ジョージ・ナカシマ:木の魂を宿す、アメリカ木工の父

ジョージ・カツトシ・ナカシマ(George Katsutoshi Nakashima、1905-1990)は、20世紀を代表する日系アメリカ人の家具デザイナー・木工職人である。「アメリカ木工の父」として知られる彼は、木材の自然な美しさを最大限に活かし、不完全さをこそ美徳とする独自の哲学を確立した。自らを「デザイナー」ではなく「ウッドワーカー(木匠)」と称し、木に「第二の人生」を与えることを使命とした。フリーエッジ(自然なエッジを残す技法)やバタフライジョイント(蝶の形をした接合部)といった革新的手法により、従来は欠点とされた節や瘤、割れ目を作品の個性として昇華させた。コノイドチェアをはじめとする彼の作品は、建築的構造美と日本の伝統的木工技術を見事に融合させ、アメリカン・スタジオ・クラフト運動の先駆者として、現代に至るまで世界中のデザイナーと愛好家に影響を与え続けている。

生涯と創造的遍歴:世界を巡る探求の旅

出自と教育(1905-1933)

ジョージ・ナカシマは1905年5月24日、ワシントン州スポケーンで日系移民の両親のもとに生まれた。父の中島勝治はジャーナリストとして働き、母の寿々は日本からアメリカへ渡った最初期の「写真花嫁」の一人であった。武士の血を引く家系に生まれたナカシマは、幼少期からボーイスカウトで自然と触れ合い、木の魅力に惹かれて育った。

1923年、ナカシマはワシントン大学に入学し、当初は林学を専攻したが、2年後に建築学に転向した。1929年の卒業後、奨学金を得てハーバード大学大学院に進学したものの、理論偏重のプログラムに疑問を感じ、わずか2週間でマサチューセッツ工科大学(MIT)に移籍するという果断な決断を下した。この即断即決の行動力は、後の彼の家具における大胆な木取りや緊張感ある造形に通じる資質であった。1930年にMITで建築修士号を取得した。

世界一周と精神的探求(1933-1940)

1933年、ナカシマは自動車を売却して得た資金で世界一周の旅に出た。パリでは新興芸術運動が花開く中、働きながら長期滞在し、当時最先端のル・コルビュジエのスイス学生会館の建築現場に足しげく通った。しかし、個人の主義主張を誇示するような芸術に辟易し、「パリはもう死にかけている」と絶望して東洋へと向かった。

1934年、日本に到着したナカシマは東京都大田区蒲田の祖母の伝統的な家屋に住み込み、日本式の暮らしを実体験した。そして、フランク・ロイド・ライトとともに帝国ホテルを設計したアメリカ人建築家アントニン・レーモンドの事務所に入所する。同僚には、後に日本建築界の巨匠となる前川國男や吉村順三がおり、同世代の彼らは互いに多くの刺激を与え合った。レーモンド事務所では、軽井沢聖パウロカトリック教会の設計にも携わった。

1937年から1939年にかけて、ナカシマはレーモンド事務所の代表としてインドのポンディシェリーに派遣され、精神的指導者シュリ・オーロビンドのアシュラム(修道院)の寄宿舎建設プロジェクトの現場監督を務めた。この2年以上に及ぶ修道者との共同生活の中で、ナカシマは皆とともに現地に合う工法やデザインで建築や家具を作り、瞑想し、慎ましく生きた。カルマ・ヨガ(利己心を手放す修行)に基づくオーロビンドの教えに深く共感し、物質主義を超越した生き方を学んだ。ヒンドゥー教の導師から「サンドラナンダ(美を楽しむ者)」というサンスクリット名を与えられ、ナカシマは生涯この名前を大切にした。インドでの経験は、彼の家具制作における精神性の基盤となった。

1939年、世界情勢が悪化する中、ナカシマは中国から日本への最後の避難民船に乗り込み日本に戻った。前川國男の事務所に入所し、丹下健三とも出会う。そして運命的な出会いが訪れる。アメリカ生まれの英語教師、岡島すみれ(マリオン)と知り合い婚約したのである。1940年、太平洋の緊張が高まる中、二人はアメリカに渡り、1941年2月14日に正式に結婚した。

強制収容と木工技術の習得(1942-1943)

1941年12月、太平洋戦争が勃発すると、ナカシマ家族の生活は一変した。1942年3月、日系人という理由だけで、妻マリオン、生まれたばかりの長女ミラとともにアイダホ州ミニドカの日系人強制収容所に送られた。自由の国アメリカの暗い歴史の一ページであるこの経験は、しかしナカシマにとって極めて重要な転機となった。

収容所では、建築の知識を活かして居住環境の改善に従事し、月19ドルの報酬で部屋の設計や計画を任された。そして何より重要だったのは、日系二世の熟練大工、彦川源太郎との出会いであった。日本で伝統的な大工修行を積んだ彦川は、ナカシマに日本の伝統的な手工具の使い方と木工技術、そして木と対話する姿勢を教えた。ナカシマはバラックの建設に残った端材や砂漠で集めた材料を使い、収容所の人々の生活に少しでも快適さと尊厳を与えようと、家具制作に取り組んだ。この経験で得た技術と精神性が、後の木工家としてのキャリアの礎となった。

ニューホープでの独立と確立(1943-1990)

1943年5月、アントニン・レーモンドと妻ノエミ、そして多くの支援者の尽力により、ナカシマ家族は収容所から解放された。レーモンドはナカシマをペンシルバニア州ニューホープの自身の農場に招き、当初は養鶏農として働いた。約1年間働いて資金を貯めた後、1944年、ナカシマは小さな家を借り、そのガレージを工房として、デザインから製作まで一貫した家具作りを始めた。

