デンマーク・モダンの大胆な実験 ― ハンティングチェアの誕生
1950年、デンマーク家具デザイン史において記念すべき瞬間が訪れた。コペンハーゲンで開催されたキャビネットメーカーズ・ギルド展において、ボーエ・モーエンセンは「狩猟小屋」というテーマのもと、それまでの北欧家具の常識を覆す革新的な椅子を発表した。それがハンティングチェア(Model 2229)である。露出した木製フレームとサドルレザーを大胆に組み合わせたこの作品は、モーエンセンにとって初めての試みであり、同時にデンマーク・モダンデザインの新たな地平を切り開く重要な転換点となった。
スペイン中世からの着想と北欧的再解釈
ハンティングチェアのデザインコンセプトは、スペイン中世の家具構造に深く根ざしている。当時のスペインでは、頑丈な木製フレームに厚手のレザーを組み合わせる伝統的な家具製作技法が存在していた。モーエンセンはこの構造的特徴に着目し、北欧的な簡潔さと機能主義を融合させることで、まったく新しい表現を生み出した。装飾的要素を徹底的に排除し、構造そのものを美学として提示するこのアプローチは、後に1958年にデザインされるスパニッシュチェアへと発展していく重要な基礎となった。
展示会のテーマ「狩猟小屋」という設定は、モーエンセンに素朴で力強い素材表現の機会を与えた。オーク材の無垢フレームと、植物タンニンなめしを施したサドルレザーという素材の組み合わせは、まさに狩猟文化の持つ質実剛健な精神を体現している。真鍮のバックルで固定されたレザーシートとバックレストは、使用とともに伸びていくレザーの特性を見越して調整可能な設計となっており、素材への深い理解と実用性への配慮が随所に表れている。
マッチ箱に描かれた天啓 ― デザインの誕生秘話
ハンティングチェアのデザイン誕生には、デザイン史に残る魅力的なエピソードが存在する。モーエンセンは生涯を通じて極めて多産なデザイナーとして知られ、インスピレーションが訪れるや否や、手近にあるあらゆるものにアイデアをスケッチした。ナプキン、封筒の裏、そしてマッチ箱。ハンティングチェアもまた、友人たちとの夜の集いの最中、マッチ箱に描かれた素早いスケッチから生まれたという。この逸話は、モーエンセンの創造プロセスの本質を物語っている。彼にとってデザインとは、日常生活の中で自然に湧き上がる創造的衝動の結果であり、決して机上の空論ではなかった。
このような即興的なスケッチから生まれたデザインが、70年以上にわたって愛され続ける名作へと昇華した背景には、モーエンセンの確固たる設計哲学が存在する。彼の師であるコーレ・クリントから学んだ人間工学的アプローチ、素材への深い理解、そして何より「人々の日常生活を豊かにする」という使命感が、直感的なスケッチを完成度の高い製品へと磨き上げたのである。
機能性と彫刻性の見事な融合
ハンティングチェアの最も印象的な特徴は、その劇的なプロポーションにある。側面から見ると、前方の座面端が床からわずか30cmという極端な低さに設定されている。この大胆な設計は1950年代のモダニズムの精神を体現しており、従来の椅子の概念を根底から問い直すものであった。しかし、この低い座面高にもかかわらず、湾曲したアームレストの配置により、立ち座りは驚くほど容易である。人体の動きを綿密に研究したモーエンセンならではの、機能性と造形美の絶妙なバランスがここに結実している。
構造的には、クォーターソーン(柾目)のオーク材を使用したフレームが特徴的である。この木取り方法により、木材の安定性が高まり、美しい木目が表現される。座面と背もたれのサドルレザーは、裏面にキャンバス地の補強が施され、真鍮製のバックルで木製フレームに固定される。このバックル機構により、経年とともに伸びるレザーを適宜調整できる設計は、モーエンセンの「世代を超えて使い続けられる家具」という理念を具現化している。接合部や固定具がすべて露出したオープンな構造は、誠実さと透明性を重んじる北欧デザインの精神そのものである。
エルハルド・ラスムッセン工房との協働
ハンティングチェアの初期製造は、家具職人エルハルド・ラスムッセンの工房によって担われた。モーエンセンとラスムッセン工房の協力関係は1939年から1963年まで24年間にわたって続き、数多くの名作家具を世に送り出した。この工房は、モーエンセンだけでなく、トーヴェ・キント=ラーセンやポール・M・ヴォルターといった他の優れたデザイナーの作品も手がけており、デンマーク・モダンデザインの黄金期を支えた重要な存在であった。
