メンフィス・ミラノ(Memphis Milano)
メンフィス・ミラノは、1980年12月11日、イタリア・ミラノにおいて建築家エットーレ・ソットサスを中心に結成されたデザイン・建築グループです。翌1981年9月のミラノ・サローネにおいて発表された55点の作品群は、鮮烈な色彩と大胆な幾何学的フォルムによって世界のデザイン界に衝撃を与え、20世紀後半を代表するポストモダンデザイン運動の象徴として、今日なお不朽の輝きを放っています。
「メンフィス」という名称は、結成当夜にエットーレ・ソットサスの自宅で繰り返し流れていたボブ・ディランの楽曲「Stuck Inside of Mobile with the Memphis Blues Again」に由来します。アメリカ・テネシー州の都市メンフィスと、古代エジプトの首都メンフィスの両義性を含んだこの名称は、グループが追求した多義的で境界を超えたデザイン哲学を象徴するものでした。
ブランドの特徴・コンセプト
メンフィス・ミラノの作品群は、1970年代に支配的であった厳格な機能主義と抑制されたモダニズムに対する明確な異議申し立てとして誕生しました。彼らは「機能は形態に従う」という近代デザインの教条を覆し、「形態は楽しさに従う」という新たな命題を掲げました。
その造形言語は、ポップアート、アールデコ、未来派、キッチュ文化など、多様な様式と文化の大胆な融合を特徴とします。鮮烈な原色の組み合わせ、衝突する幾何学的パターン、非対称な構成、そして高級品と廉価な素材の意図的な混淆は、従来の「良い趣味」という概念そのものへの挑戦でした。プラスチックラミネートという工業素材を、創設メンバーのナタリー・デュ・パスキエがデザインした「バクテリオ」柄など独自の装飾で彩り、新しい美学の可能性を追求しました。
メンフィスの核心にあるのは、オブジェクトが単なる機能的道具ではなく、感情的・象徴的・詩的な意味を担い得るという確信です。家具や照明器具は、使用者との親密な関係性を築く「友人のような存在」として再定義され、空間に物語性と個性をもたらす表現媒体となりました。
ブランドヒストリー
結成と衝撃的デビュー(1980-1981年)
1980年12月11日の夜、エットーレ・ソットサスのミラノの自宅に、若き建築家・デザイナーたちが集いました。マルティーヌ・ベダン、アルド・チビック、ミケーレ・デ・ルッキ、ナタリー・デュ・パスキエ、マッテオ・トゥン、ジョージ・J・ソウデン、マルコ・ザニーニら創設メンバーは、デザインの新たな表現形式について熱く議論を交わしました。その数か月後には100点を超えるスケッチが描き上げられ、1981年9月19日、ミラノのギャラリーArc '74において、家具・照明・陶器など55点の作品が発表されました。
デビュー展は瞬く間に世界的センセーションを巻き起こしました。発表から3か月以内に400を超える世界各国の雑誌がメンフィスを取り上げ、デザイン史における一大事件として報じられました。その後、アンドレア・ブランツィ、倉俣史朗、ピーター・シャイア、梅田正徳、マイケル・グレイブス、ハンス・ホライン、磯崎新、ハビエル・マリスカルら国際的なデザイナー・建築家がグループに参画し、メンフィスの創造性はさらに豊かな広がりを見せました。
黄金期と大衆文化への浸透(1982-1987年)
メンフィスのデザインは、1980年代を通じて大衆文化に深く浸透していきました。ファッションデザイナーのカール・ラガーフェルドは、モナコの自宅をメンフィスの家具で全面的にコーディネートし、その先見性は後年のコレクターズ市場においても高く評価されました。デヴィッド・ボウイもまたメンフィスの熱心な収集家であり、2016年のサザビーズにおけるボウイのコレクション競売は、メンフィスデザインの芸術的価値を改めて世界に示しました。
テレビドラマ「ピーウィーのプレイハウス」(1986年)や映画「容赦なき人々」(1986年)、さらに人気シットコム「ベル」シリーズなど、映像作品のセットデザインにもメンフィスの影響は顕著でした。鮮やかな色彩と遊び心に満ちたパターンは、1980年代から1990年代前半の視覚文化を象徴するものとなりました。
1985年、創設者エットーレ・ソットサスは自身の建築設計事務所ソットサス・アソチアティに専念するためグループを離れました。「強い思想は短命である。それをさらに発展させることはできない」という言葉を残して。グループは1987年に活動を終えましたが、1981年から1988年までにデザインされた作品群は、今日においてもなお製造・販売が継続されています。
再評価と現代への継承(1990年代-現在)
1990年代のミニマリズム台頭により一時期は時代遅れとされたメンフィスでしたが、2010年代以降、その革新性と大胆さは世界的な再評価を受けています。メンフィスの作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館、フィラデルフィア美術館、パリ装飾芸術美術館など、世界の主要美術館の永久コレクションに収蔵されています。
