バイオグラフィー

1914年4月13日、デンマーク北部ユトランド半島のアールボーに生まれる。1934年に家具職人としての訓練を修了した後、コペンハーゲン芸術工芸学校で家具デザインを学び(1936-1938)、続いて王立デンマーク美術アカデミー家具デザイン科にてカーレ・クリントに師事し、建築学を修める(1938-1942)。この間、カーレ・クリントとモーエンス・コッホのスタジオで実務経験を積んだ。

1942年、デンマーク協同組合連合会(FDB)の新設された家具デザイン部門の主任デザイナーに就任。28歳という若さで、モダニズムの革新的思想を中産階級にも手の届く高品質で機能的な家具として具現化するという野心的なプログラムの指揮を執った。この時期、ハンス・J・ウェグナーなど若い世代のデザイナーたちとも協働し、のちに「デンマークモダニズム」として知られる様式の普及に貢献した。同年、妻アリスと結婚し、二人の息子ペーター(1944年生)とトーマス(1947年生)をもうけた。

1945年から1947年まで、王立デンマーク美術アカデミー家具デザイン科でカーレ・クリントの助手として教鞭を執る。1948年には、友人ハンス・J・ウェグナーとともにニューヨーク近代美術館(MoMA)主催の「低コスト家具デザイン国際コンペティション」に参加し、国際的な注目を集めた。この経験により、合板シェル家具への実験的アプローチと、グローバルモダニズムと自己のデザインアイデンティティの融合が深化した。

1950年、独立して自身のデザインスタジオをコペンハーゲンに開設。同年、ジェントフテに居を構え、生涯この地を住処とした。スタジオ開設直後から、若き起業家アンドレアス・グラーヴェセン(のちにフレデリシア・ファーニチャー社主)との協働が始まり、この友情と協力関係は1972年のモーエンセンの死まで続いた。この時期、スウェーデンのカール・アンデション社(1955年〜)、ソボー・モーベルファブリック社(1950年〜)、そしてフレデリシア・ストーレファブリック社(1955年〜)との生産的なパートナーシップを確立した。

1950年代から1960年代にかけて、モーエンセンは家具デザインの枠を超えた研究活動にも従事した。グレーテ・マイヤーとの協働により、1954年に「ボリエンス・ビッゲスカーベ(住宅の建築収納)」プロジェクトを発表。これは、収納家具を購入して配置するのではなく、部屋の一部として組み込む革新的な概念であった。カトラリーやシャツなど日用品の標準寸法を徹底的に調査し、平均的な人が所有する各アイテムの数量を算出。この情報をもとに引き出しと棚の基準となる幅と奥行きの数値を開発し、収納システム構築のマニュアルとして出版された。1955年から1967年にかけては、関連する「オーレスン(Øresund)」シェルフシリーズを開発し、現代住宅で生じるあらゆる収納ニーズの解決という壮大な課題に取り組んだ。

モーエンセンはまた、コペンハーゲン家具職人ギルドの年次展示会に定期的に参加し、デンマーク工芸美術産業デザイン協会の展示会にも作品を出展した。1961年にはロンドンで個展を開催し、国際的な評価を確立した。織物デザイナーのリス・アールマンとも長年協働し、テキスタイルデザインを手がけた。また、1954年にカーレ・クリントが死去した後、デンマーク装飾美術館のデザイナーとしてその後を継いだ。

1972年、58歳という比較的若さで死去。デンマークデザイン界に計り知れない貢献を残し、彼の簡素で機能的なデザインは半世紀以上にわたり世界中で需要を保ち続けている。1950年にエッカースバーグ勲章、1971年にデンマーク家具賞、そして1972年には死の直前にC.F.ハンセン勲章とロンドン王立芸術協会から名誉王立デザイナーの称号を授与された。

デザインの思想とアプローチ

民主的デザインの追求

ボーエ・モーエンセンのデザイン哲学の中核をなすのは、「民主的デザイン」への強い信念であった。彼の目標は、高品質で機能的、かつ耐久性に優れた家具を、できるだけ多くの人々が入手可能な価格で提供することにあった。この理念は、FDB時代に明確に形成され、生涯を通じて貫かれた。モーエンセンは語っている:「私の目標は、人々に奉仕し、人々に主役を与えるものを創造することであり、悪魔の力によって人々をものに適応させることではない」。この発言は、彼のヒューマニスティックなデザインアプローチの本質を端的に示している。

