ヘリット・リートフェルト:デ・スティルを体現したモダニズムの巨匠
生涯と創造的展開
ヘリット・トーマス・リートフェルト(Gerrit Thomas Rietveld、1888年6月24日 - 1964年6月25日)は、オランダのユトレヒトに家具職人の息子として生まれた。11歳で学校を離れ、父親の工房で家具製作の修業を開始。夜間学校に通いながら技術を磨き、1906年から1911年までユトレヒトの宝飾商C.J.ベヘールの工房で製図工として勤務した。この時期に身につけた精緻な技術と幾何学的な感性が、後の革新的なデザインの基盤となる。
1917年、リートフェルトは29歳でユトレヒトのアドリアーン・ファン・オスターデラーンに自身の家具工房を開設した。この年、彼は後に「レッド・ブルー・チェア」として知られる革命的な椅子の最初のプロトタイプをデザインする。当初は無塗装であったこの椅子は、1918年から1919年にかけて、建築家ロベルト・ファン・トゥ・ホフを通じてデ・スティル運動のメンバーと接触したことで、1923年頃に象徴的な赤、青、黄の原色と黒の配色へと変貌を遂げた。1919年、リートフェルトは正式にデ・スティル運動に参加し、建築家としてのキャリアを開始する。
1924年、リートフェルトの人生において最も重要な転機が訪れる。最近夫を亡くした裕福な未亡人トゥルース・シュローダー=シュラーダーから、新しい住宅の設計を依頼されたのである。彼女は「壁のない家」を望み、リートフェルトと緊密に協働してシュローダー邸を完成させた。この建築物は、デ・スティルの理念を建築において初めて完全に実現したものとして、モダニズム建築の金字塔となり、2000年にUNESCO世界遺産に登録された。リートフェルトとシュローダーは生涯にわたる創造的パートナーとなり、1957年に妻が亡くなった後、リートフェルトはシュローダー邸に移り住み、1964年に76歳で死去するまでそこで暮らした。
1930年代は、デ・スティル運動が1931年に解散したこともあり、リートフェルトにとって困難な時期となった。経済不況により建築の仕事は減少したが、この時期に彼は1934年の「ジグザグチェア」や「クレート家具」シリーズなど、重要な家具デザインを多数生み出した。第二次世界大戦中は仕事が制限されたものの、戦後は再び多くの建築委嘱を受けるようになる。1951年、アムステルダム市立美術館でデ・スティルの回顧展をデザインし、これがベネチア・ビエンナーレやニューヨーク近代美術館にも巡回したことで、国際的な再評価が始まった。晩年は、ベネチア・ビエンナーレのオランダ館(1954年)、アムステルダムとアーネムの美術学校、パリのユネスコ本部のプレスルーム(1958年)、ファン・ゴッホ美術館の設計(1955年開始、死後1973年完成)など、数々の名誉ある仕事を手がけた。
デザインの思想とアプローチ
リートフェルトのデザイン哲学は、デ・スティル運動の中核的理念であるネオプラスティシズム(新造形主義)に深く根ざしている。この運動は1917年、テオ・ファン・ドゥースブルフを中心に創設され、ピート・モンドリアンらとともに、純粋な抽象性と普遍性を追求した。デ・スティルの芸術家たちは、キュビズムが絵画において表現した構成の動的分解の法則を吸収し、それを極限まで押し進めた。また、フランク・ロイド・ライトの建築的教訓を綿密に研究し、当時ヨーロッパで広く影響力を持っていた彼の思想を取り入れた。
リートフェルトの作品の中核にあるのは、構造要素の明確な表現である。彼は家具や建築において、各要素がその独自のアイデンティティを保持しながら、全体として調和する構成を追求した。レッド・ブルー・チェアは、この理念の完璧な体現である。15本の黒く塗られた木製の角材と2枚の合板パネル(赤い座面と青い背もたれ)から構成され、各要素が視覚的に分離されながらも、機能的に統合されている。この「分離と統合の弁証法」は、リートフェルトの全作品を貫く基本原理となった。
色彩理論においても、リートフェルトはデ・スティルの厳格な規律に従った。三原色(赤、青、黄)と非色(白、灰、黒)のみを使用することで、彼は装飾を排除し、純粋な形態と色彩の関係性を探求した。これは単なる美的選択ではなく、普遍的な調和と秩序の視覚的表現であった。シュローダー邸において、この色彩理論は建築規模で実現され、水平・垂直の面と線が原色によって強調され、三次元空間においてモンドリアンの絵画を具現化したかのような効果を生み出している。
リートフェルトのもう一つの革新的アプローチは、空間の柔軟性と開放性の追求であった。シュローダー邸の2階は、可動式の間仕切りによって昼間は一つの大きな開放空間として使用でき、夜間は3つの個室に分割できるという革命的な設計となっている。この「オープンプラン」の概念は、当時としては極めて先進的であり、現代の住宅設計における標準となった。リートフェルトは、建築と家具を人々の生活様式に適応させることを重視し、固定的な規範ではなく、使用者の自由を最大化する設計を追求した。
