パウル・シェアラーのバイオグラフィー

1933年、スイス・ベルン近郊のミュンジンゲンに生まれる。本名パウル・ウルリッヒ・シェアラー。祖父ウルリッヒ・シェアラーが1885年に創業した金属加工・錠前製造会社「USM U. Schärer Söhne」の三代目として、工業家の家系に育つ。チューリッヒ連邦工科大学(ETH Zürich)でエンジニアリングを修め、1961年に家業へ参画。近代建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエやル・コルビュジエの思想に深い敬意を抱いていたシェアラーは、伝統的な金属加工業であった同社を、デザイン志向の近代的工業企業へと転換することを志した。

入社直後、ゾロトゥルン派の建築家フリッツ・ハラーに新工場と管理棟の設計を委嘱。ハラーが考案したモジュラー式鉄骨構造システムに深く感銘を受けたシェアラーは、建築のモジュラリティを家具にも応用するという着想を得る。1962年、二人は新社屋のオフィス向けに、鉄骨モジュールを基盤とした家具システムの共同開発に着手。クロームメッキを施した鋼管、6つのネジ穴を備えた精巧なボールジョイント、そして粉体塗装の鋼板パネルという三つの基本要素からなるこのシステムは、1965年に特許を出願され、やがて「USMハラー」として世界的な名声を獲得することとなる。

1969年、パリのロスチャイルド銀行から600のワークステーションという大口受注を得たことを契機に、USMハラーは量産体制へ移行。以後、世界中のオフィス空間における標準的な家具システムとして急速に普及した。同年、シェアラーはハラーに自邸の設計をも委嘱。ミュンジンゲンの工場敷地を見下ろす急斜面に建てられたこの住宅「ブーフリ」は、USM MINI鉄骨構造システムを住居に応用した先駆的作品であり、鉄骨とガラスによる新しい居住様式の原型として建築史にその名を刻んでいる。

1988年、USMハラーは「技術的精緻さと卓越したデザイン品質の先見的な融合」が評価され、応用芸術作品として公式に認定された。1990年にはUSMの筆頭株主となり、経営の舵取りを続けながら、製品ラインの拡充にも注力した。2000年、息子のアレクサンダー・シェアラーに経営を引き継ぎ、2011年に78歳で逝去。その生涯を通じて、工業製品における機能美の追求と、モジュラーデザインの可能性を世界に示し続けた先駆者であった。

デザインの思想とアプローチ

パウル・シェアラーのデザイン哲学は、「建築の論理を家具に翻訳する」という一貫した理念に貫かれている。チューリッヒ連邦工科大学で培われたエンジニアとしての合理的思考と、ミース・ファン・デル・ローエやル・コルビュジエへの深い共感が、その思想的基盤を形成した。シェアラーにとって、家具とは建築空間を構成する「ミニチュアの建築」であり、空間そのものと同じモジュラーの原理に基づくべきものであった。

シェアラーとハラーが共有した核心的な信念は、「形態は機能に従う」というモダニズムの根本原理である。USMハラーシステムの設計において、二人は個別の家具を創造するのではなく、あらゆる空間的要求に応じて再構成可能な「システム」を構築することを目指した。ボール、チューブ、パネルという三つの基本要素のみで無限の組み合わせを可能にするこの発想は、工業生産の効率性と個別的ニーズへの対応を高次元で両立させるものであった。

さらにシェアラーは、持続可能性という概念がまだ一般的でなかった時代から、世代を超えて使い続けられる耐久性と、変化するニーズに応じて組み替えられる柔軟性を重視していた。USMハラーの製品が数十年前のものと現在のものを組み合わせて使用できるという互換性は、シェアラーの先見的なヴィジョンの証左であり、今日のサステナブルデザインの先駆けと評価されている。

作品の特徴

パウル・シェアラーがフリッツ・ハラーと共同で開発したUSMハラーシステムは、工業製品としての精緻さとデザインオブジェとしての美的完成度を兼ね備えた、20世紀後半を代表するモジュラー家具システムである。その特徴は以下の諸点に集約される。

三要素による無限の構成

システムの核心をなすのは、クロームメッキされた鋼管、粉体塗装の鋼板パネル、そして6つのネジ穴を持つクロームメッキのボールジョイントである。この三つの基本要素の組み合わせにより、棚、キャビネット、デスク、テレビ台、ベッドサイドテーブルに至るまで、あらゆる形態の家具を構築することができる。ボールジョイントという球体を矩形の家具の結合部に用いるという着想は、構造的な強度と美的な独自性を同時に実現した。

モジュラリティと再構成可能性

USMハラーシステムの最大の特質は、あらゆる方向に拡張・分解・再構成が可能であるという点にある。オフィスの移転や用途の変更に際して、家具を買い替えるのではなく、既存のモジュールを組み替えて新たな形態を創出できる。この原理は建築における鉄骨構造システムを直接的に家具に応用したものであり、シェアラーとハラーの建築的アプローチの結晶である。

