1939年、ノルウェー西部の港町ストランダに生まれる。オスロ国立美術工芸学校(現オスロ国立芸術大学)で家具デザインと室内建築を学び、1964年に卒業。在学中より人間の身体と座ることの関係性に深い関心を抱き、これが生涯にわたる研究テーマとなる。
卒業後、ドイツ・エッセンのマルガレーテンヘーエ職業学校で教鞭を執った後、ノルウェーに帰国。1967年より独立デザイナーとして活動を開始する。1970年代初頭、ストッケ社との協働が始まり、1972年に発表した子供用椅子「トリップトラップ」が世界的な成功を収める。この革新的なデザインは、子供の成長に合わせて調整可能な構造を持ち、現在までに1,200万脚以上が販売されるロングセラーとなった。
1970年代後半からは「バランス」シリーズを通じて、従来の椅子の概念を根本から覆す「動く座り」の思想を具現化。ホーグ社(HÅG)とのパートナーシップにより、オフィス家具の分野でも革新をもたらし、「カピスコ」をはじめとする人間工学チェアを数多く発表した。半世紀以上にわたり、人間の身体と椅子の関係を探求し続け、ノルウェーのみならず世界のデザイン界に多大な影響を与えている。
デザイン哲学
オプスヴィックのデザイン哲学の核心は、「人間の身体は動くようにできている」という確信にある。彼は、長時間同じ姿勢で座り続けることが身体に与える悪影響を早くから認識し、座る行為そのものを再定義することに生涯を捧げた。
「最良の姿勢とは、次の姿勢である」という彼の言葉は、静止した「正しい座り方」を追求する従来のアプローチへの挑戦であった。オプスヴィックは、座りながらも自然に身体を動かし続けることができる椅子こそが、真に人間工学的であると考えた。この「アクティブ・シッティング(動的着座)」の概念は、彼のすべての作品に通底する思想となっている。
また、彼は機能性と美的価値の調和を重視する。その作品は、人間工学的な革新性を持ちながらも、スカンジナビアン・デザインの伝統に根ざした簡潔で美しいフォルムを備えている。素材の選択においても、木材をはじめとする自然素材を好み、持続可能性への配慮を早くから実践してきた。
作品の特徴
オプスヴィックの作品群には、いくつかの顕著な特徴が認められる。
第一に、調整可能性への徹底したこだわりがある。トリップトラップに代表されるように、使用者の身体的条件や成長段階に応じて高さや角度を細かく調整できる構造を多くの作品に採用している。
第二に、重心の移動を許容する設計がある。バランスチェアやカピスコなど、座面の形状や支点の位置を工夫することで、座る人が自然に姿勢を変えられるよう設計されている。特にサドル型座面の採用は、騎乗時のような股関節の開きを促し、脊椎の自然なS字カーブを維持しやすくする。
第三に、長寿命設計への信念がある。彼の椅子は堅牢な構造と普遍的なデザインにより、何十年もの使用に耐える品質を持つ。トリップトラップが三世代にわたって使用される例は珍しくなく、これは持続可能なデザインの理想形といえる。
代表作品
トリップトラップ(Tripp Trapp)1972年
ストッケ社より発表された子供用ハイチェア。座板と足置き板の高さを無段階に調整でき、新生児から成人まで使用可能という革命的なコンセプトを実現した。名称はノルウェー語で「階段」を意味し、その階段状のフレーム構造に由来する。発表から半世紀を経た現在も生産が続き、累計販売数は1,200万脚を超える。2022年には発売50周年を迎え、その功績が改めて評価された。
バランス・バリアブル(Balans Variable)1979年
膝当て付きの傾斜座面を持つ椅子で、「バランスチェア」の原型となった作品。座面を前傾させることで骨盤を自然に起こし、背筋が伸びた姿勢を無理なく維持できる。背もたれを持たないこの椅子は、座る人自身の筋力で姿勢を保つ「アクティブ・シッティング」の概念を初めて具現化したものとして、デザイン史に刻まれている。
グラビティ・バランス(Gravity Balans)1983年
リクライニングから直立姿勢まで、重心移動だけで無段階に姿勢を変えられる革新的なラウンジチェア。座る人の体重とバランスのみで動作し、電力や機械的な調整機構を必要としない。オプスヴィック自身が「私のすべての椅子のなかで最も個人的な作品」と語る一脚であり、彼の設計思想の集大成ともいえる。
カピスコ(Capisco/HÅG Capisco)1984年
ホーグ社のために設計されたオフィスチェア。馬具にインスピレーションを得たサドル型座面が最大の特徴で、前向き・横向き・後ろ向きとあらゆる方向から座ることができる。この自由度の高さにより、オフィスワーカーは無意識のうちに姿勢を変え、長時間のデスクワークによる身体的負担を軽減できる。発表から40年を経た現在も、ホーグ・フラッグシップモデルとして世界中のオフィスで使用されている。
グローブ・ガーデンチェア(Globe Garden Chair)1985年
大きな球体の上に座る形式の屋外用チェア。バランスボールに座るような不安定さを意図的に取り入れ、庭でのリラックス時にも体幹を使った動的な座り方を促す。オプスヴィックの遊び心と革新性が融合した作品である。
ノミ(Nomi)2014年
エボムーブ社のために設計された子供用ハイチェア。トリップトラップの設計思想を継承しながら、より軽量でコンパクトな構造を実現。工具なしで座板の調整ができる機構を備え、現代の子育て環境に適応した進化形といえる。
功績・業績
オプスヴィックは、その革新的なデザインにより数多くの栄誉を受けている。ノルウェー・デザイン・カウンシルからは「優れたデザイン賞」を複数回受賞。1998年には、ノルウェー王室よりセント・オラフ騎士勲章を授与され、デザインを通じた国家への貢献が認められた。