1946年、ある地主から3エーカーの土地を譲り受け、自ら設計した石造りの家と工房を建設した。この場所がナカシマの創作活動の本拠地となり、生涯にわたって作品を生み出し続けた。同年、Knoll社のために量産向けの椅子、後に「ストレートチェア」として知られる作品を発表し、これは現在も生産され続けるロングセラーとなった。

1957年、ニューホープに双曲放物線シェル構造の屋根を持つ「コノイドスタジオ」を完成させた。この革新的な建築は、薄いシェル構造への彼の関心を示すものであり、スタジオの名を冠した「コノイドチェア」(1959年)を生み出す舞台となった。

1964年、ナカシマは彫刻家・流政之の招きで香川県高松市を訪れ、流を中心に結成された「讃岐民具連」の活動に深く共感し、メンバーに加わった。これが日本の桜製作所との50年以上に及ぶ協働の始まりとなり、1960年代後半には「ミングレン(民具連)」シリーズが誕生する。桜製作所は、アメリカのニューホープの工房とともに、現在もナカシマの作品を製作する世界で唯一の2つの工房である。

1973年、ナカシマのキャリアにおける最大の転機が訪れる。ネルソン・ロックフェラーがニューヨーク州ポカンティコヒルズの邸宅のために約200点(一説には220点)の家具を一括発注したのである。建築家の吉村順三がロックフェラー邸を設計し、家具をナカシマが担当するという、日米の巨匠による協働であった。このプロジェクトにより、ナカシマの名声は確固たるものとなった。

1984年、ナカシマは人生最大かつ最高のウォールナット丸太を入手する機会を得た。この巨大な材を最大限に活かすため、彼は「平和の祭壇プロジェクト」を構想した。世界の各大陸に瞑想と祈り、平和活動の中心となる祭壇を設置すれば、世界はより良い場所になるという夢である。最も有名な作品は、ニューヨークのセント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂に設置された「平和の祭壇」である。このプロジェクトは現在も継続されている。

晩年まで精力的に制作を続けたナカシマは、1990年6月15日、ニューホープで85歳の生涯を閉じた。その1週間前には、母校ワシントン大学から最高栄誉である「Alumnus Summa Laude Dignatus」の称号を授与されていた。死の直前まで、娘ミラとともに工房で仕事を続けていたという。現在、娘のミラ・ナカシマが工房を継承し、父の遺志を受け継ぎながら独自の作品も制作している。

デザインの哲学:木の魂に耳を傾ける

「ウッドワーカー」としての自己認識

ナカシマは、自らを「デザイナー」と呼ばれることを嫌い、「ウッドワーカー(木匠)」と称した。この肩書きには、木材を単なる「素材」として扱うのではなく、自然からの恵みである木の魂に耳を傾け、木に第二の人生を与えるために仕えるという、ナカシマの自然への真摯な姿勢が込められている。彼は著書『木のこころ(The Soul of a Tree)』(1981年)の中で、この哲学を詳細に語っている。

「木工職人は特別な熱意、完璧を目指す努力、どんな仕事も自分の技術のすべてをかけて実行しなければならないという信念を持っています。自分が作ることができる最高のものを作るために。」ナカシマのこの言葉は、彼の作品制作における妥協なき姿勢を示している。

不完全さを愛する美学

ナカシマの最も革新的な貢献は、従来であれば廃棄されていた節やコブ、割れ目、虫食い跡といった「欠点」を、むしろ作品の特徴として昇華させたことである。「不完全さを愛する」というこの姿勢は、日本の侘び寂び(wabi-sabi)の美意識に深く根ざしている。

彼は「ラグピッカー(ぼろ拾い)」を自称し、製材所で他の職人が捨てた端材や、節だらけの板、割れのある材を拾い集めた。当時、製材所では角材を作るため木材を四つ割りにしており、切り落とされた部分は良材にならないとして処分されていた。ナカシマはこれらを安価で入手し、それぞれの木が持つ固有の美しさを見出した。娘のミラは語る。「とても日本的なことです。不完全さに美を見出す。それを讃える。初期の材料は欠陥だらけでしたが、ナカシマはそれらを宝物と見なしたのです。」

フリーエッジとバタフライジョイント

ナカシマの署名的デザインは、大規模な一枚板テーブルに代表される。木材の自然なエッジ(フリーエッジ)をそのまま残し、樹皮が生えていた曲線的な輪郭をデザインの一部とした。これは、木が森で生きていた証を尊重し、その歴史を家具に残すという思想である。

木材の膨張や収縮によって生じる割れ目に対しては、ナカシマが先駆的に用いた「バタフライジョイント」という技法で対処した。蝶の形をした木片を割れ目に埋め込むことで、木材が膨張しても割れが拡大するのを防ぐ。この技法は構造的に必要であると同時に、装飾的要素としても機能し、ナカシマ作品の視覚的アイデンティティとなった。バタフライジョイントは、欠陥を隠すのではなく、むしろ強調し美しさに変える、彼の哲学の象徴である。

木との対話

ナカシマは常に「木から始めること」「木を知ること」「木のこころを読むこと」「木と対話すること」を心がけていた。家具を作る時、彼は木と対話しながら、その長い年月を思い、木を活かす次の働き場所を見つけることを大切にした。

ニューホープの工房近くには、枝を大きく広げた古い大木があった。仕事に疲れたり悩んだりした時、ナカシマはその木の近くで長い時間、何もせず静かに木を見つめていたという。この瞑想的な姿勢は、インドでのオーロビンド・アシュラムでの経験に由来し、彼の創作活動の精神的支柱となった。

