ヘリット・リートフェルト
ヘリット・トーマス・リートフェルト(Gerrit Thomas Rietveld、1888-1964)は、オランダのデザイナー・建築家である。デ・スティル運動の中心人物として、家具と建築においてネオプラスティシズム(新造形主義)の理念を立体的に実現した。レッド・ブルー・チェアや、UNESCO世界遺産に登録されたシュローダー邸は、20世紀モダンデザインを代表する作品として知られている。
生涯と創造的展開
1888年6月24日、オランダのユトレヒトに家具職人の息子として生まれた。11歳で学校を離れ、父の工房で家具製作の修業を始める。夜間学校で技術を磨き、1906年から1911年まではユトレヒトの宝飾商C.J.ベヘールの工房で製図工として働いた。この時期に身につけた精緻な技術と幾何学的な感覚が、後の革新的なデザインの基盤となる。
1917年、リートフェルトはユトレヒトに自身の家具工房を開設し、後に「レッド・ブルー・チェア」として知られる椅子の最初のプロトタイプをデザインした。当初は無塗装だったこの椅子は、デ・スティル運動のメンバーとの接触を経て、1923年頃に三原色と黒の配色へと変わっていく。1919年、リートフェルトは正式にデ・スティル運動に参加し、建築家としてのキャリアも歩み始めた。
1924年、彼の人生における大きな転機が訪れる。夫を亡くした裕福な未亡人トゥルース・シュローダー=シュラーダーから住宅の設計を依頼されたのである。彼女は「壁のない家」を望み、リートフェルトと緊密に協働してシュローダー邸を完成させた。デ・スティルの理念を建築で初めて全面的に実現したこの住宅は、モダニズム建築の金字塔となり、2000年にUNESCO世界遺産に登録された。二人は生涯にわたる創造的パートナーとなり、リートフェルトは妻の死後の1957年からシュローダー邸に移り住み、1964年6月25日に76歳で亡くなるまでそこで暮らした。
1930年代は、1931年のデ・スティル運動の解散や経済不況により、建築の仕事が減って困難な時期となった。しかしこの時期に「ジグザグチェア」や「クレート家具」シリーズなど、重要な家具を数多く生み出している。戦後は再び多くの建築を手がけ、1951年にアムステルダム市立美術館でデザインしたデ・スティル回顧展は、ヴェネチア・ビエンナーレやニューヨーク近代美術館へ巡回し、国際的な再評価の契機となった。晩年には、ヴェネチア・ビエンナーレのオランダ館(1954年)、アムステルダムとアーネムの美術学校、パリのユネスコ本部のプレスルーム(1958年)などを手がけた。最晩年に委嘱されたファン・ゴッホ美術館の設計は、彼の死後の1973年に完成している。
デザインの思想とアプローチ
リートフェルトのデザイン哲学は、デ・スティル運動の中核理念であるネオプラスティシズム(新造形主義)に深く根ざしている。1917年にテオ・ファン・ドゥースブルフを中心に始まったこの運動は、ピート・モンドリアンらとともに純粋な抽象性と普遍性を追求した。リートフェルトはまた、当時ヨーロッパで影響力を持っていたフランク・ロイド・ライトの建築からも学んでいる。
彼の作品の中核にあるのは、構造要素を明確に表現することである。家具や建築において、各要素が独自のアイデンティティを保ちながら全体として調和する構成を追求した。レッド・ブルー・チェアはその完璧な体現で、15本の黒く塗られた角材と、赤い座面・青い背もたれの2枚のパネルから成り、各要素が視覚的に分離されながらも機能的に統合されている。色彩においてもデ・スティルの規律に従い、三原色(赤・青・黄)と非色(白・灰・黒)のみを用いることで装飾を排し、純粋な形態と色彩の関係を探求した。シュローダー邸では、この色彩理論が建築のスケールで実現され、水平・垂直の面と線が原色で強調され、三次元空間にモンドリアンの絵画を立ち上げたかのような効果を生んでいる。
もう一つの革新は、空間の柔軟性と開放性の追求である。シュローダー邸の2階は、可動式の間仕切りによって昼は一つの大きな開放空間として、夜は複数の個室として使える革命的な設計だった。この「オープンプラン」の概念は当時としては極めて先進的で、後の住宅設計に広く受け継がれた。さらにリートフェルトは家具の大量生産にも関心を寄せた。手工芸的な伝統から出発しながらも、家具がより単純で安価で、多くの人の手に届くものになることを望んだ。1930年代のクレート家具は、安価な梱包用材から作られ、顧客自身が組み立てる「DIYキット」として販売された。これは現代の「オープンデザイン」や「フラットパック家具」の先駆けである。
主な代表作とその特徴
リートフェルトの最も有名な作品であり、デ・スティルの理念を三次元の機能的オブジェクトとして初めて実現した、運動の象徴的存在である。15本の黒く塗られた木製の角材と、赤い座面・青い背もたれの2枚のパネルから構成され、各要素が視覚的に分離されながらも一つの構造として統合されている。1917年頃に無塗装のプロトタイプとして生まれ、デ・スティルの影響のもとで、1923年頃に三原色(赤・青・黄)と黒の配色へと変わった。空間の中に自立し、形態が素材に勝り、機械での生産も容易なこの椅子は、20世紀デザインの最も象徴的なアイコンの一つとなった。現在はカッシーナが「イ・マエストリ」コレクションの一つとして生産している。