また、リートフェルトは大量生産への志向を持っていた。手工芸的な家具製作の伝統から出発しながらも、彼は家具がより単純で、より安価で、より多くの人々にアクセス可能となることを望んだ。1930年代のクレート家具シリーズは、安価な梱包用材料から製作され、顧客自身が組み立てられる「DIYキット」として販売された。これは現代の「オープンデザイン」や「フラットパック家具」の先駆けであり、民主的なデザインへの彼の献身を示している。
作品の特徴と形態言語
リートフェルトの作品を特徴づける最も顕著な要素は、幾何学的純粋性である。彼のデザインは、直線、直角、平面という基本的な幾何学要素に還元される。曲線はほとんど使用されず、すべての形態は水平線と垂直線の交差によって構成される。この厳格な幾何学は、装飾を完全に排除し、形態そのものの美しさと構造の論理を前面に押し出す。
構造の透明性と可視性も、リートフェルトの作品の重要な特徴である。彼は構造要素を隠すことなく、むしろそれらを強調し、視覚的に分離することで、家具や建築がどのように組み立てられているかを明示した。レッド・ブルー・チェアでは、すべての接合部が露出し、各部材がどのように相互作用しているかが一目瞭然である。この「構造の誠実さ」は、モダニズムの中核的価値観であり、リートフェルトはその最も純粋な実践者の一人であった。
リートフェルトは素材との実験においても先駆的であった。初期の作品では伝統的な木材を使用していたが、1930年代には合板、アルミニウム、スチール管など、当時としては革新的な素材を積極的に採用した。ジグザグチェアは、4枚の木製パネルをダブテイル継ぎとボルトで接合し、脚のない形態を実現した。これは、単一素材から継ぎ目なく椅子を製作するという彼の長年の探求の結実であり、構造と形態の完璧な統合を示している。
視覚的軽やかさと空間の解放も、リートフェルトのデザインの特質である。シュローダー邸の象徴的なコーナー窓は、2つの窓が直角に開くことで、文字通り建物の角が消失し、内部と外部の境界が曖昧になる。この「境界の解体」は、デ・スティルが追求した空間の連続性と流動性の理念を具現化している。家具においても、リートフェルトは視覚的な重さを最小化し、構造が空中に浮遊しているかのような印象を与えることを追求した。
リートフェルトの作品には、彫刻的・抽象的質感が顕著である。彼の家具は単なる機能的オブジェクトではなく、空間における抽象芸術作品としての性格を持つ。ジグザグチェアの純粋なZ字形、レッド・ブルー・チェアの浮遊する平面、ステルトマンチェアの対称的な木製パネルの配置——これらはすべて、機能性と芸術性の境界を曖昧にする。リートフェルトにとって、デザインは「身体と魂のための休息の場」を創造する知的探求であった。
主要代表作品
レッド・ブルー・チェア(1917-1918/1923)
リートフェルトの最も象徴的な作品であるレッド・ブルー・チェアは、20世紀デザイン史における革命的瞬間を刻印した。1917年に最初のプロトタイプがデザインされたとき、椅子は無塗装であったが、1918年から1919年にかけてデ・スティル運動との接触を経て、1923年頃に現在知られる赤、青、黄、黒の配色が施された。この椅子は、15本のブナ材の角材(黒く塗装)と2枚の合板パネル(赤い座面、青い背もたれ、黄色の末端部)から構成され、各要素が視覚的に分離されながらも機能的に統合されている。
この椅子の革新性は、デ・スティルの芸術原理を三次元の機能的オブジェクトとして初めて実現したことにある。各構造要素が独自のアイデンティティを保持し、色彩と接合方法によって視覚的に分離されることで、椅子全体が抽象的な線と面の構成として認識される。これは、家具デザインにおける装飾の完全な排除と、純粋な形態の追求という点で、画期的であった。レッド・ブルー・チェアは現在、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館など、世界の主要美術館のコレクションに収蔵されている。現在はカッシーナ社が製造権を保有し、ブナ材またはアッシュ材で製作され、オリジナルの配色の他、ナチュラル仕上げや様々な色彩バリエーションで提供されている。
シュローダー邸(1924)
リートフェルト・シュローダー邸(Rietveld Schröder House)は、モダニズム建築の最も重要な作品の一つであり、2000年にUNESCO世界遺産に登録された。ユトレヒトのプリンス・ヘンドリックラーン50番地に位置するこの小さな住宅は、1924年にトゥルース・シュローダー=シュラーダー夫人の依頼により、リートフェルトが最初に手がけた建築プロジェクトである。シュローダー夫人は「壁のない家」を望み、リートフェルトと緊密に協働して設計を進めた。両者は、進歩的な理念——家族内の関係性における新しい開放性、感情生活における真実、そして規律、階層、抑制を重視するブルジョア的な礼儀作法の概念を排除すること——を共有していた。