多文化的アイデンティティ

ナカシマは自らを「ヒンドゥー教徒のカトリックのシェーカー派の日本系アメリカ人(Hindu Catholic Shaker Japanese American)」と表現した。日本の茶道、アメリカのシェーカー家具、禅仏教の美の理想から着想を得た彼の作品は、複数の文化的伝統を統合した独自の美学を体現している。

日本からは伝統的な木工技術と侘び寂びの美意識、アメリカからはシェーカー家具のシンプルさと機能性、インドからは精神性と瞑想的アプローチを学んだ。さらに、モダニズム建築で学んだ構造美と形態の純粋性を加え、これらすべてを自身の作品に融合させた。この多文化的背景が、ナカシマの作品を単なる「日本的」でも「アメリカ的」でもない、普遍的な魅力を持つものにしている。

大量生産への批判的姿勢

利便性や合理性、大量生産が追求される時代に生まれたナカシマだったが、彼は機械化や画一化に対して批判的であった。「細かい職人技を保存することは、私たちの家具や住宅における平凡さの猛攻撃から私たちを救うのに役立つ」と述べ、手仕事の価値を強調した。

一方で、ナカシマは大量生産を完全に否定したわけではなかった。Knoll社やWiddicomb-Mueller社といった大手メーカーとも協働し、量産向けのデザインを提供した。しかし、これらのプロジェクトにおいても、彼は品質管理に細心の注意を払い、「大量生産と手工芸の間のギャップを埋める」(マチルダ・マックエイド評)作品群を生み出した。ナカシマにとって重要だったのは、量産か一点物かという二者択一ではなく、いかなる生産方法においても木への敬意とクラフトマンシップを保つことであった。

作品の特徴:構造美と有機的表現

形態的特徴

ナカシマの作品は、建築家としての訓練が明確に表れた構造美を特徴とする。特にコノイドチェアに代表されるカンティレバー(片持ち梁)構造は、2本の脚で座面と背もたれを支える大胆な設計であり、力学的に精密に計算された緊張感ある造形である。直線を基調とした骨太なシルエットは、彫刻作品のようなインパクトを持ちながら、座った時の快適さも損なわない。

座面には「坐繰り(ざぐり)」という技法が用いられている。これは人の形に沿って座面を彫り込むもので、体の自然な曲線にフィットし、長時間座っていても疲れにくい。この手彫りの座面は、大量生産では不可能な手仕事の価値を示すものである。

素材と仕上げ

ナカシマが最も好んだ木材は、アメリカン・ブラックウォールナットであった。その深い色合いと美しい木目は、彼の作品の代名詞となった。他にも、ホワイトアッシュ、チェリー、メープル、チークなど、さまざまな広葉樹を用いた。

仕上げには桐油(tung oil)を使用し、木の自然な質感と色を保ちながら保護する。ナカシマは、仕上げが木を保護すると同時に、自然な木目を際立たせることを重視した。過度な塗装や着色は避け、木本来の美しさを最大限に引き出すことを常に心がけた。

技法とディテール

ナカシマの作品を特徴づける技法には、以下のようなものがある。

バタフライジョイント
蝶の形をした木片で割れ目を補強する技法。構造的機能と装飾的要素を兼ね備える。
フリーエッジ
木材の自然な輪郭をそのまま残す技法。特に大型テーブルで効果的に用いられる。
伝統的日本の接合技術
釘やネジを使わず、木と木を組み合わせる技法。強度と美しさを両立させる。
スピンドル(細い棒)の手加工
各スピンドルは完全に丸くなく、手鉋で削られた平らな面を持つ。機械加工では得られない手仕事の温かみを生む。
坐繰り(座面の彫り込み)
人体の形状に合わせて座面を手彫りする技法。優れた座り心地を実現する。

シリーズとコレクション

ナカシマは生涯を通じて多くのシリーズを制作した。

コノイドシリーズ
1959年に設計したコノイドスタジオに由来する一連の作品。カンティレバー構造を特徴とする椅子、ベンチ、テーブル、デスクなど。
ミングレンシリーズ
1960年代後半、讃岐民具連との協働から生まれたシリーズ。日本の伝統工芸の精神を取り入れた作品群。
オリジンズ・コレクション(Widdicomb-Mueller社)
1950年代、Widdicomb-Mueller社のためにデザインした量産向けコレクション。シェーカー家具の影響を受けたシンプルなデザイン。
Knollコレクション
1946年から設計したストレートチェアをはじめとする量産向けデザイン。現在も生産され続けている。

主要代表作品:木工芸術の頂点

コノイドチェア(1959年)

コノイドチェアは、ナカシマの最も象徴的な作品の一つである。1959年頃にデザインされ、ニューホープの「コノイドスタジオ」にちなんで名付けられた。この椅子の最大の特徴は、ソリ型の2本脚から張り出した座面という、カンティレバー(片持ち梁)構造である。建築的な構造美を家具に応用したこのデザインは、力学的に精密に計算されながら、見る者に緊張感と驚きを与える。

ブラックウォールナットの座面にホワイトアッシュのスピンドル(細い棒)を組み合わせた色味と木肌のコントラストが美しい。座ってみると、腰から背中にかけてすぽっとはまるような意外な心地よさがある。背もたれの角度と坐繰りによって、自然と骨盤が立ち背筋が伸びる。デザイン性のみならず、機能性まで計算されつくした傑作である。

現在、アメリカのニューホープ工房と日本の桜製作所の2か所のみで製作されており、価格は30万円程度からと高価だが、その芸術性と希少性から中古市場でも高値で取引されている。

ストレートチェア(1946年)

