釘打ちと接着により組み上げた彫刻的な造形が特徴である。各チェアは職人の手によって一点一点制作されるため、同じものは二つと存在しない。2003年よりイタリアの高級家具メーカー、エドラ社によって製造が開始され、現代デザインの金字塔として世界中の美術館に収蔵されている。
特徴・コンセプト
社会的インスピレーション
ファベーラチェアという名称は、ブラジルの都市周辺に形成される自然発生的なスラム街「ファベーラ」に由来する。カンパナ兄弟は、サンパウロのファベーラに暮らす人々が、手に入る限られた材料を使って住居や家具を作り上げる逞しい創造性に深い感銘を受けた。この作品は、貧困という社会問題を糾弾するものではなく、むしろ困難な状況下における人間の創意工夫と適応力を称賛し、そこに美を見出そうとする試みである。
素材と構造
最初のプロトタイプは、サンパウロの果物市場で廃棄される木箱の細板を集めて制作された。現在エドラ社が製造するモデルは、室内用にはブラジル産パイン材が、屋外用にはチーク材が使用されている。内部フレームを持たない構造で、数百枚の木片を職人が一枚一枚手作業で釘打ちし、接着剤で固定していく。一脚を完成させるには約一週間を要する緻密な手仕事である。木片は意図的にランダムな角度と配置で組み上げられるため、パズルのような複雑な幾何学模様を描き、各チェアに固有の表情が生まれる。
デザイン哲学
ウンベルト・カンパナは「ファベーラチェアは、それほど多くの技術を必要とせずに椅子を作る方法を示している。それは希望のメッセージを運ぶ。誰もがこれを作れるという意味での希望だ」と語っている。このチェアは、デザインに高価な機械や先端技術が必ずしも必要ではないことを実証し、素朴な素材と基本的な道具だけで卓越した機能性と美を実現できることを示した。カンパナ兄弟のデザイン哲学の核心は、物質との対話、手仕事の価値、そして持続可能性への配慮にある。彼らは素材の可能性と限界を探りながら、ブラジルの豊かな色彩、混交、創造的カオスを作品に織り込んでいる。
エピソード
プロトタイプの誕生
1991年、カンパナ兄弟は果物市場近くのスタジオで、廃棄された木箱の細板を使って最初のファベーラチェアを制作した。ウンベルト・カンパナは「一枚の木片を別の木片に、何の合理性もなく接着剤と釘で接続した。そのプロジェクトにおける唯一の合理性は、非合理性を構築することだった」と回想している。当初は二脚のプロトタイプのみが制作され、より角張った形状で大きな木片が座面、背もたれ、脚部に使用されていた。小さな木片は特定のエリアにコラージュ的に重ねられ、即興的で自然発生的な印象を与えていた。
エドラとの協働
2003年、イタリアの家具メーカー、エドラ社がファベーラチェアの製造を開始し、ミラノサローネで発表した。量産化にあたり、デザインはより直線的な形態へと進化し、チェアの全表面が小さな木片で覆われるようになった。機械製の基礎構造が安定性を提供しながらも、手作業による制作は維持された。ウンベルト・カンパナ自身がエドラの工場職人に製作技術を伝授し、「工場の職人たちとワークショップのようなものを作った。少しずつ、彼らは私の哲学を理解し始めた」と述べている。この協働により、手仕事の不規則性と芸術性を保ちながら、国際市場への供給が可能となった。
展開と派生作品
ファベーラチェアの成功を受けて、カンパナ兄弟はこのコンセプトを他の作品にも展開した。2013年には白大理石製のファベーラチェア、同年にはファベーラベッドが制作された。また、フランスの陶磁器ブランド、ベルナルドとのコラボレーションにより、ファベーラチェアをモチーフとした食器シリーズも発表されている。2016年にはイタリアの自動車メーカー、フィアットの500の内装デザインにもファベーラの美学が取り入れられた。これらの展開は、ファベーラチェアが単なる家具デザインを超えて、現代デザインにおける一つの思想と方法論を確立したことを示している。
評価
ファベーラチェアは現代デザイン史における画期的な作品として、世界中のデザイン評論家から高い評価を受けている。この作品は、廃材の再利用と手仕事の価値を強調することで、持続可能なデザインの可能性を早くから示した先駆的事例である。ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、サンフランシスコ近代美術館、フィラデルフィア美術館、ヒューストン美術館、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、ロンドン・デザインミュージアム、パリのポンピドゥー・センター、ヴィトラ・デザイン美術館など、世界の主要なデザイン美術館に収蔵されている。また、デザインオークションでも高額で取引されており、コレクターズアイテムとしての地位を確立している。ファベーラチェアは、ブラジルのストリートカルチャーと高級デザインを結びつけ、デザインにおける社会的・文化的文脈の重要性を示した作品として、後続の世代のデザイナーたちに大きな影響を与え続けている。
受賞歴
ファベーラチェアをはじめとするカンパナ兄弟の革新的な作品群は、国際的なデザイン界から高い評価を受けてきた。2008年、彼らはデザイン・マイアミにおいて「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」を受賞し、現代デザイン界における卓越した貢献が認められた。2012年には、パリのメゾン・エ・オブジェで再び「デザイナー・オブ・ザ・イヤー」に選出されるとともに、コルベール委員会創造遺産賞を受賞している。同年、ブラジル政府から文化功労勲章、フランス文化省から芸術文化勲章を授与された。さらに2013年には芸術文化勲章オフィシエが授与されている。1999年には『インテリオール・マガジン』誌のジョージ・ネルソン・デザイン・インテリア賞を受賞した。これらの栄誉は、ファベーラチェアに代表されるカンパナ兄弟のデザイン哲学が、単なる造形美を超えて、社会的・文化的意義を持つことを国際社会が認めた証である。
基本情報
| デザイナー | フェルナンド・カンパナ(1961-2022)、ウンベルト・カンパナ(1953-) |
|---|---|
| デザイン年 | 1991年(プロトタイプ) |
| 製造開始年 | 2003年 |
| 製造元 | エドラ(Edra S.p.A.)、イタリア |
| 分類 | ラウンジチェア、アームチェア |
| 素材 | パイン材(室内用)、チーク材(屋外用)、釘、接着剤 |
| 寸法 | 高さ:約74-77cm、幅:約64-67cm、奥行:約62-64cm、座面高:約45-46cm |
| 製作方法 | 手作業による一点制作(約1週間の制作時間) |
| 収蔵美術館 | ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、サンフランシスコ近代美術館、フィラデルフィア美術館、ヒューストン美術館、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、ロンドン・デザインミュージアム、ポンピドゥー・センター、ヴィトラ・デザイン美術館 ほか |