ジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズ(George Nakashima Woodworkers)

ジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズは、1946年にペンシルベニア州ニューホープで創業した、アメリカを代表する家具工房です。日系アメリカ人の木工家ジョージ・ナカシマによって設立された本工房は、木の魂を尊重し、自然の形状をそのまま活かした唯一無二の家具づくりを80年近くにわたり継承してまいりました。創業者の哲学を受け継ぐ娘ミラ・ナカシマが現在クリエイティブ・ディレクターを務め、熟練の職人たちとともに、すべての家具を受注生産で一点ずつ丁寧に制作しています。

ナカシマの家具は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やスミソニアン・アメリカ美術館をはじめとする世界有数の美術館に収蔵され、「アメリカン・クラフト運動の父」として国際的に高い評価を受けています。2008年にはペンシルベニア州歴史登録財、2014年には合衆国国定歴史建造物に指定され、ワールド・モニュメント財団からも認定を受けるなど、その工房と敷地全体が文化遺産として保護されています。

ブランドの特徴・コンセプト

木の魂(The Soul of a Tree)

ジョージ・ナカシマの哲学の根幹には、日本語で「木霊(こだま)」と呼ばれる、樹木の精霊への深い敬意があります。ナカシマは、木を単なる素材としてではなく、生命を持つ存在として捉え、伐採された木に「第二の生命」を与えることを使命としました。一枚一枚の板が持つ固有の木目、節、ひび割れ、樹皮の痕跡は、数百年にわたる樹木の歴史を物語るものとして大切にされ、家具のデザインに積極的に活かされています。

渋味・侘・寂(Shibui, Wabi, Sabi)

ナカシマの美学は、日本の伝統的な美意識である「渋味(しぶみ)」「侘(わび)」「寂(さび)」に深く根ざしています。渋味とは、未熟な柿のような引き締まった線の張り、素材の厳格で簡素な使い方を意味します。侘は、隠者の僧のような静謐で孤独な境地を、寂は錆びた、古びた、時を経た品格ある簡素さを表します。これらの概念は、ナカシマの家具すべてに通底する風味と効果を形作っています。

フリーエッジとバタフライジョイント

ナカシマは、丸太を「通し挽き(through-and-through)」で製材し、木の自然な形状、欠点、樹皮をそのまま残す技法を開拓しました。この革新により、人工的な形ではなく、自然そのものが創り出した形としての「フリーエッジ(自然縁)」が生まれました。また、木のひび割れを補強するバタフライジョイント(蝶型継ぎ手)を、隠すのではなく意匠として露出させ、家具デザインの重要な要素として昇華させました。これは日本の伝統建築において構造要素が美的要素となるのと同様の発想です。

日本の伝統とシェーカーの精神

ナカシマの家具には、日本の伝統的な木組み技法と、アメリカのシェーカー家具の精神が融合しています。日本の木組みは高度に発達した技法であり、各接合部には名前があり、すべての工程が厳密かつ適切な順序で行われます。一方、シェーカーの伝統は、虚飾を排し、木目の自然な美しさのみを装飾とする簡素さと実用性を重視します。これらの多様な影響が、東洋と西洋、伝統とモダニズムを融合させた独自のデザインを生み出しています。

ブランドヒストリー

創業者ジョージ・ナカシマの軌跡

ジョージ・ナカシマは1905年、ワシントン州スポケーンで、日本から移民した両親のもとに生まれました。両家ともに武士の血筋を持つ家系でした。ワシントン大学で建築学の学位を取得後、ハーバード大学大学院を経てMITで修士号を取得。1930年にはフランスのフォンテーヌブロー・エコール・アメリカン・デ・ボザールで学位を得ました。パリでの滞在中、シャルトル大聖堂とル・コルビュジエのパヴィヨン・スイスに深い感銘を受け、その後の創作活動に大きな影響を与えました。

