USMハラー:建築思想が生んだモジュールファニチャーの金字塔
USMハラーは、1963年にスイスの建築家フリッツ・ハラーとUSM社3代目経営者ポール・シェアラーの協働によって誕生した革新的なモジュール式家具システムである。クロームメッキの真鍮製ボールコネクター、スチールチューブ、そしてパウダーコーティングされた鉄板パネルという三つの基本要素から成るこのシステムは、無限の組み合わせと再構成を可能にし、半世紀以上を経た今日においてもなお、モダンファニチャーの最高峰として世界中で支持され続けている。
その誕生の背景には、建築とデザインの境界を越えた思想的な試みがあった。建築家ハラーが提唱したモジュラー建築システムの原理を家具設計に応用するという発想は、単なる収納家具の枠を超え、空間を構成する要素としての家具という新たな概念を提示したのである。2001年にニューヨーク近代美術館の永久コレクションに加えられたこの作品は、20世紀デザイン史における重要な到達点として、今なお色褪せることのない価値を放っている。
建築理論から生まれた革新的構造
USMハラーの本質を理解するためには、その母体となった建築思想を知る必要がある。フリッツ・ハラーは、20世紀後半のスイスにおいて最も影響力を持った建築家の一人であり、ソロトゥルン派と呼ばれる建築家グループのメンバーとして、モジュラー建築の理論と実践を牽引した人物である。彼が考案した三つの鉄骨モジュラー建築システム「MINI」「MIDI」「MAXI」は、建物の規模に応じて柔軟に拡大・縮小できる革新的な構造であった。MINIは住宅とオフィス用、MIDIは学校などの中規模建築物用、MAXIは工業建築物用と、それぞれ異なるスパンに対応しながらも、共通のモジュール原理に基づいて設計されていた。
建築から家具へ:思想の転換
1961年、ポール・シェアラー・ジュニアは、USMの本社工場を近代的な企業へと生まれ変わらせる構想を抱き、フリッツ・ハラーに新工場とオフィスパビリオンの設計を依頼した。ミース・ファン・デル・ローエやル・コルビュジエを崇拝していたシェアラーは、柔軟性と拡張性を備えた前例のない建築を求めていた。ハラーが提案した鉄骨モジュラーシステムによる建築は、1963年から1965年にかけて完成し、その革新的な構造は大きな注目を集めた。
しかし、完成した最新の工場建築に見合う家具が市場に存在しないことに気づいたシェアラーは、ハラーに家具の開発を持ちかける。ここから、建築の構造原理をそのまま家具設計に落とし込むという大胆な試みが始まった。建築におけるモジュール性、拡張性、柔軟性という概念を、人間のスケールに適合させながら家具として具現化する作業は、建築理論家でもあったハラーの知見と、工学を学んだシェアラーの技術的理解が融合することで実現したのである。
特許取得と独創的なボールコネクター
1965年、USMハラーシステムは特許を取得した。この家具システムの最も革新的な要素は、クロームメッキされた真鍮製のボールコネクターである。この球体の接合部は、どの方向からもスチールチューブを接続できる構造となっており、三次元的な拡張を自在に行うことを可能にした。このエレガントかつ独創的な接合システムは、USMハラーの象徴として今日に至るまで変わることなく採用され続けている。当初は自社のオフィス用として開発されたこのシステムであったが、その機能性と美しさは雑誌記事を通じて広く知られることとなり、思わぬ商業的成功へと繋がっていった。
素材と構造:シンプルさの中の完璧性
USMハラーの構造は、徹底したシンプルさの中に高度な機能性を内包している。システムを構成する三つの基本要素は、それぞれが最適な素材と製法によって作られている。
フレームを形成するスチールチューブはクロームメッキ処理が施され、耐久性と美しい光沢を両立している。これらのチューブは、真鍮製のボールコネクターによって接合される。真鍮という素材の選択は、強度と加工性のバランスを考慮した結果であり、その表面にはクロームメッキが施されることで、フレーム全体に統一感のある輝きをもたらしている。そして、空間を区切り収納を形成するパネルは、スチール製でパウダーコーティングによる表面処理がなされている。この処理方法は、耐久性に優れるだけでなく、環境への配慮という点でも優れた選択である。
