イームズLCWが切り拓いた成形合板家具の新時代
1946年、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で開催された「New Furniture Designed by Charles Eames」展において、一脚の椅子が家具デザインの歴史に革命をもたらした。チャールズ&レイ・イームズ夫妻が創造したEames LCW(Lounge Chair Wood)である。タイム誌が「20世紀最高のデザイン」と称賛したこの椅子は、成形合板という素材の可能性を極限まで追求し、「優雅で、軽やかで、快適」という新たな家具の理想を具現化した歴史的傑作である。
戦時技術から生まれた革新的デザイン
LCWの誕生は、第二次世界大戦中の軍事技術開発に端を発する。1942年、チャールズ・イームズは映画製作会社MGMを離れ、アメリカ海軍のために成形合板製の添え木(レッグスプリント)の製造に着手した。人体の脚部に完璧にフィットするよう三次元曲面を持たせたこの添え木の開発経験が、後のLCW創造における技術的基盤となった。
イームズ夫妻は、ロサンゼルスのストラスモア通りにあるアパートの一室で、自作の成形機「カザーム・マシン」を用いて合板成形の実験を重ねた。この装置は、自転車用ポンプで空気を送り込んだ風船を利用して薄い木材の単板に圧力をかけ、熱を加えることで複雑な曲面を形成するという独創的なものであった。手工業的な試行錯誤から、やがて量産可能な「イームズ・プロセス」と呼ばれる特許技術が確立されていった。
一体型シェルからの転換
イームズ夫妻が当初目指したのは、座面と背もたれが一体となった単一シェル構造の椅子であった。これは1940年にエーロ・サーリネンと共同で出品し、MoMAの「オーガニックデザイン家具コンペティション」で第一位を獲得したデザインの系譜にあるものだった。しかし、成形合板を急激な曲面に沿って曲げようとすると、材料が割れてしまうという技術的限界に直面した。当時の出品作品では、この亀裂を隠すために張り地で覆う必要があった。
幾度もの失敗を経て、イームズ夫妻は画期的な解決策に到達した。それは、シェルを座面と背もたれの二つの独立したパーツに分割し、成形合板製の背骨(スパイン)と脚部で支持するという構造である。この決断こそが、成形合板の「誠実な使用」を実現し、素材の特性を最大限に活かす道を開いた。すべての接合部を可視化し、材料を張り地の下に隠すことなく、構造の美しさをそのまま表現することが可能となったのである。
MoMA展示とハーマンミラーとの邂逅
LCWは1945年12月、ロサンゼルスのバークレー・ホテルで開催されたプレゼンテーションで初めて披露された。そして翌1946年3月12日から4月14日にかけて、MoMAで開催された「New Furniture Designed by Charles Eames」展において、一般公開された。この展覧会では、鮮やかな黄色の着色を施したLCWも展示され、成形合板への新しい着色技術も披露された。
この展覧会場で、ハーマンミラー社のデザインディレクターであったジョージ・ネルソンがLCWと出会う。彼は「これまで椅子で創造された中で最も偉大なものを見た」と感嘆の声を上げた。この運命的な出会いが、イームズ夫妻とハーマンミラー社の40年以上に及ぶパートナーシップの始まりとなり、20世紀アメリカデザインの黄金時代を切り拓いていった。
精緻な構造が生み出す快適性
LCWは、前脚、後脚、背もたれ、座面、背骨(スパイン)という5つの独立した成形合板パーツで構成されている。座面と背もたれは5層構造の合板で形成され、脚部と背骨は8層構造とすることで必要な強度を確保している。
この椅子の最大の技術的特徴は、各パーツを接合するショックマウントの採用にある。天然ゴムと金属を組み合わせたこの緩衝装置が、座面と背もたれを脚部および背骨に柔軟に接続することで、成形合板本来の適度なしなりに加えて弾力性を付与している。硬質な木材でありながら、体重を預けた際の衝撃を吸収し、身体の動きに追随する応答性のある背もたれを実現した。これは椅子デザインの歴史において初めての試みであった。
座面高は約39センチメートルと低く設定され、座面と背もたれの幅も広く確保されている。これは通常のダイニングチェアではなく、ラウンジチェアとして深くゆったりと腰掛けることを意図したものである。人体の曲線に沿って精緻に成形された座面と背もたれが、体重を広い面積に分散させることで、長時間の使用でも疲労を感じさせない快適な座り心地を実現している。
製造の変遷と再生産
LCWは当初、1946年から1947年にかけてカリフォルニア州ヴェニスビーチのエヴァンス・モールデッド・プライウッド社によって製造され、ミシガン州ジーランドのハーマンミラー社が販売を担当した。1947年にハーマンミラー社が製造拠点をミシガンに移管し、1949年には製造権を完全に取得した。