シュローダー邸(1924年)
リートフェルトが最初に手がけた建築であり、モダニズム建築の最も重要な作品の一つ。2000年にUNESCO世界遺産に登録された。ユトレヒトのプリンス・ヘンドリックラーン50番地に建つこの小さな住宅は、1924年にトゥルース・シュローダー=シュラーダーの依頼で設計された。1階は中央階段を囲んで台所と寝室が配される比較的伝統的な構成だが、2階は浴室などを除いて完全な開放空間とされ、可動式・回転式の間仕切りによって、空間を開け放したり個室に分けたりできる。水平・垂直の面と線、原色と非色の使用、内部と外部の流動的な移行は、三次元空間におけるモンドリアンの絵画の実現とも評される。とりわけ象徴的なのが2階のコーナー窓で、二つの窓が直角に開くと角が消失し、屋内にいながら屋外にいるような感覚を生む。トゥルース・シュローダーは1925年から1985年に亡くなるまでこの家に住み、1970年に財団を設立、死後に家はユトレヒト中央博物館へ寄贈され、現在は予約制のガイドツアーで見学できる。
単一の素材から継ぎ目なく椅子を製作するという、リートフェルトの長年の探求が最も成功した形で結実した作品。4枚の平らな木製パネルがZ字形に配置され、ダブテイル継ぎとボルトやネジで接合されている。脚も腕も持たないミニマルな形態は、純粋な抽象でありながら驚くほど頑丈で快適である。アムステルダムの百貨店メッツ&コーの委託により、大量生産を目的としてデザインされた。リートフェルトは「要点に直行し、強固で、職人の眉をひそめさせない自由な木工法」と述べ、伝統的な家具製作の複雑さを退けている。1972年にカッシーナが製造権を取得し、1973年から生産している。ニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館などにも収蔵されている。
クレート家具シリーズ(1934-1935年)
1934年にデザインされた、革命的な家具シリーズ。輸送用の木箱に使われる、安価で標準化された松材の板から作られている。ラウンジチェア、ダイニングチェア、小型書棚、サイドテーブルなどが含まれ、いずれも真鍮のネジで接合されている。リートフェルトは完成品として売るだけでなく、製作図面と組み立て説明書も提供し、顧客が自分で作れるようにした。これは現代の「DIY」や「オープンデザイン」の先駆けである。1935年からはメッツ&コーが「週末家具(Weekend Furniture)」として販売した。2023年には、デンマークのHAY社がリートフェルト・オリジナルズと協働してこのシリーズを再発行し、「すべての人のための手頃でオープンソースな家具を」というリートフェルトの夢を約90年後に実現した。この再発行版はモノクル・デザイン賞を受賞している。
1935年、アムステルダムの百貨店メッツ&コーのためにデザインされたアームチェア。リートフェルトの作品の中では珍しく、豊かに布張りされた快適な座り心地をもつ。直交する線と面で構成された背もたれとアームレストが特徴で、その輪郭は独特のブランケットステッチで縁取られている。幾何学的な厳格さと、現実的な快適性への配慮が見事に融合した作品である。1972年にカッシーナが製造権を取得し、現在もさまざまなサイズと色でアームチェアやソファとして生産されている。
ステルトマンチェア(1963年)
リートフェルトが75歳のときに手がけた、最後の主要プロジェクトの一つ。1963年、ハーグの宝飾商ステルトマンの店舗のためにデザインされた。木の板のみから作られ、左右対称の一対のミラー椅子として構成され、純粋な線と直交する面が強い彫刻的効果を生み出している。構造の極度の単純化、視覚的な明快さ、そして機能と形態の統合は、50年近いキャリアを通じて洗練されたデザイン原理の結実といえる。現在はテクタ社が生産している。
功績と業績
ヘリット・リートフェルトは、20世紀のデザインと建築に計り知れない影響を与えた。その功績は、個別の作品の卓越性にとどまらず、デザイン思考そのものの変革にある。
デ・スティル運動の中心人物として、リートフェルトはネオプラスティシズムの理念を家具と建築で具現化した最も重要な実践者だった。1919年の参加から1931年の解散まで、テオ・ファン・ドゥースブルフ、ピート・モンドリアン、バルト・ファン・デル・レックらと協働した。レッド・ブルー・チェアは、デ・スティルの原理を三次元の機能的オブジェクトとして初めて実現した作品として、運動の象徴となっている。建築では、シュローダー邸の可動式間仕切りによる「オープンプラン」が、固定的な壁で区切られた住宅空間の概念を覆し、柔軟で適応可能な生活空間の可能性を示した。UNESCO世界遺産委員会は同邸を、デ・スティルの理念における「人間の創造的天才の傑出した表現」として評価している。
