ジャンカルロ・ファッシーナ ― アルテミデの技術を支えた照明デザイナー

ジャンカルロ・ファッシーナ(Giancarlo Fassina, 1935–2019)は、イタリア・ミラノに生まれ、照明デザインの分野において半世紀以上にわたり第一線で活躍した建築家・インダストリアルデザイナーである。ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計による「トロメオ」をはじめ、エンツォ・マーリとの「アグレガート」、カルロ・フォルコリーニとの「ディナルコ」など、アルテミデを代表する数々の名作照明を生み出し、1989年にはコンパッソ・ドーロを受賞した。照明器具の設計にとどまらず、美術館や展覧会の照明計画にも取り組み、光そのものを扱うデザイナーとして知られた。

バイオグラフィー

1935年、イタリア・ミラノに生まれる。ミラノ工科大学(Politecnico di Milano)にて建築学の学位を取得した。卒業後は計算機メーカーや家電メーカーで工業デザインの実務経験を積んだ。

1970年頃、イタリアを代表する照明メーカーであるアルテミデ(Artemide)に入社。同社において技術設計部門の再編と、モデル製作・プロトタイプ開発の社内体制構築を担った。以後、アルテミデの技術的中核を担う存在として、同時代の最も優れたデザイナーたちと密接に協働しながら、世界的に成功を収めた照明製品の数々を世に送り出すこととなる。

1980年代に入ると、照明器具の設計に加え、美術館や展覧会のための照明計画にも活動領域を拡げた。1983年にはミラノのパラッツォ・レアーレにおける「ハイエツ展」およびスフォルツェスコ城における「デザイン・イン・USA展」の照明設計を手がけ、1985年には建築家マルコ・ザヌーゾとともにミラノの新フォッサーティ劇場の照明計画に携わった。1986年には建築家マリオ・ベリーニとの協働により、ミラノ・トリエンナーレでの展覧会「イル・プロジェット・ドメスティコ(家庭のプロジェクト)」の照明を担当した。

同じ1986年、建築家ミケーレ・デ・ルッキとともに、ファッシーナの名を世界に知らしめることとなるトロメオ・シリーズの設計に着手。翌1987年に発表されたトロメオは、瞬く間に国際的な成功を収め、1989年にはイタリアのインダストリアルデザインにおける最高の栄誉であるコンパッソ・ドーロ(ADI黄金のコンパス賞)を受賞した。

2019年、生まれ故郷であるミラノにて逝去した。イタリア産業デザイン協会(ADI)をはじめ、デザイン界から追悼の声が寄せられた。

デザインの思想とアプローチ

ファッシーナにとって、光はたんに空間を照らすための手段ではなく、それ自体が深く探究すべき素材であった。アルテミデが掲げる「ヒューマン・ライト(人間のための光)」という哲学のもと、ファッシーナは光の質、影の表情、アングル、露出に至るまで、照明がもたらす体験のあらゆる細部を丹念に追究した。「光の魔術師(Mago della luce)」と称された所以である。

エンジニアリングと美学の統合

工学と建築学の双方を修めたファッシーナの経歴は、そのデザインアプローチに如実に表れている。技術的な精度と機能性を追求しながら、それを整理された造形にまとめる点にファッシーナの持ち味があった。トロメオのスプリングバランス機構やアグレガートのモジュラーシステムは、工学的な仕組みを完成度の高いプロダクトとして仕上げた例である。

協働の精神

ファッシーナのキャリアを特徴づけるもう一つの重要な要素は、同時代の傑出したデザイナーたちとの協働である。エンツォ・マーリ、ミケーレ・デ・ルッキ、カルロ・フォルコリーニ、エルネスト・ジスモンディ、マルコ・ザヌーゾ、マリオ・ベリーニらとの共同作業において、ファッシーナは技術的な知見とプロトタイプ製作の専門性をもって、デザインコンセプトを製品として実現する役割を担った。デザイナーの構想を量産可能な技術的な解へと結びつける能力が、ファッシーナの強みであった。

空間全体への視座

建築家としての素養を活かし、ファッシーナは個々の照明器具の設計にとどまらず、展覧会場、劇場、美術館といった空間全体の照明計画にも取り組んだ。影の角度、光の広がり方、展示テーマとの調和を常に総合的に捉えるその姿勢は、照明を空間体験の不可欠な要素として位置づける、きわめて建築的な思考に基づいていた。

作品の特徴

ファッシーナが手がけた照明作品には、いくつかの通底する特徴が認められる。

ひとつは可動性と調整機能である。トロメオのアーティキュレートアーム機構に見られるように、ファッシーナの照明は、片手で光の方向を変えられることを重視していた。この思想は、ミケーレ・デ・ルッキの「デスクランプは両手を使わなければ位置を変えられないようなものであってはならない」という言葉にも通じるものである。

もうひとつは素材の扱いである。アルミニウム、ステンレススチール、ダイキャストといった工業素材の特性を活かし、装飾を抑えた造形をとった。アグレガートにおける、アルミニウムプロファイルにケーブルダクトを露出させたラディカルなデザインは、技術的要素がそのまま美的表現となる設計思想の好例である。

