概要
マルト・スタム(1899-1986)は、オランダの建築家である。1926年、後脚を持たない椅子の構成を考案した。ガス管と継手を組み合わせた試作で、前脚から座面、背もたれへ一続きの部材が伸びる。マルセル・ブロイヤーとミース・ファン・デル・ローエが同時期に同じ構成を扱い、のちに意匠権をめぐる争いとなった。
バイオグラフィー
1899年8月5日、オランダのプルメレントに生まれた。建築の教育を受けている。
1920年代前半、ドイツとスイスで建築の実務に携わった。
1926年、シュトゥットガルトのヴァイセンホーフ住宅展のために椅子を試作した。ガス管と継手を組み合わせ、後脚を持たない構成をとる。
1928年から1929年までバウハウスで教えた。1930年代にソ連で都市計画に携わり、以後はオランダとドイツで教育と設計を続けている。1986年2月21日に没した。
デザインの思想と方法
椅子は通常、4本の脚で座面を支える。スタムが考案したのは、後脚をなくし、前脚から座面と背もたれへ一続きの部材で構成するという方式である。荷重は前方の脚だけで受けることになる。
後脚をなくす
座面の後方に脚がないため、床との接点が減る。椅子の下に空間が生じ、掃除もしやすい。荷重は前脚と、そこから伸びる部材の曲げ剛性で受ける。
ガス管と継手で試作する
1926年の試作は、ガス管を継手でつないだものである。継手があるため関節が生じ、たわみは少ない。当時、鋼管を連続して曲げる技術が手元になかったことによる。
構成を先に示す
試作の目的は、後脚のない椅子が成立するかを確かめることだった。製品としての完成度より、構成が成り立つかどうかが主題にあたる。
建築と都市計画を主とする
家具の設計はこの時期に限られる。以後は建築と都市計画、および教育を主としている。
代表作にみる方法
後脚のない椅子の試作(1926年)
ガス管を継手でつないだ試作である。前脚から座面、背もたれへ一続きの部材が伸び、後脚を持たない。V&Aが収蔵している(収蔵番号CIRC.825-1968)。
S33(1926年)
後脚のない構成による椅子である。のちにトーネットから生産された。→S 33 チェア
ヴァイセンホーフ住宅展(1927年)
シュトゥットガルトの住宅展に参加した。複数の建築家が住宅を設計し、スタムも棟を担当している。
バウハウスでの教育(1928-1929年)
建築の課程で教えた。同時期に他の教員も家具の設計を行っている。
建築・都市計画(1930年代〜)
ソ連で都市計画に携わったのち、オランダとドイツで設計と教育を続けた。
評価と影響
スタムは、後脚を持たない椅子の構成を最初に示した人物として言及される。1926年の試作がその始まりにあたる。
マルセル・ブロイヤーとミース・ファン・デル・ローエが同時期に同じ構成を扱った。1930年代にドイツで意匠権をめぐる争いとなり、スタムに構成の権利が認められている。
家具の設計は1920年代後半に限られる。以後は建築と都市計画、教育を主とした。
収蔵
以下の収蔵が確認できる(V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)。
- V&A 椅子(1926年) 収蔵番号 CIRC.825-1968
MoMA、Met、AIC では該当する収蔵は確認できなかった。オランダ・ドイツ国内の館については照合手段がない。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド / 場所 |
|---|---|---|---|
| 1926年 | 椅子 | 後脚のない椅子の試作 | — |
| 1926年 | 椅子 | S 33 チェア | Thonet |
| 1927年 | 建築 | ヴァイセンホーフ住宅展 | シュトゥットガルト、ドイツ |
| 1928-1929年 | 教育 | バウハウス 建築課程 | デッサウ、ドイツ |
| 1930年代 | 都市計画 | ソ連での都市計画 | ソ連 |
| 1940-60年代 | 教育・建築 | オランダ・ドイツでの設計と教育 | オランダ、ドイツ |
プロフィール
| 生没年 | 1899年8月5日〜1986年2月21日 |
|---|---|
| 出身地 | オランダ・プルメレント |
| 国籍 | オランダ |
| 活動拠点 | ロッテルダム、デッサウ |
| 分野 | 建築、都市計画、家具、教育 |
| 主な協働ブランド | Thonet |
Reference
- Thonet
- https://www.thonet.de/en/
- Victoria and Albert Museum Collections
- https://collections.vam.ac.uk/
- Bauhaus-Archiv Berlin
- https://www.bauhaus.de/en/