カラーバリエーションは14種類の標準色が用意されており、ピュアホワイト、ライトグレー、ミッドグレー、アンスラサイト、グラファイトブラックといったニュートラルトーンから、スチールブルー、ゴールデンイエロー、ピュアオレンジ、USMルビーレッド、USMグリーンといった鮮やかな色彩まで、多様な空間に対応できる選択肢が整っている。また、パネルの代わりにガラスパネルを選択することも可能であり、透明感のあるディスプレイ家具としての用途も想定されている。さらに、室内の音響環境を改善するアコースティックパネルも開発されており、オフィス環境などでの使用を考慮した配慮が見られる。
無限の可能性を秘めたモジュール性
USMハラーの真の価値は、そのモジュール性がもたらす柔軟性にある。一度組み立てた家具を分解し、異なる構成で再び組み立てることができるこのシステムは、「一生を共にするべきインテリア」という理念を体現している。引越しや生活環境の変化、使用目的の変更に応じて、同じ部品を用いながら全く異なる形態の家具へと変化させることができるのである。
コンパクトなサイドボードから始まり、必要に応じてパーツを追加していくことで、壁一面を覆う大型の収納システムへと成長させることができる。また、収納家具としてだけでなく、デスクやテーブル、さらにはキッチンアイランドやメディアコンソールといった多様な用途に対応できる。ドアや引き出し、棚板、仕切り板など、豊富なアクセサリー類を組み合わせることで、ユーザー自身がデザイナーとなり、自らのニーズに完全に適合した家具を創造することができるのである。
特筆すべきは、このシステムの互換性の高さである。1960年代に製造された初期のパーツと、最新の製品とを組み合わせて使用することが可能であり、半世紀以上にわたって一貫した規格が維持されている。これは、流行に左右されない普遍的なデザインと、確固たる製造品質があってこそ実現できることである。
商業的成功への転換点:ロスチャイルド銀行の大型発注
当初、USMハラーは自社のオフィス家具として開発されたものであり、外部への販売は想定されていなかった。しかし、この革新的な家具システムは、建築・デザイン専門誌を通じて徐々に注目を集めるようになり、1969年に転機が訪れる。パリのロスチャイルド銀行から大規模な発注を受けたのである。この歴史ある金融機関がUSMハラーシステムを採用したことは、その品質と機能性が高く評価された証であり、以後、USMは本格的な量産体制へと移行していくこととなった。
ロスチャイルド銀行の発注は、USMハラーが単なる実験的プロジェクトから、商業的に成功を収める製品へと転換する契機となった。金融機関という保守的な業界において、モダンで革新的なデザインが受け入れられたという事実は、このシステムが持つ普遍的な価値を示すものであった。以降、世界中の企業や公共施設、そして個人住宅において、USMハラーは採用され続けることとなる。
デザイン界における評価と認知
MoMAコレクション入りという栄誉
2001年、USMハラーシステムは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに加えられた。これは、家具としての実用性を超えて、応用芸術の領域における傑作として認められたことを意味している。MoMAのデザインコレクションに収蔵されるということは、20世紀デザイン史における重要な位置づけを公式に認められたことに他ならない。同様に、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館の永久コレクションにも収蔵されており、デザインの殿堂において確固たる地位を確立している。
環境配慮への先駆的取り組み
2007年、USMは画期的な認証を取得した。グリーンガード認証である。この認証は、製品から放出される化学物質や粒子状物質が低レベルであることを証明するものであり、室内空気環境の質を保証する。USMハラーは、ヨーロッパの家具製品として初めてこの厳格な基準をクリアした。これは、USMが製品の品質だけでなく、環境への影響や使用者の健康にも深い配慮を払っていることを示すものである。