建物の構成は革命的である。1階は比較的伝統的で、中央の階段を囲んで台所と3つの寝室が配置されているが、2階(当時の消防規則を満たすために「屋根裏」として申請された)は、別のトイレと浴室を除いて、完全な開放空間として設計された。シュローダー夫人の要望により、可動式・回転式の間仕切りシステムが導入され、2階空間を完全に開放したり、必要に応じて個室に分割したりすることが可能となった。この「オープンプラン」の概念は、当時としては極めて先進的であり、現代住宅設計の基礎となった。
建物の外観は、デ・スティルの原理を完璧に体現している。水平・垂直の面と線、原色(赤、青、黄)と非色(白、灰、黒)の使用、内部と外部の流動的な移行——これらすべてが、三次元空間におけるモンドリアンの絵画の実現として機能している。特に象徴的なのが2階のコーナー窓で、大きな窓と小さな窓が直角に開くことで、角が消失し、屋内にいながら屋外にいるかのような感覚を生み出す。建物は当初、ユトレヒトの郊外、広大なポルダー(干拓地)の風景を見渡す場所に建てられ、この景観が設計の重要な要素であった。1960年代に前庭に4車線の高速道路と高架橋が建設されたとき、リートフェルトは「内部と外部を結びつけていたものが破壊されたのだから、家は取り壊されるべきだ」と述べたという。
シュローダー邸は、建築家アイリーン・グレイの有名なE 1027邸など、多くの現代建築家に多大な影響を与えた。トゥルース・シュローダーは1925年から1985年の死去まで60年間この家に住み続け、最初は3人の子供たちと、後にはリートフェルトと共に暮らした。1970年、シュローダーはリートフェルト・シュローダー邸財団を設立し、1985年の死後、財団は大規模な修復を経て家をユトレヒト中央博物館に寄贈した。博物館は1987年から一般公開を開始し、現在は予約制のガイドツアーで訪問可能である。
ジグザグチェア(1932-1934)
ジグザグチェアは、リートフェルトの長年の探求——単一素材から継ぎ目なく椅子を製作する——の最も成功した結実である。1932年から1934年の間にデザインされたこの椅子は、4枚の平らな木製パネル(当初はニレ材、現在は松材またはアッシュ材)がZ字形に配置され、ダブテイル継ぎとボルトまたはネジで接合されている。脚を持たず、腕もないこのミニマリスト的形態は、純粋な抽象性でありながら、驚くほど頑丈で快適である。
この椅子は、アムステルダムの百貨店メッツ&コーの委託により、大量生産を目的としてデザインされた。リートフェルトのデザインと製作プロセスへの信念は明確であった。彼は「要点に直行し、強固で、職人の眉をひそめることのない自由な木工法」と述べ、伝統的な家具製作の複雑さを拒否した。1971年、イタリアのカッシーナ社が製造権を取得し、以来継続的に生産している。現代のカッシーナ版は、ネジを使用せず、目に見えるダブテイル継ぎのみで構成され、ナチュラルチェリー、ナチュラルアッシュ、または赤、青、黄、白、黒などの塗装仕上げで提供されている。
ジグザグチェアは、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館など、世界の主要デザイン美術館のコレクションに収蔵されている。その影響力は、カンティレバー構造の固体木製椅子の最初期の例として、デザイン史において不朽のものとなっている。
クレート家具シリーズ(1934-1935)
1934年、リートフェルトは「クレート家具」と呼ばれる革命的な家具シリーズをデザインした。このシリーズは、安価な梱包用木材の残材——輸送用木箱に使用される標準化された松材の板——から製作された。ラウンジチェア、ダイニングチェア、小型書棚、サイドテーブル、ローテーブルなどが含まれ、すべて真鍮のネジで接合されている。
この家具の革新性は、その民主的なアプローチにある。リートフェルトは家具を完成品として販売するだけでなく、製作図面と組み立て説明書も提供し、顧客が自分で製作できるようにした。これは現代の「DIY」や「オープンデザイン」の概念の先駆けである。1935年から、アムステルダムのメッツ&コー百貨店がこのシリーズを「週末家具(Weekend Furniture)」として販売し始めた。リートフェルトは家具を無塗装のまま提供することを好んだが、顧客は追加料金で好みの色に塗装することもできた。