彼にとってデザインとは、対象物そのものではなく、それを使用する人々に関するものであった。注目を要求しない家具をデザインすることで、モーエンセンは人生そのもの——存在感、内省、日常生活の小さな儀式——のためのより多くの空間を創出できると信じていた。家具は静謐さの感覚を生み出し、人々が飾り気なく生活することを促す控えめな外観を持つべきだという彼の理想は、すべての作品に反映されている。

機能主義と伝統の融合

カーレ・クリントに師事したモーエンセンは、師の古典的で簡素かつ高度に機能的な家具を生み出すという原則を深く内面化した。しかし、クリントが歴史的モデルからの形態の進化を信じた古典主義者であったのに対し、モーエンセンは伝統的な家具職人の類型と技法を探求しながら、大量生産を容易にする新鮮な解決策を見出した。バウハウスが古いものすべてに対する嫌悪を構築したのとは対照的に、クリントそしてモーエンセンは、何世紀にもわたって蓄積された経験を基盤とすることの価値を強調した。

モーエンセンにとって、技術は芸術工芸運動が見たような伝統への脅威でもなく、バウハウス運動が求めた代替案でもなく、単純な道具であった。彼は、その価値が証明された機能的デザインを採用し、それを当時の進化する技術的現実に適応させた。1945年のスポークバックソファは、名高いクノール・セッティーの再解釈であり、1949年のシェルチェアは19世紀初頭のエンパイア様式サイドチェアの斬新な解釈と見なすことができる。しかし、オリジナルが職人によって手作業で製作されたのに対し、モーエンセンのFDB用椅子は産業生産に適応されていた。これが彼のデンマーク家具デザインへの最も重要な貢献の一つである。

素材への正直さと品質へのこだわり

モーエンセンは、同時代のデザイナーたちの中でも、伝統的な職人技の価値と素材の正直さへの信念において際立っていた。ハンス・ウェグナー、フィン・ユール、アルネ・ヤコブセンが時代を代表する印象的で今や象徴的な家具をデザインしたのに対し、モーエンセンは簡素で耐久性があり快適な——そして長期的にはおそらくより有用で愛される——椅子やソファなどの作品の制作に注力した。

彼のキャビネット類は、ルートヴィヒ・ミース・ファン・デル・ローエやその弟子フローレンス・ノルと同じ簡潔な幾何学と豊かな木目を展開しているが、ミースとノルが作品のフレームと脚にクロームスチールを使用したのに対し、モーエンセンは木材を選択した点が異なる。ハンティングチェア(1950年)とスパニッシュチェア(1958年)の頑丈なオーク材フレームと吊り革のレザーシートと背もたれは、シャルロット・ペリアンやセルジオ・ロドリゲスの作品に見られるのと同様の堅固な構造と天然素材への評価を示している。

モーエンセンの後期作品(フレデリシア社製)は、雄牛革、無垢のオーク材など優れた品質で知られているが、この品質への強調は彼の初期作品にも等しく当てはまる。当時の素材は戦後の物資不足により控えめであったが、常に適切な品質感を備えていた。彼のデザインがすべて正直にその構造を示すのはそのためである。隠すべきもの、恥じるべきものは何もないのである。

研究に基づく合理的設計

クリントの人間の比率と対象物のサイズや比率がデザインに与える影響についての革新的研究を継承し、モーエンセンは現代のライフスタイルを研究し、特定の用途にカスタマイズされた家庭用品を開発することに関心を持った。グレーテ・マイヤーとの協働による「ボリエンス・ビッゲスカーベ(住宅の建築収納)」(1954年)と「オーレスン」シェルフシリーズ(1955-1967)は、この科学的アプローチの結実である。

彼は日用品の標準寸法——カトラリー、シャツ、食器など——とそれらを平均的な人がどれだけ所有しているかを調査し、引き出しと棚の基準となる幅と奥行きの数値を開発した。この情報表は収納システム構築のマニュアルとして出版され、現代住宅で生じるあらゆる収納ニーズを解決するという野心的な試みであった。このような徹底的な調査に基づく設計手法は、推測や美的直感だけでなく、実際の人間の行動と必要性に根ざした家具デザインへのモーエンセンの姿勢を示している。