また、USMの環境思想は製品の長寿命化という形でも表れている。「良いものを長く使う」という理念のもと、何十年もの使用に耐える耐久性と、時代を超越したデザインを追求している。モジュール性により、製品の一部が損傷しても全体を廃棄する必要がなく、必要な部分のみを交換できる。さらに、使用環境の変化に応じて再構成できることで、新しい家具を購入する必要性を減らし、資源の消費を抑制している。スイスのミュンジンゲンにある工場では、高度な訓練を受けた熟練職人による手作業での組み立てが行われており、大量生産に頼らない持続可能な製造体制が維持されている。
現代における位置づけと影響
USMハラーは、誕生から60年近くを経た現在においても、その人気は衰えることを知らない。むしろ、近年においては新たな世代のデザイン愛好家たちによって再発見され、カルト的な支持を集めている。アートやストリートカルチャーの領域との協働により、USMハラーは単なるオフィス家具という枠を超え、ライフスタイルの一部として認識されるようになっている。
世界中の著名な建築物において、USMハラーは空間を構成する重要な要素として採用されている。ロンドンの「ザ・ガーキン」やパリの「ルイ・ヴィトン財団」といった象徴的な建築物において、この家具システムが選ばれているという事実は、建築家やデザイナーからの信頼の証である。また、先進的な企業のオフィスから、個人の住宅、商業施設、美術館に至るまで、あらゆる場所でUSMハラーは活用されており、その適応力の高さを示している。
中古市場においても、USMハラーは高い評価を受けている。良好な状態を保った製品は、新品に近い価格で取引されることも珍しくなく、これは製品の耐久性と時代を超越したデザインの価値が市場において認められていることを物語っている。
デザイナーの思想:フリッツ・ハラーとポール・シェアラー
フリッツ・ハラー:建築家・研究者・理論家
フリッツ・ハラー(1924-2012)は、スイス・ソロトゥルンに建築家ブルーノ・ハラーの息子として生まれた。彼は建築家であった父のもとで建築の基礎を学び、その後オランダのロッテルダムにおいてウィレム・ファン・ティイェンやH.A.マースカントのもとで修行を積んだ。1949年、ソロトゥルンに自身の建築事務所を設立し、以後60年以上にわたって精力的な設計活動を展開していくこととなる。
ハラーの建築作品は、住宅から教育施設、工業建築に至るまで多岐にわたるが、特に彼を有名にしたのは学校建築であった。ヴァーゼンリング小学校(1951-1954)、バーデン州立学校(1960-1964)、ブルック・ヴィンディッシュ高等工科学院(1964-1966)といった教育施設の設計において、ハラーは革新的な空間構成を提示し、国際的な建築界から注目を集めた。
1966年から1971年にかけて、ハラーは南カリフォルニア大学ロサンゼルス校の客員教授を務め、この時期にドイツの建築家コンラート・ヴァハスマンと共同で動きの研究を行った。1977年以降はカールスルーエ工科大学で講師として教鞭をとり、後進の育成にも貢献した。ハラーは単なる建築家ではなく、建築理論家・研究者としての側面も持ち合わせており、幾何学原理の探求、都市計画のモデル化、コンピュータープログラミングへの応用といった、広範な理論的考察を生涯にわたって続けた人物であった。
彼の代表的な著作には「Totale Stadt: Ein Modell」(1968)や「Totale Stadt: Ein globales Modell」(1975)があり、これらの都市計画論においても、モジュール性と柔軟性という彼の一貫した思想が貫かれている。1992年にはドルトムント大学工学部から名誉博士号を授与され、建築・工学の両分野における彼の貢献が認められた。2012年にベルンで逝去するまで、ハラーは自身のスタジオで設計活動を継続し、建築とデザインの境界を越えた創造的実践を続けていた。
ポール・シェアラー:工学の知見を持つ革新者
ポール・シェアラー・ジュニアは、USM創業者ウルリッヒ・シェアラーの孫として、1961年に3代目経営者としてUSMに入社した。彼はチューリッヒのスイス連邦工科大学で工学を学んでおり、技術的な理解と共にデザイン・建築への深い関心を持っていた。ミース・ファン・デル・ローエやル・コルビュジエといったモダニズム建築の巨匠たちを崇拝していたシェアラーは、USMを伝統的な金属加工企業から、近代的で革新的な企業へと変革させる強い意志を持っていた。
