バイオグラフィー
1915年3月10日、イタリア北東部ウーディネ県サン・ロレンツォに生まれる。本名アリーゴ・ベルトイア。1930年、15歳のときに兄オレステを頼りアメリカへ渡り、ミシガン州デトロイトに移住。カス工業高等学校にて美術とデザインの基礎を学び、その卓越した才能が認められ奨学金を得てデトロイト美術工芸学校(現カレッジ・フォー・クリエイティブ・スタディーズ)へ進学する。
1937年、ミシガン州ブルームフィールドヒルズにあるクランブルック美術アカデミーに入学。エリエル・サーリネンのもとで学びながら、金属工芸の教鞭を執る。この地でチャールズ・イームズ、レイ・カイザー(後のレイ・イームズ)、フローレンス・ノルらと出会い、生涯にわたる友情と協働の礎を築く。1943年、カリフォルニアへ移りチャールズ&レイ・イームズの工房に参加し、成型合板技術の開発に従事する。
1950年、ハンス・ノルとフローレンス・ノルの招聘により、ノル社に参画。ペンシルベニア州バートーに工房を構え、ワイヤー家具の研究開発に没頭する。1952年、その成果として発表された「ベルトイア・コレクション」は、20世紀デザイン史に燦然と輝く金字塔となった。1960年代以降は家具デザインから離れ、音響彫刻「ソナンビエント」の制作に専念。1978年11月6日、ペンシルベニア州バートーにて逝去。享年63歳。
デザイン思想とアプローチ
ベルトイアのデザイン思想の根幹には、「空間・形態・金属」という三位一体の概念が存在する。彼は常に彫刻家としての眼差しで素材と向き合い、金属という工業的素材に有機的な生命力を付与することを追求した。「私は彫刻を実践しているのであり、椅子もまた彫刻の一形態である」という言葉は、その創作姿勢を端的に物語る。
ワイヤーという素材への傾倒は、クランブルック時代のジュエリー制作に端を発する。細い金属線を編み、曲げ、溶接することで生まれる透過性のある構造体は、彼にとって「空間を描く線」であった。この発想は、従来の塊としての家具観を根本から覆すものであり、座る人と周囲の空間を隔てるのではなく、むしろ両者を融合させる革新的なアプローチであった。
また、ベルトイアは工業生産と手仕事の調和を重視した。ワイヤーの溶接には職人的な技術が不可欠であり、量産品でありながら一脚一脚に手作業の痕跡が宿る。この「工業製品における手の温もり」という矛盾の解決は、彼のデザインに唯一無二の詩情を与えている。
作品の特徴
構造的特徴
ベルトイア作品の最大の特徴は、スチールワイヤーを格子状に溶接した「ワイヤーシェル構造」にある。この技法により、座面と背もたれが一体となった有機的な曲面を実現。視覚的な軽やかさと構造的な強度を両立させ、椅子を「透明な彫刻」へと昇華させた。
ベース部分には、同じくスチールワイヤーを用いたロッドベースを採用。シェルとベースの接合部には、振動を吸収するショックマウントが組み込まれ、座り心地と耐久性の向上に寄与している。表面仕上げにはクロームメッキまたはパウダーコーティングが施され、屋内外での使用に対応する。
造形的特徴
幾何学的な格子パターンでありながら、全体としては有機的な曲線を描く造形は、自然界の構造物——鳥の巣、蜘蛛の巣、貝殻——からインスピレーションを得たものとされる。とりわけダイヤモンドチェアの菱形(ダイヤモンド形)のフォルムは、結晶構造の美しさを想起させ、工業デザインと自然の造形美の見事な融合を体現している。
また、ワイヤーの格子は光と影の繊細な戯れを生み出し、時間帯や光源の位置によって表情を刻々と変化させる。この「動的な静物」としての性質は、ベルトイア作品に彫刻作品としての芸術的価値を付与している。
代表作
ダイヤモンドチェア(1952年)
ベルトイア・コレクションの象徴的存在であり、20世紀デザイン史上最も影響力のある椅子のひとつ。菱形のワイヤーシェルは、座る人を優しく包み込みながらも、空間との一体感を損なわない透過性を持つ。ベルトイア自身が「主として空気でできている。空間がそれを通り抜ける」と評した通り、物質と空間の境界を曖昧にする革新的な造形である。
開発には2年の歳月を要し、ワイヤーの太さ、格子の間隔、溶接点の配置など、あらゆる要素が入念に検討された。当初、ベルトイアとノル社の間で特許権をめぐる紛争が生じたが、最終的にベルトイアにロイヤリティが支払われることで和解。この収入により、彼は後年の音響彫刻制作に専念することが可能となった。
サイドチェア(1952年)
ダイヤモンドチェアと同時に発表された、より小ぶりで実用的なワイヤーチェア。ダイニングやオフィスでの使用を想定し、コンパクトながらも座り心地を犠牲にしない設計がなされている。アームレスのシンプルな形状は、空間を圧迫せず、様々なインテリアスタイルに調和する。
バードチェア&オットマン(1952年)
その名の通り、鳥が羽を広げた姿を連想させる優美なラウンジチェア。大きく開いたシェルは、座る人を両側から包み込むように支え、プライベートな安らぎの空間を創出する。同時に発表されたオットマンと組み合わせることで、完璧なリラクゼーション環境が実現する。ベルトイア自身が最も愛した作品ともいわれ、彼のアトリエには常にこの椅子が置かれていた。
アシンメトリック・シェーズ(1952年)
左右非対称の大胆なフォルムが特徴的なラウンジチェア。背もたれの片側が高く、もう片側が低い独特の形状は、様々な姿勢でのくつろぎを可能にする。彫刻的な造形美と機能性を高次元で融合させた、ベルトイアの創造性の頂点を示す作品である。
ソナンビエント(1960年代〜1978年)
ベルトイアが晩年に注力した音響彫刻シリーズ。ベリリウム銅やモネルメタルなど特殊な金属を用いた棒状の彫刻群で、風や人の手によって触れられると、倍音豊かな共鳴音を発する。「ソナンビエント」とは「音の環境」を意味する造語であり、視覚と聴覚を融合させた総合芸術としての彫刻を目指した。
ペンシルベニア州バートーの納屋を改造したスタジオには、100点以上のソナンビエント彫刻が設置され、その音響空間は現在も「ソナンビエント・バーン」として息子ヴァルにより管理・公開されている。