国際的影響の統合

モーエンセンは多様な文化と様式から触発を受けた。英国のウィンザーチェア、アメリカのシェーカー運動、スペインのムーア様式の椅子、日本の木版画や木彫、そして国際的モダニズムと民族芸術工芸品など、彼のインスピレーション源は広範囲にわたった。1958年のスペイン旅行は特に重要で、アンダルシアで遭遇した伝統的な椅子——広い座面と幅広いアームレストを持つ——に魅了され、帰国後これをモダニズムの視点から再解釈してスパニッシュチェアを創造した。伝統的な椅子に見られた精巧な彫刻を取り除き、彼特有の幾何学的精密さで比率を再構成することで、スペインの伝統主義とデンマーク機能主義の完璧な融合を実現した。

このような国際的影響の統合は、単なる模倣ではなく、各文化の家具制作の本質的な知恵を抽出し、それを現代の生産技術と美的感性に適応させる、深い理解に基づくプロセスであった。

作品の特徴

形態的特徴:簡素さと堅牢性

ボーエ・モーエンセンの家具デザインは、徹底的な簡素さと視覚的静謐さによって特徴づけられる。すべての不必要な要素を排除し、最も基本的な枠組みの中で作業することで、彼は装飾のない純粋な形態を生み出した。彼の椅子は、空間の中で最初に視線を引くものではないかもしれないが、快適な座り心地を求める人々が最初に引き寄せられるものである。機能は彫刻的効果よりも優先され、形態は常に使用目的に従属する。

構造の正直さも重要な特徴である。スポークバックソファに見られるように、構造が完全に露出しており——クッションさえも見える革紐で取り付けられている——接合部は極めて精密で、異なる部品がどのように融合しているかを見るには詳細な観察が必要である。この透明性は、ハンティングチェアやスパニッシュチェアの露出した木製フレームと革の座面にも同様に見られ、素材と構造への信頼と誇りを表現している。

素材の選択:木材と革の調和

モーエンセンは木材を主要素材として好んだ。彼は1961年のインタビューで、「物事(家具を意味する)は、それらと共に暮らし愛着を持った人々とともにそこで死ぬために、年老いるべきである」と宣言した。木材ほど美しく年を重ねる素材はなく、この信念が彼の木材への愛情を説明している。オーク、チーク、ビーチ、パイン——これらの北欧産木材が彼の作品の大半を構成し、時間とともに深まる豊かなパティナを獲得する。

木材と並んで、植物なめしのサドルレザーがモーエンセンのシグネチャー素材となった。ハンティングチェア(1950年)で初めて露出した木製フレームとサドルレザーを組み合わせて以来、この素材の組み合わせは彼の最も象徴的な作品の特徴となった。革は真鍮製バックルで調整可能であり、使用により革が伸びるにつれて革紐を締め直すことができる。この実用性と美学の融合は、モーエンセンのデザイン哲学の完璧な表現である。

テキスタイルに関しては、織物デザイナーのリス・アールマンとの長年の協働により、彼の木製家具のために特別にデザインされたファブリックが生み出された。また、座面にペーパーコードや海草を編んだものを使用することで、伝統的なスカンディナビアの職人技を現代デザインに統合した。

タイムレスな美学

モーエンセンは流行を追うことを気にかけなかった。この姿勢は単なる趣味の問題以上のものであった。彼は、家具は長年の使用に耐え、使用者と共に年を重ね、愛着を育むべきものと考えた。このタイムレス性への志向は、彼のデザインが一過性のトレンドではなく、何世代にもわたって関連性を保つ永続的な価値を持つことを意味した。

彼のJ39チェア(1947年)が70年以上にわたって連続生産されていること、スパニッシュチェアが今なお世界中で需要があること、そしてスポークバックソファが60年以上経った今も現代的であることは、このタイムレスな美学の成功を証明している。彼の作品は特定の時代に縛られることなく、現代の住宅にも歴史的建造物にも同様に調和する。

主な代表作品

J39チェア/ピープルズチェア (1947年)

