ピエール・ジャンヌレ

スイス出身のピエール・ジャンヌレ(1896-1967)は、従兄弟ル・コルビュジエの陰に隠れながらも、20世紀モダニズム建築と家具デザインに不可欠な貢献をした建築家・デザイナーである。彼の真価は、インド・チャンディーガルでの14年間の活動に結実し、現地の素材と伝統工芸を尊重した家具デザインは、今日サステナブルデザインの先駆けとして再評価されている。ヨーロッパのモダニズム理論を、文化的な感受性とともに実践へ結びつけた点に、彼の仕事の独自性がある。

バイオグラフィー

アルノルド・アンドレ・ピエール・ジャンヌレ・グリは、1896年3月22日、スイス・ジュネーヴに生まれた。9歳年上の従兄弟シャルル=エドゥアール・ジャンヌレ(後のル・コルビュジエ)との関係が、後の人生を大きく方向づけた。ジュネーヴ美術学校、続いてパリの国立高等美術学校で建築と芸術を学び、画家・建築家としての才能を開花させた。1916年から1918年までスイス軍で従軍した後、1920年にパリに移住。1922年、従兄弟と共同事務所を開設し、18年間の協働期間が始まる。

ル・コルビュジエとの協働(1922-1940)

1922年から1940年まで、パリのセーヴル通り35番地の共同事務所で、二人はモダニズム建築を代表する数々の作品を生み出した。ル・コルビュジエが理論的指導者、公的な顔であったのに対し、ピエールは実務の専門家として現場監理と技術的側面を統括した。主要プロジェクトには、ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸(1923-1925)、ヴィラ・サヴォワ(1928-1931)、ヴァイセンホーフ・ジードルンク(1927)などがある。1927年から1937年にかけては、シャルロット・ペリアンを迎え入れ、三人でLCコレクションを創出した。

チャンディーガルでの献身(1951-1965)

1951年2月、54歳のピエール・ジャンヌレはインドに到着し、以後14年間を新都市チャンディーガルの建設に捧げた。ル・コルビュジエが年に2回短期間訪問するのみだったのに対し、ピエールは現地に常駐し、都市計画の実施を指揮した。1955年にはチャンディーガル主任建築家に任命された。彼はガンディー・バワン、パンジャブ大学図書館など数多くの公共建築を手がけ、さらに、所得層に応じた多様な集合住宅を設計した。そして、地域の素材と工芸を尊重した革新的な家具デザインを創造し、後に世界中で高く評価されることになる。

晩年と遺産(1965-1967)

1965年8月、健康の悪化によりジャンヌレはチャンディーガルを離れ、ジュネーヴに帰還した。1967年12月4日、71歳で逝去。彼の遺言により、遺灰は最愛の都市チャンディーガルのスクナ湖に散骨された。彼は姪ジャクリーヌに、チャンディーガルでの14年間の活動に関する膨大な資料を遺し、これらはカナダ建築センターに寄贈された。2017年、彼の旧居はピエール・ジャンヌレ博物館として公開された。

デザインの思想とアプローチ

ピエール・ジャンヌレのデザイン哲学は、ヨーロッパ・モダニズムの厳格な原理から、地域の素材、工芸、文化的ニーズを尊重する、より文脈的で人間主義的なアプローチへと進化した。

核となる原則

彼の哲学は、機能性、簡潔性、素材の誠実な使用を重んじるモダニズム原則に根ざしていた。ただし、普遍的な解を一律に当てはめる多くのモダニストとは異なり、ジャンヌレは土地ごとの条件に柔軟に対応した。チャンディーガルでは現地の暮らしを丹念に観察し、その土地の文脈と資源を踏まえて建設上の課題に応えていった。

デザインの民主化

ジャンヌレは、一部の富裕層だけでなく誰もが手にできる質の高いデザインを目指した。チャンディーガルの家具の多くは、容易に再生産でき、手頃な価格に収まるよう設計されている。こうした考え方は、デザインの公平性という今日的な視点を先取りするものだった。

全体的統合

ジャンヌレは、家具が建築空間を支配するのではなく、補完し強化すべきだと信じていた。この統合的視点は、ル・コルビュジエとの協働作品でも、チャンディーガルでの独立したプロジェクトでも一貫して見られる。

作品の特徴

ピエール・ジャンヌレの作品を特徴づけるのは、素材への感受性、形態的革新、そして技術的熟達である。

素材への感受性

初期のモダニスト作品では鋼管とクロームの革新的使用が特徴だったが、彼の素材へのアプローチはチャンディーガルで頂点に達した。湿度と虫害に強いビルマ・チーク材を広範囲に使用し、座面と背もたれには手編みの籐を組み合わせた。地域で入手できる木材と伝統技法を用いることで、機能的で美しく、その土地に深く根ざした家具を生み出した。これは今日いうサステナブルデザインを先取りする試みでもあった。

