.03チェアは、ベルギーを代表するデザイナー、マールテン・ヴァン・セーヴェレンが1998年にVitraのために創出した傑作である。その直線的で簡潔な造形は、「Less is more」という普遍的な設計思想を体現しながら、同時に現代の素材技術と精緻な構造設計を融合させた革新的なプロダクトとして、デザイン史における重要な位置を占めている。控えめな外観の背後に秘められた卓越した快適性は、実際に座して初めて明らかとなる。
1996年に開始されたVitraとの協働関係は、ヴァン・セーヴェレンの創作活動に新たな局面をもたらした。それまで自身の工房において限定生産を行ってきた彼にとって、Vitraとの提携は新素材への挑戦と、より広範な影響力の獲得を意味した。.03チェアは、この協働から生まれた最も重要な成果のひとつであり、デザイナーが10年以上にわたって探求し続けた椅子という基本的な家具類型に対する、ひとつの究極的な解答として結実したものである。
特徴・コンセプト
.03チェアの最大の特徴は、その美学的純粋性と機能的卓越性の完璧な融合にある。デザイナーは、椅子という基本的な家具類型を徹底的に検証し、形態、素材、構造の三つの観点から最も本質的な解決策を追求した。その結果生まれたのが、わずか二つの主要素材——チューブラースチールとポリウレタン——のみで構成される、極限まで洗練された造形である。
座面と背もたれは、一体成型のポリウレタン・インテグラルスキンフォームによって形成されている。この革新的な素材は、使用者の身体に柔軟に適応し、背もたれに組み込まれたリーフスプリング機構と相まって、身体を後方に傾けた際に微妙にたわむことで、予想外の快適性を実現している。フレームは、後脚に鋼管、前脚にアルミニウムプロファイルを採用し、表面仕上げは黒または銀のパウダーコーティング、あるいはクローム仕上げから選択できる。
ヴァン・セーヴェレンの設計哲学において特筆すべきは、彼が「デスクトップ・デザイナー」であることを拒否し、常に素材の特性と製作可能性を深く理解しながら、試行錯誤を通じて作品を創出した点である。彼にとってデザインとは、頭の中のイメージを現実化することであり、その作品は「精神的な対象物」として、使用可能な家具と使用不可能なオブジェクトの境界に位置するものであった。
エピソード
10年越しの完成
.03チェアの誕生には、実に10年以上の歳月が費やされている。1986年にヴァン・セーヴェレンが最初の椅子をデザインして以来、彼は椅子という類型について徹底的な探求を続けた。1999年にVitraが.03チェアを市場に投入するまでの間、デザイナーは自身の工房において数々のプロトタイプを制作し、形態と構造の完璧な均衡点を追求し続けた。この長い開発期間こそが、.03チェアが持つ高度な完成度の証左である。
レム・コールハースとの協働
1990年代、ヴァン・セーヴェレンは建築家レム・コールハースおよびOMA(Office for Metropolitan Architecture)と密接な協働関係を築いた。ボルドーのメゾン・ア・ボルドー(1998年)やポルトのカーザ・ダ・ムジカ(2005年)といった著名プロジェクトにおいて、ヴァン・セーヴェレンの家具は空間と不可分な要素として統合された。コールハースは後に、ヴァン・セーヴェレンとの協働が「自身の職業人生における重要な転換点」であったと回顧している。
コーネル大学ミルスタイン・ホール
2011年に竣工したコーネル大学ミルスタイン・ホールは、レム・コールハース率いるOMAによる建築プロジェクトであるが、この空間には数百脚もの.03チェアが設置された。建築、芸術、都市計画を統合する教育施設において、.03チェアの控えめでありながら機能的に優れた特性は、学びの場に最適な座具として選択されたのである。
MoMAパーマネントコレクション
ニューヨーク近代美術館(MoMA)は、.03チェアをパーマネントコレクションに加えている。製造元Vitraからの寄贈により収蔵されたこの椅子は、20世紀末から21世紀初頭における家具デザインの重要な到達点として、美術館の建築・デザイン部門において保存・展示されている。
評価