1946年にKnoll社のためにデザインされたストレートチェアは、ナカシマが量産向けに設計した最初の作品である。伝統的なウィンザーチェアの現代的解釈として、スピンドルバックと彫り込まれた座面を特徴とする。シンプルでありながら優れた座り心地を持ち、シェーカー家具の影響を受けた控えめな美しさがある。

1946年の発表以来、現在まで約80年にわたって生産され続けているロングセラーである。2008年にKnollStudioによって再復刻され、今も多くの人々に愛用されている。ナカシマのデザイン思想が大量生産においても実現可能であることを示した記念碑的作品である。

グラスシートチェア(1950年代)

1950年代に製作されたグラスシートチェアは、ウォールナット材のフレームにシーグラス(海草)を編み込んだ座面を持つ。四本の脚と湾曲した背もたれというシンプルな構造ながら、手編みのシーグラスが独特の風合いと座り心地を生み出す。日本の伝統的な座面編みの技法を取り入れたこの椅子は、和洋折衷の美しさを体現している。

当時の価格表記では比較的手頃な価格帯で提供されており、ナカシマ家具の入門として多くの顧客に愛された。現在、オリジナルのシーグラスが保たれているヴィンテージ品は希少であり、コレクターの間で高く評価されている。

ミラチェア(1960年代)

娘ミラの名を冠したミラチェアは、1960年代に製作された彫刻的な美しさを持つ椅子である。コノイドチェアと同様のスピンドルバックを持つが、より湾曲したフォルムが特徴的である。座面はウォールナットの一枚板から削り出され、背もたれのスピンドルはヒッコリー材で作られることが多い。

この椅子は、ナカシマが娘への愛情を込めてデザインしたと言われており、優雅な曲線と温かみのある造形が特徴である。現在もミラ・ナカシマによって製作が続けられており、父の遺志を継ぐ象徴的な作品となっている。

コンコードアームチェア(1950年代)

コンコードアームチェアは、ウィンザーチェアの伝統を踏襲しながら、ナカシマ独自の解釈を加えた傑作である。湾曲した背もたれと一体化したアームレスト、彫り込まれた座面が優れた座り心地を生み出す。スピンドルは手加工されており、それぞれがわずかに異なる形状を持つ。これは機械加工では得られない手仕事の温かみを示している。

アームチェアとしての機能性と彫刻的な美しさを兼ね備えたこの椅子は、ダイニングチェアとしてもデスクチェアとしても使用できる汎用性を持つ。ナカシマのクラフトマンシップが凝縮された代表作の一つである。

一枚板テーブル(1940年代-1990年)

ナカシマの署名的デザインとして最も有名なのが、巨大な一枚板を用いたダイニングテーブルやコーヒーテーブルである。木材の自然なエッジ(フリーエッジ)をそのまま残し、樹皮が生えていた曲線的な輪郭をデザインの一部とした。表面は滑らかに磨き上げられているが、側面は樹木が生きていた証を残している。

節や瘤、木目の美しさを最大限に活かし、割れ目にはバタフライジョイントを施す。各テーブルは唯一無二の存在であり、使用された木材の個性がそのまま作品の個性となる。特に大型の一枚板テーブルは、ナカシマが生涯をかけて収集した希少な銘木から作られ、現在では入手困難な逸品となっている。

ナカシマ自身が「木のこころ」と呼んだ、木の持つ生命力と歴史を最も直接的に表現した作品群である。ロックフェラー邸のために制作された200点の中にも、多くの一枚板テーブルが含まれていた。

ミングレンシリーズ(1960年代後半-1980年代)

讃岐民具連との協働から生まれたミングレンシリーズは、日本の伝統工芸の精神を色濃く反映した作品群である。ミングレンテーブル、ミングレン行灯(あんどん)、ミングレンデスクなどが含まれる。特にミングレンテーブルは、日本の座卓の影響を受けた低めの高さと、シンプルながら力強い造形が特徴である。

このシリーズは、ナカシマが日本の職人技と素材への敬意を表したものであり、日本とアメリカ、伝統とモダニズムの架け橋となる作品である。「Minguren」の刻印が入った作品は、1960-70年代の限定的な制作期間のものであり、特に希少価値が高い。

平和の祭壇(1984年-)

ナカシマの晩年の大プロジェクトが「平和の祭壇」である。1984年、人生最大の巨大ウォールナット丸太を入手した彼は、この貴重な材を世界平和のために使うことを決意した。各大陸に瞑想と祈り、平和活動の中心となる祭壇を設置するという壮大な構想である。

最も有名な作品は、ニューヨークのセント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂に設置された祭壇である。巨大な一枚板のウォールナットから作られたこの祭壇は、ナカシマの技術と精神性が結実した最高傑作と言える。現在も「ナカシマ平和財団」によってプロジェクトは継続されており、ナカシマの遺志が受け継がれている。

