エゴン・リス「ペンギン・ドンキー」が長く愛される理由——戦争が阻んだベストセラーの85年後の現在地

1939年、オーストリアからロンドンに亡命した建築家エゴン・リスは、ペンギンブックスの文庫本を収納するために特別に設計されたマガジンラック兼ブックシェルフをデザインした。荷物を運ぶロバを連想させるその形状から「ドンキー」と名付けられたこの家具は、出版人アレン・レーンが10万枚のリーフレットを書籍に挟み込んで大々的に宣伝する計画を立てるほどの商業的可能性を秘めていた。しかし1939年9月、第二次世界大戦の勃発とバルト三国のソ連侵攻による合板供給の途絶により、わずか約100台が製造されたのみで生産は中止された。

この希少性こそが、ペンギン・ドンキーをデザイン史における伝説的な作品へと押し上げた。ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)が収蔵し、「モダニズムの理念を真に体現した数少ない英国企業の一つであるIsokonの最も興味深い製品」と評するこの作品は、現在Isokon Plusがロンドン東部の工房で職人の手により一台一台を受注生産している。バーチ合板の薄い層を積層して実現される流麗な有機的曲線は、85年前のリスのビジョンを忠実に再現し、アルヴァ・アールトやマルセル・ブロイヤーと共鳴する成形合板の可能性を今日に伝えている。本ページでは、ペンギン・ドンキーの購入を検討されている方に向けて、3つのバージョンの違い、受注生産の流れ、そして空間への取り入れ方を包括的にお届けする。

正規品の基本情報:仕様・サイズ・素材

ペンギン・ドンキーはIsokon Plus社がロンドン東部(ハックニー)の工房で職人の手により一台一台を受注生産する現行品である。オリジナルのMark 1に加え、1963年のMark 2(アーネスト・レース設計)、2003年のDonkey 3(安積伸&安積朋子設計)の3バージョンが展開されている。

正式名称 Penguin Donkey(ペンギン・ドンキー)。バリエーション:Mark 1(オリジナル)、Mark 2、Donkey 3
デザイナー Mark 1:エゴン・リス(Egon Riss, 1901–1964 / オーストリア=ハンガリー帝国出身、ロンドン亡命)。Mark 2:アーネスト・レース(Ernest Race, 1913–1964)。Donkey 3:安積伸&安積朋子(Shin & Tomoko Azumi)
ブランド Isokon Plus(旧Windmill Furniture。1982年よりIsokon家具をPritchard家の承認のもと製造。ロンドン)。オリジナル:Isokon Furniture Company(1935年Jack Pritchard設立)
デザイン年 Mark 1:1939年。Mark 2:1963年。Donkey 3:2003年
製造国 英国・ロンドン(東部ハックニー工房。職人による手作り、小ロット生産)
生産状況 現行生産品。受注生産(メイド・トゥ・オーダー)。納期8〜10週間
分類 マガジンラック / ブックシェルフ / サイドストレージ / サイドテーブル
素材 バーチ合板(成形合板)。薄い合板を複数層積層し、有機的な曲面を実現。仕上げ:ナチュラルバーチ(標準)。ステインドブラックバーチ(1930年代オリジナル仕上げの復刻)、マスール・バーチ(一部デザインで選択可)
サイズ(Mark 1) W600 × D420 × H430mm
構造(Mark 1) 4本脚。中央部:新聞・雑誌収納スペース。両側2つの「パニエ」(荷かご):文庫本各面約40冊、合計最大約80冊収納。上部曲線状天板:サイドテーブルとしても機能
構造(Mark 2) アーネスト・レースによる再設計。最大約90冊の文庫本収納。より角張ったモダンなライン。ペンギンショップ限定カラーバリエーションあり
構造(Donkey 3) 安積伸&安積朋子による21世紀的再解釈。バーチ合板シェルにペールグレーの脚と内部棚板。両端にカットアウェイ・ハンドル。W600 × D420 × H430mm
付属品 ペンギンショップ購入版:合板製コーヒーカップトレイ(曲線状天板にフィット)が付属
収蔵 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A、ロンドン)
参考価格帯 Mark 1:約£670(税込目安 約13万〜14万円)。Mark 2:約£595(約12万〜13万円)。Donkey 3:約£605(約12万〜13万円)。販売店により異なる。受注生産品のため返品不可の場合あり

3つのバージョンの比較

ペンギン・ドンキーにリプロダクト品は存在しない。Isokon Plusがロンドンの工房で職人の手により製造する正規品のみが流通している。同じ「ドンキー」の系譜に連なる3バージョンの比較を整理する。