.03チェアは、発表以来、デザイン界において一貫して高い評価を受けてきた。そのミニマリズムの美学は、バウハウス以降の家具デザインにおいて稀に見る純粋性を達成していると評される。形態の簡潔性と構造の革新性、そして予想を超える快適性の三位一体は、デザインにおける「本質への還元」という命題に対する、ヴァン・セーヴェレンなりの明快な回答として理解されている。
スタッキング機能を備えたバージョンは、最大10脚まで積み重ねることができ、スタッキング台車を使用すれば20脚まで収納可能である。この実用的な特性により、オフィス、会議室、講堂、カフェテリア、図書館など、多様な公共空間および私的空間において広く採用されている。その控えめな存在感は、いかなる空間においても調和的に溶け込みながら、同時に洗練された雰囲気を醸成する。
デザイン批評家たちは、.03チェアを「静かなる優雅さ」を体現する作品として位置づけている。視覚的には主張を控えながら、使用体験において豊かな価値を提供するこの椅子は、ヴァン・セーヴェレンの「形態、素材、構造の包括的探求」という設計手法の最良の成果である。
デザイナーの受賞歴
マールテン・ヴァン・セーヴェレンは、その短い生涯において数々の栄誉に浴した。1992年には、ベルギーのコルトレイクで開催された「インテリエール92」において「ヨーロッパのためのデザイン賞」を受賞。1998年には、ベルギーデザイン界最高の栄誉である「アンリ・ファン・デ・ヴェルデ賞」を授与され、同年、フランデレン文化大使に任命されるとともに、フランデレン政府デザイン賞を受賞した。また、ハノーファー・メッセ・デザイン賞も受賞している。
これらの受賞は、ヴァン・セーヴェレンがベルギーおよびヨーロッパのデザイン界において、いかに重要な位置を占めていたかを物語っている。彼の作品は、デザインミュージアム・ゲント、ゲント市立文書館、フランデレン建築アーカイブ、そしてゲント大学建築・都市計画学部などに収蔵され、その遺産は2008年に設立されたマールテン・ヴァン・セーヴェレン財団によって保存・継承されている。
後世への影響
2005年、マールテン・ヴァン・セーヴェレンは癌により48歳で逝去した。彼の死の2ヶ月後、ミラノでは彼の最後の作品群が発表された。その早すぎる死にもかかわらず、彼が残した作品群は、21世紀の家具デザインに深い影響を与え続けている。
.03チェアをはじめとするヴァン・セーヴェレンの作品は、形態の純粋性と機能的完璧性の両立が可能であることを証明した。彼の設計アプローチ——素材との対話、製作可能性の探求、比例感覚の精緻さ——は、後進のデザイナーたちにとって重要な指針となっている。デザインミュージアム・ゲントでは、彼の作品と思想を紹介する常設展示が行われており、そこでは世代や国籍を超えた多様なデザイナーたちとの関連性が提示されている。
マールテン・ヴァン・セーヴェレン財団は、2015年以降、ゲント王立美術アカデミーのデザイン学部と協力し、「マールテン・ヴァン・セーヴェレン・チェア」を設立した。毎年、ヴァン・セーヴェレンの作品と親和性を持つ著名デザイナーを招き、講義とマスタークラスを開催している。この取り組みは、彼の作品が現代のデザイン文化においていかに重要であり続けているかを示している。
基本情報
| デザイナー | マールテン・ヴァン・セーヴェレン(Maarten Van Severen) |
|---|---|
| ブランド | Vitra(ヴィトラ) |
| デザイン年 | 1998年(発表:1999年) |
| 分類 | チェア(ダイニングチェア/スタッキングチェア) |
| 素材 | 座面:ポリウレタン・インテグラルスキンフォーム/フレーム:チューブラースチール(後脚)、アルミニウムプロファイル(前脚) |
| 仕上げ | パウダーコーティング(黒・銀)、クローム仕上げ |
| 寸法 | W 438mm × D 527mm × H 787mm(座面高:419mm) |
| スタッキング | 可(最大10脚、スタッキング台車使用時20脚) |
| コレクション収蔵 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)パーマネントコレクション、デザインミュージアム・ゲント |