功績と業績:アメリカン・クラフトの巨匠

主要な受賞歴

1952年
アメリカ建築家協会(AIA)クラフトマンシップ金賞。ニューヨークで開催された第84回AIA年次大会で授与。授賞理由は「過去の手工芸の最高水準を家具のデザインと製作において継承し、良材への敬意と誠実な労働、貧富を問わぬ人間の使用への配慮を示した」というもの。
1956年
ファイン・ハードウッズ・アソシエーション年間賞。シカゴ科学産業博物館でのハードウッズ産業展示において、「広葉樹固有の美しさを活かした卓越したデザイン」に対して授与。
1959年
AIA マイアミ支部 クラフトマンシップ賞。
1960年
ニューヨーク建築リーグ シルバーメダル・オブ・オナー(デザインとクラフトマンシップ部門)。「ペンシルバニア州ニューホープの家具とショールームにおける、デザインの卓越性、コンセプトと素材の適切性」に対して授与。
1967年
クライスト・イン・ザ・デザート修道院から「永遠の命の報い」。ナカシマが敬虔なカトリック信者であったことを示す。
1969年
カトリック芸術協会メダル。「通常の仕事が形態の真実と使用の善を組み合わせ、この組み合わせにおいて神聖さを達成すると考える。ジョージ・ナカシマは明らかにそのようなクラフトマンシップを実践している」との評価。
1979年
アメリカン・クラフト・カウンシル フェロー称号授与。
1980年
セントラル・バックス郡商工会議所 芸術部門シルバー・プラーク賞。
1980年
日系アメリカ市民連盟(JACL)金メダルおよび「二年間の日系アメリカ人(芸術分野)」称号。サンフランシスコで授与。
1980年
AIA ペンシルバニア建築家協会 名誉賞(デザインにおける着想に富んだ創造性と卓越した感性に対して)。
1981年
ペンシルバニア州 ヘイズレット記念賞(芸術における卓越性)。リチャード・ソーンバーグ州知事から授与。
1983年
勲三等瑞宝章。日本国天皇および政府から授与された最高の栄誉の一つ。日本の伝統工芸への貢献と日米文化交流への功績が認められた。
1990年
ワシントン大学 Alumnus Summa Laude Dignatus(最高栄誉同窓生)称号。死の1週間前に授与された。

主要な展覧会

1951年
「ナカシマによる現代家具」フィラデルフィア・アート・アライアンス。
1952年
「クラフトマンシップメダル受賞者」展、AIA、ニューヨーク。
1963年
「包括的展示」パリー・バーン、ニューホープ。
1972年
「木工」スミソニアン協会レンウィック・ギャラリー、ワシントンD.C.。
1976年
「1925-1975年の現代家具」シンシナティ美術館。
1979年
「どうぞお座りください」ボストン美術館。
1988年
「回顧展」アメリカン・クラフト・ミュージアム、ニューヨーク。
1989年
「ジョージ・ナカシマ:フル・サークル」展。アメリカン・クラフト・ミュージアムで開催され、全米を巡回。ナカシマを「生きる宝」として位置づけた。
2001年
「ジョージ・ナカシマとモダニスト・モーメント」ジェームズ・A・ミッチェナー美術館、ペンシルバニア州ドイルズタウン。

パーマネント・コレクション

ナカシマの作品は、世界の主要美術館に収蔵されている。

  • ニューヨーク近代美術館(MoMA)
  • メトロポリタン美術館(1986年、ジャパンギャラリーの家具すべてを製作)
  • フィラデルフィア美術館
  • スミソニアン協会(スミソニアン・アメリカ美術館、レンウィック・ギャラリー)
  • シカゴ美術館
  • ボストン美術館
  • デトロイト美術館
  • ミルウォーキー美術館
  • ジェームズ・A・ミッチェナー美術館(大規模コレクション)

著名な顧客とコレクター

ナカシマの家具は、政財界から芸術界まで幅広い著名人に愛用された。

  • ネルソン・ロックフェラー(1973年、ポカンティコヒルズ邸のために約200点を発注)
  • スティーブン・スピルバーグ(映画監督)
  • ブラッド・ピット(俳優)
  • ダイアン・フォン・ファステンバーグ(ファッションデザイナー)
  • スティーブ・ジョブズ(Apple創業者、故人)
  • ラフ・シモンズ(ファッションデザイナー、アントワープの自邸で愛用)
  • J・W・アンダーソン(ロエベのクリエイティブディレクター)
  • アーサー&エヴリン・クロズニック夫妻(30年にわたりコレクション、1989年の火災で100点以上消失後、84歳のナカシマが新作を製作)

建築プロジェクト

家具職人として知られるナカシマだが、建築家としてのプロジェクトも手がけた。

  • 軽井沢聖パウロカトリック教会(1930年代、アントニン・レーモンド事務所時代、家具デザインと製図担当)
  • ゴルコンド寄宿舎(インド・ポンディシェリー、シュリ・オーロビンド・アシュラム、1937-1939年)
  • クライスト・イン・ザ・デザート修道院(ニューメキシコ州アビキュー、建築と家具、1960年代)
  • キリスト桂教会(京都、1970年代)
  • コノイドスタジオ(ペンシルバニア州ニューホープ、1957年、双曲放物線シェル構造の屋根)
  • ミングレン・ミュージアム(ニューホープ、合板による双曲放物線シェル構造、薄いシェル構造への関心を示す)

評価と後世への影響:アメリカン・クラフトの礎

スタジオ・ファーニチャー運動の先駆者

ナカシマは、デンマークのターゲ・フリッド、スウェーデンのジェームズ・クレノフ、アメリカのウォートン・エシェリック、アート・カーペンターとともに、「スタジオ・ファーニチャー・メイカーの第一世代」の一人とされる。彼らは大量生産に対抗し、個人のクラフトマンシップに基づく家具制作を追求した。

ナカシマが他のデザイナーと一線を画すのは、その作品の詩的なスタイルと、木への深い敬意である。彼の回顧録『木のこころ(The Soul of a Tree)』(1981年)のタイトルが示すように、ナカシマにとって家具は木の魂を表現する手段であった。この哲学は、単なる機能主義でも装飾主義でもない、独自の美学を生み出した。

アメリカン・クラフト運動への貢献

第二次世界大戦後のアメリカでは、家具製作はまだ発展途上であった。革新的なデザインでは優れていたが、丹念な手仕事を要するクラフトマンシップは、日本やヨーロッパに遅れをとっていた。ナカシマは、この「ものづくりの精神」をアメリカに浸透させた功労者である。

