レッド&ブルーチェアは、オランダの建築家兼デザイナーであるヘリット・トーマス・リートフェルトが1917年から1918年にかけてデザインした革命的なラウンジチェアです。この椅子は、20世紀初頭のオランダで興った前衛芸術運動「デ・スティル」の理念を三次元的に具現化した最初期の作品として、デザイン史において極めて重要な位置を占めています。

当初は無塗装の木材で制作されましたが、1923年頃にリートフェルトがデ・スティルの活動を通じて得た着想により、赤、青、黄、黒という原色で彩色されました。この大胆な配色によって、椅子は単なる家具を超えた芸術作品としての様相を呈するようになり、現在の名称「レッド&ブルーチェア」として世界的に知られるようになったのです。現在はニューヨーク近代美術館をはじめとする世界中の美術館に収蔵され、イタリアの名門家具メーカーであるカッシーナ社によって1973年から製造が続けられています。

特徴とコンセプト

構造的革新性

レッド&ブルーチェアの最も顕著な特徴は、その徹底的に抽象化された構造にあります。伝統的なアームチェアが持つ重厚な量感を排除し、13本の正方形断面の角材、2枚の長方形プロファイルのアームレスト、そして座面と背もたれを形成する2枚の長方形パネルという最小限の要素のみで構成されています。

各部材は水平と垂直の直線のみで結合され、支持する要素と支持される要素の区別を消去することで、空間における新たな調和を実現しています。フレームを構成する角材の端部は黄色に塗装され、まるで新たに切断された木材のような視覚効果を生み出すと同時に、空間への延長可能性を示唆しています。この独特の接合方法は「リートフェルト・ジョイント」と呼ばれ、1951年にアムステルダムのステデライク美術館で開催された展覧会では、その模型が単独で展示されるほど高く評価されました。

デ・スティルの理念の体現

デ・スティルは1917年から1931年にかけてオランダで展開された芸術運動で、水平垂直線、三原色、非装飾、単純性を追求し、客観的で普遍的な表現様式を目指しました。リートフェルトは、画家ピート・モンドリアンや建築家テオ・ファン・ドゥースブルフらとともにこの運動に参加し、その理念を家具デザインに昇華させました。

赤の背もたれ、青の座面、黒のフレーム、そして黄色の端部という配色は、モンドリアンの抽象絵画「コンポジション」シリーズを彷彿とさせます。しかし、リートフェルトの構造的な着想はデ・スティルの理論に先行していたとも考えられており、彼の家具デザインが運動全体に与えた影響も看過できません。座面と背もたれは斜めに配置され、空間の中で浮遊するかのような印象を与え、物体と空間の境界を問い直す試みとなっています。

量産を意図した設計思想

家具職人の息子として育ち、自らも職人として修業を積んだリートフェルトは、この椅子を大量生産可能なものとして構想しました。使用される木材はすべて当時入手しやすい規格サイズであり、特別な工具を必要とせずに組み立てられる設計となっています。

この民主的な発想は、芸術作品としての価値と実用性を両立させようとする近代デザインの理念を体現しています。リートフェルトは椅子の座面下にドイツの詩人クリスティアン・モルゲンシュテルンの詩の一節を印刷するよう指示していました。「座るとき、私は肉体が望むように座りたくない。むしろ、もし精神が座るなら、自らのために椅子を編むように座りたい」という詩句は、この椅子が身体だけでなく精神の快適さをも目指していたことを示唆しています。

デザインプロセスと変遷

1917年、リートフェルトは自身の家具工房で最初のプロトタイプを制作しました。当初の椅子は無塗装の木材で構成され、アームレストの下には側面パネルが取り付けられていました。この原型は1919年9月発行の雑誌『デ・スティル』第2巻11号に掲載され、前衛的デザイン界に衝撃を与えました。

1923年頃、リートフェルトはデ・スティルの活動を通じて得た着想から、側面パネルを取り外し、現在知られる赤、青、黄、黒の配色を施しました。この変更により、椅子はより抽象的で観念的なデザインへと進化し、デ・スティルの思想をより明確に表現するものとなったのです。