リートフェルトは彼の設計と製作プロセスを擁護し、「要点に直行し、強固で、職人の眉をひそめることのない自由な木工法」と述べた。この姿勢は、手工芸的な完璧さよりも、アクセス可能性と機能性を優先する彼の民主的デザイン哲学を反映している。1960年代、メッツ&コーは豪華なローズウッド版のラウンジチェアとサイドテーブルも導入した。2023年、デンマークのHAY社がリートフェルト・オリジナルズと協働してクレートシリーズを再発行し、リートフェルトの夢——すべての人のための超クールで手頃な価格のオープンソース家具を創造すること——を約90年後に実現した。この再発行版は、2023年にモノクル・デザイン賞を受賞している。
ユトレヒトアームチェア(1935)
1935年、リートフェルトはアムステルダムの著名な百貨店メッツ&コーのために、ユトレヒトアームチェアをデザインした。このアームチェアは、リートフェルトの作品の中では珍しく、豪華に布張りされた快適な座り心地を提供する。幾何学的な直交する線と面の構成によって形成される背もたれとアームレストが特徴的で、その輪郭は独特のブランケットステッチ(毛布縫い)で縁取りされている。
このデザインは、リートフェルトの幾何学的厳格さと現実的な快適性への配慮の完璧な融合を示している。1942年、リートフェルトはアムステルダム銀行の内装をデザインする委嘱を受けたが、ドイツ占領下で設立されたクルトゥールカメル(文化会議所)のメンバーでなかったため、実行することができなかった。このプロジェクトのために製作されたプロトタイプは、リートフェルトが友人である写真家ニコ・イェッセの隠れ家で製作し、イェッセが最終的に使用したと考えられている。
1971年、イタリアのカッシーナ社が製造権を取得し、現在も様々なサイズとカラーバリエーションでアームチェアとソファを生産している。2016年には、特別限定版「ボックスブロックス」(番号66/90)が生産され、その豊かな質感と色彩の選択肢により、現代のインテリアにおいてもモダニズムデザインの象徴として高く評価されている。
ステルトマンチェア(1963)
ステルトマンチェアは、リートフェルトが75歳のときに手がけた最後の主要プロジェクトの一つである。1963年、ハーグの著名な宝飾商ステルトマンの店舗のために特別にデザインされたこの椅子は、リートフェルトの純粋な線と形態への詩的ビジョンの本質を体現している。一対の対称的なミラー椅子として構成され、木製の板のみから製作され、純粋な線と直交する面が強い彫刻的効果を生み出している。
この椅子は、リートフェルトの最晩年における創造的活力の証である。構造の極度の単純化、視覚的な明快さ、そして機能と形態の完璧な統合——これらはすべて、50年近いキャリアを通じて洗練されたデザイン原理の結実である。現在、テクタ社がこの椅子を生産しており、リートフェルトの遺産を現代に伝えている。
功績と業績
ヘリット・リートフェルトは、20世紀デザインと建築において計り知れない影響を与えた。彼の功績は、単に個別の作品の卓越性にとどまらず、デザイン思考の根本的な変革をもたらしたことにある。
デ・スティル運動の中心人物として、リートフェルトはネオプラスティシズムの理念を家具と建築において具現化した最も重要な実践者であった。1919年の運動への参加から1931年の解散まで、彼はテオ・ファン・ドゥースブルフ、ピート・モンドリアン、バルト・ファン・デル・レックらと協働し、純粋な抽象性と普遍性を追求した。レッド・ブルー・チェアは、デ・スティルの原理を三次元の機能的オブジェクトとして初めて実現した作品として、運動の象徴となった。
建築における空間概念の革新も、リートフェルトの重要な貢献である。シュローダー邸の可動式間仕切りによる「オープンプラン」は、固定的な壁で区切られた伝統的な住宅空間の概念を覆し、柔軟で適応可能な生活空間の可能性を示した。この概念は、ル・コルビュジエのサヴォア邸やミース・ファン・デル・ローエのトゥーゲントハット邸といった同時代の名作とは異なる独自のアプローチを示し、現代住宅設計における標準となった。UNESCO世界遺産委員会は、シュローダー邸を「デ・スティル運動が発展させた純粋な理念と概念における人間の創造的天才の傑出した表現」として評価し、2000年に世界遺産リストに登録した。
素材と製作技術の実験においても、リートフェルトは先駆者であった。1930年代には、合板、アルミニウム、スチール管など、当時としては革新的な素材を家具デザインに積極的に導入した。クレート家具シリーズは、安価な梱包用材料を使用し、顧客自身が組み立てられるDIYキットとして提供されることで、デザインの民主化を実践した。これは現代の「オープンデザイン」や「フラットパック家具」の概念を約80年先取りしたものであった。
教育機関への影響も顕著である。1958年、ユトレヒト中央博物館で建築作品に捧げられた最初の回顧展が開催された。1968年、アムステルダムの美術学校が高等専門教育システムの一部となり、美術デザインアカデミーの地位を与えられたとき、その名称はリートフェルトを記念して「ヘリット・リートフェルト・アカデミー」と改名された。この名誉は、彼がオランダのデザイン教育において果たした役割の重要性を示している。
