ファースト・チェア:メンフィスを象徴する彫刻的な椅子

ファースト・チェアは、1983年にミケーレ・デ・ルッキがメンフィス・ミラノのためにデザインした、ポストモダン・デザインを代表する椅子である。幾何学的な形態と鮮やかな色彩を組み合わせたこの作品は、彫刻と家具の境界に立つ造形として、メンフィスグループの中でも最も広く認知された作品の一つとなった。

黒い円盤状の座面に金属製のチューブラーフレーム、ターコイズブルーの円形背もたれ、そして二つの黒い球体のアームレストという独特の構成は、当時の合理主義的なモダニズムに対する大胆な挑戦であり、デザインにおける新たな表現の可能性を示した。メンフィスグループによる数多くのデザインの中で、ファースト・チェアは大量生産された唯一のオリジナル作品という特異な地位を占めている。

特徴とデザイン・コンセプト

ファースト・チェアの最も顕著な特徴は、その彫刻的な形態言語にある。デ・ルッキは、線、面、球体という基本的な幾何学要素を巧みにバランスさせることで、機能的な椅子でありながら、同時に空間に配置される立体作品としての性格を持たせることに成功した。

この作品には、アメリカの彫刻家アレクサンダー・カルダーへのオマージュが込められているとされる。カルダーのモビールに見られる軽やかさと可動性への敬意が、調節可能な背もたれや浮遊感のある構成に表現されている。黒い木製の円盤座面は金属製のエッジで縁取られ、四本の金属製脚によって支えられる。前脚から立ち上がる円形のフープは鋭角に後方へ傾斜し、上部のターコイズブルーの円盤と二つの球体を支持する構造となっている。

色彩の選択もまた、メンフィスグループの美学をよく表している。黒、シルバー、ターコイズブルーという配色は、当時のデザイン界を支配していた中立色やアース・トーンからの明確な逸脱であり、ポストモダニズムの遊び心と実験精神を象徴している。背もたれの調節機構は実用性を担保しながら、可動する要素が作品に動的な性格を付与している。

デザインの背景とエピソード

ファースト・チェアは、メンフィスグループの第三回コレクションとして1983年に発表された。メンフィスは1981年、エットーレ・ソットサスを中心に、デ・ルッキを含む若手デザイナーたちが結成した実験的デザイン集団であった。彼らは、モダニズムの合理的で無感情な機能主義に対する反発として、幾何学的形態、大胆な色彩、装飾的要素を積極的に取り入れた作品を生み出した。

1983年に最初の数脚がアメリカへ届いた際、その型破りな外観から来場者たちは実際に座ることを躊躇したという。黒い球体がアームレストの位置にあり、円盤が背もたれとなる構成が、従来の椅子の概念を大きく逸脱していたためである。「これで快適に座れるのか」と戸惑う声もあったが、一度座り方が理解されると見かけによらず快適だと評価され、メンフィス作品の中でも広く受け入れられた。

メンフィスグループの多くの作品が限定生産や一点物であったのに対し、ファースト・チェアは比較的手頃な価格で大量生産された唯一の作品となった。この決定は、ラディカル・デザインの理念を広く一般に届けるという、グループの社会的使命を反映したものであった。

評価と影響

ファースト・チェアは発表後、1980年代を代表するデザインの一つとして知られるようになった。メトロポリタン美術館をはじめとする美術館のパーマネント・コレクションに収蔵され、デザイン史における重要な作品として位置づけられている。

近年はメンフィス・デザインの再評価も進んでいる。ファースト・チェアは現在もメンフィス・ミラノによって正規生産が継続され、真正性証明書と保証印を付して販売されている。

基本情報

デザイナー ミケーレ・デ・ルッキ(Michele De Lucchi)
ブランド メンフィス・ミラノ(Memphis Milano)
デザイン年 1983年
サイズ 幅 59cm × 奥行 50cm × 高さ 90cm
素材 ラッカー塗装木材、塗装金属フレーム
カラー ブラック(座面、アームレスト)、ターコイズブルー(背もたれ)、シルバー(フレーム)
生産状況 現在も製造継続中(真正性証明書付)
所蔵美術館 メトロポリタン美術館(ニューヨーク)ほか