概要
セブンチェア3107は、1955年にデンマークの建築家アルネ・ヤコブセンがデザインし、フリッツ・ハンセン社が製造する椅子の歴史における金字塔である。前作アントチェア(1952年)の発展形として誕生し、より大きく洗練されたフォルムを持つ本作は、発表から70年を迎える2025年現在も世界中で愛され続けている。
累計販売数700万脚以上という驚異的な記録を持ち、世界で最も成功したスタッキングチェアとして知られる。その普遍的なデザインは、住宅はもとより、オフィス、図書館、美術館、劇場、教育施設など、あらゆる空間で採用されており、まさに「セブンチェアを超える椅子は未だ存在しない」と評される存在となっている。
特徴・コンセプト
革新的な成型合板技術
セブンチェアの最大の特徴は、9層の積層合板による一体成型のシェルにある。7枚の薄板を2枚の仕上げ板で挟み、3枚目を横目、中央を縦目使いにするという高度な技術により、軽量でありながら優れた強度と柔軟性を実現。この三次元曲面の成型技術は、当時のデンマークが誇る最先端の木工技術の結晶であった。
創業者フリッツ・ハンセンの孫であるソーレン・ハンセンが1920年代から1930年代にかけて洗練させたプレス成型技術の集大成として、このチェアは生まれた。背もたれの適度なしなりと座面の絶妙なカーブが、長時間座っても疲れにくい理想的な座り心地を提供する。
タイムレスなデザイン
流れるような曲線を描く有機的なフォルムは、見る角度によって様々な表情を見せる。正面から見ると「7」の字に見えることが名前の由来の一つとも言われる独特のシルエットは、装飾を排しながらも強い個性を放つ。華奢でありながら堅牢なスチールパイプの4本脚は、シートの外側に向けて僅かに広がり、視覚的な軽やかさと安定性を両立させている。
ヤコブセン自身、デザインプロセスにおいて「自分が何を求めているかを事前に把握することは稀だった」と語っており、優れたプロポーション感覚と形態への類稀な才能から、試行錯誤の末に生まれたこのフォルムは、エフォートレスな完成度を持つに至った。
優れた機能性
美しさだけでなく、実用性においても卓越した設計がなされている。8脚までスタッキング可能な構造により、収納性に優れ、カフェテリアや講堂など大量の椅子を必要とする空間でも効率的に運用できる。スチールベースは座面下のディスクにマウントされ、クリーンでミニマルな美学を保ちながら、簡単に一列に並べることが可能である。
エピソード
開発の背景
セブンチェアの誕生は、アントチェアへの批判への応答でもあった。アントチェアが3本脚で小さめのサイズであったことに対し、より安定した4本脚と、より広い座面、そしてオプションでアームレストも装着可能な設計へと進化させた。ヤコブセンは当初、アームレストまで一体成型することを夢見たが、当時の技術では実現困難であったため、スチール製アームと木製アームレストの組み合わせという解決策を採用した。
クリスティーン・キーラー事件
1963年、イギリスで起きたプロフューモ事件の渦中にあったモデル、クリスティーン・キーラーが椅子に跨った写真が撮影され、世界的に有名となった。写真家ルイス・モーリーによるこの一枚は1960年代を象徴するアイコニックなイメージとなった。
興味深いことに、この写真で使用された椅子は実はセブンチェアの模造品であった。モーリーがロンドンのヒールズ百貨店で5シリング(約350円)で購入した安価なコピー品で、著作権侵害を避けるため背もたれに粗雑な手掛け穴が開けられていた。しかし皮肉にも、この写真によってオリジナルのセブンチェアの知名度は世界的に高まることとなった。現在、この模造品の椅子はヴィクトリア&アルバート博物館に所蔵されている。
建築プロジェクトでの採用
ヤコブセンは自身が設計した建築プロジェクトにセブンチェアを積極的に採用した。1956年完成のロードオーヴレ市庁舎では、ミニマリストで直線的な建築美学に対し、セブンチェアの有機的な曲線が絶妙なコントラストを生み出した。