モーエンセンの最も有名な椅子であり、「人々の椅子(Folkestolen)」の愛称で親しまれるJ39チェアは、彼の民主的デザイン哲学の完璧な体現である。無垢材のフレームと手編みのペーパーコードの座面から成るこの椅子は、そのシンプルさと多用途性により、デンマーク・デザインの象徴となった。

1947年にFDB(デンマーク協同組合連合会)のためにデザインされたこの椅子は、地中海の伝統的な椅子、スカンディナビアの職人技、そしてシェーカー様式からインスピレーションを得ている。堅牢で機能的なこの作品は、私的空間と公共空間の両方で使用可能であり、今日でも大学、カフェ、レストラン、そして世界中の私邸で見ることができる。新品とヴィンテージの両方が市場で入手可能であり、その永続的な人気を証明している。後にフレデリシア・ファーニチャーの「ピープルズ・コレクション」の一部となり、現在も連続生産されている。

スポークバックソファ (1945年/生産開始1963年)

1945年の夏、モーエンセン一家はウェグナー一家と共に避暑用コテージで過ごした。占領後初めての夏は湿気が多く雨がちであったが——幸いにも、ボーエ・モーエンセンにとって——この時間が彼の最初の古典的家具作品のデザインに充てられた。友人ハンス・J・ウェグナーと共同で開催した1945年のコペンハーゲン家具職人ギルド展「未来の家」の中心作品として発表されたこのソファは、デイベッドとシェーズロングのハイブリッドとして構想され、革紐で下げることができる片側のヒンジ付きアームを特徴とする

露出した木製構造を持つこのデザインは、英国の名高いクノール・セッティーの再解釈であった。飾り気のないデザインで、あらゆる角度から完全に露わであり——クッションさえも見える革紐で取り付けられている。モーエンセンらしく、接合部は極めて精密で、異なる部品がどのように融合しているかを見るには詳細な観察が必要である。しかし、露出した構造が洗練されすぎていると見なされ、控えめな戦後の文化には早すぎたため、ソファは1963年まで生産されなかった。それ以来、無数にコピーされてきたが、フレデリシア・ファーニチャーによるオリジナルは今なお生産され続けている。

ハンティングチェア (1950年)

1950年にコペンハーゲン家具職人ギルド家具展示会で初めて公開されたハンティングチェアは、モーエンセンが露出した木製フレームとサドルレザーを組み合わせた最初の作品である。「狩猟小屋」と題されたコレクションの一部として発表され、この椅子でモーエンセンは伝統的なスペイン・ムーア様式の椅子——頑丈な木製フレームと張られた革——に触発された実験を開始した。

この椅子の最も注目すべき特徴は、横から見たときに前座面の縁からわずか30センチメートルの床上高から始まる急激な対角線の傾斜である。真のステートメントピースとして、ハンティングチェアはそのダイナミックな表現と強い素材性で世界的に認識されている。座面と背もたれは植物なめしのサドルレザーで作られ、真鍮製バックルで交換可能である。革の座面にはキャンバスの裏地があり、サドル紐は使用により革が伸びるにつれて締め直すことができる。椅子は容易に移動でき、家の中の異なる場所に持ち運ぶことができる。フレデリシア・ファーニチャーにより現在も生産されている。

スパニッシュチェア (1958年)

1958年、ボーエ・モーエンセンと家族はスペインを旅行した。働き者のデザイナーにとって、この旅は単なる休暇以上のものとなった。アンダルシアで彼は広い座面と幅広いアームレストを持つ古い椅子に魅了された。デンマークに戻ると、彼はスパニッシュチェアを創造した。彼が恋に落ちた椅子は伝統的な様式であり、スペインから北インドまで古代イスラム文化の影響を受けた地域で非常に一般的である。

ボーエ・モーエンセンは、精巧な彫刻を取り除くことでデザインを近代化し、彼特有の幾何学的精密さで独自のバージョンを創造した。頑丈なオーク材フレームと完璧なサドルレザーの組み合わせは、正直な素材の適用の証である。スパニッシュチェアは、モーエンセンの最も称賛される作品の一つであり、個人的なお気に入りでもあった。そのユニークな近代性へのアプローチを示すこの椅子は、デンマークデザインの代名詞となったことは皮肉である——その名前と独特の美学が、その評判にふさわしいものとしている。フレデリシア・ファーニチャーにより現在も生産され、世界中の高級住宅や公共空間で見ることができる。