2022年、イタリアン・ラディカル・デザイングループがメンフィス・ミラノを買収しました。同グループのCEOチャーリー・ヴェッツァの下、ブランドの歴史的遺産を尊重しながら現代化を推進する新たな章が開かれています。ミラノ・ブレラ地区のメンフィス・ミラノ・ガレリアは、メンフィスの世界観を体感できるショールームとして運営されています。2025年のミラノ・サローネでは、エットーレ・ソットサスが構想しながらも製品化されなかった未発表作品の公開が予定されており、メンフィスの創造的遺産は今もなお発展を続けています。
主なインテリアとその特徴
カールトン(Carlton)本棚 / 1981年
デザイナー:エットーレ・ソットサス
メンフィス・ミラノを象徴する最も著名な作品であり、ポストモダンデザインのアイコンとして広く認知されています。高さ196センチメートル、幅はほぼ同寸という堂々たるスケールを持ち、トーテムポールを想起させる垂直構成の中に、鮮やかな多色のプラスチックラミネートで覆われた斜め棚板が非対称に配置されています。
カールトンは、廉価な工業素材でありながら高級市場向けに設計されるという、メンフィス特有の逆説的アプローチを体現しています。等辺三角形という基本幾何学形態の反復と変奏によって構成された造形は、収納家具の概念を超え、空間を分割し定義するトーテミックな存在として機能します。イタリア郵便局の記念切手にも採用されるなど、イタリアンデザインの象徴として位置づけられています。現在もメンフィス・ミラノより販売されており、価格は約12,230ユーロです。
タヒチ(Tahiti)テーブルランプ / 1981年
デザイナー:エットーレ・ソットサス
高さ60センチメートルの小ぶりながら、メンフィスの遊戯的精神を凝縮したテーブルランプです。熱帯の鳥を彷彿とさせるその形態は、黄色の長い首、ピンクの丸い頭、赤い四角い嘴で構成され、黒い三角形の足で支えられています。頭部は回転可能で、嘴の内部に配された電球の向きを調整できます。
台座には、ナタリー・デュ・パスキエがデザインし1978年にソットサスが開発した「バクテリオ」と呼ばれる紙吹雪のようなパターンが施されています。このパターンはメンフィスの視覚的アイデンティティの中核をなすものであり、多くの作品に繰り返し用いられました。タヒチランプは、照明器具を超えた「オブジェ・ダール」としての家具の可能性を示す代表例です。
カサブランカ(Casablanca)キャビネット / 1981年
デザイナー:エットーレ・ソットサス
カールトンと並ぶソットサスの代表作であり、鮮烈な赤と青のラミネート表面、大胆な幾何学的形態、非対称な配置を特徴とします。キャビネットという従来の概念を覆し、強烈な個性と自己表現の媒体として再定義されたこの作品は、収納家具が単なる機能的オブジェクトではなく、空間を象徴的に変容させ得ることを証明しました。
スーパー(Super)ランプ / 1981年
デザイナー:マルティーヌ・ベダン
車輪の上に載せられた犬型の照明器具という、従来の照明概念を完全に覆した作品です。1978年に原型がデザインされ、メンフィスの最初のコレクションで発表されました。背面に沿って6つの電球が配置され、移動可能な構造は、家具を「友人のような存在」として再解釈するメンフィスの理念を体現しています。
初期のプロトタイプは現在ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館に収蔵されており、デザイン史における重要な転換点を示す作品として高く評価されています。
俵屋(Tawaraya)ボクシングリングベッド / 1981年
デザイナー:梅田正徳
日本人デザイナー梅田正徳による、ボクシングのリングを模した独創的なベッドです。四隅にコーナーポストが立ち、ロープで囲まれた構造は、就寝空間を劇的に演出します。メンフィス創設メンバーの集合写真が撮影された場所としても知られ、グループのアイコニックなイメージと結びついています。梅田は「ボーダーレスなスタイルの創造」をメンフィス参加の動機として語っており、この作品は東西の文化的境界を超えた創造性の象徴となりました。
ファースト(First)チェア / 1983年
デザイナー:ミケーレ・デ・ルッキ
金属とエポキシ塗装の木材、プラスチックを組み合わせた椅子で、デ・ルッキの代表作のひとつです。メンフィス特有の鮮やかな色彩と幾何学的構成を備えながらも、実用的な座り心地を提供します。デ・ルッキはメンフィス解散後も第一線で活躍を続け、現代イタリアデザインを牽引する存在となっています。
ベルエア(Bel Air)アームチェア / 1982年
デザイナー:ピーター・シャイア
カリフォルニア出身の彫刻家・陶芸家ピーター・シャイアによる、鮮やかな色彩の鋼管フレームと革新的なフォルムを特徴とするアームチェアです。シャイアはアメリカ西海岸のポップ感覚をメンフィスにもたらし、グループの国際性を体現する存在でした。
主なデザイナー
- エットーレ・ソットサス(Ettore Sottsass)
