トリップ トラップは、1972年にノルウェーの工業デザイナー、ピーター・オプスヴィックによってデザインされた革新的なハイチェアである。ストッケ社から発売されたこの椅子は、子どもの成長に合わせて座面と足置きの高さを調整できる独創的な機構を備え、生後8ヶ月の乳児から大人まで使用できる画期的な設計となっている。発売から50年以上を経た現在も、世界80カ国以上で累計1,400万台以上を販売する北欧デザインの代表作として、家族の食卓に欠かせない存在となっている。
デザインの背景とコンセプト
トリップ トラップの誕生には、デザイナー自身の子育て体験が深く関わっている。オプスヴィックの息子トールが従来のハイチェアを卒業したものの、大人用の椅子にはまだ小さすぎるという状況に直面した際、市場には適切な解決策が存在しないことに気づいた。この実体験から、年齢を問わず家族全員が同じテーブルで快適に食事ができる椅子の開発に着手したのである。
オプスヴィックが目指したのは、子どもと大人の目線の高さを近づけることで、家族間のコミュニケーションを促進する椅子であった。小さな子どもを大人と同じ目線でテーブルにつかせることで、家族の団らんがより豊かな時間になるという信念のもと、人間工学に基づいた精緻な設計が行われた。座面と足置き板の高さと奥行きを自由に調整できる機構により、使用者の体格に応じた最適な姿勢を実現している。
特徴
人間工学に基づく調整機構
トリップ トラップの最大の特徴は、成長に応じて細かく調整可能な座面と足置き板の機構にある。背もたれの高さはテーブル天板の高さに固定されているが、座面と足置き板は使用者の体格に合わせて高さと奥行きを変更できる。この設計により、足がしっかりと足置き板につくことで安定した姿勢が保たれ、自然な座位を維持することが可能となっている。
動きの自由を促す設計思想
オプスヴィックは「最良の座位姿勢とは、しばらくすると次の姿勢である」という独自の哲学を持っていた。この思想はトリップ トラップにも反映されており、座りながら自由に動けることを重視した設計となっている。足置き板を大きく設計することで、子どもが座りながらも姿勢を変えたり、自分で上り下りしたりできる自由を確保している。これは、安全のために子どもを固定するのではなく、安全な環境の中で動きながら学ぶ自由を与えるという、先進的な安全思想に基づいている。
堅牢な構造と素材
トリップ トラップは、ヨーロッパ産のブナ材を主材料として製造されており、一部の限定版ではオーク材も使用されている。Z字型またはL字型のミニマルな幾何学的フォルムは、視覚的な美しさだけでなく、構造的な強度も兼ね備えている。この堅牢な構造により、体重136kgの大人まで安全に支えることができる耐久性を実現している。また、水性塗料を使用することで、食べこぼしなどの汚れを湿った布で簡単に拭き取ることができる実用性も備えている。
エピソード
1972年の発売当時、トリップ トラップは子ども用椅子の概念を根本から覆す存在であった。オプスヴィック自身が製作した販促用の短編映像では、電話帳を何冊も積み重ねてようやくテーブルに手が届く子どもの姿をユーモラスに描き、この椅子が解決する実際的な問題を巧みに表現している。この映像は、デザインの本質を家族の日常生活の文脈で伝える先駆的なアプローチとして評価されている。
発売から50年が経過した2022年には、50周年記念モデルが限定発売された。この記念版には背面に特別な刻印が施され、半世紀にわたる製品の歴史を祝福している。また、別売りのアクセサリーとして、新生児用のニューボーンセットやベビーセットが開発され、使用開始年齢が生後間もない時期まで拡張されている。これらのアクセサリーの進化は、安全基準の変化に対応しながらも、基本設計の普遍性を維持してきた製品開発の姿勢を示している。
多くの家庭では、親世代がトリップ トラップで育ち、自分の子どもにも同じ椅子を使わせるという世代を超えた愛用が見られる。この椅子は単なる家具を超えて、家族の記憶と成長の証人となっているのである。
評価と影響
トリップ トラップは、発売以来一貫して高い評価を得続けている。シンプルでありながら機能的なデザインは、北欧デザインの本質を体現するものとして国際的に認められており、ニューヨーク近代美術館、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館、デザインミュージアム、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムの永久コレクションに収蔵されている。
2012年にはMoMAで開催された展覧会「Century of the Child: Growing by Design 1900-2000」に出展され、20世紀における子ども向けデザインの重要な転換点を示す作品として紹介された。また、2018年にはV&A Museum of Childhoodの展覧会「Century of the Child: Nordic Design for Children 1900 to Today」にも出展され、北欧の子ども向けデザインの代表例として取り上げられている。
この椅子の影響は、子ども用家具のデザイン分野において計り知れない。成長に応じて調整可能という概念は、今日では多くの子ども用家具に採用されているが、トリップ トラップはこの分野における先駆的存在として、後続のデザイナーたちに大きな影響を与え続けている。
受賞歴
トリップ トラップおよびピーター・オプスヴィックは、数々の権威あるデザイン賞を受賞している。1996年にはノルウェーのデザイン優秀賞を受賞し、その普遍的な価値が公式に認められた。オプスヴィック自身も、2008年にアンダース・ヤーレ文化賞および北欧デザイン賞を、スウェーデンのトルステン&ヴァニャ・セーダーベリデザイン賞を受賞している。2013年にはノルウェーのデザイン・建築財団からヤコブ賞が授与された。さらに、ドイツデザイン賞においてゴールドを獲得するなど、国際的な評価を確立している。
基本情報
| デザイナー | ピーター・オプスヴィック |
|---|---|
| ブランド | ストッケ |
| 発表年 | 1972年 |
| 製造国 | ノルウェー |
| 主要素材 | ヨーロッパ産ブナ材(一部オーク材) |
| 使用年齢 | 生後8ヶ月~大人(アクセサリー使用で新生児から) |
| 耐荷重 | 136kg |