比較項目 Mark 1(エゴン・リス 1939) Mark 2(アーネスト・レース 1963) Donkey 3(安積伸&朋子 2003)
デザイン思想 バウハウス的有機曲線。成形合板の可塑性を最大限に活用。荷馬のパニエの形象 フェスティバル・オブ・ブリテン世代の合理性。オリジナルの精神を継承しつつ現代的生産技術に適応 21世紀の日本的ミニマリズム。ソフトな曲線とスリークなラインの均衡。リスとレースへの敬意
形状の特徴 流麗な有機的曲線。4本の細い脚。曲線状天板 やや角張ったモダンなライン。サイドテーブルとしての機能性を強化 合板シェル構造。カットアウェイ・ハンドル。ペールグレーの脚と内部棚板
収納力 文庫本約80冊+新聞・雑誌 文庫本約90冊+新聞・雑誌 書籍・雑誌・小物。ディスプレイ収納としての汎用性が高い
仕上げ ナチュラルバーチ ナチュラルバーチ。ペンギンショップ限定カラーあり ナチュラルバーチ+ペールグレー(脚・内部棚板)
参考価格 約£670 約£595 約£605
推奨する方 オリジナルの有機曲線美を体験したい方。デザイン史としてのMark 1に価値を置く方 1960年代英国デザインへの共感。実用的な収納力を重視する方 現代的なインテリアとの調和を求める方。日本人デザイナーの感性に共鳴する方

使用感と暮らしへの取り入れ方

収納力と使い勝手

ペンギン・ドンキーは、ペンギンブックスの文庫本(英国ペーパーバック標準サイズ B判 110×181mm)に最適化された収納設計を持つ。両側のパニエに文庫本を立てて収納し、中央部に新聞や雑誌を挟むという三分割構造は、「読みかけの本」「次に読む本」「今日の新聞」を一箇所に集約する読書空間のオーガナイザーとして機能する。日本の文庫本(A6判 105×148mm)は英国ペーパーバックよりやや小さいため、パニエ内でわずかな余裕を持って収納される。新書判やハードカバーのサイズによっては収まらない場合がある点に注意が必要である。

曲線状の天板はサイドテーブルとしても機能し、コーヒーカップ、グラス、灰皿、編み物等の手元の小物を置くことができる。ペンギンショップ購入版に付属する合板製トレイは、この天板に完璧にフィットする専用品である。W600 × D420 × H430mmというコンパクトなサイズは、ソファやアームチェアの横に配するサイドテーブル的な使い方に最適であり、大型の壁面収納とは根本的に異なる「手元の愛読書」のための家具である。

空間別のコーディネート提案

リビング——読書椅子のパートナー
アームチェアの傍らにペンギン・ドンキーを配するスタイル。Isokonの歴史的文脈を考えれば、マルセル・ブロイヤーのIsokonロングチェア(1936年、同じくIsokon Plus復刻品、約£1,855〜)との組み合わせが最も正統なコーディネートである。バウハウスの巨匠ブロイヤーが設計したラウンジチェアの横に、同時代の亡命建築家リスが設計したブックシェルフを配することは、Isokon Buildingのラウンロード・フラッツで実際に行われていた居住スタイルの再現に他ならない。あるいはアルヴァ・アールトのアームチェア41「パイミオ」やチェア66との組み合わせは、1930年代の成形合板革命を共有するフィンランドと英国のデザインの対話を生む。
書斎——デスク脇の参照書庫
デスクの側面にペンギン・ドンキーを配し、参照頻度の高い文庫本や辞書を手の届く位置に収納するスタイル。中央部に進行中のプロジェクト資料や切り抜きを挟み、パニエに参考書を立てる。知識労働者の「すぐ手を伸ばせる知の集積」として、デジタル時代にあっても書物とともにある仕事のスタイルを支える。
寝室——ベッドサイドテーブルとして
H430mmというロープロファイルは、ベッドの高さと調和するベッドサイドテーブルとしても機能する。天板にランプと水差しを置き、パニエに就寝前の読書用の本を数冊収納。ナイトスタンドとブックシェルフを兼ねた一台二役の使い方である。
子供部屋——絵本のパニエ
パニエの開口部に子供の手が自然に伸びるH430mmの高さは、幼児が自分で絵本を取り出し、読み終えたら戻す習慣を促す。バーチ合板の温かみある素材感と丸みを帯びた有機的曲線は、子供にも安心できる触感と形状を持つ。

