概要
トリックスAチェア(Tolix A Chair)は、1934年にフランスの金属加工職人グザビエ・ポシャールによってデザインされた、インダストリアルデザインを代表する名作椅子である。亜鉛めっきした鋼板を折り曲げて成形する。座面には排水用の穴が開けられ、積み重ねに対応する。
特徴とコンセプト
亜鉛メッキ技術
鋼を溶融亜鉛に浸けると、表面に亜鉛の層が形成される。塗装は傷が付いた箇所から錆が進むが、亜鉛は鋼より先に腐食するため、地金が露出しても保護が続く。屋外に置く家具ではこの差が大きい。ポシャールは屋根職人の家系の出身で、亜鉛加工の技術を家具に持ち込んだ。
亜鉛の層は表面に細かな模様を生じ、鏡面にはならない。光を拡散するため、鈍い光沢になる。経年で表面に摩耗が生じても、下地の保護は失われない。
屋外への対応
座面には穴が開けられる。閉じた面では雨水が溜まるが、穴があれば抜ける。屋外に置く前提から導かれた処理にあたる。
一枚の鋼板を折り曲げて成形するため、重量は4.5kgに収まる。板は薄いが、折り目を入れれば断面が変わり撓みにくくなる。1956年には背もたれを加えたA56が発表され、25脚を高さ2.3メートル未満まで積み重ねられる。
エピソード
豪華客船ノルマンディー号との航海
1935年、AチェアとアームチェアDは、当時最先端の技術と洗練されたスタイルの象徴とされた豪華客船ノルマンディー号に採用された。この採用によってTolixの家具は国際的な注目を集めた。ノルマンディー号は技術と様式美の最先端として知られており、そこに採用されたことは、Aチェアの評価を高める出来事であった。
1937年パリ万国博覧会
1937年のパリ万国博覧会(現代生活における芸術と技術の国際博覧会)でも、Tolixのチェアが会場の調度品として用いられた。公共空間への大規模な採用は、Tolixの生産能力と製品の信頼性を裏づけるものであった。
戦時下での実用性の証明
第二次世界大戦中には、Aチェアはアメリカ軍でも用いられたと伝えられる。堅牢性・軽量性・スタッキング性は実用的な環境で発揮され、過酷な条件下での使用に耐える工業製品としての評価を確立した。戦後、これらの椅子は病院、工場、オフィスなど、多様な公共施設に広がっていった。
ビール醸造所の販促品から文化的アイコンへ
1970年代まで、フランスのビール醸造所はカフェやレストランに対し、自社ブランドのビールを取り扱う条件として、Tolixのチェアを無償提供する慣行があった。このマーケティング戦略により、Aチェアはフランス全土のカフェテラスに普及し、フランスの日常風景の一部として定着した。当初は単なる実用品として扱われていたこの椅子は、やがてその普遍的な美学が再評価され、デザインアイコンとしての地位を獲得するに至った。
評価と影響
屋外での使用と積み重ねへの対応は、多数を並べる場所での条件にあたる。同じ条件に対し、ナガサキチェアは面に穴を開け、ヒー・チェアは線材を並べる。Aチェアは板を折り曲げたうえで穴を開けている。
2006年、フランス経済財政省がTolix社に「Entreprise du Patrimoine Vivant」のラベルを授与している。mv.lookup による4館照合では、ポシャールの作品は確認できていない。
グザビエ・ポシャールの設計思想や経歴について詳しくはグザビエ・ポシャールプロフィールページをご覧ください。
トリックスの歴史や他の製品について詳しくはトリックスブランドページをご覧ください。
基本情報
| デザイナー | グザビエ・ポシャール(Xavier Pauchard) |
|---|---|
| ブランド | トリックス(Tolix) |
| デザイン年 | 1934年(初期デザイン)、1956年(改良版) |
| 製造国 | フランス(ブルゴーニュ地方オータン) |
| 素材 | 亜鉛メッキ鋼板(galvanized steel)、ステンレススチール(一部モデル) |
| 寸法 | 高さ85cm、幅44cm、奥行51.5cm、座面高43cm |
| 重量 | 約4.5kg |
| 特徴 | スタッキング可能(25脚まで)、屋外使用可能、手作業による製造 |
| コレクション | ル・コルビュジエのサヴォワ邸で使用 |