フィレンツェ クロックは、イタリアンデザインの巨匠アキッレ・カスティリオーニとピエール・ジャコモ・カスティリオーニ兄弟が1965年に手がけた壁掛け時計である。フィレンツェのパラッツォ・ストロッツィで開催された展覧会「La casa abitata(住まわれる家)」のために創作された本作は、伝統的な壁掛け時計の再解釈として構想された。展覧会名を冠した都市フィレンツェの名を持つこの時計は、プロトタイプの段階では時計メーカーのロレンツが製作を担当した。その後約30年の時を経て、1996年にアレッシィが製品化を実現し、現在に至るまでブランドを代表するアイコン的存在として愛され続けている。
特徴・コンセプト
カスティリオーニ兄弟のデザイン哲学である「最小限の手段で最大限の効果を」という理念を体現したフィレンツェ クロックは、装飾を極限まで削ぎ落とした純粋な造形美を追求している。本体ケースは必要最低限の形状に抑えられ、文字盤の美しさを最大限に引き立てる構成となっている。
ローマ数字の採用
文字盤には伝統的なローマ数字を採用しており、視認性の向上と古典的な優美さを両立させている。特筆すべきは、数字の「4」をIVではなくIIIIと表記している点である。これは中世以来の時計製造における伝統的な表記法であり、パラッツォ・ヴェッキオの時計塔をはじめとするフィレンツェの歴史的建造物に見られる時計と共通する意匠である。この表記法は文字盤全体の視覚的バランスを整える効果があり、1から4まではI、5から8まではV、9から12まではXを含む数字が配置されることで、左右対称に近い美しい調和が生まれる。
革新的な製造技術
外観の簡潔さとは裏腹に、フィレンツェ クロックの設計には高度な技術的配慮が施されている。本体素材にはABS樹脂を採用し、真空成形による変形技術を活用することで、シルクスクリーン印刷を一度の工程で完了させることを可能にした。針についても入念な設計がなされており、プラスチック製の針は冷却過程で自然に生じる曲線を計算に入れた形状となっている。この軽量化された設計により、一般的なクォーツムーブメントの使用が可能となり、高い美的品質と技術的完成度を低コストで実現するという、カスティリオーニ兄弟の理想を具現化している。
エピソード
1965年3月6日から4月25日まで開催された「La casa abitata」展は、戦後イタリアの住空間文化における重要な里程標となった展覧会である。建築家ジョヴァンニ・ミケルッチが委員長を務め、美術評論家のラウラ・ヴィンカ・マシーニとともにキュレーションを担当した本展には、カスティリオーニ兄弟のほか、ヴィコ・マジストレッティ、エットーレ・ソットサス、マルコ・ザヌーゾといったイタリアデザイン界を代表する15名の建築家・デザイナーが参加した。
各参加者にはパラッツォ・ストロッツィの1階部分に空間が割り当てられ、それぞれが独自の「住まわれる家」のビジョンを提示した。華美で装飾的な空間が多く見られる中、カスティリオーニ兄弟が手がけたキッチン空間は、その簡素にして洗練された佇まいで際立った存在感を示した。フィレンツェ クロックは、まさにこの質素な美学を象徴する存在としてこの空間を飾ったのである。
展覧会で発表されたプロトタイプはロレンツ社が製作したが、製品化には至らなかった。転機が訪れたのは1996年、アキッレ・カスティリオーニとアレッシィの協働により、オリジナルデザインを忠実に再現しつつも新たなカラーバリエーションを加えた製品として市場に送り出された。ピエール・ジャコモが1968年に逝去していたため、この製品化は兄の遺志を継ぐ形で実現したものであった。
評価
フィレンツェ クロックは、発表から半世紀以上を経た今日においても色褪せることのない普遍的なデザインとして高い評価を受けている。伝統的なローマ数字という古典的モチーフと、20世紀後半の工業デザインの美学を見事に融合させた本作は、カスティリオーニ兄弟の設計思想を端的に示す作品として、デザイン史において重要な位置を占めている。
アレッシィのプロダクトラインにおいても、フィレンツェ クロックはブランドを代表するアイコン製品のひとつとして認知されている。現在ではクラウディア・ライモンドによる色彩研究に基づき、ブラック、ホワイト、グレー、ライトブルーなど多彩なカラーバリエーションが展開されており、現代のインテリア空間に調和する選択肢を提供している。
デザイナーについて
アキッレ・カスティリオーニ(1918-2002)とピエール・ジャコモ・カスティリオーニ(1913-1968)は、ミラノ生まれの兄弟デザイナーである。ミラノ工科大学で建築を学んだ両者は、兄のリヴィオとともに第二次世界大戦後に活動を開始し、イタリアンデザインの黄金期を築いた。1952年にリヴィオが独立した後、アキッレとピエール・ジャコモは緊密なパートナーシップのもと数々の名作を生み出した。彼らは1956年にイタリア工業デザイン協会(ADI)の創設メンバーとなり、その後もアルコ、トイオ、スヌーピーといったフロス社のための照明器具をはじめ、20世紀デザイン史に残る傑作を次々と発表した。
カスティリオーニ兄弟のデザイン哲学は「観察がデザインを求める」という言葉に集約される。日常のオブジェクトを鋭い観察眼で捉え直し、ウィットとユーモアを交えながら機能美を追求するその姿勢は、現代のデザイナーにも大きな影響を与え続けている。アキッレは生涯を通じてコンパッソ・ドーロ賞を9回受賞し、ニューヨーク近代美術館には17点もの作品が永久コレクションとして収蔵されている。
基本情報
| 名称 | Firenze Clock / フィレンツェ クロック |
|---|---|
| デザイナー | Achille Castiglioni & Pier Giacomo Castiglioni(アキッレ・カスティリオーニ & ピエール・ジャコモ・カスティリオーニ) |
| 発表年 | 1965年(製品化:1996年) |
| メーカー | Alessi(アレッシィ) |
| 種類 | 壁掛け時計 |
| 素材 | ABS樹脂 |
| 寸法 | 直径36cm(約14.25インチ) |
| ムーブメント | クォーツ |
| 製造国 | イタリア |