経年変化とメンテナンス

素材の特性と経年変化

Isokon Plus公式サイトが明示する通り、バーチ合板はエンジニアードマテリアルでありながら無垢材と同様の経年変化を示す。同社のシグネチャー仕上げであるバーチ突板は、淡い色合いから長い年月をかけて豊かな飴色へとゆっくりと変化していく。この「育つ」経年変化は、ペンギン・ドンキーと所有者の共有する時間の蓄積そのものであり、85年の時間を経てなお新品が製造され続ける本作にとって、一台ごとの個別的な歴史を刻む重要な要素である。

成形合板は構造的な強度、軽量性、柔軟性を併せ持つが、無垢材に比べ湿度変化による層間剥離のリスクがある。高湿度環境や直射日光の長時間照射は、合板の接着層の劣化を早める可能性があるため注意が必要である。

メンテナンスの方法

日常清掃
柔らかい布での乾拭きが基本。バーチ合板表面は中性洗剤を薄めた溶液での軽い水拭きも可能だが、水分は速やかに拭き取る。特にエッジ部分(合板の積層断面が露出する箇所)への水分浸透は層間剥離の原因となるため厳禁。
表面保護
年に1〜2回、家具用ワックスまたは合板用オイルを薄く塗布して表面を保護する。直射日光の長時間照射は、色ムラや合板の乾燥・反りの原因となるため、配置場所に注意する。
構造の確認
4本脚の接合部に緩みがないか定期的に確認。成形合板の曲線部分に亀裂や剥離の兆候がないか目視点検。万一の修理はIsokon Plusの工房に直接相談することを推奨する。ロンドンの自社工房で製造されているため、製造元による修理対応が可能である点は大きな安心材料となる。

どこで買うか:正規販売店と購入方法

ペンギン・ドンキーはIsokon Plusがロンドンの工房で受注生産する現行品である。大量生産品ではないため、販売チャネルは限定的だが、信頼性の高い正規ルートが確立されている。

正規販売ルート

Isokon Plus公式サイト
isokonplus.com で全3バージョン(Mark 1、Mark 2、Donkey 3)の購入が可能。受注生産のため納期8〜10週間。
ペンギンショップ(Penguin Books公式)
shop.penguin.co.uk でMark 1(バーチ)およびMark 2限定カラーエディションを販売。Mark 1には合板製コーヒーカップトレイが付属する特別仕様。受注生産、納期最大10週間。受注品のため返品不可。
Isokon Gallery
isokongallery.org でMark 1の購入が可能。Isokon Buildingの歴史的文脈の中での購入体験。
正規オンラインリテーラー
twentytwentyone(英国)、A+R Store(アメリカ)等のIsokon Plus正規取扱店で購入可能。在庫状況によりリードタイムが異なる。

ヴィンテージ・オリジナル市場

1939年のオリジナルMark 1はわずか約100台しか製造されておらず、極めて希少なコレクターズアイテムである。1960年代のMark 2のヴィンテージ品も、オークションハウス(ボナムズ、クリスティーズ等)や1stDibsに時折出品される。オリジナルのコンディションは個体差が大きく、合板の状態・塗装の残存状況が価値を大きく左右する。デザイン史としてのオリジナル入手を目指す場合は、主要オークションハウスの英国モダニズム家具セールを定期的にチェックすることを推奨する。

購入時チェックリスト

  • バージョンの選定:Mark 1(オリジナル有機曲線)/ Mark 2(1963年レース再設計、収納力最大)/ Donkey 3(2003年安積夫妻の現代的再解釈)
  • 購入先の選定:ペンギンショップ(トレイ付属特別仕様)/ Isokon Plus公式 / 正規リテーラー
  • 納期の確認:受注生産のため8〜10週間。余裕を持った発注を推奨
  • 返品ポリシーの確認:受注生産品のため返品不可の場合あり。購入前にサイズと仕上げを十分に検討
  • 設置場所の確認:W600 × D420 × H430mm。ソファ・アームチェアの横、ベッドサイド等の配置スペースを実測
  • 収納する書籍のサイズ確認:英国ペーパーバック(B判)に最適化された設計。日本の文庫本はやや余裕あり。新書判・ハードカバーはサイズにより収まらない場合あり
  • Isokon Plus正規品であることの確認(ロンドン工房で職人が手作り。V&A収蔵品と同一の製造元)