素材と技術の面でも先駆者であり、合板やアルミニウム、スチール管など当時革新的だった素材を家具に導入した。安価な梱包材を用い、顧客自身が組み立てるクレート家具は、デザインの民主化を実践したものである。教育面では、1968年にアムステルダムの美術学校が彼を記念して「ヘリット・リートフェルト・アカデミー」と改名され、オランダのデザイン教育における役割の大きさを示している。建築実践としても、1961年に建築家ヨハン・ファン・ディレンらとパートナーシップを結び、ユトレヒトを中心に多数の住宅を建設した。
評価と後世への影響
ヘリット・リートフェルトの影響は、20世紀デザインと建築の根幹に及んでいる。彼はル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトと並ぶ20世紀建築の巨匠の一人として認識されている。とりわけシュローダー邸は、ル・コルビュジエのサヴォア邸やミースのトゥーゲントハット邸とは異なる、空間の扱いと建物機能における独自のアプローチを示した。
デザイン界への影響も多岐にわたる。レッド・ブルー・チェアは20世紀デザインの最も象徴的なアイコンの一つとなり、彼の家具はニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ロッテルダムのボイマンス・ファン・ベーニンゲン美術館、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館など、世界の主要美術館に収蔵されている。「オープンプラン」の概念は現代住宅設計の基本原理となり、ジグザグチェアの単一素材からの継ぎ目ない製作という探求は、現代のデジタル製造やCNC技術とも響き合う。クレート家具に代表される民主的なデザインの姿勢は、「オープンデザイン」「メイカームーブメント」「フラットパック家具」の概念を先取りするものだった。2023年のHAY社によるクレートシリーズの再発行は、その理念が今も生きていることを示している。
リートフェルトの主要作品の多くは、100年近くを経た現在も生産が続いている。カッシーナがレッド・ブルー・チェア、ジグザグチェア、ユトレヒトアームチェアなどを、テクタがステルトマンチェアやランプを、リートフェルト・オリジナルズが各作品の正規版を製造している。息子のヴィム・リートフェルトも著名な産業デザイナーとなり、父の遺産を次世代へ継承した。リートフェルトの作品は、単なる歴史的遺物ではなく、現代デザインの生きた参照点であり続けている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1917年 | 椅子 | レッド・ブルー・チェア(Red and Blue Chair) | Cassina |
| 1918年 | 家具工房 | 自身の家具工場設立 | - |
| 1919年 | 椅子 | スラットチェア(Slatted Chair) | - |
| 1920年 | 建築 | G. & Z. C.宝飾店の改装(アムステルダム、現存せず) | - |
| 1923年 | 椅子 | シュローダー1チェア(Schröder 1) | Cassina |
| 1923年 | 椅子 | ベルリンチェア(Berlin Chair) | Cassina |
| 1924年 | 建築 | リートフェルト・シュローダー邸(Rietveld Schröder House) | UNESCO世界遺産 |
| 1924-1929年 | 建築 | 店舗ファサードシリーズ | - |
| 1925年 | 照明 | L25テーブルランプ | Tecta |
| 1927-1928年 | 建築 | ガレージと運転手居住区(ユトレヒト、改築済) | - |
| 1931-1934年 | 建築 | 連続住宅(Row Houses、ユトレヒト) | - |
| 1932-1934年 | 椅子 | ジグザグチェア(Zig-Zag Chair) | Cassina |
| 1934年 | 椅子・テーブル | クレート・ラウンジチェア(Crate Lounge Chair) | HAY / Rietveld Originals |
| 1934年 | 椅子 | クレート・ダイニングチェア(Crate Dining Chair) | HAY / Rietveld Originals |
| 1934年 | テーブル | クレート・ローテーブル(Crate Low Table) | HAY / Rietveld Originals |
| 1934年 | テーブル | クレート・サイドテーブル(Crate Side Table) | HAY / Rietveld Originals |
| 1935年 | 建築 | ヒレブラント邸(Hillebrand House、ハーグ) | - |
| 1935年 | 椅子 | ユトレヒト・アームチェア(Utrecht Armchair) | Cassina |
| 1942年 | 椅子 | メッツ&コー・アームチェア(Metz & Co Armchair) | Rietveld Originals(2017年再発行) |
| 1951年 | 展覧会デザイン | デ・スティル回顧展(アムステルダム市立美術館) | - |
| 1953年 | 建築 | ベネチア・ビエンナーレ オランダ館 | - |