時代を超越する美学

1960年代に完成されたデザインが半世紀以上を経た現在もなお変更を加えられることなく生産され続けているという事実が、USMハラーの普遍的な美学を雄弁に物語っている。ミニマルでありながら存在感のある佇まいは、モダニズム建築の空間にも、伝統的な住居にも自然に調和する。14色の粉体塗装カラーバリエーション(ピュアホワイト、アンスラサイト、グラファイトブラック、スチールブルー、USMグリーン、USMブルー、ゴールデンイエロー、ピュアオレンジ、USMルビーレッド、USMベージュ、USMブラウン、ライトグレー、ミッドグレーなど)は、空間のあらゆるトーンに対応する。

品質と持続可能性

スイス・ミュンジンゲンの工場で一貫して製造されるUSMハラーは、その耐久性において比類のない水準を誇る。粉体塗装は溶剤や重金属を含まず、鋼材は高いリサイクル性を持つ。2008年にグリーンガード認証、2018年にクレードル・トゥ・クレードル認証を取得しており、環境配慮型デザインの模範として評価されている。

主な代表作とその特徴・エピソード

USMハラー・モジュラーファニチャーシステム(1963年–)

パウル・シェアラーとフリッツ・ハラーの協業が生んだ最大の成果であり、20世紀を代表するモジュラー家具システムである。当初はミュンジンゲンの新社屋オフィス向けに開発されたが、1965年にボールジョイントの特許を出願。1969年、パリのロスチャイルド銀行から600席分のワークステーションという大型受注を獲得したことで量産が開始された。以来、世界中のオフィス、美術館、住宅に導入され、2001年にはニューヨーク近代美術館(MoMA)の永久コレクションに、またクーパー・ヒューイット国立デザイン美術館のコレクションにも収蔵されている。ロンドンの「ガーキン」(フォスター+パートナーズ設計)のスイス・リー15フロア、ニューヨークのバンク・オブ・アメリカ・タワー(クックフォックス・アーキテクツ設計)の10フロア、パリのルイ・ヴィトン財団美術館(フランク・ゲーリー設計)のオフィスなど、世界を代表する建築物にも採用されている。

USMディスプレイ(1989年)

USMハラーシステムの設計思想を、プレゼンテーションやパーティション用途に拡張した多機能システムである。垂直サポートに各種パネルやアクセサリーを取り付けることで、受付、会議室、小売空間など多様な環境に対応する。

USMキトス(1990年)

Kitos(Complex Integrated Table Organization System)は、高度な機能性と柔軟性を兼ね備えたモジュラーテーブルシステムである。高さ調整機構(機械式および電動式)を備え、ミーティングテーブルからワークステーションへの転換が可能。モニターアーム、電話台、ケーブルマネジメントなど豊富なアクセサリーにも対応する。

USMイノス(1996年)

USMハラーシステムの内部収納を高度に組織化するためのインテリアオーガニゼーションシステム。引き出しセットやトレイなど、収納空間を細分化・最適化するアクセサリー群で構成される。

「ブーフリ」邸(1969年)

パウル・シェアラーが自邸としてフリッツ・ハラーに設計を依頼した、USM MINI鉄骨構造システムによる住宅建築。ミュンジンゲンの工場敷地を見下ろす急斜面に柱で持ち上げられた構造で、鉄骨とガラスによる開放的な空間は、居間と寝室の従来的な区分を廃した先駆的な住居形態として建築史に位置づけられている。2015年から2019年にかけて、建設当時の原理と歴史的保存の基準に厳格に準拠した大規模改修が行われ、現在はUSMの迎賓施設として活用されている。

功績・業績

パウル・シェアラーの最大の功績は、一介の地方金属加工業者であったUSMを、モジュラー家具の世界的リーディングカンパニーへと変貌させたことにある。その経営者としての先見性とデザインへの深い理解が、フリッツ・ハラーという卓越した建築家との出会いと協業を可能にし、20世紀で最も成功したモジュラー家具システムの誕生を導いた。

シェアラーの在任中、USMは国際的な展開を加速させた。ドイツ(ビュール)、フランス(シャルネ=レ=マコン)、アメリカ(ニューヨーク)に現地法人を設立し、1998年にはハンブルクに世界初のショールームを開設。その後、ベルン、ベルリン、デュッセルドルフ、ミュンヘン、パリ、シュトゥットガルト、東京にもショールームを展開した。

1988年のUSMハラーの「応用芸術作品」認定、2001年のMoMA永久コレクション収蔵は、シェアラーとハラーの協業が生んだ成果に対する、デザイン界からの最高の評価を象徴するものである。さらにシェアラーは、持続可能性を企業理念の中核に据え、現在のCEOアレクサンダー・シェアラーが推進するサーキュラーエコノミーへの取り組みの礎を築いた。