2002年には、著書『Rethinking Sitting(座ることを再考する)』を上梓し、自身の設計哲学と人間工学研究の成果を体系的にまとめた。この書籍は、後進のデザイナーや人間工学研究者にとっての重要な参考文献となっている。
トリップトラップは、ニューヨーク近代美術館(MoMA)やミュンヘンのピナコテーク・デア・モデルネなど、世界各地のデザインミュージアムに永久収蔵されている。また、多くの作品がレッドドット・デザイン賞やiFデザイン賞を受賞し、その機能性とデザイン性が国際的に評価されている。
後世への影響
オプスヴィックが提唱した「アクティブ・シッティング」の概念は、21世紀のオフィス環境設計に決定的な影響を与えた。スタンディングデスクの普及、バランスボールを用いたワークスタイル、さらには可動式のオフィス家具の開発は、いずれも彼の思想に源流を持つ。
子供用家具の領域では、トリップトラップが確立した「成長に合わせて調整できる家具」という概念が業界標準となった。この発想は椅子にとどまらず、デスクやベッドなど、子供向け家具全般の設計思想に浸透している。
また、彼の長寿命設計へのこだわりは、サステナビリティが重視される現代において新たな意義を持つ。使い捨て文化への警鐘として、世代を超えて使い続けられる製品設計の重要性を示した先駆者として、オプスヴィックの評価は今後さらに高まることが予想される。
ノルウェーから世界へ発信された「動く座り」の哲学は、単なるデザイン・トレンドを超え、人間と家具の関係性そのものを問い直す普遍的な価値を持つ。ピーター・オプスヴィックは、椅子という日常の道具に革命をもたらした、20世紀後半から21世紀にかけての最も重要な家具デザイナーの一人として、その名を歴史に刻んでいる。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1972年 | 椅子 | Tripp Trapp(トリップトラップ) | Stokke |
| 1974年 | 椅子 | Sitti(シッティ) | Stokke |
| 1979年 | 椅子 | Balans Variable(バランス・バリアブル) | Varier / Stokke |
| 1980年 | 椅子 | Balans Multi(バランス・マルチ) | Stokke |
| 1981年 | 椅子 | Balans Vital(バランス・ヴァイタル) | Stokke |
| 1983年 | 椅子 | Gravity Balans(グラビティ・バランス) | Varier / Stokke |
| 1984年 | オフィスチェア | HÅG Capisco(ホーグ・カピスコ) | HÅG |
| 1985年 | 椅子 | Globe Garden Chair(グローブ・ガーデンチェア) | Stokke |
| 1985年 | 椅子 | Pendulum(ペンデュラム) | Stokke |
| 1988年 | 椅子 | Wing Balans(ウィング・バランス) | Stokke |
| 1991年 | オフィスチェア | HÅG Credo(ホーグ・クレド) | HÅG |
| 1994年 | 椅子 | Thatsit Balans(ザッツイット・バランス) | Varier |
| 1998年 | 椅子 | Ekstrem(エクストレム) | Varier / Stokke |
| 2000年 | ベビーカー | Stokke Xplory(ストッケ・エクスプローリー) | Stokke |
| 2003年 | オフィスチェア | HÅG Capisco Puls(ホーグ・カピスコ・パルス) | HÅG / Flokk |
| 2005年 | 椅子 | Actulum(アクチュラム) | Varier |
| 2007年 | ソファ | Peel Club(ピール・クラブ) | Varier |
| 2010年 | 椅子 | Invite(インヴァイト) | Varier |
| 2012年 | 椅子 | Move(ムーブ) | Varier |
| 2014年 | 椅子 | Nomi(ノミ) | Evomove |
| 2015年 | オフィスチェア | HÅG Capisco 8106(ホーグ・カピスコ 8106) | Flokk |
| 2017年 | スツール | Opsvik 8105(オプスヴィック 8105) | Flokk |
Reference
- Peter Opsvik Official Website
- https://www.peteropsvik.com/
- Stokke - Tripp Trapp
- https://www.stokke.com/tripp-trapp
- Varier Furniture - Official Site
- https://www.varier.com/
- Flokk - HÅG Capisco
- https://www.flokk.com/hag/products/hag-capisco
- Evomove - Nomi High Chair
- https://www.evomove.com/nomi/
- Norwegian Design Council
- https://norskdesign.no/
- MoMA Design Collection
- https://www.moma.org/collection/
- Rethinking Sitting - Peter Opsvik (2002)
- https://www.gingko.no/en/products/rethinking-sitting