1934年、東京のアントニン・レーモンド建築事務所に入所。同僚には後に日本建築界を代表する前川國男や吉村順三がいました。1939年にはインドのポンディシェリに派遣され、インド初の鉄筋コンクリート建築「ゴルコンダ」の設計監理を担当。この地でスリ・オーロビンドの門下生となり、「スンダラナンダ(美を喜ぶ者)」というサンスクリット名を授かりました。

強制収容所での出会いと転機

1941年、帰国したナカシマは、東京で出会ったマリオン・オカジマと結婚し、建築から家具制作への転向を決意します。しかし1942年、第二次世界大戦の勃発により、生後間もない長女ミラとともにアイダホ州ミニドカの日系人強制収容所へ送られました。この苦難の地で、ナカシマは高齢の日本人大工・益田健太郎と出会い、伝統的な日本の木工技術を学ぶ機会を得ました。1943年、恩師アントニン・レーモンドの尽力により釈放され、レーモンドのペンシルベニア州ニューホープの農場で働くことになります。

ニューホープでの創業と発展

1945年、ナカシマはニューホープのコテージの車庫で自身の工房を開設。ノール社のために家具ラインをデザインし、より広い市場へと名を知らしめました。この時期、ハリー・ベルトイアやイサム・ノグチとも親交を結びます。1946年、アケトン・ロードの土地を物々交換で取得し、本格的な工房と事業を開始。妻マリオンをビジネスパートナーとして迎え、工房は徐々に拡大していきました。

1958年には高校生となったミラを指導し、敷地内にプールハウスの設計と建設を共同で行いました。1967年には双曲放物面シェル屋根を持つアーツビルディングが完成し、リトアニア系アメリカ人芸術家ベン・シャーンの作品展でオープニングを飾りました。

コノイドとミングレンの時代

1950年代後半、自邸敷地内にコノイド・スタジオの建設を開始したナカシマは、建築からインスピレーションを得た「コノイド」シリーズを発表しました。この作品群は、家具デザインにおけるモダニズム的構造の重要性を飛躍的に高めるものでした。1960年代にはミングレン・ミュージアムの建設に合わせ、「ミングレン」シリーズを展開。日本の民藝運動「民具連」の精神を受け継いだこのシリーズは、ナカシマのデザインアプローチに新たな転換をもたらしました。

平和の祭壇と精神的遺産

1983年、ナカシマは樹齢300年のブラックウォールナットの巨木との出会いから、「平和の祭壇(Altars for Peace)」の構想を抱きました。世界の各大陸に平和の祭壇を設置し、人々が集い、祈り、対話する場を創るという壮大なビジョンです。1986年の大晦日、最初の祭壇がニューヨークのセント・ジョン・ザ・ディヴァイン大聖堂に奉納され、レナード・バーンスタイン指揮による平和コンサートとともに各国の宗教指導者と外交官によって祝福されました。その後、モスクワのロシア芸術アカデミー(2001年)、インドのオーロヴィル(1996年)にも祭壇が設置されています。

次世代への継承

1990年にジョージ・ナカシマが85歳で逝去した後、長女ミラ・ナカシマがクリエイティブ・ディレクターとして工房を引き継ぎました。ミラはハーバード大学を優等で卒業し、早稲田大学でも建築を学んだ建築家であり、父の哲学的遺産を守りながら、自然への深い敬愛を独自のデザインに表現しています。1993年にはミシュナー美術館内にジョージ・ナカシマ・リーディングルームを設計。2003年には父の思想と遺産を娘の視点から綴った著書『Nature Form & Spirit』を出版しました。現在も工房は、父が遺した膨大な銘木のストックを活用しながら、伝統を守りつつ新たな創造的解決策を生み出し続けています。

主なインテリアとその特徴

コノイドチェア(Conoid Chair)