シェーカーテーブル (1958年)

1958年にデザインされたシェーカーテーブルは、その後多くのデザイナーのモデルとなった作品である。アメリカのシェーカー様式の簡素さと機能性に触発されたこのテーブルは、モーエンセンの国際的影響を統合する能力を示している。ビーチ材の天板、無垢のビーチ材の脚、真鍮製金具を特徴とし、延長プレートを備えたモデルも製造された。C.M.マドセン社によって生産され、シェーカーの簡素さと誠実さの原則を体現する作品として高く評価された。

オーレスン・シェルフシステム (1955-1967年)

1955年から1967年にかけて開発されたオーレスン・シェルフシリーズは、現代住宅で生じるあらゆる収納ニーズを解決するという壮大な課題に取り組んだ。カール・アンデション&ソナー社(スウェーデン)によって生産されたこのモジュラー・システムは、オークまたはチーク材で製作され、棚、引き出し、キャビネット、ショーケースなど様々な構成要素から成る。

このシステムは、1954年のグレーテ・マイヤーとの協働による「ボリエンス・ビッゲスカーベ(住宅の建築収納)」プロジェクトの延長線上にあり、収納家具を購入して配置するのではなく、部屋の一部として組み込むという革新的概念を具現化していた。装飾のすべてが省かれた非常に古典的なデザインで、全体として非常に控えめで多用途なアイテムである。大規模な構成では、下部に3つのユニット、上部に5つのユニットを配置し、豊富な収納を提供した。

その他の重要作品

アッセルボ・チェアシリーズ(1960年代-1970年代)は、カール・アンデション&ソナー社によって生産されたパイン材と海草またはペーパーコードを使用したダイニングチェアとアームチェアである。モーエンセンのシグネチャーである簡素さ、堅牢性、快適さを体現し、木材に美しい温かみのあるパティナが生まれるよう設計された。

BM61チェアとBM62アームチェアは、オーク材のフレームにラタンの座面と背もたれを組み合わせたミッドセンチュリー・モダンの傑作である。スリムでありながら堅牢、シンプルでありながら印象的なこれらの椅子は、快適さのために慎重に調整されている。フレデリシア・ストーレファブリックにより生産され、現在も人気が高い。

ウィングバックチェア(モデル2204)(1963年)とクラブチェア(モデル2207)は、チーク材と厚手のオックスハイドレザーを使用したラウンジチェアで、1970年代にフレデリシア・ストーレファブリックで製作された。これらの椅子は優れた品質と快適さで知られ、ヴィンテージ市場で高く評価されている。

アンバサダーソファ(モデル2213)など、フレデリシア社との協働によるソファシリーズも重要である。これらは頑丈なオーク材フレームと上質な革張りを特徴とし、モーエンセンの素材と比率への巧みな感覚を示している。

功績と業績

主要な賞と栄誉

1945年
コペンハーゲン家具職人ギルド展示会で銀メダル
1945年
ビッセン奨学金(デンマーク)
1950年
エッカースバーグ勲章——デンマークの権威ある芸術賞
1953年
コペンハーゲン家具職人ギルド年次賞
1971年
デンマーク家具賞
1972年
C.F.ハンセン勲章——死の直前に授与された名誉ある賞
1972年
名誉王立デザイナー(Honorary Royal Designer for Industry)——ロンドン王立芸術協会により授与

主要な展示会と参加

  • 1945年:「未来の家」コペンハーゲン家具職人ギルド展示会——ハンス・J・ウェグナーとの共同プロジェクト、スポークバックソファを発表
  • 1948年:ニューヨーク近代美術館(MoMA)「低コスト家具デザイン国際コンペティション」——ハンス・J・ウェグナーと共に参加
  • 1950年:コペンハーゲン家具職人ギルド展示会「狩猟小屋」——ハンティングチェアを発表
  • 1953年:「これが私たちの暮らす場所」——作業台とミシン台を含む家族のリビングルームを展示
  • 1938-1962年:コペンハーゲン家具職人ギルド年次展示会およびデンマーク工芸美術産業デザイン協会の展示会に定期的に参加
  • 1961年:ロンドンでの個展——国際的な評価を確立
  • 1968年:「2世紀のデンマークデザイン」ヴィクトリア&アルバート博物館、ロンドン——モーエンセンの作品が展示

