概要
ティップ・トン(Tip Ton)は、イギリスのデザインデュオ、エドワード・バーバー&ジェイ・オズガビーが2011年にVitraのために設計した革新的なチェアです。プラスチック製でありながら前傾機能を持つという、全く新しいタイポロジーを確立した椅子として、発表当初から注目を集めました。その名称は、この椅子が持つ二つの座位姿勢―通常の姿勢と、数度前方に傾いた姿勢―を往来する際の音から名付けられています。
もともとは、イギリス・ウェストミッドランズ州のティプトン(Tipton)という町の学校向けに開発されたこの椅子は、現在では教育施設から住宅、オフィス、レストランまで、幅広い環境で使用される万能チェアへと進化を遂げました。特に子供たちの学習環境において、集中力向上と健康的な姿勢維持に貢献する椅子として、世界中の教育現場で採用されています。
特徴・コンセプト
ティップ・トンの最大の特徴は、そのユニークな前傾機能にあります。スキッド(そり状の脚部)の前端が9度の角度を持って立ち上がることで、椅子全体が前方に傾き、その位置で安定するように設計されています。この革新的な機構により、機械的な部品を一切使用せずに、従来は高機能オフィスチェアでのみ可能だった動的な座位を実現しています。
前傾姿勢は骨盤と脊椎をまっすぐに整え、腹部と背部の筋肉への血液循環を改善します。これは、長時間の座位による身体への負担を軽減し、特に成長期の子供たちにとって、健康的な姿勢の形成と維持に重要な役割を果たします。単一の金型から製造されるポリプロピレン製の本体は、軽量でありながら高い耐久性を持ち、100%リサイクル可能という環境への配慮も実現しています。
デザイン面では、滑らかな曲線と控えめな存在感により、あらゆる空間に自然に溶け込みます。8色のカラーバリエーションは、空間のアクセントとしても、全体の調和を保つ要素としても機能し、4脚まで積み重ね可能な設計により、限られたスペースでも効率的に収納できます。
科学的根拠とエピソード
2010年、スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zurich)の生体力学研究所が実施した科学的研究により、前傾座位姿勢の健康上の利点が実証されました。この研究では、前傾動作が腹筋と脊柱起立筋を活性化させ、脊椎の安定化の兆候を示すことが明らかになりました。人間は本来動きたがる性質を持っており、椅子が完全な可動域を提供する場合、使用者はその機能を積極的に活用し、後傾と前傾を繰り返す動的な座位を実践することが確認されています。
バーバー&オズガビーは、動きと学習の間に確立された関連性に着目し、可動部品を持たないシンプルな構造で、この理論を具現化することに成功しました。彼らは語っています。「私たちは、子供たちが自然に体を動かしながら学習できる環境を作りたかった。ティップ・トンは、その動きを制限するのではなく、むしろ促進する椅子なのです」。
デザイナーについて
エドワード・バーバー(1969年、シュルーズベリー生まれ)とジェイ・オズガビー(1969年、オックスフォード生まれ)は、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートで建築を学んでいた際に出会い、1996年に共同でスタジオを設立しました。以来、彼らの作品は産業デザイン、家具デザイン、建築の境界を探求し続けています。
彼らのアプローチは、実験と革新への強い重点、そして素材と色彩への探求的な態度によって特徴づけられます。これらの焦点から生まれるソリューションは、産業プロセスと新技術との密接な関係を反映しつつ、ファインアートとの親和性も示しています。2004年にジャーウッド賞を受賞、2007年には「Royal Designers for Industry」の称号を授与され、2013年には大英帝国勲章(OBE)を受章するなど、数多くの栄誉に輝いています。
彼らの作品は、ロンドンのV&A博物館とデザイン・ミュージアム、ニューヨークのメトロポリタン美術館、シカゴ美術館など、世界中の主要な美術館のパーマネントコレクションに収蔵されています。
評価と影響
ティップ・トンは、その革新的なデザインと機能性により、発表以来、デザイン界で高い評価を受けています。シカゴ美術館のアーキテクチャー&デザイン協会の資金により2012年にコレクションに加えられ、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のデザインストアでも取り扱われるなど、現代デザインの重要な作品として認識されています。
教育現場での採用が広がる中、この椅子は単なる家具を超えて、学習環境における健康と集中力の向上を促進するツールとして位置づけられています。特に、デジタル化が進む現代の教育環境において、子供たちの身体的健康を守りながら学習効率を高める重要な役割を果たしています。
2020年には、環境への配慮を更に進めた「ティップ・トンRE」が発表されました。ドイツの「イエローバッグ」家庭廃棄物収集プログラムから得られるポストコンシューマー・リサイクル材を使用し、石油ベースの一次プラスチックと比較して54%少ない温室効果ガスの排出と、大幅なエネルギー消費の削減を実現しています。
受賞歴とコレクション
ティップ・トンとそのデザイナーたちは、以下の栄誉を受けています:
- 2012年 - シカゴ美術館パーマネントコレクション収蔵
- 2015年 - ロンドン・デザイン・メダル(バーバー&オズガビー)
- Vitra Design Museum ミニチュアコレクション選定
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)デザインストア取扱い製品
また、世界各地の主要なデザインミュージアムや教育機関において、優れたデザイン事例として紹介され、デザイン教育の教材としても活用されています。
基本情報
| 製品名 | Tip Ton(ティップ・トン) |
|---|---|
| デザイナー | エドワード・バーバー&ジェイ・オズガビー |
| ブランド | Vitra(ヴィトラ) |
| 発表年 | 2011年 |
| 素材 | ポリプロピレン(染色仕上げ)、ポリエチレン(グライド) |
| サイズ | 幅50.9cm × 奥行55.5cm × 高さ78.6cm × 座面高46.2cm |
| 重量 | 約5.2kg |
| カラー | 8色展開(ホワイト、ブラック、グレー、グラシアブルー、コーラル、ラベンダー他) |
| 特徴 | 前傾機能、スタッキング可能(4脚まで)、100%リサイクル可能 |
| 用途 | 教育施設、ダイニング、ホームオフィス、会議室、レストラン |
| 参考価格 | 約50,000円〜60,000円(税込) |
参考文献・出典
- Vitra公式ウェブサイト - Tip Ton製品ページ
- Barber Osgerby公式サイト - プロジェクトアーカイブ
- ETH Zurich生体力学研究所 - 座位姿勢に関する研究(2010年)
- シカゴ美術館 - コレクションデータベース
- V&A Museum - デザインコレクション
- MoMA Design Store - 製品カタログ
- London Design Festival 2015 - Medal Winners