1952年のAIAクラフトマンシップ金賞の授賞理由は、この貢献を明確に述べている。「過去の手工芸の最高水準を継承し、誠実な労働、良材への敬意、貧富を問わぬ人間の使用への配慮を示した。機械とその資源を誠実に用い、現代に美しい家具と他の物品を提供するための、独創的で卓越した努力を讃える。」

ナカシマの影響により、アメリカでも手工芸の価値が再認識され、多くの若い職人が彼の工房で学んだ。娘のミラ・ナカシマをはじめ、数多くの職人がナカシマの技術と哲学を継承している。

文化の架け橋

日系二世として、ナカシマは日本とアメリカ、東洋と西洋の文化の架け橋となった。彼の作品は、日本の伝統的な木工技術と侘び寂びの美意識、アメリカのシェーカー家具のシンプルさ、インドの精神性、そしてヨーロッパのモダニズムを統合したものである。

1983年に日本政府から勲三等瑞宝章を授与されたことは、日本の伝統工芸への貢献と日米文化交流への功績が認められたものである。讃岐民具連との協働、桜製作所との50年以上に及ぶパートナーシップは、ナカシマが両国の工芸文化をつなぐ重要な役割を果たしたことを示している。

現代における再評価

ナカシマの死後、彼の作品は骨董市場で最も重要かつ成長著しい分野の一つとなった。「アンティークス・アンド・アーツ・オンライン」は、「今日、ジョージ・ナカシマの家具はアメリカで最も重要かつ成長している ヴィンテージ市場の一つ」と評している。

モデルネ・ギャラリーのアイベルは、この持続的な魅力の理由を「ナカシマの優れた木材を見抜く目、独創性、そして並外れたクラフトマンシップ」に求める。2006年にサザビーズで開催されたクロズニック・コレクションの競売は、ナカシマ家具の価値を示す象徴的な出来事となった。

21世紀においても、ナカシマの作品は時代を超えた魅力を持ち続けている。持続可能性、手仕事の価値、自然との調和といった現代的テーマに対して、ナカシマの哲学は先見性を持って答えを提示している。木材の個性を活かし、長く使える家具を作るという彼のアプローチは、大量生産・大量消費の時代への批判的メッセージでもある。

継承と発展

ナカシマの工房は、現在も娘のミラ・ナカシマによって運営されている。ミラは1970年から父とともに働き、1990年の父の死後、工房の芸術監督として父の設計図に基づく作品を製作し続けている。同時に、彼女自身のデザインも発表し、父の遺産を守りながら発展させている。

ペンシルバニア州ニューホープのナカシマ工房の敷地は、2008年にアメリカ合衆国国家歴史登録財に登録され、2014年には国定歴史建造物に指定された。2015年には、ゲッティ財団から「Keeping It Modern」助成金を受け、歴史的建造物保存のモデルアプローチとして包括的な保存計画が策定された。現在、14棟の建物があり、そのうち8棟が見学可能である。

日本では、香川県高松市牟礼町に「ジョージナカシマ記念館」が2008年に開設された。桜製作所が創業60周年を記念して設立したこの記念館は、ナカシマの生き方、ものづくりに対する考え方、哲学を作品を通じて伝えている。約60点の作品と、ナカシマの生い立ちをたどる貴重な写真、手紙、ドローイングが展示されている。

ナカシマ平和財団は、ナカシマの「平和の祭壇プロジェクト」を継続しており、世界各地に祭壇を設置する活動を続けている。これは、ナカシマの精神的遺産が、単なる家具製作を超えて、より広い人類的テーマに及んでいることを示している。

現代デザイナーへの影響

ナカシマの影響は、現代の家具デザイナーや木工職人に広く及んでいる。フリーエッジのテーブル、バタフライジョイント、木の個性を活かすアプローチは、今や現代家具デザインの標準的な語彙となった。サム・マルーフ、ウェンデル・キャッスル、デイビッド・ルッソといったアメリカの木工家たちは、ナカシマの影響を公言している。

また、ナカシマの多文化的アプローチ、精神性とクラフトマンシップの統合、持続可能性への配慮は、21世紀のデザインにおける重要なテーマとして受け継がれている。彼の「木に第二の人生を与える」という思想は、環境意識の高まる現代において、ますます重要性を増している。

遺産と記念:永続する影響

国家歴史登録財と国定歴史建造物

ジョージ・ナカシマの自宅、スタジオ、工房(ペンシルバニア州ニューホープ)は、2008年8月にアメリカ合衆国国家歴史登録財に登録された。さらに2014年には国定歴史建造物に指定され、20世紀アメリカ文化における重要性が公式に認められた。

敷地内には14棟の建物があり、そのうち8棟が見学可能である。特に注目すべきは、1957年に完成したコノイドスタジオと、合板による双曲放物線シェル構造を持つミングレン・ミュージアムである。これらの建築は、ナカシマの建築家としての才能と、薄いシェル構造への関心を示している。

現在、工房は土曜日の午後に個人見学が可能で、10人以上のグループツアーも予約できる。見学料は1人15ドルで、収益はナカシマ平和財団に寄付される。工房には、ナカシマが生前収集した貴重な木材のストックも保管されており、今も新しい作品の素材として使用されている。

ジョージナカシマ記念館(香川県高松市)

2008年、香川県高松市牟礼町に「ジョージナカシマ記念館」が開設された。桜製作所が創業60周年を記念して設立したこの記念館は、アメリカのニューホープ工房以外で、ナカシマの作品を鑑賞できる世界で唯一の場所である。

記念館には、1930年代にレーモンド事務所で勤めていた時代に設計した軽井沢聖パウロ教会の椅子、1964年に製作の第一歩としてアメリカの工房から送られてきたサンプル、1968年第1回小田急ハルクの展覧会出品作など、日本とアメリカ双方で製作された約60点の作品が所蔵されている。また、ナカシマの生い立ちをたどる貴重な写真、手紙、ドローイングも展示されている。

