カサブランカは、イタリアの建築家・デザイナーであるエットレ・ソットサスが1981年にデザインしたサイドボードである。メンフィス・ミラノの記念すべき第一回コレクションにおいて発表され、ポストモダンデザインを象徴する最も重要な作品の一つとして、現代デザイン史に燦然と輝く存在となった。トーテムポールを彷彿とさせる人体的なシルエット、中央の収納キャビネットから放射状に伸びる鮮烈な赤色の棚板、そして表面を覆うスプニャート(スポンジ模様)パターンのプラスチックラミネートが織りなす視覚的インパクトは、機能主義を標榜したモダニズムデザインへの明確な異議申し立てであった。本作品は、ブルックリン美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館をはじめとする世界有数の美術館に収蔵されており、20世紀後半のデザイン革命を体現する傑作として高い評価を受けている。

特徴・コンセプト

カサブランカの最も顕著な特徴は、その人体を想起させる彫刻的なフォルムにある。中央に配された収納キャビネットを軸として、赤と黒に彩られた棚板が両側および上部へと力強く伸展する姿は、あたかもジャンピングジャックの動作を行う人物、あるいは古代のトーテム像を連想させる。この擬人化された造形は、ソットサスが同時期にデザインしたカールトン・ルームディバイダーやアショカ・ランプとも共通する設計言語であり、メンフィスの美学を象徴するものである。

素材と表面処理

本体は木製の構造体をプラスチックラミネートで被覆する手法が採用されている。表面には、ソットサスが1978年から1979年にかけてアベット・ラミナーティ社のために開発したスプニャート(sponged=スポンジ状)パターンが施されており、白、赤、黄色の地に黒色の斑点模様が散りばめられている。このパターンは、インド・マドゥライにある仏教寺院の表面テクスチャーからインスピレーションを得て抽象化されたものとされる。扉部分には、同じくソットサスが1978年にデザインした「バクテリオ」パターンが用いられており、黒い線状の模様が蠢くような視覚効果を生み出している。これらの素材選択は、当時キッチンや浴室の床材として認識されていた安価なラミネートを高級家具に転用するという、ハイカルチャーとローカルチャーの境界を意図的に撹乱するメンフィスの戦略を体現している。

機能性と反機能主義

カサブランカは、サイドボード、ブックシェルフ、そしてルームディバイダーという三つの機能を兼ね備えている。中央のキャビネット部分には扉付き収納と三段の引き出しが設けられ、実用的な収納力を確保している。斜めに傾斜した赤い棚板は、ワインボトルを収納するためにデザインされたとされる。しかしながら、これらの機能性はあくまで副次的なものであり、本作品の本質は機能主義的合理性への挑戦にある。「形態は機能に従う」というモダニズムの金科玉条に対し、ソットサスは装飾性、象徴性、そして視覚的コミュニケーションを優先した。一部の棚板が逆向きに取り付けられ実用性を欠くという事実は、機能を超越した表現の自由を主張するメンフィスの姿勢を如実に示している。

新古典主義的構造

表面的な反逆性の背後に、カサブランカは古典的な建築言語への言及を内包している。基壇部、中央の柱状部、そして頂部という三層構造は、古代ギリシャ・ローマの円柱オーダーの構成原理を踏襲している。この新古典主義的な骨格と、ポップアートやキッチュを参照した装飾との並置は、歴史と現代、エリート文化と大衆文化の境界を遊戯的に横断するポストモダニズムの本質を体現している。

エピソード

メンフィスの第一回コレクションに含まれる家具には、世界各地の高級ホテルの名称が付けられるという洒落た命名規則が採用された。カサブランカの名は、マイアミに存在したアール・デコ様式の著名なホテルに由来するとされる。同様に、カールトンはロンドンの名門ホテル、プラザはニューヨークの象徴的なホテル、タワラヤは京都の老舗旅館にちなんで名付けられた。安価な素材で制作された家具に豪奢なホテル名を冠するという行為自体が、メンフィス特有のアイロニーとユーモアを反映している。

