Up 5 & 6(Donna)は、1969年にガエターノ・ペッシェによってデザインされた、20世紀を代表するアイコニックなラウンジチェア&オットマンである。女性の身体を象徴する官能的なフォルムと、鎖で繋がれた球状のオットマンという強烈な視覚的メッセージにより、家具デザインの領域を超えて社会的・政治的な意味を内包する作品として、デザイン史に特異な地位を占めている。C&B Italia(現B&B Italia)によって製造されたこの作品は、革新的な真空パッケージング技術と、古代の豊穣の女神像を想起させる造形によって、当時の家具デザインの常識を覆し、イタリアンデザインの新たな地平を切り開いた。

Up 5の豊満な形状は母性と保護を象徴する一方で、ワイヤーで接続された球形のUp 6は囚人の鉄球を表現しており、女性が社会的慣習や偏見によって束縛されている状況への批判的なメタファーとなっている。ペッシェ自身の言葉によれば、この作品は「女性が自らの囚人となっている」という個人的な認識を表現したものであり、男性による暴力や抑圧という深刻な社会問題への警鐘でもあった。発表から半世紀以上を経た現在においても、その問題提起は色褪せることなく、むしろ現代社会においてより一層の重要性を持つ作品として評価されている。

特徴・コンセプト

革新的な製造技術と素材

Up 5 & 6の最も革新的な側面の一つは、その製造・流通プロセスにある。ペッシェはシャワー中にスポンジが圧縮され、放すと元の形状に戻る様子を観察したことから着想を得た。ポリウレタンフォームは90パーセントが空気で構成されているという特性に着目し、内部構造を持たない全く新しい椅子の製造方法を開発した。成形されたポリウレタンフォームはストレッチジャージで覆われた後、真空パックによって体積の90パーセントが削減され、わずか10センチメートル程度の厚さの平らなディスク状に圧縮された。

PVCシートで密閉された状態で配送されたこの製品は、開封後、空気に触れることで約1時間かけて徐々に本来の豊満な形状へと「成長」していく。この劇的な変容プロセスは、単なる輸送効率の向上という実用的な側面を超えて、誕生や生命の神秘を想起させる演出的な要素を持ち、開封という行為自体をデザイン体験の一部として組み込んだ画期的な試みであった。当初の生産ではフロンガスが使用されていたが、1973年にオゾン層への悪影響が判明したことで一旦生産が中止された。2000年の再生産時には、真空パック方式は採用されず、より耐久性の高いBayfit®(Bayer®)冷発泡成形ポリウレタンフォームを使用した改良版として復活している。

象徴的なフォルムとメッセージ

Up 5のフォルムは、古代の豊穣の女神像、特に先史時代のヴィーナス像を直接的に参照している。背もたれ上部には二つの大きな乳房を思わせる膨らみがあり、下部は太ももを想起させる形状となっており、座る者を母親の腕の中にいるような包容感で迎え入れる。この官能的で擬人化された形態は「La Mamma(母)」「Big Mama」「Donna(女性)」といった愛称で呼ばれるようになり、保護と安らぎの象徴として受け入れられた。ペッシェ自身は、女優アニタ・エクバーグが映画『甘い生活』でトレビの泉に飛び込むシーンの豊満な肉体にインスピレーションを受けたとも語っている。

しかし、この母性的で安楽な椅子に付随するUp 6オットマンは、その肯定的なイメージを一転させる。球形のオットマンはワイヤーでUp 5と結ばれており、囚人の足に繋がれた鉄球という明確なメタファーを形成している。この対比的な組み合わせによって、作品全体が女性の社会的状況への批判的なステートメントへと昇華される。ペッシェは「女性は男性への恐怖と男性の偏見によって、常に箱に閉じ込められてきた」と述べ、この作品が工業デザインにおいて政治的メッセージを伝達する最初の製品であることを明言している。Up 5 & 6は、機能性や美学といった従来の家具デザインの枠組みを超えて、デザインが社会的・政治的な言説を担い得ることを実証した記念碑的作品となった。