1960年に発表されたコノイドチェアは、ナカシマの最も象徴的なデザインとして知られています。この椅子は、わずか2本の脚で座面をカンチレバー構造で支えるという、工学的にも驚異的な挑戦を実現しました。伝統的なウィンザーチェアのスピンドルバックを継承しながら、アジアの牛首(ヨーク)型の笠木を現代化し、彫刻的な座面と組み合わせています。このデザインは、1924年と1927年にハインツとボド・ラッシュが発表したカンチレバーチェアからの影響も受けつつ、東洋と西洋、モダニズムの要素を独自に融合させたものです。アメリカン・ブラックウォールナットの座面とヒッコリーのスピンドルを組み合わせ、各椅子は一点ものとして制作されています。

ミングレンテーブル(Minguren Table)

「ミングレン」とは日本語で「民具連」を意味し、ナカシマが日本滞在中に関わった、古代の日本工芸の伝統を現代に活かす運動の名に由来します。ミングレンテーブルは、自然の形をそのまま残した瘤杢(こぶもく)や杢目の美しい板をトップに用い、その下に厳選された脚部を組み合わせたシリーズです。ミングレンIからIVまでの4つのバリエーションがあり、それぞれ類似したトップと若干異なる脚部構造を持ちます。特にミングレンIIは、2枚の板状の脚を床面で細いクロス・ストレッチャーで接続する構造が特徴です。このシリーズは、民藝の「用の美」の精神を体現し、ミニマルでありながら堅牢で美しいデザインを実現しています。

フリーエッジ・スラブテーブル(Free Edge Slab Table)

ナカシマの代名詞ともいえるフリーエッジ・スラブテーブルは、一枚板の自然な縁をそのまま活かしたダイニングテーブルやコーヒーテーブルです。板は「通し挽き」で製材され、節穴やひび割れ、樹皮の痕跡がそのまま残されます。ひび割れにはバタフライジョイント(蝶型継ぎ手)やローズウッドの埋め木が施され、構造的な補強と装飾的な美しさを両立させています。各テーブルは、何年もかけて乾燥させた銘木の中から最適な一枚を選び、その木の個性を最大限に引き出すようデザインされます。ネルソン・ロックフェラーやスティーブン・スピルバーグ、ブラッド・ピットなど、著名なコレクターからも愛されてきました。

コノイドベンチ(Conoid Bench)

コノイドベンチは、コノイドチェアと同じ設計思想を長椅子に発展させた作品です。2本の脚でカンチレバー構造を実現し、座面には自然縁を持つ一枚板が用いられることもあります。アーム付きのバリエーションでは、片側にのみフリーフォームのアームレストを設けた非対称のデザインも存在します。1961年に制作された初期のコノイドベンチは、オークションで23万ドル以上の価格で落札されるなど、コレクターズアイテムとしても高い評価を受けています。

グラスシートチェア(Grass-Seated Chair)

グラスシートチェアは、海草(シーグラス)を手編みした座面を持つ椅子のシリーズです。木のフレームと自然素材の座面の組み合わせは、日本の伝統的な畳や籐細工にも通じる素朴な美しさを持ちます。軽やかでありながら堅牢な構造は、ナカシマの卓越した木工技術を示すとともに、自然素材への深い理解を物語っています。

コノイドデスク(Conoid Desk)

コノイドデスクは、コノイドシリーズの設計言語を書斎机に応用した作品です。緩やかにカーブした縁と、天板から有機的に伸びるような脚部が特徴です。壁掛け型のバリエーションもあり、引き出し付きの台座を組み合わせることで実用性と美しさを両立させています。イングリッシュウォールナット、アメリカンブラックウォールナット、ローズウッド、ヒッコリーなど、複数の樹種を組み合わせた作例も多く、素材の対比による視覚的な豊かさを生み出しています。

主なデザイナー

ジョージ・ナカシマ(George Nakashima, 1905-1990)