形態と技術革新

彼の最も知られた特徴は、製図用コンパスに着想を得たV字型(コンパス脚)で、これがジャンヌレ作品の象徴となった。頑丈なこの脚は、地元の職人が手頃な価格で製作できた。チャンディーガル家具は複数の脚部形式を持ち、幾何学的な変化を生んでいる。接合にはほぞ継ぎやあり継ぎなど、伝統的で精緻な木工技法が用いられた。

気候適応

彼の建築は、ベランダやポーチによる日陰と、平面計画を生かした通風によって、空調に頼らずインドの厳しい暑さのなかでの快適さを確保した。

主な代表作

建築プロジェクト

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸(1923-1925)
パリに建設された二重住宅。後に「五原則」となる建築原則の最初の実装。現在ル・コルビュジエ財団本部。ユネスコ世界遺産。
ヴィラ・サヴォワ(1928-1931)
ポワシーに建設。近代建築の五原則の具現化として知られる。20世紀モダニズムの最も影響力のある建築の一つ。ユネスコ世界遺産。
ヴァイセンホーフ・ジードルンク(1927)
シュトゥットガルトに建設された実験的住宅団地。ル・コルビュジエとピエール・ジャンヌレは、戸建住宅と二戸一住宅の2棟を設計した。2016年ユネスコ世界遺産。
キャピトル・コンプレックス(1951-1965)
チャンディーガルの政府建築群。ル・コルビュジエの設計を実施。立法議会、高等裁判所、事務局からなる。2016年ユネスコ世界遺産。
ガンディー・バワン(1956-1963)
パンジャブ大学キャンパス内の講堂。ジャンヌレの独立した傑作。水面に浮かぶ蓮の花を想起させるデザイン。

家具デザイン

LC1 バスキュラントチェア(1928年)

ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンの三者による共同デザインで生まれた回転式アームチェア。背もたれが可動する革新的な構造を持ち、スチールパイプフレームと革張りシートが機能性と美しさを両立させている。

LC2 ソファ / グラン・コンフォール(1928年)

ル・コルビュジエ、ペリアンとの協働から生まれたソファ。クロームメッキのスチールパイプによる外骨格フレームに独立したクッションを収める構成で、構造と表皮の分離という近代建築の原理を家具に応用した革命的作品。現在カッシーナ社が製造を継続。

LC4 シェーズロング(1928年)

「休息のための機械」と称されるシェーズロング。ル・コルビュジエ、ペリアンとの共同デザインにより、人体の曲線に沿った優美なフォルムと自由な角度調整機能を実現。家具デザインの歴史に革命をもたらしたLCコレクションの代表作。

LC6 テーブル(1928年)

LCコレクションの一環としてデザインされたダイニングテーブル。建築的なスケール感を持つ円柱状の脚とガラス天板の組み合わせが特徴で、ル・コルビュジエの建築思想を家具のスケールに翻訳した作品である。

LC12 ラ・ロッシュ

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸に由来するテーブル。堅牢な木材の天板と力強い構造が、ピエール・ジャンヌレの素材に対する深い理解と構築的な美意識を反映している。

チャンディーガルチェア(1951-1965年)

インド・チャンディーガルのために設計された家具シリーズの代表作。地域の素材と工芸を尊重し、特徴的なV字型コンパス脚を持つ革新的なデザイン。現在カッシーナ社が「Hommage à Pierre Jeanneret」コレクションとして再発売している。

モデル92シザーチェア(1947)
ノル社のためにデザイン。逆V字構造を特徴とし、後のチャンディーガル家具の先駆けとなった。

功績と業績

ピエール・ジャンヌレは生前、ル・コルビュジエの陰で働くことが多く、正当な評価を受ける機会は限られていた。しかし没後、その評価は大きく高まっている。

制度的認知

1955年にチャンディーガル主任建築家およびパンジャブ州の都市計画顧問に任命され、後にチャンディーガル建築大学の学長を務めた。

ユネスコ世界遺産

ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸、ヴィラ・サヴォワ、ヴァイセンホーフ・ジードルンク、チャンディーガルのキャピトル・コンプレックスなど、彼が関わった複数の建築がユネスコ世界遺産に登録されている。

市場での復興

1970年代から1990年代にかけて、チャンディーガルの椅子は廃棄場で多くを占めていた。しかし、1990年代後半以降、フランスのディーラーたちが価値を見出し、「チャンディーガル・チェア」は急速にカルト的アイテムとなった。現在、オリジナル作品はオークションハウスで数万ドルで取引されている。

評価と後世への影響

ピエール・ジャンヌレの仕事は、モダニズムの原則が地域の文脈や素材、伝統と無理なく結びつきうることを示している。

サステナビリティの先駆

持続可能性や地域性が重視されるようになるはるか以前から、彼はその土地の素材と気候に根ざしたデザインを実践していた。サステナビリティと文化的感受性が問われる今日、その仕事は先駆的な実例として参照されている。