国際的な委嘱と展覧会も、リートフェルトの評価を高めた。1951年、アムステルダム市立美術館のためにデ・スティル回顧展をデザインし、これがベネチア・ビエンナーレとニューヨーク近代美術館に巡回したことで、国際的な再評価が始まった。その後、ベネチア・ビエンナーレのオランダ館(1953年)、アムステルダムとアーネムの美術学校、パリのユネスコ本部のプレスルーム(1958年)、クレラー=ミュラー美術館のソンスベーク・パビリオン(1955年、1965年および2010年に再建)など、権威ある建築プロジェクトを手がけた。ファン・ゴッホ美術館の設計は1955年に開始され、彼の死後1973年に完成した。
建築実践の拡大として、1961年、多数のプロジェクトを扱うために、リートフェルトは建築家ヨハン・ファン・ディレンおよびJ.ファン・トリヒトとパートナーシップを設立した。このパートナーシップは数百の住宅を建設し、その多くはユトレヒト市に位置している。特に1931年から1934年のユトレヒトの連続住宅プロジェクトは、社会的側面に基づいた都市計画の先駆的試みとして評価されている。
評価と後世への影響
ヘリット・リートフェルトの影響は、20世紀デザインと建築の根幹に及んでいる。彼の作品と思想は、モダニズムの発展において中枢的な役割を果たし、後続世代の建築家とデザイナーに計り知れない影響を与え続けている。
モダニズム運動における位置づけとして、リートフェルトはル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトと並ぶ20世紀建築の巨匠として認識されている。2010年のユトレヒトでの「リートフェルトの宇宙」展では、彼の作品がこれら同時代の巨匠たちと比較され、その独自の貢献が明確にされた。特にシュローダー邸は、ル・コルビュジエのサヴォア邸やミース・ファン・デル・ローエのトゥーゲントハット邸といった同時代の重要建築とは異なる、空間の扱いと建物機能の概念において独特のアプローチを示した。
デザイン界への持続的影響は多岐にわたる。レッド・ブルー・チェアは、20世紀デザインの最も象徴的なアイコンの一つとなり、アメリカの彫刻家・デザイナーであるドナルド・ジャッドをはじめ、無数の芸術家とデザイナーに賞賛されてきた。彼の家具は、ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館など、世界の主要デザイン美術館の永久コレクションに収蔵されている。
建築思想への貢献として、リートフェルトの「オープンプラン」概念は、現代住宅設計における基本原理となった。彼が追求した内部と外部の流動的な移行、可動式間仕切りによる空間の柔軟性、光と開放性への重視——これらすべてが、20世紀後半から21世紀の住宅建築における標準的アプローチとなった。建築家アイリーン・グレイの有名なE 1027邸は、シュローダー邸から明確な影響を受けており、多くの現代建築家がリートフェルトの空間概念を自身の作品に取り入れている。
素材と技術の革新における先駆性も、現代において再評価されている。彼の合板、アルミニウム、スチール管などの実験的素材の使用は、バウハウスの金属家具とは異なる独自のアプローチを示した。ジグザグチェアの単一素材からの継ぎ目ない製作という探求は、現代のデジタル製造技術やCNCミリングと共鳴し、21世紀のデザイナーにとって依然として関連性の高いテーマである。
民主的デザインの先駆者として、リートフェルトのクレート家具シリーズは、現代の「オープンデザイン」「メイカームーブメント」「フラットパック家具」の概念を約90年先取りしていた。製作図面と組み立て説明書を提供し、顧客自身が家具を製作できるようにしたアプローチは、イケアをはじめとする現代の民主的デザインの基礎となった。2023年のHAY社によるクレートシリーズの再発行は、この理念の持続的関連性を証明している。
国際的認知と再評価は、生前から現在まで続いている。リートフェルトの作品は、1920年代には合理主義の台頭により一時的に軽視されたが、1950年代に1920年代のスタイルが復興したことで再評価された。1988年、ニューヨークのバリー・フリードマン・ギャラリーでの「ヘリット・リートフェルト:100年記念展」は、米国で開催された最初の包括的な原作展示会であり、国際的な関心を再燃させた。1996年、ヴィトラ・デザイン美術館での大規模回顧展は、ドイツ語圏における重要な再評価の契機となった。この展覧会は約320点のオブジェクト——家具、模型、絵画、写真、映画、約100点のオリジナル図面と設計図——を含み、同時代のテオ・ファン・ドゥースブルフ、バルト・ファン・デル・レック、ル・コルビュジエ、マルセル・ブロイヤーらとの比較作品も展示された。