デザイン教育への貢献

モーエンセンは実践的デザイナーであると同時に教育者でもあった。1945年から1947年まで、王立デンマーク美術アカデミー家具デザイン科でカーレ・クリントの助手として教鞭を執り、次世代のデンマークデザイナーの育成に貢献した。彼の教育的アプローチは、師クリントから受け継いだ機能主義と人間の比率への重視を基盤としつつ、大量生産時代における実践的ソリューションの必要性を強調するものであった。

産業界への貢献と協働

モーエンセンのキャリアは、デンマークおよびスウェーデンの主要家具メーカーとの生産的なパートナーシップによって特徴づけられる。FDB(デンマーク協同組合連合会)での8年間(1942-1950)は、民主的デザインの理念を実践に移す重要な時期であった。1950年の独立後は、ソボー・モーベルファブリック社(1950年〜)、スウェーデンのカール・アンデション&ソナー社(1955年〜)、そして特にフレデリシア・ストーレファブリック社(1955年〜)との協働が彼の最も称賛される作品を生み出した。

フレデリシア社のオーナー、アンドレアス・グラーヴェセンとの友情と協力関係は特に重要であった。二人は正直なデザイン、天然素材、そして永続的な品質という共通の信念を持ち、1955年から1972年のモーエンセンの死まで続いたこのパートナーシップは、スパニッシュチェア、ハンティングチェア、アンバサダーソファなど、多くの象徴的作品を生み出した。

評価と後世への影響

デンマーク・モダンデザインにおける位置づけ

ボーエ・モーエンセンは、戦後世代のデンマーク家具デザイナーの中で最も影響力のある人物の一人であり、デンマーク・モダンデザインの概念を形成した主要な人物である。ハンス・J・ウェグナー、フィン・ユール、アルネ・ヤコブセンと共に、彼はデンマーク家具デザインに対する国際的な尊敬を確立し、「デンマークデザイン」という概念を世界中に知らしめた世代の重要な一員であった。

しかし、彼のアプローチは同時代の多くのデザイナーとは異なっていた。ヴェグナー、ユール、ヤコブセンが時代を代表する印象的で彫刻的な家具をデザインしたのに対し、モーエンセンは機能を彫刻的効果よりも優先し、簡素で耐久性があり快適な——そして長期的にはおそらくより有用で愛される——作品の制作に注力した。彼の椅子は空間の中で最初に視線を引くものではないかもしれないが、快適な座り心地を求める人々が最初に引き寄せられるものである。

「人々のデザイナー」としての遺産

モーエンセンは「人々のデザイナー」として知られている。彼の創造的プロセスは、人間を中心に据えた長持ちする作品を生み出し、彼を戦後の極めて影響力のあるデザイナーであり、デンマーク・モダンデザインの主要な代表者として確立した。彼の民主的デザインには、私的および公共空間の両方のための簡素で機能的な木製家具が含まれ、穏やかな美学と質の高い素材による堅固な構造を特徴とした。

J39チェアが「人々の椅子(Folkestolen)」と呼ばれるのは偶然ではない。良いデザインはそれ自体が目的ではなく、この目的——人々に奉仕すること——に仕えるものである。彼の言葉「私の目標は、人々に奉仕し、人々に主役を与えるものを創造することであり、悪魔の力によって人々をものに適応させることではない」は、彼のヒューマニスティックなデザイン哲学の本質を表現している。

持続可能性とタイムレス性

モーエンセンの作品は、現代の持続可能性の懸念に対する先見的な解答を提供している。彼のデザイン哲学——家具は年を重ね、使用者と共に生き、世代を超えて愛着を育むべきである——は、使い捨て文化への強力な対抗論である。彼の作品の多くが50年、70年以上にわたって連続生産されていることは、真に持続可能なデザインの証である。

J39チェア(1947年)、スパニッシュチェア(1958年)、ハンティングチェア(1950年)、スポークバックソファ(1945年)など、彼の主要作品はすべて現在も生産され続けている。これらのデザインがヴィンテージ市場でも高く評価され、新品も引き続き需要があるという事実は、モーエンセンが達成したタイムレスな品質を示している。彼の家具は特定の時代に縛られることなく、現代の住宅にも歴史的建造物にも同様に調和する。

