トリックス(Tolix)

トリックス(Tolix)は、1927年にフランス・ブルゴーニュ地方のオータン(Autun)で創業した、金属製家具の名門ブランドである。創業者グザヴィエ・ポシャール(Xavier Pauchard)が確立した亜鉛メッキ技術により生み出されたスチール家具は、堅牢性と軽量性、そして時代を超越した美しさを兼ね備え、フランス産業デザインの象徴として世界中から敬愛されている。

代表作「シェーズA(Chaise A)」は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、パリ・ポンピドゥーセンター、ヴィトラ・デザインミュージアムの永久収蔵品に選定されており、20世紀を代表するインダストリアルデザインの傑作として高く評価されている。創業から約一世紀を経た現在も、すべての製品がオータンの工房で熟練の職人により手作業で製造されており、2006年には卓越した伝統技術を有する企業に授与される「企業遺産(Entreprise du Patrimoine Vivant / EPV)」ラベルを取得している。

ブランドの特徴・コンセプト

トリックスの製品哲学は、「機能美と耐久性の融合」という一貫した理念に基づいている。創業者ポシャールが開発した亜鉛メッキ(ガルバナイズ)技術は、スチールを450℃に熱した亜鉛浴に浸すことで酸化を防ぎ、屋内外を問わず使用可能な耐候性を実現する。この革新的な技術により、従来は木材が主流であった家具製造において、軽量でありながら極めて堅牢な金属製家具という新たな地平を切り拓いた。

製造工程の80%以上が今なお手作業で行われており、一脚のシェーズAを完成させるには100以上の工程を要する。プレス加工、曲げ加工、ろう付け、研磨といった伝統的な金属加工技術が世代を超えて継承されており、工房から出荷されるすべての製品には、トリックスの刻印が施される。この手仕事へのこだわりが、工業製品でありながら一点一点に魂を宿す独自の風合いを生み出している。

また、サステナビリティへの取り組みも特筆に値する。原材料や部品の調達先は工房から400km圏内に集約されており、使用されるスチールとステンレススチールはリサイクル可能な素材である。時を経ても色褪せない普遍的なデザインと、修理・再生が可能な製品設計は、大量消費社会へのアンチテーゼとして、現代においてますます重要な価値を帯びている。

ブランドヒストリー

トリックスの歴史は、1880年にブルゴーニュ地方モルヴァン地区で生まれたグザヴィエ・ポシャールに遡る。屋根職人と銅細工師の家系に生まれた彼は、金属加工への深い造詣を持ち、1907年に金属の酸化を防ぐ独自の亜鉛メッキ技術を開発した。1908年、オータンに小さな工房を構え、じょうろやバケツといった日用品の製造を開始する。

1927年、ポシャールは「TOLIX」の商標を登録し、本格的に金属製家具の製造に乗り出す。1934年(一説には1935年)には、後に世界的アイコンとなるシェーズA(モデルAチェア)が誕生。当初はパリのカフェやビストロ向けに設計されたこの椅子は、座面に設けられた三つの穴(雨水を逃がすため)、軽量性、そして優れたスタッキング性能により、瞬く間に評判を呼んだ。

1935年には、大西洋横断定期船ノルマンディー号の処女航海においてシェーズAが採用され、国際的な注目を集める。1937年のパリ万国博覧会での展示を経て、トリックスの名声は確固たるものとなった。1950年代には改良が加えられ、最大25脚まで積み重ね可能な現在の形態が完成。工場、オフィス、病院、学校など多様な空間で愛用され、1960年代には年間60,000脚を生産するまでに成長した。