評価・後世に与えた影響

パウル・シェアラーは、厳密には「デザイナー」ではなく「工業家にしてデザイン・ヴィジョナリー」として位置づけられるべき存在である。その役割は、アルテックの創業者としてのアイノ・アアルトやアルヴァ・アアルト、あるいはハーマンミラー社のジョージ・ネルソンのディレクション的役割に比すべきものであり、優れた建築家・デザイナーの才能を見出し、工業的な文脈において最大限に開花させるプロデューサーとしての能力において卓越していた。

USMハラーシステムは、半世紀以上にわたり基本設計を変更することなく生産され続けているという点で、デザイン史上極めて稀有な存在である。その影響は、オフィス家具のモジュラー化という産業的潮流を決定づけただけでなく、「家具は建築の延長である」というモダニズムの理想を、最も純粋な形で実現した事例として広く認識されている。近年では、Supremeとのコラボレーションやリモワとの限定エディションなど、ストリートカルチャーやラグジュアリーブランドとの協業を通じて新たな世代のデザイン愛好家にもその魅力を伝えている。

シェアラーが遺したモジュラーデザインの思想は、息子アレクサンダーの経営のもと、USMハラーEシステム(ワイヤレスで照明とUSBポートを統合)、ソフトパネル(磁気式テキスタイルパネル)、プラントシステム(緑化モジュール)など、現代的なイノベーションとして進化を続けている。2018年のクレードル・トゥ・クレードル認証の取得や、2030年までに完全なサーキュラーカンパニーとなるという目標は、シェアラーが先駆的に示した「世代を超えて使い継がれるデザイン」という理念の、21世紀における展開である。

年月 区分 作品名 ブランド
1963年 家具システム USM Haller Modular Furniture System(USMハラー・モジュラーファニチャーシステム) USM
1963年 建築 USM Factory(USM新工場)※フリッツ・ハラー設計、シェアラー委嘱 USM
1965年 建築 USM Office Pavilion(USMオフィスパビリオン)※フリッツ・ハラー設計、シェアラー委嘱 USM
1965年 特許 USM Haller Ball Connector Patent(ボールジョイント特許出願) USM
1969年 建築 Buchli House(ブーフリ邸)※フリッツ・ハラー設計、シェアラー委嘱 USM
1989年 家具システム USM Display(USMディスプレイ・プレゼンテーションシステム) USM
1990年 家具システム USM Kitos(USMキトス・モジュラーテーブルシステム) USM
1996年 家具システム USM Inos(USMイノス・インテリアオーガニゼーションシステム) USM
1999年 家具システム USM eleven22(USMイレブン22・ワークステーション) USM

Reference

Creative since 1965 | USM
https://www.usm.com/en/stories/creative-since-1965
Our Story | USM
https://www.usm.com/en/about/our-story
About USM Furniture History | USM (US)
https://us.usm.com/pages/about-us-history
USM U. Schärer Söhne – Wikipedia (de)
https://de.wikipedia.org/wiki/USM_U._Sch%C3%A4rer_S%C3%B6hne
USM Modular Furniture - Wikipedia (en)
https://en.wikipedia.org/wiki/USM_Modular_Furniture
Fritz Haller. Haller System. 1963 | MoMA
https://www.moma.org/collection/works/82156
Fritz Haller & Paul Schärer - Designer furniture from smow
https://www.smow.com/fritz-haller-paul-schaerer/
Paul Schärer - Designer furniture from smow
https://www.smow.com/paul-schaerer/
USM > A systematic approach | HIC
https://hicarquitectura.com/2024/03/usm-a-systematic-approach/
Fritz Haller > Buchli House | HIC
https://hicarquitectura.com/2024/04/buchli-house/
The Buchli, Münsingen | USM
https://www.usm.com/en/stories/the-buchli-muensingen
Spectacular renovation. Buchli house by Fritz Haller | METALOCUS
https://www.metalocus.es/en/news/spectacular-renovation-buchli-house-fritz-haller
Anatomy of a Classic: USM Haller Modular Furniture | Valet.
https://valetmag.com/living/interiors/2024/usm-haller-modular-furniture-anatomy-of-a-classic-061224.php
Fritz Haller & Paul Schaerer | Inform
https://inform.ca/shop/designers/fritz-haller-paul-schaerer/
USM Haller: Indestructible Modular System – Rarify
https://rarify.co/blogs/understand-20th-century-design/usm-haller-modular-system-for-flexible-living
Geschichte von USM | USM (de-ch)
https://www.usm.com/de-ch/ueber-usm/geschichte
Paul Scharer and Fritz Haller | Naharro
https://www.naharro.com/en/antonio-gaudi/Paul-Scharer-and-Fritz-Haller/