反デザイン運動との関連

Up 5 & 6が誕生した1969年は、イタリア社会が激しい社会変革の波に揺れていた時代であった。学生運動や労働者のストライキが各地で発生し、既存の権威や産業システムへの批判が高まっていた。デザインの領域においても、Archizoom、Superstudio、Gruppo Strumといった集団が、機能主義的で合理的な「良いデザイン」の概念に異議を唱える「反デザイン(Anti-design)」運動を展開していた。ペッシェとC&B Italiaの協力関係は、こうした反形式的な応答の一環として位置づけられる。

Up 5 & 6は、その挑発的なフォルム、鮮烈な色彩、そして政治的メッセージによって、当時の主流であった理性的で客観的なデザインアプローチへの痛烈な批評となった。Francesco Binfaréは、この作品を「当時正しく、正確で、客観的な方法で行われていたすべてのことを脇に追いやることを意図した、公式デザインへの反応であり、辛辣な皮肉」と評している。Up 5 & 6は、デザインが単なる製品開発を超えて、哲学的、政治的、実存的な内容を表現すべきであるというペッシェの信念を体現しており、1960年代後半のラディカルデザイン運動における重要な位置を占めている。

エピソード

1969年ミラノ家具見本市での劇的なデビュー

1969年のミラノ家具見本市におけるUp シリーズのプレゼンテーションは、家具デザイン史上最も記憶に残る演出の一つとなった。C&B Italiaの広大な展示スペースには、数百枚の平らな円盤状のパッケージが散りばめられており、来場者の目の前で次々とパッケージが開封されていった。真空パックから解放されたポリウレタンフォームが、まるで魔法のように自己膨張して壮大な椅子の形状を取っていく様子は、単なる製品発表を超えた一種のパフォーマンスアートとして観衆を魅了した。この劇的な「誕生」の瞬間は、製品そのものと同じくらい革新的であり、家具のプレゼンテーション手法に新たな次元をもたらした。

サルバドール・ダリとの邂逅

シュルレアリスムの巨匠サルバドール・ダリは、Up 5 & 6に深い関心を示し、自らこの椅子の上で身を丸めてポーズを取った写真が残されている。「偏執狂的家具」の発明者として知られるダリが、この大きな胸に抱かれるように座る姿は、Up 5 & 6が単なる機能的家具ではなく、芸術作品としての地位を持つことを象徴的に示すものであった。このエピソードは、デザインと現代アートの境界が曖昧になりつつあった時代の精神を捉えている。

映画『007 ダイヤモンドは永遠に』への登場

1971年の映画『007 ダイヤモンドは永遠に』において、Up 5はジョン・ロートナーが設計したパームスプリングスのエルロッド・ハウスの印象的なリビングルームを飾り、アクションシーンの舞台となった。この映画への登場により、Up 5はポップカルチャーのアイコンとしての地位を確立し、1960年代から70年代にかけてのデザインと生活様式を象徴する存在となった。

2019年ミラノ・ドゥオーモ広場での論争的インスタレーション

誕生50周年を記念して、2019年のミラノデザインウィークでは、ドゥオーモ広場に高さ8メートルの巨大なUp 5 & 6が設置された。この巨大彫刻には400本の矢が刺され、周囲には男性の残酷さを象徴する6体の凶暴な獣の頭部が配置されていた。矢は女性が日常的に受ける様々な形態の虐待を表現しており、作品のメッセージをより直接的かつ痛烈に提示するものであった。このインスタレーションは、フェミニスト団体「Non Una Di Meno」による抗議活動を引き起こし、メディアで大きく報道された。ペッシェ自身は「この彫刻が議論の機会となることを願っている」と述べ、作品が引き起こした論争を肯定的に受け止めている。このエピソードは、Up 5 & 6が50年を経てもなお現代社会に問いかけ続ける力を持つことを証明した。