そして、システムとしての照明設計である。アグレガートのモジュラーシステムやトロメオのバリエーション展開に見られるように、単一の製品ではなく、さまざまな使用状況に対応するシステムとして照明を構想した。

主な代表作とエピソード

アグレガート / Aggregato(1974–1976年、エンツォ・マーリとの共同設計、アルテミデ)

エンツォ・マーリとの協働により生まれたアグレガートは、モジュール式の照明システムである。フロアランプ、テーブルランプ、ウォールランプ、シーリングランプといった多様な構成を、共通のモジュール要素の組み合わせで実現するという考え方に基づいていた。アルミニウムプロファイルによるアーム、ダブルボールジョイント、円錐形または球形のシェードといった要素がシステムを構成し、使用者に高い柔軟性を与えた。技術的な要素がそのまま外観を決めるという、エンツォ・マーリの作品に共通する考え方に沿った照明システムである。

トロメオ / Tolomeo(1986–1987年、ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計、アルテミデ)

ファッシーナのキャリアにおける最大の業績であり、20世紀後半のイタリアデザインを代表するアイコンのひとつである。伝統的なスプリングバランス式デスクランプの機構を、現代的な技術と素材によって再解釈したトロメオは、ポリッシュドアルミニウムの二本のアーム、ステンレススチールのテンションケーブル、360度回転可能なマットアルミニウムのディフューザーによって構成される。アドリア海沿岸の伝統的な漁法に用いられる「トラブッコ」と呼ばれる仕掛けからインスピレーションを得たとされるスナップシステムにより、片手での容易な位置調整を実現した。

名称は古代の天文学者・数学者クラウディオス・プトレマイオス(イタリア語でトロメオ)に由来し、この照明が持つ科学的・工学的側面を象徴している。1987年の発表以来、テーブルランプ、フロアランプ、ウォールランプ、ペンダントランプ、さらにはアウトドアモデルに至るまで無数のバリエーションが展開され、世界中の家庭やオフィス、ホテル、図書館に設置されている。1989年にはコンパッソ・ドーロを受賞し、アルテミデの現行カタログにも継続して名を連ねている。

ディナルコ / Dinarco(カルロ・フォルコリーニとの共同設計、アルテミデ)

カルロ・フォルコリーニとの協働により生まれたウォールランプ。アルミニウムを主素材とするシンプルかつ洗練されたデザインで、壁面照明としての機能性と空間への調和を両立した作品である。

セラピーデ、テベ / Serapide, Tebe(エルネスト・ジスモンディとの共同設計、アルテミデ)

アルテミデの創業者であるエルネスト・ジスモンディとの共同設計による照明作品群。ファッシーナがアルテミデの技術部門責任者として果たした役割の深さを示すものであり、企業の経営者とデザイナーが直接協働して製品を生み出す、アルテミデ独自の開発体制を反映した作品群である。

ビルツィ / Birzì(2004年、カルロ・フォルコリーニとの共同設計、ルーチェプラン)

アルテミデ以外での代表的な作品として知られるビルツィは、耐熱シリコン素材を用いた遊び心あふれるテーブルランプである。使用者が自由に変形させ、押し潰し、折り曲げることで多様な形態と光の表情を楽しむことができるというインタラクティブなコンセプトが特徴的である。厳密な技術的完成度を追究してきたファッシーナの作品群において、ビルツィは「光と遊ぶ」という新たな可能性を示した作品として独自の位置を占めている。

功績・業績

コンパッソ・ドーロ(1989年)
ミケーレ・デ・ルッキとともに、アルテミデのトロメオ・シリーズの設計によりイタリアのインダストリアルデザインにおける最高の栄誉を受賞。
展覧会・劇場・美術館の照明設計
パラッツォ・レアーレ「ハイエツ展」(1983年)、スフォルツェスコ城「デザイン・イン・USA展」(1983年)、ブレラ美術アカデミー大講堂、新フォッサーティ劇場(1985年、マルコ・ザヌーゾとの協働)、ミラノ・トリエンナーレ「イル・プロジェット・ドメスティコ展」(1986年、マリオ・ベリーニとの協働)など、多数の文化施設・展覧会における照明計画を手がけた。
アルテミデ技術部門の構築
アルテミデの技術設計部門およびプロトタイプ開発体制の組織化に尽力し、同社の製品開発基盤の確立に貢献した。

評価・後世に与えた影響

ファッシーナの功績としてまず挙げられるのは、デザイナーの構想と工業生産の技術的な要件とを結びつけた点である。エンツォ・マーリやミケーレ・デ・ルッキの設計コンセプトを量産可能な製品へと導いた手腕は、イタリアのインダストリアルデザインにおける協働のひとつの形を示した。

とりわけトロメオは、発表から約40年を経た現在もアルテミデの現行カタログに残り、広く使われ続けているデスクランプである。テーブルランプからフロアランプ、ウォールランプ、ペンダント、アウトドアモデル、さらにLEDやチューナブルホワイト技術を用いた仕様まで、トロメオ・ファミリーは技術の変化を取り込みながら展開を重ねてきた。

