概要
ジョージ・ナカシマ(1905-1990)は、アメリカの家具製作者である。建築を学び、アントニン・レーモンドの事務所で働いたのち、家具の製作へ移った。木の板を切り出したときに残る樹皮側の縁を削らずに天板の縁として使い、割れは蝶形の契りで留める。ペンシルベニア州ニューホープに工房を構え、現在も家族が製作を続けている。
バイオグラフィー
1905年5月24日、アメリカ・ワシントン州スポケーンに日本からの移民の子として生まれた。ワシントン大学で建築を学び、1930年にマサチューセッツ工科大学で修士号を得ている。
1934年から1939年にかけて日本とインドに滞在した。東京ではアントニン・レーモンドの事務所に勤め、1937年からはインドのポンディシェリでゴルコンデ寄宿舎の現場監理にあたっている。この期間に木工の職人と接し、家具の製作へ関心を移した。
1941年にアメリカへ戻り、シアトルで家具の製作を始めた。1942年、日系人の強制収容によりアイダホ州ミニドカの収容所へ送られている。ここで日本出身の大工から木工の技術を学んだ。
1943年、レーモンドの身元引受けにより収容所を出て、ペンシルベニア州ニューホープへ移った。以後この地に工房を構え、1990年6月15日に没するまで製作を続けている。工房は娘のミラ・ナカシマが引き継いだ。
デザインの思想と方法
ナカシマが扱ったのは、一本の木からどの板を取り、その板をどう使うかという問題である。製材した板には、節、割れ、樹皮側の不規則な縁が残る。通常はこれらを切り落として直線的な材にするが、ナカシマは残したまま使う構成をとった。
樹皮側の縁を残す
丸太を製材すると、両端に樹皮側の不規則な縁が残る。これを落とせば直線の板になるが、幅も減る。ナカシマはこの縁を天板の縁としてそのまま使った。木の輪郭が家具の輪郭になるため、同じ設計から同じ天板は出ない。
割れを蝶形の契りで留める
板の割れは、通常は材の欠陥として除かれる。ナカシマは割れの両側に蝶形の穴を彫り、別材の契りをはめて留めた。割れの進行が止まり、同時に接合が表面に現れる。欠陥を隠すのではなく、処置の跡を見せるという判断にあたる。
板ごとに使い道を決める
製材した板は工房で乾燥させ、木目と形を見てから何に使うかを決める。設計図に合わせて材を探すのではなく、材に合わせて何を作るかを決めるという順序をとる。この進め方は在庫の管理と一体になっている。
脚部は幾何学で構成する
天板が不規則な輪郭を持つのに対し、脚部は直線と単純な角度で構成される。コノイドチェアは、2本の脚で片持ちに座面を支える構成をとり、木材の曲げ強度を計算に入れている。不規則な面と幾何学的な支持という対比が、家具の構成になっている。
代表作にみる方法
フリーエッジ テーブル
樹皮側の不規則な縁を残した天板を持つ卓である。割れには蝶形の契りをはめる。天板の輪郭は木の側で決まっているため、同じものは作られない。ナカシマの仕事を最も直接に示す形式にあたる。→ナカシマ フリーエッジテーブル
コノイドチェア(1960年)
2本の脚で片持ちに座面を支える椅子である。後脚を持たず、床に接するのは幅の広い橇状の部材のみになる。木材の曲げ強度を前提とした構成で、金属の補強を持たない。工房のコノイド・スタジオの名に由来する。→コノイドチェア
ミングレン テーブル
厚みのある天板を、太い脚が支える卓である。名称は日本の「民具」に由来する。天板と脚の接合は貫と楔で行い、金物を用いない。→ミングレン・テーブル
コノイド・ベンチ
長い天板に背もたれの支柱を立てたベンチである。支柱は天板に直接差し込まれ、背もたれの横木を受ける。座面の輪郭は樹皮側の縁を残すため、一台ごとに異なる。
ピース・テーブル(1986年〜)
晩年に始めた、大判の一枚板による卓の系列である。各大陸に一台ずつ置くという構想で進められ、ニューヨークの教会などに納められた。娘のミラ・ナカシマが引き継いでいる。
評価と影響
ナカシマは一般に、20世紀アメリカのスタジオ・ファニチャー運動を代表する製作者と評価されている。材料の不規則さを設計の条件として扱う方法が、以後の木工に影響を残した。
建築の教育を受け、レーモンドの事務所で実務を経験したのち、収容所で日本出身の大工から木工の技術を学んだという経緯が、その仕事の前提にある。設計と製作を分けず、材料の選定から仕上げまでを工房で行う体制をとった。