子供用バージョン「UPJ」の誕生

2014年、B&B ItaliaはUp 5 & 6の子供用バージョンである「UPJ(Jは"Junior"を意味する)」を発表した。オリジナルと同じ形状と特徴を保ちながら、子供のサイズに合わせて縮小されたこのバージョンは、世代を超えてこのアイコニックなデザインを体験できる機会を提供している。親子で同じデザインの椅子を共有できるという試みは、Up 5 & 6が持つ普遍的な魅力と、家族における母性の象徴としての意味をさらに強調している。

評価

Up 5 & 6は、発表当時から現在に至るまで、デザイン界における最も重要かつ論争的な作品の一つとして評価され続けている。その革新性は複数の層において認められており、第一に素材と製造技術の革新、第二に家具デザインにおける象徴性と意味の導入、第三に社会的・政治的メッセージを製品に統合した先駆性という点で、他に類を見ない達成を成し遂げた。ポリウレタンフォームという当時の新素材の可能性を極限まで追求し、真空パッケージングという輸送革命をもたらしたことは、工業デザインの実践面における大きな貢献であった。

しかし、Up 5 & 6の最も重要な遺産は、デザインが単なる機能や美学の追求を超えて、社会的言説の媒体となり得ることを実証した点にある。B&B Italiaは、この作品を「政治的メッセージを伝達するために召喚された工業デザインの最初の製品」と位置づけており、デザイン史における記念碑的な転換点として認識している。批評家たちは、Up 5 & 6を「技術的実験と形式的研究の完璧な統合」であり、「異なる社会文化的文脈における女性像の複雑な関係の詩的な証人」と評価している。また、この作品は常に「デザインの市民的コミットメントのビジョンを表現してきた製品」として、デザインの社会的責任という概念の先駆的な例とされている。

世界の主要な美術館・デザイン博物館の永久コレクションに収蔵されていることは、Up 5 & 6が美術史的にも重要な位置を占めることを示している。MoMA(ニューヨーク近代美術館)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム(ドイツ)、ミラノ・トリエンナーレ、フィラデルフィア美術館、モントリオール美術館など、世界中の一流機関がこの作品を重要な文化遺産として保存している。これらの機関における展示と研究を通じて、Up 5 & 6はデザイン教育においても中心的な教材となっており、デザインがいかに文化的・社会的な意味を生成し得るかを示す典型例として参照され続けている。

受賞歴

Up 5 & 6を含むUpシリーズは、2022年6月に開催された第27回コンパッソ・ドーロADI授賞式において、「プロダクト・キャリア賞2022」を受賞した。コンパッソ・ドーロは1954年に創設されたイタリア工業デザイン界最高峰の賞であり、「デザイン界のノーベル賞」あるいは「デザイン界のオスカー」とも称される世界で最も権威ある賞の一つである。Associazione per il Disegno Industriale(ADI:イタリア工業デザイン協会)によって運営されるこの賞は、イタリアおよび国際的に卓越した品質を持つ工業デザインを認定し、促進することを目的としている。

「プロダクト・キャリア賞」は、長期にわたって成功を収め、時代を超えた価値を証明してきた歴史的デザインに対して授与される特別な栄誉である。2020年に初めて設けられたこのカテゴリーにおいて、Upシリーズは発表当時には受賞しなかったものの、半世紀以上にわたる影響力と継続的な生産・販売実績が評価された。国際審査員団は、Upシリーズに対して「技術的実験と形式的研究の完璧な統合であり、ガエターノ・ペッシェによってデザインされたUPアームチェアは、異なる社会文化的文脈における女性像の複雑な関係の詩的な証人であり、常にデザインの市民的コミットメントのビジョンを表現してきた製品である」との評価を与えた。