記念館の初代館長を務めた永見眞一は、設立にあたり次のように述べている。「『木から始めること』『木を知ること』『木のこころを読むこと』『木と対話すること』…今も私達が常に心がけ、大事にしていることを教えてくれたのは、ナカシマさんでした。この記念館が、ジョージ・ナカシマさんの木と家具に対する深い思いと愛情を、少しでも皆様にお伝えすることができれば、ナカシマさんもきっと喜んでくれると思います。」

製作工房の継続

ナカシマの作品は現在、世界で2か所の工房でのみ製作されている。

ジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズ(アメリカ・ペンシルバニア州ニューホープ)
娘のミラ・ナカシマが1990年から芸術監督を務める。父の手書きの設計図に基づき、熟練した職人たちが一点一点手作りで製作している。ミラ自身のデザインも製作されている。工房には、ナカシマが生前収集した貴重な木材のストックがあり、今も新作の素材として使用されている。
桜製作所(日本・香川県高松市)
1964年以来、ナカシマが世界で唯一その技術を認めた日本の工房。讃岐民具連との協働から始まった関係は、60年以上続いている。ナカシマの設計図に基づき、日本の伝統的な木工技術を用いて製作している。高松市内と東京・銀座にショールームがある。

これら2つの工房で製作される家具には、ナカシマ(またはミラ・ナカシマ)の署名が入り、真正性が保証される。中古市場では、この署名の有無が価格に大きく影響する。

市場価値と収集

ナカシマの家具は、現代でも高い市場価値を持つ。新作の価格は、シンプルな椅子で数十万円から、大型の一枚板テーブルでは数百万円に及ぶ。中古市場でも、特にオリジナルのヴィンテージ品(1940-1980年代製作)は高値で取引されている。

特に希少価値が高いのは、以下のような作品である。

  • 1940-50年代初期の作品(収容所解放直後の貴重な時期)
  • 「Minguren」刻印入りの作品(1960-70年代限定)
  • 巨大な一枚板を使用したテーブル(現在は入手困難な銘木を使用)
  • クロズニック・コレクションのような著名なプロベナンス(来歴)を持つ作品
  • ナカシマ自身の署名と顧客名が記された作品

2006年にサザビーズで開催されたクロズニック・コレクションの競売では、1989年の火災後にナカシマが84歳で製作した「第二コレクション」が出品され、大きな注目を集めた。ナカシマは「新しい作品は、失われたものと同じくらい良く、あるいはそれ以上になる」と述べており、実際に第二コレクションは第一コレクションを超える評価を得ている。より劇的な木目と色彩を持つ木材を選び、フリーエッジをより大きく残し、バタフライジョイントをより強調した作品群であった。

出版物と研究

ナカシマ自身の著作および彼に関する研究書が、彼の哲学と作品を後世に伝えている。

『The Soul of a Tree: A Woodworker's Reflections』(1981年)
ナカシマ自身が著した回顧録。彼の人生、哲学、木工技術について語られている。日本語版『木のこころ 木匠回想記』(神代雄一郎・佐藤由巳子訳、鹿島出版会、1983年)も出版されている。
『Nature Form & Spirit: The Life and Legacy of George Nakashima』(2003年)
娘のミラ・ナカシマによる父についての著作。写真を多数掲載し、ナカシマの作品と哲学を包括的に紹介。
展覧会カタログ各種
ジェームズ・A・ミッチェナー美術館での回顧展(2001年)をはじめ、多くの展覧会カタログが出版されている。

教育的遺産

ナカシマは生前、多くの若い職人を育成した。彼の工房では、日本とインドで学んだ伝統的な木工技術を、実践を通じて教えた。「木から始めること」「木のこころを読むこと」という彼の教えは、今も工房で働く職人たちに受け継がれている。

娘のミラ・ナカシマは、父について次のように語っている。「ナカシマが新しい分野で何かをデザインするとき、その工芸の知識を習得するために相当な時間を費やしました。」この真摯な学びの姿勢は、ナカシマの教育哲学の核心であり、彼の下で学んだ多くの職人が世界中で活躍している。

現在、ナカシマ平和財団は、ナカシマの精神的遺産を継承し、平和と工芸の価値を広める活動を続けている。工房見学プログラムやワークショップを通じて、新しい世代にナカシマの哲学を伝えている。