創業者ポシャールは1948年に世を去り、息子のジャン・ポシャール(Jean Pauchard)が事業を継承。その後、ポシャール家による経営は2004年まで続いた。同年、元最高財務責任者のシャンタル・アンドリオ(Chantal Andriot)が会社を買収し、ブランドの再生に着手する。2007年から2013年にかけてはノーマルスタジオ(Normal Studio)がアートディレクションを担当し、新たなカラーバリエーションの導入やキッズコレクションの展開など、現代的な感性を取り入れた。2012年には7,500㎡の新工場「トリックス・ラ・マニュファクチュール」が稼働を開始している。

2006年にはフランス経済・財務省より「企業遺産(EPV)」ラベルを授与され、卓越した職人技と伝統の継承が公式に認められた。近年は、パトリック・ノルゲ(Patrick Norguet)、ポーリーヌ・デルトゥール(Pauline Deltour)、コンスタンティン・グルチッチ(Konstantin Grcic)など著名デザイナーとのコラボレーションを展開し、伝統と革新の融合を追求し続けている。

主なインテリアとその特徴

シェーズA(Chaise A)

1934年(完成形は1956年)に誕生したトリックスの象徴的存在。一枚のスチールシートを折り曲げて成形される構造は、ミニマルな美しさと優れた耐久性を両立している。座面の三つの穴は雨水を逃がすためのもので、屋外での使用を前提とした実用的なデザインである。最大25脚までスタッキング可能で、カフェやレストランでの省スペース性も追求されている。発表当初、パリのビストロオーナーたちからスタッキング性能への改善要望を受け、ポシャールはより薄くスリムな構造へと再設計を行った。この改良版が1956年に完成し、現在まで愛され続ける決定版となった。ニューヨーク近代美術館、ポンピドゥーセンター、ヴィトラ・デザインミュージアムの永久収蔵品に選定されている。

Hスツール(Tabouret H)

インダストリアルデザインのアイコンとして約一世紀にわたり愛されてきたスツール。1930年代から50年代のモダニズムを象徴する存在であり、その卓越した耐久性と驚くべき軽量性により、カフェのテラスから一般家庭まで幅広く浸透した。スタッキングとネスティング(入れ子式収納)が可能で、省スペース性にも優れている。H45、H65、H75など、用途に応じた高さバリエーションが展開されている。

ACアームチェア / A56アームチェア

シェーズAの成功を受けて開発されたアームチェアシリーズ。ACチェアは北米市場、特にカナダ向けに設計されたことから「C」の名が冠された。より広い座面と快適性を追求しつつ、トリックスらしいタイムレスなデザインを維持している。

ムエット(Mouette)

1939年に発表された子ども向けチェア。フランス語で「カモメ」を意味する名称は、その軽やかなフォルムに由来する。モデルAの設計思想を継承しながら、子どもの体格に合わせたプロポーションで製作されている。

Bロッカー(Casier B)

オフィスやコミュニティスペース向けに設計された収納家具。インダストリアルスタイルの象徴として、軽量性・耐久性・機能性を兼ね備えている。モジュラー設計により、さまざまな高さやサイズのバリエーションが展開されている。

パティオコレクション(Patio Collection)

2019年にポーリーヌ・デルトゥールが手がけたアウトドアコレクション。2024年に完成形となり、チェア、アームチェア、ベンチ、スツール、テーブル、サイドテーブルを含む包括的なラインナップを誇る。細身のチューブとレーザーカットされたスリット入りシートが、繊細でありながら堅牢なデザインを実現。100%ステンレススチール製で、屋外での長期使用に対応している。デルトゥールはトリックス史上初の女性デザイナーとして、ブランドに新たな表現をもたらした。

T37コレクション / T37ウーブンコレクション

トリックスの定番コレクションであるT37は、そのシンプルかつ機能的なデザインで知られる。2024年に発表されたT37ウーブンコレクションは、金属の編み込み加工を特徴とし、光と影の繊細な戯れを演出する。ガルバナイズドスチール製で屋外使用にも対応している。