コーディネート事例

ラウンロード・フラッツの再現——Isokonコレクションの空間

ペンギン・ドンキー Mark 1を中核に、Isokon Plusが復刻するコレクション——ブロイヤーのロングチェア(1936年)、バーバー&オズガビーのLoopコーヒーテーブル、ボドリアン・ライブラリーズ・チェア——で空間を構成するスタイル。1934年にウェルズ・コーツが設計し、グロピウス、ブロイヤー、モホイ=ナジが居住したロンドン・ハムステッドのラウンロード・フラッツ(Isokon Building、英国遺産グレードI指定)で実際に使用されていた合板家具の世界が、現代の居住空間に蘇る。バーチ合板という単一素材が生み出す多様な形態の共鳴が、空間全体にモノマテリアルの統一感をもたらす。

読書文化の民主化——ペンギンブックスの精神とともに

ペンギン・ドンキーにペンギンブックスの文庫本を収納し、1935年のアレン・レーンのビジョン——「タバコ一箱の価格で世界文学の傑作を」——を空間に具現化するスタイル。オレンジ(小説)、グリーン(ミステリー)、ブルー(ノンフィクション)の背表紙が並ぶパニエは、ペンギンブックスの色彩体系そのものがインテリアのアクセントとなる。デジタル時代にあえて物理的な書物とともにある空間を選ぶことの文化的意味が、この家具を通じて可視化される。

成形合板の系譜——アールトとブロイヤーとの対話

ペンギン・ドンキーを、同時代に成形合板の可能性を探求していたデザイナーたちの作品と組み合わせるスタイル。アルヴァ・アールトのスツール60(1933年、Artek)、チャールズ&レイ・イームズのLCWラウンジチェア(1946年、Herman Miller)——1930〜40年代に三つの異なる国(英国、フィンランド、アメリカ)で同時多発的に進行した「合板革命」を、一つの空間で俯瞰できる高度なコーディネートとなる。合板という素材が20世紀デザインにもたらした自由と軽やかさを、空間全体で体感する。

よくある質問

ペンギン・ドンキーの価格はどのくらいですか?
Mark 1(エゴン・リス設計)が参考価格約£670(税込目安 約13万〜14万円)、Mark 2(アーネスト・レース設計)が約£595、Donkey 3(安積伸&安積朋子設計)が約£605です。販売店により異なります。
どこで購入できますか?
Isokon Plus公式サイト(isokonplus.com)、ペンギンショップ(shop.penguin.co.uk、Mark 1にはトレイ付属)、Isokon Gallery、twentytwentyone、A+R Store等の正規リテーラーで購入可能です。
実物を確認できる場所はありますか?
ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A、ロンドン)が収蔵しています。Isokon Gallery(ロンドン、Isokon Building内)でも確認可能。twentytwentyone(ロンドン)等の正規取扱店でも展示がある場合があります。
納期はどのくらいですか?
受注生産(メイド・トゥ・オーダー)のため8〜10週間です。大量生産品ではなく、ロンドンの工房で職人が一台一台手作りしています。余裕を持った発注を推奨します。
日本の文庫本は収納できますか?
英国ペーパーバック(B判 110×181mm)に最適化された設計ですが、日本の文庫本(A6判 105×148mm)はやや小さいため余裕を持って収納できます。新書判(約106×173mm)もおおむね収納可能です。ハードカバーはサイズによっては収まらない場合があります。
Mark 1、Mark 2、Donkey 3のどれを選ぶべきですか?
オリジナルの有機曲線美とデザイン史的価値を重視するならMark 1。実用的な収納力(最大90冊)と合理的な価格を重視するならMark 2。現代的なインテリアとの調和を求めるならDonkey 3が推奨されます。素材はいずれもバーチ合板で、Isokon Plusの同一工房で製造されます。
メンテナンスは難しいですか?
柔らかい布での乾拭きが基本。年1〜2回のワックスまたはオイル塗布を推奨。エッジ部分への水分浸透を避けてください。修理が必要な場合はIsokon Plus工房に直接相談可能です。
他に検討すべき名作収納家具はありますか?
成形合板の系譜としてはアルヴァ・アールトの家具群(Artek)。壁面シェルフとしてはストリングシステム(1949年)やGUBIのデダル シェルフ(1955年)。Isokonの他作品としてはブロイヤーのロングチェア(1936年)やバーバー&オズガビーのLoopコーヒーテーブルも注目に値します。詳しくは収納家具カテゴリページをご覧ください。