ピエール・ジャンヌレ チャンディーガルチェアは、1950年代を中心に、インド北部パンジャーブ地方の計画都市チャンディーガルのために製作された一連の椅子である。スイス出身の建築家ピエール・ジャンヌレが、いとこであるル・コルビュジエとともに手がけた都市計画プロジェクトのなかで、行政施設・教育機関・住宅など都市のさまざまな建築物のインテリアを構成する家具として生まれた。

チャンディーガルチェアという呼称は、単一のデザインを指すものではなく、用途に応じて設計された家具シリーズ全体を包括する。オフィスチェア、イージーチェア、カンガルーチェア、ライブラリーチェア、フローティングバックチェアなど、多様なバリエーションが存在する。いずれも地元で調達できるインディアンチーク材(一部はシーシャム材)と籐を主材料とし、伝統的な木工技術で製作された。この素材選択は、実用性と経済性に加え、インドの風土と手工芸を活かす考え方の表れでもあった。

特徴・コンセプト

チャンディーガルチェアの最も象徴的な特徴は、V字型を呈する脚部、通称「コンパスレッグ」である。製図用コンパスを思わせるこの構造は、ジャンヌレの家具デザインの視覚的な目印として機能する。逆V字型の支柱が肘掛けを支え、背もたれと座面は木製フレームに張られた籐の編み細工で構成される。籐の使用は、高温多湿な気候における通気性を確保する実用的配慮であると同時に、地域の手工芸技術を活かす選択でもあった。

デザインの根底にあるのは、装飾を排した簡潔さである。むき出しの木組み、単純な接合部、率直な素材表現が、そのまま椅子の造形を形づくっている。同時に、地元の木工職人が基本的な道具のみで製作でき、修理や分解も容易になるよう、構造は意図的に単純化されていた。この点は、短期間で数千脚を現地生産することを可能にし、都市全体の家具需要を満たすうえで実際的な意味を持った。

設計をめぐる帰属

チャンディーガルの家具は、慣例的にジャンヌレの作品として語られてきたが、実際には複数の設計者による共同作業の産物であった。工房での家具設計は協働で進められ、個々の作者は文書として記録されていない。近年の研究では、地元インド人設計者、とりわけユーリー・チョウドリーの貢献が指摘されている。彼女はチャンディーガルの家具制作において重要な役割を担ったとされ、ライブラリーチェアなどは、ル・コルビュジエ、ジャンヌレ、チョウドリーの協働として記録される場合がある。

オークションハウスが「ジャンヌレ・チェア」の名で扱うことで、インド人設計者の役割が背景に退きやすいことは、しばしば議論の対象となってきた。この帰属の問題は、ミッドセンチュリーデザイン史における地元貢献者の評価という、より広い論点にもつながっている。

再発見と市場での評価

20世紀後半、チャンディーガルの椅子の多くは劣化し、行政施設から廃棄されていった。実用価値を失った家具はスクラップとして処分され、あるいは薪にされることもあった。状況が変わったのは1990年代後半で、ヨーロッパのディーラーがチャンディーガルを訪れ、ほとんど無価値とされていた椅子を大量に買い集め始めた。その後、パリのギャラリー・パトリック・セガンなどによる研究と展覧会がジャンヌレの再評価を後押しし、修復・展示を経て国際的なコレクターアイテムとしての地位が確立していった。かつてわずかな金額で取引されていた椅子が、現在では国際オークションで高額に落札されることも珍しくない。

この人気の高まりは、複雑な問題も生んでいる。オリジナル家具の国外流出は、インドの文化遺産保護の観点から議論を呼び、インドでは2011年以降、チャンディーガル家具の売却・輸出を制限する措置がとられた。現在、チャンディーガル当局は残存する家具の保存を進め、ジャンヌレが暮らした住居を博物館として公開するなど、その遺産を守る取り組みを強化している。

評価と収蔵

チャンディーガルチェアは、20世紀デザイン史における重要な作品として国際的に認知されている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)、パリのポンピドゥー・センター、チューリッヒ造形美術館(Museum für Gestaltung)など、複数のミュージアムコレクションに収蔵されている。V&Aはこの椅子を、多くの再現・複製を生んだ20世紀デザインの古典と評している。これらの椅子は、モダニズムの理念が非西洋の風土と手工芸に出会い、地域性と普遍性を結びつけた例として評価されている。

2016年、ル・コルビュジエの建築作品群の一部としてチャンディーガルのキャピトルコンプレックスがユネスコ世界遺産に登録され、その文化的重要性が公式に認められた。

正規リエディション

ジャンヌレの遺族の承認のもと、複数の正規リエディションが進められている。2019年、イタリアの家具メーカー、カッシーナは「オマージュ・ア・ピエール・ジャンヌレ」コレクションを発表した。ル・コルビュジエ財団の協力を得てオリジナルの図面と資料を精査し、当初はキャピトルコンプレックスの椅子・テーブルを中心とする4モデルを、オーク材やビルマチーク材、ウィーンケーン(籐)を用いて再現している。その後、シビルベンチやカンガルーチェアなどを加えたラインへと拡張された。

インドでは、ファントムハンズなどの工房が、当時ジャンヌレのもとで働いた職人の技術を受け継ぎながら家具を製作している。チャンディーガルの椅子には特許・著作権が存在しないため、各国のメーカーによる再生産も広く行われている。

基本情報

デザイナー ピエール・ジャンヌレ(ほか、ユーリー・チョウドリーら現地設計者の協働)
デザイン年 1950年代(都市計画は1951年〜)
分類 チェア
主要素材 インディアンチーク材(一部シーシャム材)、籐(ケーン)
製作地 インド・チャンディーガルの工房
特徴的構造 V字型(コンパス型)脚部
主要モデル オフィスチェア(PJ-SI-28-A/B)、カンガルーチェア(PJ-SI-59-A)、イージーチェア、ライブラリーチェア、フローティングバックチェア
コレクション収蔵 ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)、ポンピドゥー・センター、チューリッヒ造形美術館 ほか
正規復刻 カッシーナ(2019年〜「オマージュ・ア・ピエール・ジャンヌレ」コレクション)
関連世界遺産 ル・コルビュジエの建築作品群(チャンディーガル・キャピトルコンプレックス、2016年登録)