また、個々の照明器具にとどまらず、それが置かれる空間の光環境までを設計するという姿勢は、照明デザインという職能の幅を広げ、後進にも影響を与えた。

年月 区分 作品名 ブランド
1974–1976年 照明システム Aggregato(テーブル / フロア / ウォール / シーリング / ペンダント) Artemide(エンツォ・マーリとの共同設計)
1980年代 ウォールランプ Dinarco(テーブル / ウォール) Artemide(カルロ・フォルコリーニとの共同設計)
1980年代 照明 Serapide Artemide(エルネスト・ジスモンディとの共同設計)
1980年代 照明 Tebe Artemide(エルネスト・ジスモンディとの共同設計)
1983年 照明設計 「ハイエツ展」照明計画 パラッツォ・レアーレ、ミラノ
1983年 照明設計 「デザイン・イン・USA展」照明計画 スフォルツェスコ城、ミラノ
1980年代 照明設計 アウラ・マーニャ(大講堂)照明計画 ブレラ美術アカデミー、ミラノ
1985年 照明設計 新フォッサーティ劇場 照明計画 ミラノ(マルコ・ザヌーゾとの協働)
1986年 照明設計 「イル・プロジェット・ドメスティコ展」照明計画 ミラノ・トリエンナーレ(マリオ・ベリーニとの協働)
1986–1987年 デスクランプ Tolomeo Table Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 フロアランプ Tolomeo Floor / Tolomeo Reading Floor Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 ウォールランプ Tolomeo Wall / Tolomeo Faretto Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 デスクランプ Tolomeo Mini Table Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 デスクランプ Tolomeo Micro Table Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 デスクランプ Tolomeo Midi Table Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 デスクランプ Tolomeo Basculante Table Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
2003年 テーブルランプ Tolomeo Mega Table Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
2003年 フロアランプ Tolomeo Mega Floor / Mega Terra Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
2003年 ウォールランプ Tolomeo Mega Wall Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
2003年 ペンダントランプ Tolomeo Mega Pendant Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 ペンダントランプ Tolomeo Off-Center Pendant Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
1987年以降 デスクランプ Tolomeo Micro Color Matte Artemide(ミケーレ・デ・ルッキとの共同設計)
2004年 テーブルランプ Birzì D58 Luceplan(カルロ・フォルコリーニとの共同設計)

Reference

Artemide - Giancarlo Fassina
https://www.artemide.com/en/company/designers/25709/giancarlo-fassina
Artemide North America - About Us
https://www.artemide.net/en/about-us/
ADI Design Museum - TOLOMEO Compasso d'Oro Archive
https://www.adidesignmuseum.org/en/schede/tolomeo/
Tolomeo desk lamp - Wikipedia
https://en.wikipedia.org/wiki/Tolomeo_desk_lamp
Giancarlo Fassina - Stardust
https://www.stardust.com/GIANCARLOFASSINA.html
Giancarlo Fassina - Finnish Design Shop
https://www.finnishdesignshop.com/en-us/designer/giancarlo-fassina
Giancarlo Fassina - Archiproducts
https://www.archiproducts.com/en/designers/giancarlo-fassina
Giancarlo Fassina - AmbienteDirect
https://www.ambientedirect.com/en/designers/giancarlo-fassina
Giancarlo Fassina - Connox
https://www.connox.com/designers/giancarlo-fassina.html
Giancarlo Fassina - Lightshopping
https://www.lightshopping.com/en/designer/giancarlo-fassina
Illuminating Design: The Legacy of Michele de Lucchi and Giancarlo Fassina - Encyclopedia Design
https://encyclopedia.design/2024/06/24/illuminating-design-the-legacy-of-michele-de-lucchi-and-giancarlo-fassina/
Il mondo del design dice addio a Giancarlo Fassina - Artribune
https://www.artribune.com/progettazione/design/2019/04/addio-giancarlo-fassina-mago-luce-papa-tolomeo/
Addio a Giancarlo Fassina, il "mago della luce" - il Giornale
https://www.ilgiornale.it/news/cultura/addio-giancarlo-fassina-mago-luce-1672499.html
Addio a Fassina, tra i designer della lampada Tolomeo di Artemide - Giornale di Brescia
https://www.giornaledibrescia.it/italia-e-estero/addio-a-fassina-tra-i-designer-della-lampada-tolomeo-di-artemide-k7a58796
Artemide Tolomeo Wall Lamp - Vintageinfo
https://vintageinfo.be/artemide-tolomeo-wall-lamp/
Design classic: Artemide Tolomeo lamp - Italy Chronicles
https://italychronicles.com/design-classic-artemide-tolomeo-lamp/
MoMA Design Store - Tolomeo Classic Task Lamp
https://store.moma.org/products/tolomeo-classic-task-lamp
Giancarlo Fassina - Modern Planet
https://modernplanet.com/designers/giancarlo-fassina.html