興味深いことに、リートフェルト自身は椅子の寸法や色彩について権威的な仕様を定めませんでした。そのため、様々なバージョンが存在し、それぞれが独自の解釈を示しています。1960年代にはG.A.ファン・デ・フルーネカン工場によって製造され、1973年以降はカッシーナ社がリートフェルトの原設計に忠実に従って製造を行っています。

エピソード

レッド&ブルーチェアにまつわる興味深いエピソードの一つは、リートフェルトが設計したオランダ・ブレダのフェルパーレン邸との関係です。1960年代初頭、フェルパーレン家はリートフェルトに住宅の設計を依頼し、その際にホール用のレッド&ブルーチェアと特注の青いベンチを依頼しました。1999年、アムステルダムのクリスティーズで開催された20世紀装飾美術のオークションで、これらの作品が出品されました。

また、1921年にドイツのバウハウスでリートフェルトの家具が展示された際、その革新的なデザインはバウハウスの教師や学生たちに多大な影響を与えました。マルセル・ブロイヤーをはじめとするバウハウスのデザイナーたちの作品に、リートフェルトの影響を見て取ることができます。

現代においても、この椅子は芸術家や建築家に刺激を与え続けています。アメリカのミニマリスト彫刻家ドナルド・ジャッドがニューヨークの自宅兼美術館にリートフェルトの家具を配置していたことは、この椅子が時代を超えた芸術的価値を持つことの証左といえるでしょう。

評価と影響

レッド&ブルーチェアは、20世紀デザイン史における最も重要な作品の一つとして広く認識されています。ニューヨーク近代美術館、ブルックリン美術館、ハイ美術館、フィトラ・デザイン美術館など、世界の主要な美術館がこの椅子をコレクションに加えています。

デザイン批評家たちは、この椅子がモダンデザインの本格的な幕開けを告げた作品であると評価しています。伝統的な家具の形態を近代的な視点から捉え直し、本質へと到達した点において、この椅子は20世紀デザインの定義そのものといえます。また、アートとデザインを結びつけた架け橋として、後世のデザイナーたちに計り知れない影響を与えました。

デザイン史家ポール・オーヴァリーは、リートフェルトの椅子について「家具が彫刻になる瞬間を捉えた作品」と評しています。機能と芸術性を統合し、空間と物体の関係性を問い直したこの椅子は、モダニズム運動全体に理論的基盤を提供しました。

後世への影響

レッド&ブルーチェアは、家具デザインの枠を超えて、建築、グラフィックデザイン、ファッションにまで影響を及ぼしました。ディック・ブルーナの絵本キャラクター「ミッフィー」や、イヴ・サンローランの「モンドリアン・ルック」など、デ・スティルの美学は様々な分野で再解釈されています。

現代のデザイナーたちは今なお、既存の形態を抽象化し、本質を探求する際にリートフェルトのアプローチを参照しています。ミニマリズム、デコンストラクティビズム、コンセプチュアル・デザインといった20世紀後半から21世紀にかけてのデザイン運動の多くが、この椅子に端を発する思想的系譜に連なっているといえるでしょう。

傾斜をつけた背もたれと座面は、見た目ほど座り心地が悪くないという点も注目に値します。これは、リートフェルトが職人としての技量を保持しながら、概念的な探求を行っていたことを示しています。芸術作品としての価値と実用性の両立という課題は、現代のデザイナーたちにとっても普遍的なテーマであり続けています。

基本情報

デザイナー ヘリット・トーマス・リートフェルト(Gerrit Thomas Rietveld)
デザイン年 1917-1918年(配色は1923年頃)
製造 カッシーナ(Cassina)(1973年〜)
分類 ラウンジチェア / アームチェア
寸法 幅65.5cm × 奥行83cm × 高さ88cm、座面高33cm、アーム高50cm
材質 フレーム:ビーチ材(ブナ材)、座面・背もたれ:バーチプライウッド(シラカバ合板)にビーチ材の突板
仕上げ フレーム:ブラック塗装、座面:ブルー塗装、背もたれ:レッド塗装、端部:イエロー塗装
所蔵 ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ブルックリン美術館、ハイ美術館、ヴィトラ・デザイン美術館ほか
デザイン運動 デ・スティル(De Stijl)