UDコレクション

軽やかで女性的なラインを特徴とするUDチェアは、トリックスのスタジオによりリデザインされた。UDテーブルと組み合わせることで、浮遊感のあるスチール天板と繊細な曲線美が際立つ空間を演出できる。モルヴァン地方の家具職人による染色オーク材天板バージョンも用意されており、ミニマリズムと温かみの両方を満たすオプションが展開されている。

主なデザイナー

グザヴィエ・ポシャール(Xavier Pauchard / 1880-1948)

トリックスの創業者にして、フランスにおける亜鉛メッキ技術のパイオニア。ブルゴーニュ地方の屋根職人・銅細工師の家系に生まれ、金属への深い理解と革新的な発想によりシェーズAをはじめとする名作を生み出した。「ムッシュX(Mr. X)」の愛称で親しまれ、その作品は20世紀インダストリアルデザインの歴史に燦然と輝いている。

ジャン・ポシャール(Jean Pauchard)

グザヴィエの息子。父の死後、トリックスの経営を引き継ぎ、1956年にシェーズAの改良版を完成させた。25脚までスタッキング可能な現在の形態は彼の功績である。

ノーマルスタジオ(Normal Studio)

ジャン=フランソワ・ダンジャン(Jean-François Dingjian)とエロイ・シャファイ(Eloi Chafaï)による2006年設立のデザインスタジオ。2007年から2013年までトリックスのアートディレクションを担当し、新世代カラーバリエーションの導入、キッズコレクションの開発、ビジュアルアイデンティティの刷新などを通じてブランドの現代化を推進した。2010年のデザイナーズデイズにてデザイン/企業賞を受賞。

ポーリーヌ・デルトゥール(Pauline Deltour)

1983年フランス・ランデルノー生まれの女性デザイナー。2011年にパリで独立し、繊細さと厳格さを兼ね備えたデザインで知られる。2019年にトリックス史上初の女性デザイナーとしてパティオコレクションを手がけ、2024年に同コレクションを完成させた。スチールを詩的なカリグラフィーのように軽やかに表現する独自のスタイルで、ブランドに新たな息吹をもたらしている。

パトリック・ノルゲ(Patrick Norguet)

2014年にトリックスとのコラボレーションを開始したフランス人デザイナー。ステンレススチール製チェアの開発を手がけ、トリックスの伝統に現代的な解釈を加えた。

その他のコラボレーション

近年、トリックスはコンスタンティン・グルチッチ(Konstantin Grcic)、セバスチャン・ハークナー(Sebastian Herkner)、レックス・ポット(Lex Pott)、ジュリー・リショー(Julie Richoz)など国際的に活躍するデザイナーとの協働を展開し、伝統と革新の融合を追求し続けている。

受賞歴・評価

  • 2006年 フランス経済・財務省「企業遺産(Entreprise du Patrimoine Vivant / EPV)」ラベル取得
  • シェーズA:ニューヨーク近代美術館(MoMA)永久収蔵
  • シェーズA:パリ・ポンピドゥーセンター永久収蔵
  • シェーズA:ヴィトラ・デザインミュージアム永久収蔵
  • 1937年 パリ万国博覧会出展
  • 1935年 大西洋横断定期船ノルマンディー号採用
  • ル・コルビュジエ設計サヴォア邸への採用

基本情報

ブランド名 トリックス(Tolix)
設立 1927年(工房開設は1908年)
創業者 グザヴィエ・ポシャール(Xavier Pauchard / 1880-1948)
現オーナー シャンタル・アンドリオ(Chantal Andriot / 2004年より)
所在地 フランス・ブルゴーニュ地方オータン(Autun, Burgundy, France)
主な製品カテゴリー チェア、アームチェア、スツール、ベンチ、テーブル、収納家具、照明、アクセサリー
主な素材 ガルバナイズドスチール(亜鉛メッキ鋼板)、ステンレススチール
認定・ラベル Entreprise du Patrimoine Vivant(EPV / 企業遺産)2006年取得
公式サイト https://www.tolix.com