現代的関連性として、リートフェルトの作品は21世紀のデザイン課題に対しても示唆に富んでいる。彼の持続可能な素材使用、長寿命デザイン、DIYとオープンソースへの志向、社会的側面に基づいた都市計画——これらはすべて、現代のサステナビリティ、循環経済、インクルーシブデザインの議論と直接的に関連している。ヴィトラ・デザイン美術館は、彼の都市計画が「教条的原理ではなく社会的側面に基づいていたため、他の多くのモダニスト建築家の急進的ユートピア概念よりも、現在の発展とはるかに共通点がある」と指摘している。
製造と市場における継続的プレゼンスも顕著である。リートフェルトの主要作品の多くは、100年以上経過した現在も継続的に生産されている。イタリアのカッシーナ社は、レッド・ブルー・チェア、ジグザグチェア、ユトレヒトアームチェア、シュローダー1チェアの製造権を保有し、定期的に新しいエディションを発表している。ドイツのテクタ社はL25テーブルランプやステルトマンチェアを生産し、オランダのリートフェルト・オリジナルズは様々な作品の正規版を製造している。2023年のHAY社とのクレートシリーズの協働は、現代市場における彼のデザインの持続的な関連性と商業的魅力を示している。
リートフェルトの息子ヴィム・リートフェルトも著名な産業デザイナーとなり、父の遺産を次世代に継承した。ヘリット・リートフェルトの作品は、単なる歴史的遺物ではなく、現代デザインの生きた参照点として、世界中の建築家、デザイナー、そして一般の人々に触発を与え続けている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1917年 | 椅子 | レッド・ブルー・チェア(Red and Blue Chair) | Cassina |
| 1918年 | 家具工房 | 自身の家具工場設立 | - |
| 1919年 | 椅子 | スラットチェア(Slatted Chair) | - |
| 1920年 | 建築 | G. & Z. C.宝飾店の改装(アムステルダム、現存せず) | - |
| 1923年 | 椅子 | シュローダー1チェア(Schröder 1) | Cassina |
| 1923年 | 椅子 | ベルリンチェア(Berlin Chair) | Cassina |
| 1924年 | 建築 | リートフェルト・シュローダー邸(Rietveld Schröder House) | UNESCO世界遺産 |
| 1924-1929年 | 建築 | 店舗ファサードシリーズ | - |
| 1925年 | 照明 | L25テーブルランプ | Tecta |
| 1927-1928年 | 建築 | ガレージと運転手居住区(ユトレヒト、改築済) | - |
| 1931-1934年 | 建築 | 連続住宅(Row Houses、ユトレヒト) | - |
| 1932-1934年 | 椅子 | ジグザグチェア(Zig-Zag Chair) | Cassina |
| 1934年 | 椅子・テーブル | クレート・ラウンジチェア(Crate Lounge Chair) | HAY / Rietveld Originals |
| 1934年 | 椅子 | クレート・ダイニングチェア(Crate Dining Chair) | HAY / Rietveld Originals |
| 1934年 | テーブル | クレート・ローテーブル(Crate Low Table) | HAY / Rietveld Originals |
| 1934年 | テーブル | クレート・サイドテーブル(Crate Side Table) | HAY / Rietveld Originals |
| 1935年 | 建築 | ヒレブラント邸(Hillebrand House、ハーグ) | - |
| 1935年 | 椅子 | ユトレヒト・アームチェア(Utrecht Armchair) | Cassina |
| 1942年 | 椅子 | メッツ&コー・アームチェア(Metz & Co Armchair) | Rietveld Originals(2017年再発行) |
| 1951年 | 展覧会デザイン | デ・スティル回顧展(アムステルダム市立美術館) | - |
| 1953年 | 建築 | ベネチア・ビエンナーレ オランダ館 | - |
| 1955年 | 建築 | ソンスベーク・パビリオン(クレラー=ミュラー美術館) | 1965年、2010年再建 |
| 1955-1973年 | 建築 | ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム、死後完成) | - |