この受賞は、Up 5 & 6が単なる商業的成功を超えて、デザイン史における文化的遺産としての地位を確立していることを公式に認定するものであった。同時に受賞した他の長期成功製品には、チーニ・ボエリと片山利弘によるGhostアームチェア(1987年、Fiam Italia製)、ジョー・コロンボによるミニキッチン(1968年、Boffi製)があり、いずれもイタリアンデザインの黄金時代を代表する作品である。B&B Italiaは、この栄誉を記念して500個限定の「コンパッソ・ドーロ・エディション」を発表し、Up 5にはアンティークゴールドのファブリック、Up 6にはブロンズのファブリックを採用し、アルミニウム製のコルテン仕上げチェーンで接続した特別仕様を製作した。

後世への影響

Up 5 & 6は、発表から半世紀以上を経た現在においても、デザイン界に多層的な影響を与え続けている。その影響は、素材技術、製品開発プロセス、デザイン哲学、そして社会的メッセージの統合という複数の領域に及んでいる。ポリウレタンフォームという新素材の可能性を極限まで追求し、構造体を持たない家具という概念を実現したことは、その後の家具デザインにおける素材研究の方向性に大きな影響を与えた。真空パッケージングによる輸送効率の革新は、現代のフラットパック家具産業の先駆けとなり、IKEAをはじめとする企業の物流戦略に理論的基盤を提供した。

しかし、Up 5 & 6の最も深遠な影響は、デザインが社会的・政治的な意味を担い得ることを実証した点にある。この作品以前、工業デザインは主に機能性、効率性、美学といった比較的中立的な価値を追求する分野と見なされていた。Up 5 & 6は、製品デザインが特定の社会問題について明確な立場を表明し、批判的な議論を喚起する媒体となり得ることを示した。この先駆的な試みは、その後のデザイナーたちに、デザインの社会的責任と政治的可能性を考慮する重要性を認識させた。現代のソーシャルデザイン、批判的デザイン、スペキュラティブデザインといった領域は、Up 5 & 6が切り開いた道筋の延長線上にある。

ペッシェ自身は、Up 5 & 6の制作時に「男性による女性への暴力について話し始めたばかりの時代だった。当時、私はこの深刻な非文明的行為が世界中で起こっているが、時間とともに減少するだろうと考えていた。しかし残念ながら、そうはならなかった」と述べている。この予言的な悲観論は、作品が持つメッセージの普遍性と継続的な関連性を裏付けている。2019年の50周年インスタレーションが引き起こした論争、2020年代のMeToo運動やジェンダー平等をめぐる世界的な議論の高まりは、Up 5 & 6が提起した問題が依然として未解決であることを示しており、この作品の現代性は増すばかりである。

デザイン教育の領域においても、Up 5 & 6は重要な教材として広く活用されている。デザインがいかに文化的記号を操作し、複雑な社会的メッセージを視覚的に伝達できるかを示す典型例として、世界中のデザイン学校で分析と議論の対象となっている。また、この作品はイタリアンデザインの黄金時代、特に1960年代後半のラディカルデザイン運動を象徴する存在として、デザイン史研究においても中心的な位置を占めている。Up 5 & 6は、単なる物理的な製品を超えて、デザインの可能性と責任について問い続ける文化的触媒として、今後も長く影響を与え続けることであろう。

基本情報

名称 Up 5 & 6(Donna)
デザイナー ガエターノ・ペッシェ(Gaetano Pesce, 1939-2024)
分類 ラウンジチェア&オットマン
デザイン年 1969年
製造 C&B Italia(1970-1973年)、B&B Italia(2000年-現在)
素材 Bayfit®(Bayer®)ポリウレタンフォーム、ストレッチジャージファブリック、ジュート(底面)
サイズ(Up 5) 幅110.5cm × 奥行114.3cm × 高さ101.6cm
サイズ(Up 6) 直径57.2cm
別名 La Donna(女性)、La Mamma(母)、Big Mama
主要コレクション MoMA(ニューヨーク)、V&A(ロンドン)、ポンピドゥー・センター(パリ)、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム(ドイツ)、ミラノ・トリエンナーレ、フィラデルフィア美術館、モントリオール美術館、デンバー美術館
受賞 コンパッソ・ドーロADI プロダクト・キャリア賞(2022年)