シェアラーの先見性は、単に新しい工場を建設するということに留まらなかった。彼は建築と家具を一体のものとして捉え、空間全体のデザインを総合的に考えるという視点を持っていた。ハラーに工場とオフィスパビリオンの設計を依頼した際、既存の家具では新しい建築空間に相応しくないと感じたシェアラーは、建築と同じモジュラー原理に基づいた家具を開発することを提案した。この決断が、USMハラーという歴史的名作を生み出すことになったのである。
1969年、シェアラーは自邸の設計もハラーに依頼し、「ブッヒリ」と呼ばれる住宅が完成した。この住宅は、MINIシステムによる最初の住宅プロジェクトであり、鉄骨とガラスで構成された前衛的な建築であった。シェアラーとその家族がこの家で実際に生活することで、モジュラーシステムの実用性と可能性を身をもって実証したのである。この住宅は2019年に50周年を記念して大規模な改修が行われ、現在もその先駆的な価値を保ち続けている。
製造と品質管理:スイスの職人技
USMハラーは、1885年から続くスイスのミュンジンゲンの工場で製造されている。この工場自体が、ハラーの設計によるモジュラー建築システムで建設されており、製品と製造施設が同じ思想で統一されているという稀有な例である。
製造工程においては、高度な訓練を受けた熟練職人による手作業の組み立てが重視されている。各部品は厳格な品質基準のもとで製造され、組み立て工程では細部にわたる検査が行われる。この徹底した品質管理により、USMハラーは何十年もの使用に耐える耐久性を実現している。
また、USMは修理とメンテナンスのサービスも提供しており、長期にわたる製品のサポート体制を整えている。部品の交換や追加が可能であることは、製品の寿命を延ばすだけでなく、使用者との長期的な関係を構築するというUSMの姿勢を示すものである。
時代を超える普遍性
USMハラーが半世紀以上にわたって支持され続ける理由は、その普遍的なデザインにある。流行を追わず、装飾を排した純粋な形態は、どのような空間にも調和する。このミニマリズムは、単なる簡素さではなく、機能性を徹底的に追求した結果として到達した洗練された美学である。
「形態は機能に従う」というモダニズムの原則を体現しながらも、USMハラーは冷たい工業製品という印象を与えない。真鍮とスチールの組み合わせが生み出す質感、クロームメッキの輝き、パウダーコーティングされたパネルの滑らかな表面、これらの要素が調和して、精緻でありながら温かみのある存在感を生み出している。
また、カラーバリエーションの豊富さも、時代や空間に応じた柔軟な対応を可能にしている。ニュートラルな色調を選べばプロフェッショナルな空間に、鮮やかな色彩を選べば個性的な住空間に、それぞれ適合する。この適応力の高さが、オフィスから住宅、商業施設から美術館まで、多様な場所でUSMハラーが活用される理由である。
基本情報
| 製品名 | USMハラー モジュールファニチャー |
|---|---|
| デザイナー | フリッツ・ハラー、ポール・シェアラー |
| ブランド | USM(ユーエスエム) |
| 開発年 | 1963年(特許取得:1965年) |
| 製造国 | スイス(ミュンジンゲン) |
| 素材 | フレーム:クロームメッキスチールチューブ コネクター:クロームメッキ真鍮 パネル:パウダーコーティングスチール |
| カラー | 14種類の標準色(ピュアホワイト、ライトグレー、ミッドグレー、アンスラサイト、グラファイトブラック、スチールブルー、ジェンチャンブルー、USMグリーン、ゴールデンイエロー、ピュアオレンジ、USMルビーレッド、USMブラウン、USMベージュ、オリーブグリーン) |
| 特徴 | モジュール式、組み替え・拡張可能、ボールコネクターシステム |
| コレクション | ニューヨーク近代美術館(MoMA)永久コレクション(2001年) クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館永久コレクション |
| 認証 | グリーンガード認証取得(2007年・ヨーロッパ家具製品初) |
| 納期 | クイックシップモデル:6-8週間 カスタムオーダー:14-16週間 |