現在、ハンティングチェアはフレデリシア社によって製造されている。同社は1911年創業のデンマークを代表する家具メーカーであり、1955年からモーエンセンとの緊密な協力関係を築いてきた。フレデリシア社は、オリジナルのデザインを忠実に再現しながらも、FSC認証材の使用や、スウェーデンのテルンショー・ガルヴェリ社製の植物タンニンなめしレザーの採用など、現代的な持続可能性基準を満たす製造を実現している。同社は本製品に25年間の保証を提供しており、品質への揺るぎない自信を示している。
世界の美術館が認める不朽の価値
ハンティングチェアは、単なる商業的成功を超えて、デザイン史における重要作品として国際的に認知されている。ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館のコレクションに収蔵されているほか、世界各地のデザイン美術館で常設展示されている。コレクター市場においても高い評価を得ており、2019年のサザビーズオークションでは、1950年代製造のペアに10,000ドルから15,000ドルの見積もりが付けられた。
学術的にも、本作品はグレーテ・ヤルク編纂の『Dansk Møbelkunst gennem 40 aar』(デンマーク家具芸術40年史)をはじめとする多くの権威ある文献で詳述されている。織田憲嗣による『Danish Chairs』や、アルネ・カールセンの『Danish Furniture Design in the 20th Century』においても、モーエンセンの代表作として重要な位置を占めている。これらの評価は、ハンティングチェアが一時的な流行ではなく、時代を超越した普遍的価値を持つデザインであることを証明している。
経年変化する生きた家具
ハンティングチェアの真の魅力は、時間とともに深まる独特の美しさにある。サドルレザーは使用を重ねるごとに柔らかく体に馴染み、豊かなパティナ(古艶)を帯びていく。オーク材もまた、光や空気に触れることで色調を深め、木目の表情が際立っていく。真鍮のバックルも酸化によって独特の風合いを獲得する。これらの経年変化は劣化ではなく、むしろ家具の成熟と捉えるべきものである。
この「時間とともに美しくなる」という特性は、モーエンセンのデザイン哲学の核心をなすものであった。彼は使い捨て文化に抗い、世代を超えて受け継がれる家具を創造することを目指した。ハンティングチェアはその理想を完璧に体現しており、購入時よりも10年後、20年後にいっそう愛着の湧く存在となる。実際、1960年代に製造された個体が現在でも高い評価を受けているのは、この設計思想の正しさを雄弁に物語っている。
現代空間における普遍的存在感
21世紀の今日においても、ハンティングチェアは色褪せない魅力を放ち続けている。そのダイナミックなシルエットは、ミニマリスティックな現代空間においても強い存在感を示し、また伝統的なインテリアにおいても調和を保つ。この汎用性は、一過性のトレンドを追わず、普遍的な美を追求したモーエンセンの慧眼による成果である。
国際的なホテルやレストラン、企業のラウンジなど、世界中の洗練された空間でハンティングチェアを見かけることができる。また、個人住宅においても、書斎、リビングルーム、寝室など、様々な場所で愛用されている。この多様な活用例は、モーエンセンが目指した「人々の日常生活に溶け込む家具」という理想が、時空を超えて実現されていることを示している。ハンティングチェアは単なる「デザイナーズ家具」という枠を超え、真に人々の生活を豊かにする存在として、これからも世界中で愛され続けるであろう。
基本情報
| デザイナー | ボーエ・モーエンセン(Børge Mogensen) |
|---|---|
| デザイン年 | 1950年 |
| 製造元 | フレデリシア(Fredericia) 初期製造:エルハルド・ラスムッセン工房(Cabinetmaker Erhard Rasmussen) |
| モデル番号 | 2229 |
| サイズ | 幅 70.5cm × 奥行 87cm × 高さ 67cm 座面高:28cm |
| 素材 | フレーム:オーク無垢材(クォーターソーン) 座面・背もたれ:植物タンニンなめしサドルレザー 金具:真鍮 |
| 仕上げオプション | 木部:ソープ仕上げ、オイル仕上げ、ラッカー仕上げ、ブラックラッカー仕上げなど レザー:ナチュラル、コニャック、ブラック |
| 初公開 | 1950年9月 コペンハーゲン・キャビネットメーカーズ・ギルド展「狩猟小屋」 |
| コレクション | ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン) デザインミュージアム・デンマーク(コペンハーゲン)ほか |
| 保証 | 25年保証(フレデリシア社製品) |