後続デザイナーへの影響

モーエンセンの影響は、彼が確立した原則と方法論を通じて後続世代に及んでいる。徹底的な調査に基づく設計手法——「ボリエンス・ビッゲスカーベ」や「オーレスン」システムで実証された——は、人間工学と使用者のニーズを中心に据えたデザインアプローチの先駆けとなった。素材への正直さ、構造の透明性、装飾の排除という彼の原則は、現代のスカンディナビアデザインの基本的特徴となっている。

また、彼の伝統と革新の融合——歴史的形態を尊重しつつ現代の生産技術に適応させるアプローチ——は、多くの現代デザイナーにとってモデルとなっている。バウハウスの過激な断絶とも、単なる歴史の模倣とも異なる、彼の進化的デザインアプローチは、文化的連続性を保ちながら革新を追求する方法を示した。

国際的評価

モーエンセンの作品は、デンマーク国内だけでなく国際的にも高く評価されている。彼のデザインは、世界中の主要デザイン博物館で展示され、ニューヨークのMoMA、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館など、権威ある機関のコレクションに含まれている。1968年のヴィクトリア&アルバート博物館での「2世紀のデンマークデザイン」展への参加は、彼の国際的地位を確固たるものとした。

1972年にロンドン王立芸術協会から授与された「名誉王立デザイナー」の称号は、彼の国際的貢献への認知である。また、彼の家具はヴィンテージ市場で高い価格で取引され、1stDibsやPamonoなどのプラットフォームで600点以上の作品が流通しており、収集家やデザイン愛好家からの継続的な需要を示している。

現代における再評価

21世紀に入り、モーエンセンの作品は新たな文脈で再評価されている。持続可能性、職人技の価値、人間中心のデザイン、タイムレスな美学——これらの現代的関心事項は、すべてモーエンセンが生涯を通じて実践してきた原則である。フレデリシア・ファーニチャー、カール・ハンセン&サン、その他のメーカーによる彼の作品の再発行や新色の導入は、彼のデザインが今なお現代的関連性を持つことを証明している。

2023年のJ39チェアの新色発表など、主要メーカーによる彼の作品への継続的な投資は、モーエンセンのデザインが単なる歴史的遺物ではなく、現代の生活空間に活力を与え続ける生きた遺産であることを示している。彼の「家具は人々に奉仕すべきであり、人々を家具に適応させるべきではない」という信念は、21世紀のユーザー中心デザインの核心と完全に一致している。