創業者ジョージ・ナカシマは、「アメリカで最も重要な現代木工家」「世界の木工家の長老」と評される、アメリカン・クラフト運動を代表する巨匠です。建築家としての教育を受けながら、インドでのスピリチュアルな体験と強制収容所での伝統的日本木工との出会いを経て、独自の家具哲学を確立しました。1983年に出版した著書『木のこころ(The Soul of a Tree)』は、自然と人間、素材と創造の関係性を深く掘り下げた木工哲学の古典として、世界中の職人やデザイナーに影響を与え続けています。

ミラ・ナカシマ(Mira Nakashima, 1942-)

ジョージの長女であるミラ・ナカシマは、幼少期から父のもとで木工を学び、ハーバード大学を優等で卒業。早稲田大学の集約的なアトリエシステムで建築を学んだ後、1970年に工房に参加しました。父の逝去後、クリエイティブ・ディレクターとして工房を率い、古典的な作品ラインを守りながら、「継承(けいしょう)コレクション」として独自のデザイン展開も行っています。自然への深い敬愛と木への感受性は父譲りであり、木が持つ平和と調和の精神を家具を通じて伝えることを使命としています。

ケヴィン・ナカシマ(Kevin Nakashima, 1954-)

ジョージの長男ケヴィンは、幼少期から家具とともに育ち、新品の家具に味わいを加える「ケヴィナイジング」という言葉が工房内で生まれるほど、家具を「使い込む」ことの価値を体現してきました。1978年にジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーのオフィサーとなり、マリオンとともに働き、ジョージとサイン彫りを共にしました。長年にわたり顧客との「人間関係」を担当し、アーティスト、哲学者、科学者、コレクターとの対話を通じて、ナカシマの遺産を喜びをもって継承しています。

職人チーム

ナカシマ・ウッドワーカーズには、建築、美術、家具製作など多様な背景を持つ職人たちが集っています。全員がジョージ・ナカシマの仕事、デザインアプローチ、生き方への愛と敬意で結ばれています。

ジョナサン・ヤーナル(Jonathan Yarnall)
1974年入社。クエーカー教育を受け、ジョージの道に生涯を捧げることを決意。後にミラと結婚。チェアショップから繊細な作品と神秘的な哲学を発信し、「静かなる木々が語る(Silent Trees Speak)」という言葉を掲げています。
ジェイソンド・ニール(Jaysond Neill)
2018年入社のシニアデザイナー。建築、インテリアデザイン、歴史的建築修復の経験を持ち、新規オーダーの木材探索、特殊プロジェクトのデザイン開発、手描き図面の作成を担当しています。
アリッサ・フランシス(Alyssa Francis)
1995年に仕上げ部門で入社。家具製作の細部と歴史を学び、2020年のジェリー退職後は若手職人たちにナカシマ家具製作の伝統を丁寧に伝えています。
ジョン・コンヴァー・ルッツ(John Conver Lutz)
2008年入社のゼネラルマネージャー。RIT卒業後、トーマス・モーザーで17年間勤務。生産スケジュール、出荷、修復を担当し、歴史的建造物としての認定取得にも尽力。2016年より取締役に就任しています。

基本情報

正式名称 George Nakashima Woodworkers(ジョージ・ナカシマ・ウッドワーカーズ)
創業年 1946年
創業者 ジョージ・ナカシマ(George Nakashima, 1905-1990)
現クリエイティブ・ディレクター ミラ・ナカシマ(Mira Nakashima)
所在地 1847 Aquetong Road, New Hope, PA 18938, USA
電話番号 215-862-2272
メールアドレス info@nakashimawoodworkers.com
公式サイト https://nakashimawoodworkers.com/
関連組織 Nakashima Foundation for Peace(ナカシマ平和財団)
文化財指定 ペンシルベニア州歴史登録財(2008年)、合衆国国定歴史建造物(2014年)、ワールド・モニュメント認定
代表的著書 『The Soul of a Tree(木のこころ)』ジョージ・ナカシマ著(1983年)、『Nature Form & Spirit』ミラ・ナカシマ著(2003年)