1981年9月18日、ミラノのファッション街に位置するアルク74ギャラリーで開催されたメンフィスのデビュー展覧会は、デザイン界に激震をもたらした。2,500人を超える来場者が会場に殺到し、ソットサス自身は到着時の混雑をテロ事件と見誤ったという逸話が残されている。「メンフィス——ザ・ニュー・インターナショナル・スタイル」と題されたこの展覧会には55点の作品が出品され、カサブランカはその中核をなす作品として国際的な注目を集めた。英国の家具デザイナー、ジャスパー・モリソンは、この展覧会に遭遇した際の「冷や汗」と「衝撃とパニック」を回想しつつも、「完全なルール破壊によって即座に解放された感覚」を得たと述べている。

評価

カサブランカは、ポストモダンデザインの金字塔として、発表から40年以上を経た現在も高い評価を維持している。ブルックリン美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館をはじめとする世界の主要美術館のパーマネントコレクションに収蔵されており、デザイン史における重要性が制度的にも認められている。

著名なコレクターの間でも本作品への関心は高く、ミュージシャンのデヴィッド・ボウイ、ファッションデザイナーのカール・ラガーフェルドらがカサブランカを所有していたことで知られる。ボウイは「メンフィスのキャビネットがある部屋に足を踏み入れた時の衝撃、インパクトは、今でも内臓に響くものがある。同じ空間に他の家具を置く美的余地はまったくない」と語り、本作品の圧倒的な存在感を証言している。2016年のボウイ没後、サザビーズで開催された遺品オークションにおいて、ボウイ旧蔵のカサブランカは4,000〜6,000ポンドの事前予想を大幅に上回り、68,750ポンドで落札された。この結果は、本作品の美術史的価値と収集市場における需要の高さを改めて示すものとなった。

批評的観点からは、「バウハウスとフィッシャープライス(玩具メーカー)の奇妙な結婚」という辛辣な評価から、「長年の機能主義的ミニマリズムの後、装飾がオブジェクトの不可分な一部として復権した」という肯定的評価まで、見解は二分されてきた。しかしながら、この分極化こそがメンフィスの本懐であり、カサブランカはその provocative な美学を最も鮮烈に体現する作品として、デザイン史上に確固たる地位を占めている。

受賞歴・収蔵

メンフィス・グループとしての活動は1981年から1987年までの短期間に限られ、個別作品に対する受賞記録は残されていない。しかしながら、カサブランカは世界の主要美術館における収蔵という形で、その芸術的・歴史的価値を公的に認められている。

ブルックリン美術館(ニューヨーク)
1983年、「Furniture of the 20th Century, Inc.」からの寄贈により収蔵。制作後わずか2年での美術館入りは、本作品の即座の歴史的評価を物語る。
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン)
デザインコレクションの一部として所蔵。1982年12月から1983年2月にかけて同館で開催された「Memphis Milano in London」展は、メンフィスの英国初の大規模展示となった。
その他の展示
ヴィトラ・デザイン・ミュージアム(ドイツ)での「Memphis: 40 Years of Kitsch and Elegance」展(2021年)、ボルドー装飾美術・デザイン美術館での「Memphis – Plastic Field」展(2019年)など、継続的に主要な展覧会で紹介されている。

基本情報

デザイナー エットレ・ソットサス(Ettore Sottsass, 1917–2007)
メーカー メンフィス・ミラノ(Memphis Milano)
デザイン年 1981年
発表 1981年9月18日、ミラノ・アルク74ギャラリー(メンフィス第一回コレクション)
素材 木材、プラスチックラミネート(スプニャート柄、バクテリオ柄)
寸法 幅151cm × 奥行39cm × 高さ221cm
生産形態 アンリミテッド・エディション(ナンバリング付金属プレート添付)
デザイン様式 ポストモダン、メンフィスデザイン
原産国 イタリア