初期のエヴァンス製モデルは、座面下部のビス配置が「5-2-5」パターンを採用しており、背もたれと背骨を接続するショックマウントには大きな楕円形のものが使用されていた。一部の初期モデルには、メラミン樹脂でラミネート加工を施したものや、アニリン染料で赤や黒に着色されたものも存在した。1950年以降のハーマンミラー製モデルでは、ビス配置が「5-2-4」パターンに変更され、脚部には小さな円形のアルミニウム製フィートが追加された。
1950年代が進むにつれて、プラスチック成形などの新素材・新技術を用いた家具が登場し、合板家具への需要は徐々に減少していった。ハーマンミラー社は1957年にLCWの製造を中止した。しかし、その歴史的価値と普遍的な美しさは決して色褪せることなく、1994年に「ホームクラシックス」コレクションの一環として再生産が開始された。以来、現在に至るまで、ウォールナット、ホワイトアッシュ、サントスパリサンダー、エボニーなど多様な木材仕上げで製造が続けられている。ヨーロッパおよび中東地域では、ヴィトラ社が正規製造権を有している。
タイム誌が選ぶ「20世紀最高のデザイン」
1999年、アメリカの週刊誌「タイム」は、ミレニアムを記念する特集において、LCWを「20世紀最高のデザイン(The Best Design of the 20th Century)」に選出した。第二位には蒸気機関車が選ばれており、LCWが産業革命を象徴する存在と並び称される文化的影響力を持つことが示された。
タイム誌は、このデザインを「優雅で、軽やかで、快適。多くの模倣品が存在するが、これを超えるものはない(something elegant, light, and comfortable. Much copied, but never bettered)」と評した。重厚で複雑な構造を持ち、張り地で覆われた従来の家具が支配的であった時代において、LCWの簡潔さと透明性、そして素材の美しさを率直に表現する姿勢は、まさに革命的であった。
世界の美術館コレクションに収蔵される名作
LCWは、単なる商業製品の枠を超え、20世紀デザイン史における重要な文化的遺産として、世界中の主要美術館に収蔵されている。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、1946年の展覧会以来、イームズ夫妻の作品を継続的に収集・展示しており、LCWは同館のデザインコレクションの核をなす作品の一つである。ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)では、ロサンゼルスのターター邸の調度品として使用されていたLCWが収蔵されている。この邸宅は建築家グレゴリー・エインが設計したもので、戦後アメリカの中産階級向けモダンデザイン住宅の好例とされる。
アメリカ国内では、サンフランシスコ近代美術館、ハイ美術館、デンバー美術館、国立アメリカ歴史博物館、カーネギー美術館、ニューヨークのデザイン美術館、セントルイス美術館、ミネアポリス美術研究所など、数多くの権威ある機関がLCWを所蔵している。これらのコレクションは、LCWが単なる機能的家具ではなく、芸術作品としての価値を持つことを明確に示している。
現代に受け継がれる革新の精神
2023年、MoMAデザインストアでイームズオフィスのポップアップショップが開催された際、1946年の初公開時に展示された鮮やかな黄色のLCWにインスピレーションを得た「オーカー」仕上げのモデルが特別に製作された。また、2022年には、デンマークのデザイナー夫妻であるメッテ&ロルフ・ヘイとのコラボレーションにより、鮮やかなフォレストグリーンの限定モデルが発表された。これらの取り組みは、70年以上の歳月を経てもなお、LCWが現代のデザイナーやクリエイターに創造的インスピレーションを与え続けていることを示している。
イームズ夫妻が追求した「誠実な素材の使用」「機能と美の融合」「大量生産による良質なデザインの民主化」という理念は、今日のサステナブルデザインや循環型経済の思想にも通じるものである。成形合板という素材の可能性を極限まで探求し、無駄を削ぎ落としながらも豊かな表現を実現したLCWは、時代を超えて普遍的な価値を持つデザインの模範として、これからも多くの人々に愛され続けるであろう。
基本情報
| デザイナー | チャールズ&レイ・イームズ |
|---|---|
| デザイン年 | 1945-1946年 |
| 初回製造 | 1946年 |
| 製造元 | エヴァンス・モールデッド・プライウッド社(1946-1947年) ハーマンミラー社(1947年-1957年、1994年-現在) ヴィトラ社(ヨーロッパ・中東地域、現在) |
| サイズ | 高さ:約67cm 幅:約56cm 奥行き:約62cm 座面高:約39cm 重量:約9kg |
| 素材 | 座面・背もたれ:5層成形合板 脚部・背骨:8層成形合板 ショックマウント:天然ゴム・金属 表面材:ウォールナット、ホワイトアッシュ、サントスパリサンダー、エボニー他 |
| 受賞歴 | タイム誌「20世紀最高のデザイン」(1999年) |
| 主な所蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)、サンフランシスコ近代美術館、デンバー美術館、国立アメリカ歴史博物館他 |