概要

パウル・シェアラー(1933-2011)は、スイスの技術者・経営者である。家業のUSMを継ぎ、1963年にフリッツ・ハラーと共同で収納システムを開発した。ハラーが構成の考え方を示したのに対し、シェアラーは継手と管の接合をどう量産するかという製造の側を担っている。1965年から製品としての販売を始めた。

バイオグラフィー

1933年、スイスのミュンジンゲンに生まれた。チューリッヒ連邦工科大学(ETH)で機械工学を学んでいる。

USMは1885年に金物と鉄工の会社として創業した家業である。シェアラーは1961年に同社に加わった。

1961年、工場と事務所の新築をフリッツ・ハラーに依頼した。1963年、その事務所で使う家具として収納システムを共同で開発している。

1965年から製品として販売を始めた。以後、同社を家具メーカーへ転換させ、国外へも供給を広げている。2011年に没した。

デザインの思想と方法

収納システムの構成はフリッツ・ハラーが示したが、それを量産できる製品にするには別の判断が要る。継手をどう作るか、接合の精度をどこまで保つか、部材をどう供給するかという問題は、製造の側にある。

継手を量産できる形にする

球状の継手には6方向のねじ穴が要る。手作業では精度が保てず、角度がずれれば骨組みが直角に組めない。機械加工で同じものを大量に作る工程を確立したことが、製品化の条件になった。

接合の精度を規格として定める

管と継手を繰り返し着脱するには、公差が一定でなければならない。緩ければがたつき、きつければ手で組めない。この幅を規格として定め、以後の生産で維持している。

部材の供給を長期に保つ

後から追加や組み替えができる家具は、部材が入手できなければ成立しない。同じ規格の部材を長期にわたり供給し続けることが、製品の前提になる。1965年の販売開始から現在まで、規格は変わっていない。

金物業から家具業へ転換する

USMは金物と鉄工の会社だった。収納システムの製品化により、家具メーカーへ事業を転換させている。経営の判断が、製品の存続を決めた例にあたる。

代表作にみる方法

USM ハラー システム(1963年、共同開発)

フリッツ・ハラーとの共同開発による収納システムである。シェアラーは継手の量産と接合の精度の側を担った。1965年から製品として販売され、規格は現在まで変わっていない。→USMハラー モジュールファニチャー

USM ハラー テーブル

同じ継手と管で脚部を構成し、天板を載せた卓である。収納と部材を共通にすることで、供給の体系も一つにまとまる。→USM Hallerテーブル/デスク

製品化と販売(1965年〜)

当初は自社の事務所で使うための家具だったが、1965年から外部への販売を始めた。金物と鉄工の会社を家具メーカーへ転換させる判断にあたる。

国外への供給

1980年代以降、ドイツ、フランス、日本、アメリカへ供給を広げた。規格が共通のため、どの国でも同じ部材で追加や組み替えができる。

評価と影響

シェアラーは、設計者ではなく技術者・経営者として収納システムの製品化を担った人物と言及される。構成の考え方はフリッツ・ハラーによるが、量産と長期供給の側はシェアラーの判断による。

1965年の販売開始から規格が変わっていないことが、後からの追加と組み替えを可能にしている。部材の供給を長期に保つという経営上の判断が、製品の性格そのものを決めた例にあたる。

USMは金物と鉄工の会社から家具メーカーへ転換した。事業の転換が製品を存続させたという構図になる。

収蔵

4館のAPI(MoMA、V&A、Met、AIC)で照合したが、シェアラー個人の名義での収蔵は確認できなかった。ニューヨーク近代美術館はハラー・システムを収蔵しているが(収蔵番号1411.2001)、フリッツ・ハラーの名義で登録されている。

作品一覧

いずれもフリッツ・ハラーとの共同開発による。

区分 作品名 ブランド
1963年 収納 USMハラー モジュールファニチャー USM
1963年〜 テーブル USM Hallerテーブル/デスク USM
1965年 事業 収納システムの製品化・販売開始 USM

プロフィール

生没年 1933年〜2011年
出身地 スイス・ミュンジンゲン
国籍 スイス
活動拠点 ミュンジンゲン
分野 家具(製造・経営)
主な協働ブランド USM

Reference

USM
https://www.usm.com/
The Museum of Modern Art Collection
https://www.moma.org/collection/works/2325