| 1956年 | 建築 | デ・プルーフ織物工場(De Ploeg Textile Works、ベルヘイク) | - |
| 1958年 | 建築 | ユネスコ本部プレスルーム(パリ) | - |
| 1958年 | 建築 | ブリュッセル万国博覧会 オランダ館 | - |
| 1962年 | 建築 | 美術学校(アーネム) | - |
| 1963年 | 椅子 | ステルトマンチェア(Steltman Chair) | Tecta |
| 1920-1960年代 | 椅子 | プレスルームチェア(Press Room Chair) | Rietveld Originals |
| 1920-1960年代 | 椅子 | スチール管椅子(Tubular Steel Chair) | - |
| 1920-1960年代 | 椅子 | ビューゲルストゥール(Frame Chair / Beugelstoele) | - |
注記:リートフェルトは生涯で377点以上の家具デザインを残したとされている(Peter Vögeによる包括的調査)。上記は主要作品および現在も生産されている代表的な作品を中心に掲載。
Reference
- Gerrit Rietveld - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Gerrit_Rietveld
- Gerrit Rietveld - architect - designer (1888-1964) - Designers - designindex
- https://www.designindex.org/designers/design/gerrit-rietveld.html
- Gerrit Thomas Rietveld | Modernist, De Stijl, Furniture | Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Gerrit-Thomas-Rietveld
- Gerrit Thomas Rietveld | Biography | Designer | Cassina
- https://www.cassina.com/ww/en/maestri/gerrit-thomas-rietveld.html
- Gerrit Rietveld: the designer and his collection | Rietveld Originals
- https://rietveldoriginals.com/en/pages/gerrit-rietveld
- Rietveld Schröderhuis (Rietveld Schröder House) - UNESCO World Heritage Centre
- https://whc.unesco.org/en/list/965/
- Rietveld Schröder House - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Rietveld_Schr%C3%B6der_House
- Rietveld Schröder House: UNESCO World Heritage
- https://www.rietveldschroderhuis.nl/en/about/unesco-world-heritage
- Gerrit Rietveld | Vitra Design Museum
- https://www.design-museum.de/en/exhibitions/detailseiten/gerrit-rietveld.html
- The complete Rietveld furniture - Specific Object
- https://specificobject.com/objects/info.cfm?object_id=15070
- Zig Zag Chair, Design Gerrit T. Rietveld | Archive of Objects
- https://archiveofobjects.net/en/objects/zig-zag-chair/
- The Crate Collection relaunched by Rietveld Originals x HAY
- https://www.hay.com/news/news-2023/crate-collection
- Gerrit Rietveld Furniture: The Red and Blue Chair and More | Archive of Objects
- https://archiveofobjects.net/en/collections/gerrit-rietveld-furniture/