1943年に構えたニューホープの工房は現在も稼働しており、娘のミラ・ナカシマが製作を続けている。2014年にはこの敷地がアメリカの国定歴史建造物に指定された。日本では香川県高松市に記念館があり、日米双方で製作された約60点が展示されている。
受賞・収蔵
受賞
- 1952年 アメリカ建築家協会(AIA)クラフツマンシップ・メダル
- 1983年 旭日小綬章
収蔵
以下の収蔵が確認できる(MoMA=ニューヨーク近代美術館、V&A=ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、Met=メトロポリタン美術館、AIC=シカゴ美術館)。
- MoMA 三本脚のスツール(ミラ・スツール、1950年頃) 収蔵番号 572.2010
- V&A ウィンザー様式の椅子(1956年) 収蔵番号 W.72-1982
- Met コノイド ラウンジチェア(1986-87年) 収蔵番号 Inst.1987.2 ほか計7脚
- Met コノイド チェア(1986-87年) 収蔵番号 Inst.1987.19
- Met コノイド デスク(1986-87年) 収蔵番号 Inst.1987.18a–f
- Met グリーンロック ベンチ(1986-87年) 収蔵番号 Inst.1987.9 ほか計7点
- Met テーブル(1986-87年) 収蔵番号 Inst.1987.1
- Met 畳の台(1986-87年) 収蔵番号 Inst.1987.20、Inst.1987.21
- AIC 草座の椅子 2脚(1945年頃) 収蔵番号 1991.245.1-2
- AIC ニュー・チェア(1988年) 収蔵番号 1988.201
- AIC コノイド チェア(1988年) 収蔵番号 1988.204
メトロポリタン美術館の収蔵は、日本を主題とする展示室の什器としてまとめて収められたものにあたる。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1940年代〜 | テーブル | ナカシマ フリーエッジテーブル | George Nakashima Woodworkers |
| 1945年頃 | 椅子 | 草座の椅子 | George Nakashima Woodworkers |
| 1950年頃 | スツール | ミラ・スツール | George Nakashima Woodworkers |
| 1956年 | 椅子 | ウィンザー様式の椅子 | George Nakashima Woodworkers |
| 1960年 | 椅子 | コノイドチェア | George Nakashima Woodworkers |
| 1960年代 | ベンチ | コノイド・ベンチ | George Nakashima Woodworkers |
| 1960年代 | テーブル | ミングレン・テーブル | George Nakashima Woodworkers |
| 1986年〜 | テーブル | ピース・テーブル | George Nakashima Woodworkers |
| 1940-50年代 | 家具 | ノル向けの家具(N19チェアほか) | Knoll |
プロフィール
| 生没年 | 1905年5月24日〜1990年6月15日 |
|---|---|
| 出身地 | アメリカ・ワシントン州スポケーン |
| 国籍 | アメリカ |
| 活動拠点 | ペンシルベニア州ニューホープ |
| 分野 | 家具、木工 |
| 主な協働ブランド | George Nakashima Woodworkers、Knoll、桜製作所 |
Reference
- George Nakashima Woodworkers(公式)
- https://nakashimawoodworkers.com/
- ジョージ ナカシマ記念館
- https://www.george-nakashima.or.jp/
- The Metropolitan Museum of Art Collection
- https://www.metmuseum.org/art/collection
- The Art Institute of Chicago Collection
- https://www.artic.edu/collection
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/collection/works/2325