- 1917年オーストリア・インスブルック生まれ。トリノ工科大学で建築を学び、オリベッティ社のデザインコンサルタントとして「バレンタイン」タイプライターをはじめとする革新的製品を生み出した。1970年代にはラディカルデザイン運動に参画し、1980年にメンフィスを創設。2007年にミラノにて逝去。コンパッソ・ドーロ賞を4度受賞。
- ミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchi)
- 1951年フェラーラ生まれの建築家・デザイナー。フィレンツェで建築を学び、カヴァート、アルキミア、メンフィスなどラディカルデザイン運動で中心的役割を果たす。メンフィス解散後も国際的に活躍を続け、建築、家具、照明デザインの分野で顕著な業績を残している。
- マルティーヌ・ベダン(Martine Bedin)
- フランス出身のデザイナー。メンフィス創設時は20代であったが、照明デザイン部門を統括する重要な役割を担った。代表作「スーパー」ランプは、オブジェクトを「友人のような存在」として再定義するメンフィスの理念を体現している。
- ナタリー・デュ・パスキエ(Nathalie Du Pasquier)
- フランス生まれのデザイナー・アーティスト。メンフィスにおいてテキスタイルとパターンデザインを担当し、「バクテリオ」をはじめとする象徴的なパターンを生み出した。メンフィス解散後は絵画を中心とした芸術活動を展開し、2013年にはデンマークのHAYとのコラボレーション、2014年にはアメリカンアパレルとのコレクションを発表。
- ジョージ・J・ソウデン(George J. Sowden)
- イギリス出身のデザイナー。メンフィス創設メンバーの一人として、家具・プロダクトデザインに貢献。独自の幾何学的パターンと色彩感覚で知られる。
- マッテオ・トゥン(Matteo Thun)
- オーストリア出身の建築家・デザイナー。ソットサス・アソチアティの共同設立者の一人でもあり、メンフィスでは陶器やランプのデザインで活躍した。
- マルコ・ザニーニ(Marco Zanini)
- イタリア出身のデザイナー・建築家。ソットサス・アソチアティの共同設立者であり、メンフィスでは家具やガラス作品を手がけた。
- アルド・チビック(Aldo Cibic)
- イタリア出身の建築家・デザイナー。メンフィス創設メンバーの一人として家具デザインに貢献。後にソットサス・アソチアティに参画し、独立後も持続可能なデザインや社会的プロジェクトに取り組んでいる。
- 倉俣史朗(Shiro Kuramata)
- 1934年東京生まれの日本人デザイナー。独自の詩的な感性と革新的な素材使用で知られ、メンフィスでは「ニッコー」引き出しなどの作品を発表。1991年逝去。
- 梅田正徳(Masanori Umeda)
- 日本人デザイナー。「俵屋」ボクシングリングベッドなど、東西の文化を融合させた独創的な作品で知られる。メンフィス参加を通じて「ボーダーレスなスタイル」の創造を追求した。
- ピーター・シャイア(Peter Shire)
- カリフォルニア出身の彫刻家・陶芸家・デザイナー。メンフィスにアメリカ西海岸のポップ感覚をもたらし、「ベルエア」アームチェアや「ブラジル」デスクなどの作品を発表した。
- マイケル・グレイブス(Michael Graves)
- アメリカの著名な建築家。ポストモダン建築の旗手として知られ、メンフィスでは「プラザ」ドレッシングテーブルなどを発表した。
- ハンス・ホライン(Hans Hollein)
- オーストリアの建築家。1985年にプリツカー賞を受賞したポストモダン建築の代表的人物。メンフィスの国際的展開に貢献した。
- 磯崎新(Arata Isozaki)
- 日本を代表する建築家。2019年にプリツカー賞を受賞。メンフィスへの参画を通じて、建築とデザインの境界を探求した。
- アンドレア・ブランツィ(Andrea Branzi)
- イタリアの建築家・デザイナー・理論家。1960年代のアーキズーム・アソチアティの創設メンバーであり、メンフィスでもデザイン・理論両面で重要な役割を果たした。
- ハビエル・マリスカル(Javier Mariscal)
- スペイン・バレンシア出身のデザイナー・イラストレーター。1992年バルセロナオリンピックのマスコット「コビー」のデザイナーとしても知られる。
基本情報
| 正式名称 | Memphis Milano(メンフィス・ミラノ) |
|---|---|
| 設立 | 1980年12月11日(グループ結成)/ 1981年9月(初コレクション発表) |
| 創設者 | エットーレ・ソットサス(Ettore Sottsass) |
| 創設メンバー | マルティーヌ・ベダン、アルド・チビック、ミケーレ・デ・ルッキ、ナタリー・デュ・パスキエ、マッテオ・トゥン、ジョージ・J・ソウデン、マルコ・ザニーニ |
| 所在地 | イタリア・ミラノ |
| 活動期間 | 1981年 - 1988年(オリジナルグループ) |
| 現運営会社 | Italian Radical Design(2022年買収) |
| 公式サイト | https://memphis.it/ |