メンターシップ

ジャンヌレはチャンディーガルで若いインド人建築家たちを指導し、彼らは後の現代インド建築を担っていった。

現代への影響

彼の家具は近年、コレクターや愛好家から高く評価され、高級インテリアにも取り入れられている。作品はMoMAやヴィトラ・デザイン・ミュージアムなどに収蔵されている。地域の文脈や持続可能性を重視したその姿勢は、今日のデザインが向き合う課題を先取りしたものとして評価されている。

作品一覧

年月 区分 作品名 ブランド
1923-1925年 建築 ラ・ロッシュ=ジャンヌレ邸 Le Corbusier & Pierre Jeanneret
1924-1927年 建築 フリュジェス集合住宅 Le Corbusier & Pierre Jeanneret
1927年 建築 ヴァイセンホーフ・ジードルンク Le Corbusier & Pierre Jeanneret
1928年 椅子 LC1 背もたれ可動式アームチェア Cassina
1928年 椅子 LC2 プティ・コンフォール Cassina
1928年 椅子 LC3 グラン・コンフォール Cassina
1928年 椅子 LC4 シェーズロング Cassina
1928年 椅子 LC7 回転椅子 Cassina
1928年 テーブル LC6 テーブル Cassina
1928年 テーブル LC10-P ローテーブル Cassina
1928-1931年 建築 ヴィラ・サヴォワ Le Corbusier & Pierre Jeanneret
1947年 椅子 モデル92 シザーチェア Knoll Associates
1951-1965年 建築 キャピトル・コンプレックス チャンディーガル
1953-1960年 椅子 PJ-SI-30-A 委員会椅子 Chandigarh / Cassina
1954-1955年 照明 LC-III ウォールランプ Chandigarh
1955年頃 ベッド PJ-L-01-A ウェビング・ベッド Chandigarh
1955-1956年 照明 PJ-LU-04-B 二灯式フロアランプ Chandigarh
1955-1960年頃 椅子 PJ-SI-29-A イージーアームチェア Chandigarh / Cassina
1955年頃 椅子 PJ-SI-28-A オフィス籐椅子 Chandigarh / Cassina
1955-1956年頃 椅子 PJ-SI-59-A カンガルーチェア Chandigarh / Cassina
1956-1963年 建築 ガンディー・バワン チャンディーガル
1956-1960年頃 テーブル PJ-TA-04-A カフェテリアテーブル Chandigarh
1958年 椅子 055 キャピトル・コンプレックス・チェア Chandigarh / Cassina
1958年 椅子 053 キャピトル・コンプレックス・アームチェア Chandigarh / Cassina
1958年頃 テーブル PJ-BU-02-A 本棚付きオフィスデスク Chandigarh
1960年頃 椅子 PJ-SI-51-A 図書館椅子 Chandigarh
1960-1961年 テーブル PJ-TA-01-A ダイニングテーブル Chandigarh
1963-1964年 テーブル PJ-TAT-10-B 照明付き図書館テーブル Chandigarh
1963-1964年 テーブル LC-PJ-TAT-14-A 委員会テーブル Chandigarh
1963-1964年頃 テーブル LC-PJ-TB-02-A コーヒーテーブル Chandigarh

Reference

Pierre Jeanneret - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Pierre_Jeanneret
Pierre Jeanneret | Carpenters Workshop Gallery
https://carpentersworkshopgallery.com/artists/pierre-jeanneret/
Pierre Jeanneret - Biography - Galerie Patrick Seguin
https://www.patrickseguin.com/en/designers/pierre-jeanneret/biography-pierre-jeanneret/
Discovering Pierre Jeanneret: One of the Unsung Heroes of Chandigarh | Phantom Hands
https://phantomhands.in/journal/discovering-pierre-jeanneret
Pierre Jeanneret (1896 - 1967) Swiss Architect and Designer | Encyclopedia Design
https://encyclopedia.design/2021/05/14/pierre-jeanneret-swiss-architec-designer/
Pierre Jeanneret: The 'Other Jeanneret' | Barnebys Magazine
https://www.barnebys.com/blog/meet-pierre-jeanneret-the-other-jeanneret
Cassina - Hommage à Pierre Jeanneret Collection
https://www.cassina.com/en
Pierre Jeanneret Museum, Chandigarh
https://www.museumsofindia.org/museum/11844/pierre-jeanneret-house-museum
Canadian Centre for Architecture - Pierre Jeanneret Fonds
https://www.cca.qc.ca/en/search/details/collection/object/373160
UNESCO World Heritage - The Architectural Work of Le Corbusier
https://whc.unesco.org/en/list/1321