ナガサキチェアは、ハンガリー出身のデザイナー、マチュー・マテゴーが1954年に発表した代表作であり、今日に至るまで同氏の最も著名な作品として知られている。1954年のサロン・デ・アルティスト・デコラトゥールにおいて初めて公開されたこの椅子は、アルネ・ヤコブセンのアントチェアと並び、数少ない3本脚の椅子のひとつとして家具デザイン史に名を刻んでいる。
マテゴーが独自に開発した「リジチュール」と呼ばれる穿孔シートメタルの技法を駆使したナガサキチェアは、金属でありながら軽やかさと透明感を湛え、1950年代のフランスデザインの革新性を象徴する作品となった。現在、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの永久コレクションに収蔵されており、20世紀デザイン史における重要な位置を占めている。
デザイナーとリジチュール技法
マチュー・マテゴー(1910-2001)は、ブダペスト芸術建築学校で学んだ後、1931年にパリに移住し、生涯の大半を愛するパリで過ごした独学のデザイナー、建築家、芸術家である。1939年にフランス陸軍の志願兵として従軍したが、ドイツ軍の捕虜となり、1944年に脱走するまで収容所生活を送った。この捕虜時代、金属加工工場での労働を通じてシートメタル技術を習得したことが、後の彼のキャリアに決定的な影響を与えることとなった。
マテゴーは金属パイプと穿孔シートメタルを組み合わせた独自の技法を開発し、1952年にこれを「リジチュール」と命名し特許を取得した。リジチュールは、布地のように曲げたり折ったり成形したりすることができ、家具に透明感と軽量感、そして時代を超越した現代性を与えた。この革新的な技法により、マテゴーは金属という素材に新たな表現の可能性をもたらし、戦後フランスデザインにおける先駆者としての地位を確立した。
デザインの特徴とコンセプト
ナガサキチェアの最も特徴的な要素は、その構造的大胆さにある。3本の脚という非常に珍しい構成を採用し、座面と背もたれには穿孔シートメタルを用いることで、視覚的な軽やかさと構造的な強度を両立させている。座面と脚を繋ぐ小さなあぶみ状の連結部は、機能性と造形美を兼ね備えた独創的なディテールとして評価されている。
座面と背もたれは鞍のように湾曲し、アーチ状に成形されており、全体として軽快な印象を生み出している。このグラフィカルな構造は、ル・コルビュジエがロンシャンの礼拝堂のために行った建築的作品を想起させるものとして、多くの批評家から指摘されている。金属という工業的素材でありながら、有機的なフォルムと繊細な穿孔パターンにより、温かみと親しみやすさを感じさせる稀有な作品である。
エピソード
ナガサキという名称の由来については明確な記録は残されていないが、1950年代のヨーロッパにおいて日本への関心が高まっていた時代背景を反映していると考えられる。マテゴーは、世界中を旅してインスピレーションや工業プロセスを収集し、それらを独自のデザインへと昇華させることで知られており、この椅子の名称もまた、そうした異文化への敬意と探求心の表れであったと推察される。
マテゴーは、自身のデザインの品質を確保するため、パリとモロッコのカサブランカに自前の工房「ソシエテ・マテゴー」を設立し、限定数での生産を行った。パリの工房には最大20名の職人が雇用され、各アイテムは最大400個まで製作された。1960年代初頭、マテゴーは突如として家具デザインの世界から退き、残りの生涯をタペストリー制作に捧げた。この突然の転身は、彼の芸術家としての飽くなき探求心を物語っている。
評価と現代における位置づけ
ナガサキチェアは、発表当時から革新的なデザインとして高く評価され、1954年のサロン・デ・アルティスト・デコラトゥールでの初公開以降、国際的な注目を集めた。特に、構造的な大胆さと視覚的な軽やかさの両立、そしてリジチュール技法による独特の質感が、デザイン界において画期的なものと認められた。
今日、ナガサキチェアは20世紀デザイン史における重要作品として、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの永久コレクションに収蔵されている。また、1996年から2010年にかけて、同ミュージアムによって6分の1スケールのミニチュアが製作され、デザイン教育や研究の資料としても活用されている。
2000年代以降、デンマークの家具ブランドGUBIによって復刻版が製造され、現代の住空間においても変わらぬ魅力を放っている。ダイニングチェア、バースツール、アームチェアなど複数のバリエーションが展開されており、1950年代のデザインでありながら、時代を超越した普遍性を証明し続けている。
影響と遺産
ナガサキチェアは、金属を用いた家具デザインにおける新たな可能性を切り開いた作品として、後世のデザイナーたちに大きな影響を与えた。リジチュール技法は、工業材料である金属に繊細さと表現力をもたらす手法として、ミッドセンチュリーモダンデザインの重要な革新のひとつとなった。
マテゴーがわずか10年余りという短い期間に家具デザインに専念し、その後タペストリー制作へと転身したという事実は、彼の芸術家としての純粋さと探求心を示している。その短期間に生み出された作品群は、いずれも独創性と時代性を兼ね備えており、ナガサキチェアはその中でも最も象徴的な存在として、今なお世界中のデザイン愛好家や専門家から敬意を集めている。
基本情報
| デザイナー | マチュー・マテゴー |
|---|---|
| デザイン年 | 1954年 |
| 分類 | チェア |
| オリジナル製造元 | アトリエ・マテゴー(ソシエテ・マテゴー) |
| 現行製造元 | GUBI(デンマーク) |
| 材質 | 粉体塗装スチール、穿孔シートメタル(リジチュール) |
| サイズ | 高さ74cm × 幅58cm × 奥行54cm(座面高45cm) |
| 初公開 | 1954年サロン・デ・アルティスト・デコラトゥール |
| コレクション | ヴィトラ・デザイン・ミュージアム永久コレクション |