ビルゲル・カイピアイネン
ビルゲル・カイピアイネン(Birger Kaipiainen、1915年7月1日 - 1988年7月18日)は、20世紀フィンランドを代表する陶芸家・デザイナーである。西岸の都市ポリに生まれ、モダニズムが機能性と簡素さを重んじた時代にあって、花や果実、真珠を重ねた豊かな装飾の世界を貫いた。「装飾の王(the king of decorators)」「陶芸の貴公子(the prince of ceramics)」と呼ばれ、国際的にも高い評価を受けた。
バイオグラフィー
1915年、フィンランド西岸の都市ポリに生まれる。幼少期にポリオを患い、その後遺症からろくろを用いた成形ができなかったため、成形よりも絵付けや装飾へと関心を深めていったとされる。少年期の夏を過ごしたカレリア地方のソルタヴァラでは、豊かな自然とロシア正教文化、近隣のヴァラモ修道院の視覚的な華やかさに触れ、後年の作風に流れ込む自然のモチーフや装飾性の源泉となった。
17歳前後でヘルシンキの中央工芸学校(現在のアアルト大学芸術・デザイン・建築学部)に学ぶ。1933年に舞台美術を志して入学したが、最終的に1937年、陶芸家・装飾家として卒業した。同年、アラビア(Arabia)社の美術部門に招かれ、以後、数年間の国外滞在を除いて生涯にわたり同社に在籍する。アラビアの美術部門は工場の内にありながら純粋な創作が許された場で、1950〜60年代のフィンランド応用美術が国際的な成功を収める拠点となり、カイピアイネンはルート・ブリュクらとともにその中心を担った。1954年から1958年にかけては、姉妹会社であるスウェーデンのロールストランド(Rörstrand)でも制作を行っている。
1977年に教授の称号を受け、1981年には国家から芸術家年金を得た。それでもなお日々工房に通って制作を続けたが、1988年7月、仕事を終えたその日に世を去った。
デザインの思想とアプローチ
カイピアイネンが歩み始めた頃のフィンランドは、機能主義の新しい潮流のもと、応用美術から装飾や感傷を削ぎ落とそうとする気運にあった。その中で彼は、幻想的で詩的な絵画世界を守り続けた。中世やルネサンス、ビザンティンの装飾、正教美術、そして少年期の記憶に着想を得た華やかな画面は、当時の主流とは一線を画すものだった。
スミレは彼が繰り返し用いた象徴的なモチーフであり、果実やベリー、鳥、女性像とともにその画面をいろどった。素材と技法への深い理解に支えられ、釉薬が窯を経ても本来の輝きを保つよう、入念な手法が凝らされている。
作品の特徴
1940年代には、流れるような縁取りをもつ大きなレリーフに、中世やロココ、ルネサンスに着想した主題を描いた。1950年代には様式化された鳥や人物像を手がけ、1960年代に入ると装飾性はいっそう高まる。この時期、彼は鉄線に通した陶製のビーズを皿の表面に張り巡らせる手法を導入し、当時は大きな驚きをもって迎えられた。人物像は次第に後景へと退き、作品はより大きく、より装飾的になっていった。
主な代表作
1960年のミラノ・トリエンナーレでは、陶製ビーズを連ねた鳥のオブジェ「真珠のダイシャクシギ(Helmikuovi)」がグランプリを受賞し、彼の名を国際的に知らしめた。壁面レリーフ「三美神(Kolme sulotarta、1952年)」のように、形と装飾が一体となった造形も数多く残している。
量産作品としては、1950年代後半にピフルグレン&リトラ(Pihlgren & Ritola)社のために手がけた壁紙「Kiurujen yö」「Ken on kiuruista kaunein」が長く親しまれた。そして1969年、アラビアから発表されたテーブルウェア「パラティッシ(Paratiisi=楽園)」は、彼の数少ない工業製品のひとつでありながら、フィンランドを代表する食器として今日まで愛され続けている。
パラティッシ(Paratiisi)
「パラティッシ」は1969年に発表された。カイピアイネンは器の形(BKモデル)と絵付けの双方を手がけ、果実やスミレ、黒すぐりを豊かに配した絵柄と、簡潔な器の形を組み合わせた。鮮明な輪郭と多彩な色は、当時普及しつつあったシルクスクリーン印刷によるもので、パラティッシはアラビアが初期にこの技法を用いたシリーズのひとつでもある。
当初の器はファイアンス(軟質陶器)製で、彼の壁皿にならったオーバル型だった。カラー版のほか、黄色の「アアタミ(Aatami=アダム)」、白の「エーヴァ(Eeva=イヴ)」といった単色版も作られている。BKモデルの生産は生産体制の再編により1970年代半ばにいったん途絶えたが、フィンランド国内で復活を望む声が高まり、1980年代後半にふたたび生産が始まった。この際、皿の形はオーバルから丸型へ、素材はストーンウェアへと改められている。この丸型への改作は、カイピアイネンが没する直前に手がけた最後の仕事のひとつとなった。白黒版は2000年に、紫を加えた色調は2012年に加わり、現在もイッタラ(アラビア)から生産が続いている。
功績と評価
カイピアイネンは、1951年のミラノ・トリエンナーレでディプロマ・ドヌール、1960年の同トリエンナーレと1967年のモントリオール万国博覧会でそれぞれグランプリを受けた。国内では1963年にプロ・フィンランディア勲章、1977年に教授の称号を受け、1982年にはスウェーデンのプリンス・オイゲン・メダルを受けている。その作品は各地の美術館や個人コレクションに収められている。
機能性と簡素さが重んじられた戦後デザインの潮流のなかで、装飾と美を一貫して擁護した点で、彼は稀有な存在だった。詩的で色彩豊かな作風は同時代の作家たちにも影響を与え、フィンランド陶芸の一つの極として今日も高く評価されている。ヘルシンキのアラビアランタ地区には、彼の名を冠した通りと広場が設けられている。
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1952年 | 壁面レリーフ | 三美神(Kolme sulotarta) | Arabia |
| 1950年代後半 | 壁紙 | Kiurujen yö | Pihlgren & Ritola |
| 1950年代後半 | 壁紙 | Ken on kiuruista kaunein | Pihlgren & Ritola |
| 1960年 | 陶芸オブジェ | 真珠のダイシャクシギ(Helmikuovi) | Arabia |
| 1969年 | テーブルウェア | パラティッシ(Paratiisi) | Arabia(現 iittala) |
Reference
- Turku Art Museum – Birger Kaipiainen
- https://turuntaidemuseo.fi/en/nayttelyt/birger-kaipiainen
- Kuovi – Birger Kaipiainen
- https://www.kuovi.com/content/birger-kaipiainen
- Design Stories – 50 years of Paratiisi
- https://www.finnishdesignshop.com/design-stories/
- Wikipedia – Birger Kaipiainen
- https://en.wikipedia.org/wiki/Birger_Kaipiainen