功績・業績
ベルトイアの功績は、家具デザインと彫刻芸術の両領域にわたる。家具デザインにおいては、ワイヤー素材の可能性を極限まで追求し、透過性と構造強度を両立させる新たな造形言語を確立した。ベルトイア・コレクションは発表から70年以上を経た現在もノル社から生産され続けており、その普遍的なデザインは時代を超えて愛され続けている。
建築分野との協働も多く、エーロ・サーリネン設計のMITチャペル(1955年)、ダレス国際空港(1962年)などに金属スクリーンやレリーフを提供。とりわけフィラデルフィアのシビックセンターに設置された巨大な金属彫刻(1967年)は、パブリックアートの先駆的事例として高く評価されている。
1973年、アメリカ芸術科学アカデミー会員に選出。同年、アメリカ建築家協会(AIA)より工芸メダルを授与される。その作品はニューヨーク近代美術館(MoMA)、ホイットニー美術館、スミソニアン・アメリカ美術館など、世界有数の美術館に収蔵されている。
評価・後世への影響
ベルトイアは、20世紀ミッドセンチュリーモダンを代表するデザイナーとして、チャールズ&レイ・イームズ、ジョージ・ネルソン、イサム・ノグチらと並び称される。とりわけ、彫刻家としてのバックグラウンドを持ちながら工業デザインで成功を収めた稀有な存在として、「アーティスト・デザイナー」の先駆者と位置づけられている。
ワイヤーファニチャーという新たなジャンルの創出は、後続のデザイナーたちに多大な影響を与えた。ヴェルナー・パントンのワイヤーチェア、吉岡徳仁の「Honey-pop」など、透過性と構造美を追求する現代デザインの系譜は、ベルトイアの仕事に源流を見出すことができる。
また、音響彫刻の分野においては、サウンドアートの先駆者として再評価が進んでいる。ジョン・ケージら実験音楽の作曲家たちとの交流もあり、視覚芸術と聴覚芸術の境界を越えた表現の可能性を切り拓いた功績は、現代アートの文脈においても重要な意義を持つ。
イタリアからの移民として、アメリカンドリームを体現しながらも、商業的成功に安住せず芸術的探求を続けたその生涯は、真摯な創造者の範として後世の創作者たちを鼓舞し続けている。
作品一覧
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1952年 | 椅子 | Diamond Chair(ダイヤモンドチェア) | Knoll |
| 1952年 | 椅子 | Diamond Chair Full Cover(フルカバー付きダイヤモンドチェア) | Knoll |
| 1952年 | 椅子 | Side Chair(サイドチェア) | Knoll |
| 1952年 | 椅子 | Bird Chair(バードチェア) | Knoll |
| 1952年 | オットマン | Bird Ottoman(バードオットマン) | Knoll |
| 1952年 | 椅子 | Asymmetric Chaise(アシンメトリック・シェーズ) | Knoll |
| 1952年 | スツール | Bar Stool(バースツール) | Knoll |
| 1952年 | スツール | Counter Stool(カウンタースツール) | Knoll |
| 1952年 | ベンチ | Bench(ベンチ) | Knoll |
| 1952年 | 椅子 | Large Diamond Chair(ラージダイヤモンドチェア) | Knoll |
| 1953年 | 椅子 | Child's Chair(チャイルドチェア) | Knoll |
| 1955年 | 彫刻 | Altar Screen for MIT Chapel(MITチャペル祭壇スクリーン) | — |
| 1962年 | 彫刻 | Sculpture Screen, Dulles International Airport(ダレス国際空港スクリーン) | — |
| 1960年代 | 彫刻 | Sonambient Sculptures(ソナンビエント・シリーズ) | — |
| 1967年 | 彫刻 | Fountain Sculpture, Philadelphia Civic Center(フィラデルフィア・シビックセンター噴水彫刻) | — |
| 1970年代 | ジュエリー | Wire Jewelry(ワイヤージュエリー) | — |
| 1970年代 | 版画 | Monoprints(モノプリント) | — |
Reference
- Harry Bertoia - Knoll
- https://www.knoll.com/designer/Harry-Bertoia
- Bertoia Collection - Knoll
- https://www.knoll.com/shop/by-designer/harry-bertoia
- Harry Bertoia - MoMA
- https://www.moma.org/artists/521
- Harry Bertoia | American sculptor and furniture designer | Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Harry-Bertoia
- Harry Bertoia Foundation
- https://www.harrybertoia.org/
- Sonambient Barn
- https://www.sonambient.org/
- Harry Bertoia - Design Museum
- https://designmuseum.org/designers/harry-bertoia
- Cooper Hewitt - Harry Bertoia
- https://collection.cooperhewitt.org/people/18041941/