年月 区分 作品名 ブランド
1944年 椅子 ルーダー・コンゲ・チェア (Ruder Konge Chair) 製造不明
1945年 ソファ スポークバックソファ (Spoke-Back Sofa / Model 1789) Fredericia Furniture (1963年生産開始)
1945年 収納家具 キャビネット (Cabinet) C.M. Madsens Fabrikker / FDB Møbler
1947年 椅子 J39チェア / ピープルズチェア (J39 Chair / Folkestolen) FDB Møbler / Fredericia Furniture
1947年 テーブル C18 シェーカーテーブル (Shaker Table C18) FDB Møbler
1949年 椅子 シェルチェア (Shell Chair) 製造不明
1950年 椅子 ハンティングチェア (The Hunting Chair / Model 2229) Fredericia Furniture
1950年代 椅子 Model 113 アームチェア Poul Kold Savværk
1950年代 椅子 Model 148 チェア Kold Savværk
1950年代 椅子 BM1 チェア C.M. Madsen
1950年代 椅子 BM2 チェア C.M. Madsen
1950年代 デスク Model 132 デスク Søborg Møbelfabrik
1954年 収納システム ボリエンス・ビッゲスカーベ (Boligens Byggeskabe / BB Construction Cupboards) Grethe Meyerとの共同プロジェクト
1954年 椅子 リンデルップチェア (Lynderup Chair / Model 3080, 3081) Fredericia Furniture
1955-1967年 収納システム オーレスン・シェルフシステム (Øresund Shelving System) Karl Andersson & Söner
1958年 椅子 スパニッシュチェア (The Spanish Chair / Model 2226) Fredericia Furniture
1958年 椅子 スパニッシュダイニングチェア (The Spanish Dining Chair) Fredericia Furniture
1958年 テーブル シェーカーテーブル (Shaker Table) C.M. Madsen
1960年代 椅子 BM61チェア (リネンウェビング/ケーンウィッカー) Fredericia Furniture
1960年代 椅子 BM62 アームチェア (リネンウェビング/ケーンウィッカー) Fredericia Furniture
1960年代 椅子 アッセルボ・チェア (Asserbo Chair / Model 503, 504) Karl Andersson & Söner
1960年代 収納家具 チャイナ・キャビネット (China Cabinet / Model 232) FDB Møbler
1960年代 収納家具 7段チェスト (7-Drawer Dresser) Søborg Møbler
1960年代 椅子 BM2256 ラウンジチェア Fredericia Furniture
1960年代 ソファ サファリソファ/ベンチ (Safari Sofa / Model 2222) Fredericia Furniture
1962年 家具 学校用家具シリーズ Kaare Klintとの共同プロジェクト
1963年 椅子 ウィングバックチェア (Wing Back Armchair / Model 2204) Fredericia Furniture
1960年代 椅子 クラブチェア (Club Chair / Model 2207) Fredericia Furniture
1960年代 オットマン Model 2202 オットマン Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2208 ソファ Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2209 ソファ Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2212 ソファ Fredericia Furniture
1960年代 ソファ アンバサダーソファ (Ambassador Sofa / Model 2213) Fredericia Furniture
1960年代 椅子 Model 3237 アームチェア Fredericia Furniture
1960年代 椅子 Model 3251 ダイニングチェア Fredericia Furniture
1960年代 ソファ No.1 ソファ (2人掛け / Model 2002) Fredericia Furniture
1960年代 ソファ No.1 ソファ (3人掛け / Model 2003) Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2292 クーペソファ (Coupé Sofa) Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2322 ソファ Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2333 ソファ Fredericia Furniture
1960年代 ソファ Model 2335 ソファ Fredericia Furniture
1960年代 椅子 キャンバスチェア (The Canvas Chair) Fredericia Furniture
1960年代 ベンチ モーエンセン・ベンチ (The Mogensen Bench) Fredericia Furniture
1960年代 椅子 Model 3236 チェア Fredericia Furniture
1970年代 テーブル BM67 コーヒーテーブル Fredericia Furniture
1970年代 テーブル BM80 シェーカーコーヒーテーブル Fredericia Furniture
1970年代 テーブル 伸長式コーヒーテーブル (Model 5360, 5362) Fredericia Furniture
1970年代 テーブル FH4500 伸長式コーヒーテーブル Fritz Hansen
1970年代 収納家具 パートナーズデスク (Partner's Desk) 製造不明
1970年代 椅子 J157 ダイニングチェア Søborg Møbelfabrik
年代不詳 収納家具 オーレスン・キャビネット各種モデル Karl Andersson & Söner

Reference

Børge Mogensen - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Børge_Mogensen
Børge Mogensen - Designer profile | Carl Hansen & Søn
https://www.carlhansen.com/en/designers/borge-mogensen
Børge Mogensen | Fredericia Furniture
https://www.fredericia.com/borge-mogensen
Børge Mogensen Biography – BM Heritage
https://borgemogensen.wordpress.com/borgemogensen/
Børge Mogensen – Iconic Danish furniture designer | NO GA
https://www.no-ga.com/en-de/borge-mogensen
Børge Mogensen: Danish Midcentury Furniture Designer - Aram
https://www.aram.co.uk/designers/borge-mogensen
The Abridged Story of Danish Furniture Design: Børge Mogensen - smow Blog
https://www.smow.com/blog/2012/09/the-abridged-story-of-danish-furniture-design-borge-mogensen/
Børge Mogensen Designer Biography | 1stDibs
https://www.1stdibs.com/creators/borge-mogensen/
FREDERICIA J39 Chair – design Børge Mogensen, 1947
https://www.scandinavia-design.fr/FREDERICIA/j39-chair-design-borge-mogensen.html
The Hunting Chair - Fredericia Furniture
https://www.fredericia.com/product/the-hunting-chair-2229
The Spoke-Back Sofa - Fredericia Furniture
https://www.fredericia.com/product/the-spoke-back-sofa-1789
Buy Børge Mogensen furniture online at Pamono
https://www.pamono.com/designers/borge-mogensen