作品一覧

年月 区分 作品名 ブランド
1936年頃 椅子 軽井沢聖パウロカトリック教会の椅子 アントニン・レーモンド事務所
1937-1939年 家具各種 ゴルコンド寄宿舎の家具 シュリ・オーロビンド・アシュラム
1942-1943年 家具各種 ミニドカ収容所の家具 自作
1946年 椅子 ストレートチェア(Straight Back Chair / N19) Knoll
1946年 椅子 スプレイレッグチェア(Splay Leg Chair) Knoll
1947年 椅子 グラスシートチェア(Grass-Seated Chair)初期版 Nakashima Studio
1950年代 椅子 グラスシートチェア(Grass-Seated Chair) Nakashima Studio
1950年代 椅子 キャプテンズチェア(Captain's Chair) Nakashima Studio
1950年代 椅子 ニューチェア(New Chair) Nakashima Studio
1950年代 家具各種 オリジンズ・コレクション(Origins Collection) Widdicomb-Mueller
1955年頃 収納家具 ドレッサー(4段引き出し) Nakashima Studio
1957年 建築 コノイドスタジオ 自作
1958年 テーブル スラブIコーヒーテーブル(Slab I Coffee Table) Nakashima Studio
1959年 椅子 コノイドチェア(Conoid Chair / CN101) Nakashima Studio / 桜製作所
1959年 ベンチ コノイドベンチ(Conoid Bench) Nakashima Studio / 桜製作所
1960年代 椅子 ミラチェア(Mira Chair) Nakashima Studio / 桜製作所
1960年代 椅子 コンコードアームチェア(Concord Arm Chair) Nakashima Studio
1960年代 椅子 コノイドラウンジチェア(Conoid Lounge Chair) Nakashima Studio / 桜製作所
1960年代 椅子 ホストチェアロッカー(Host Chair Rocker) Nakashima Studio
1960年代後半 家具各種 ミングレンシリーズ(Minguren Series) Nakashima Studio / 桜製作所
1960年代後半 テーブル ミングレンテーブル(Minguren Table) Nakashima Studio / 桜製作所
1960年代後半 照明 ミングレン行灯(Minguren Andon) Nakashima Studio / 桜製作所
1960年代 建築 クライスト・イン・ザ・デザート修道院 ニューメキシコ州アビキュー
1960年代 建築 ミングレン・ミュージアム ニューホープ
1967年 テーブル 一枚板コーヒーテーブル(Single Slab Coffee Table) Nakashima Studio
1968年 デスク シングルペデスタルデスク(Single Pedestal Desk) Nakashima Studio
1970年代 デスク コノイドデスク(Conoid Desk) Nakashima Studio / 桜製作所
1970年代 テーブル コノイドダイニングテーブル(Conoid Dining Table) Nakashima Studio / 桜製作所
1970年代 建築 キリスト桂教会 京都
1973年 家具各種 ロックフェラー邸家具コレクション(約200点) Nakashima Studio
1976年 椅子 キャプテンチェア(4脚セット) Nakashima Studio
1977年 ベンチ コノイドベンチ(Conoid Bench)無垢材版 Nakashima Studio
1980年代 収納家具 オダキュウキャビネット(Odakyu Cabinet) Nakashima Studio / 桜製作所
1980年代 収納家具 ウォールケース(Wall Case) Nakashima Studio
1984年- 宗教家具 平和の祭壇(Altar of Peace) Nakashima Studio
1986年 家具各種 メトロポリタン美術館ジャパンギャラリー家具一式 Nakashima Studio
1989年- 家具各種 クロズニック第二コレクション Nakashima Studio
継続生産 照明 デスクランプ Nakashima Studio / 桜製作所
継続生産 小物 指物小物入れ Nakashima Studio / 桜製作所
継続生産 家具各種 フリーエッジ一枚板テーブル(各種サイズ) Nakashima Studio / 桜製作所
継続生産 ベッド コノイドヘッドボード&プラットフォームベッド Nakashima Studio
継続生産 収納家具 4段引き出しペデスタル Nakashima Studio
1990年-現在 家具各種 ミラ・ナカシマ オリジナルデザイン Nakashima Studio

注:上記リストは主要作品を掲載したものであり、ナカシマの全作品を網羅するものではありません。ナカシマは生涯を通じて数千点の一点物の家具を製作しており、それぞれが固有の木材の個性を反映した唯一無二の作品です。

Reference

ジョージ・ナカシマ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョージ・ナカシマ
George Nakashima - Objet d' art
https://initialjapan-inc.com/objetdart/designer/george-nakashima/
George Nakashima | STUDIO | Knoll Japan 公式サイト
https://www.knolljapan.com/knoll-studio/by-designer/contemporary-designers/george-nakashima/
ジョージ・ナカシマ | 不完全さを愛する美学。"アメリカ木工の父"の半生に迫る。 | ライフマガジン
https://wow.jpn.com/magazine/?p=2792
FEATURING GEROGE NAKASHIMA - licht-gallery
https://item.licht-gallery.com/?pid=161982943
ジョージナカシマ記念館 – GEORGE NAKASHIMA MEMORIAL GALLERY
https://yousakana.jp/nakashima/
Sakura Seisakusho Inc. - George Nakashima Memorial Gallery
https://www.sakurashop.co.jp/visit/george-nakashima-memorial-gallery
今さら聞けないジョージ・ナカシマ。木を愛する想いが世界中に広がる | WELL
https://we-ll.com/blogs/knowledge/designer-george-nakashima
ジョージ・ナカシマの名作椅子|二本脚からはり出した分厚い座面の構造がインパクト大の「コノイドチェア」
https://precious.jp/articles/-/40255
ジョージ・ナカシマの生き様が表れる家具たち – WELLBEING TOKYO
https://wellbeingtokyo-shop.com/blog/column/ジョージ・ナカシマの生き様が表れる家具たち/
PCAD - George Katsutoshi Nakashima
https://pcad.lib.washington.edu/person/3781/
George Nakashima | Pennsylvania Center for the Book
https://pabook.libraries.psu.edu/literary-cultural-heritage-map-pa/bios/nakashima__george
George Nakashima | Bucks County Artists Database
https://bucksco.michenerartmuseum.org/artists/george-nakashima/
George Nakashima - Furniture & Cabinetmaking Magazine
https://www.woodworkersinstitute.com/furniture-cabinetmaking/features/profiles/north-america/george-nakashima/
George Nakashima | Densho Encyclopedia
https://encyclopedia.densho.org/George_Nakashima/
George Nakashima - Wikipedia (English)
https://en.wikipedia.org/wiki/George_Nakashima
Chairs & Rockers — George Nakashima Woodworkers
https://nakashimawoodworkers.com/styles/chairs/
George Nakashima Chairs - 1stDibs
https://www.1stdibs.com/creators/george-nakashima/furniture/seating/chairs/