| 1955年 | 建築 | ソンスベーク・パビリオン(クレラー=ミュラー美術館) | 1965年、2010年再建 |
| 1955-1973年 | 建築 | ファン・ゴッホ美術館(アムステルダム、死後完成) | - |
| 1956年 | 建築 | デ・プルーフ織物工場(De Ploeg Textile Works、ベルヘイク) | - |
| 1958年 | 建築 | ユネスコ本部プレスルーム(パリ) | - |
| 1958年 | 建築 | ブリュッセル万国博覧会 オランダ館 | - |
| 1962年 | 建築 | 美術学校(アーネム) | - |
| 1963年 | 椅子 | ステルトマンチェア(Steltman Chair) | Tecta |
| 1920-1960年代 | 椅子 | プレスルームチェア(Press Room Chair) | Rietveld Originals |
| 1920-1960年代 | 椅子 | スチール管椅子(Tubular Steel Chair) | - |
| 1920-1960年代 | 椅子 | ビューゲルストゥール(Frame Chair / Beugelstoele) | - |
注記:リートフェルトは生涯で377点以上の家具デザインを残したとされている(Peter Vögeによる包括的調査)。上記は主要作品および現在も生産されている代表的な作品を中心に掲載。
Reference
- Gerrit Rietveld - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Gerrit_Rietveld
- Gerrit Rietveld - architect - designer (1888-1964) - Designers - designindex
- https://www.designindex.org/designers/design/gerrit-rietveld.html
- Gerrit Thomas Rietveld | Modernist, De Stijl, Furniture | Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Gerrit-Thomas-Rietveld
- Gerrit Thomas Rietveld | Biography | Designer | Cassina
- https://www.cassina.com/ww/en/maestri/gerrit-thomas-rietveld.html
- Gerrit Rietveld: the designer and his collection | Rietveld Originals
- https://rietveldoriginals.com/en/pages/gerrit-rietveld
- Rietveld Schröderhuis (Rietveld Schröder House) - UNESCO World Heritage Centre
- https://whc.unesco.org/en/list/965/
- Rietveld Schröder House - Wikipedia
- https://en.wikipedia.org/wiki/Rietveld_Schr%C3%B6der_House
- Rietveld Schröder House: UNESCO World Heritage
- https://www.rietveldschroderhuis.nl/en/about/unesco-world-heritage
- Gerrit Rietveld | Vitra Design Museum
- https://www.design-museum.de/en/exhibitions/detailseiten/gerrit-rietveld.html
- The complete Rietveld furniture - Specific Object
- https://specificobject.com/objects/info.cfm?object_id=15070
- Zig Zag Chair, Design Gerrit T. Rietveld | Archive of Objects
- https://archiveofobjects.net/en/objects/zig-zag-chair/
- The Crate Collection relaunched by Rietveld Originals x HAY
- https://www.hay.com/news/news-2023/crate-collection
- Gerrit Rietveld Furniture: The Red and Blue Chair and More | Archive of Objects
- https://archiveofobjects.net/en/collections/gerrit-rietveld-furniture/