1964年のオックスフォード大学セント・キャサリンズ・カレッジの大講堂では、筆記板付きのセブンチェアを列状に配置。椅子の反復が生み出す抽象的なパターンは、高い天井を持つ大空間において壮観な眺めを創出した。同様の手法は1969年設計のハンブルクのヴァッテンフォール本社講堂でも採用された。
評価
デザイン史における位置づけ
セブンチェアは、戦後のスカンジナビアンモダンを代表する作品として、家具デザイン史上最も重要な椅子の一つに数えられる。シンプルでありながら個性的、機能的でありながら美しい、というモダニズムの理想を体現した作品として、世界中のデザイナーや建築家から高く評価されている。
「世界で最もコピーされた椅子」とも称され、その影響力の大きさを物語る。正規品の品質と完成度は他の追随を許さず、フリッツ・ハンセン社の卓越した製造技術により、発表から70年が経過した現在も、オリジナルのクオリティを保ち続けている。
現代的意義
2025年に70周年を迎えたセブンチェアは、サステナビリティの観点からも再評価されている。長寿命設計による環境負荷の軽減、タイムレスなデザインによる陳腐化の回避、高品質な素材と製造技術による修理可能性など、現代が求める持続可能な製品の理想形を、70年前に既に実現していたのである。
フリッツ・ハンセン社のクリエイティブディレクター、エルス・ファン・ホーレベックは「発表以来、重要なインテリアから日常生活まで、あらゆる場面で使用されてきた」と述べ、その普遍性と適応性の高さを強調している。
アーティストとのコラボレーション
セブンチェアは多くのアーティストやデザイナーにインスピレーションを与え続けている。1972年のヴェルナー・パントン、1988年のポール・ゲルネス、2015年のタル・アール、2020年のカルラ・ソッツァーニなど、各時代を代表するクリエイターたちが新たな色彩やインテリプリテーションを提供してきた。
2005年の50周年記念では、ルイ・ヴィトンを含む13の国際ブランドがセブンチェアを再解釈。2015年の60周年では、ビャルケ・インゲルス、ザハ・ハディド、ジャン・ヌーヴェルなど7人の著名建築家が、このデザインを基にした新たなコンセプトを発表した。
バリエーション
シェルの仕上げ
- ナチュラルウッド
- 天然木突板にクリアラッカー仕上げ。ウォールナット、オーク、メープル、ビーチ、チェリー、アッシュなど9種類。木目の自然な美しさが際立ち、経年変化も楽しめる。
- カラードアッシュ
- 着色しながら木目を生かした仕上げ。ラッカーより耐久性に優れ、ナチュラルウッドより豊富なカラーバリエーション。
- ラッカー
- 木目が見えない塗装仕上げ。シルクのような滑らかな表面と鮮やかな発色が特徴。16色以上のカラーから選択可能。
- フロントパディング
- 座面前面にのみクッション材を配し、ファブリックまたはレザーで仕上げ。快適性の向上。
- フルパディング
- シェル全体にクッション材を配し、前後両面をファブリックまたはレザーで仕上げ。最上級の座り心地。
ベースオプション
- 標準4本脚(クローム、カラー塗装)- 座面高3種類
- 回転ベース(高さ調節機能、5つのキャスター付き)
- カウンタースツールベース
- バースツールベース
- アームレスト付きモデル
- 筆記板付きモデル(教育施設向け)
基本情報
| 名称 | セブンチェア(Series 7™ Chair) |
|---|---|
| モデル番号 | 3107 |
| デザイナー | アルネ・ヤコブセン(Arne Jacobsen) |
| デザイン年 | 1955年 |
| 製造元 | フリッツ・ハンセン(Fritz Hansen) |
| サイズ | 幅50cm × 奥行52cm × 高さ76-82cm × 座面高43-48cm |
| 重量 | 約3.3kg(ナチュラルウッド仕様) |
| 材質 | シェル:成型合板(9層)、脚部:スチールパイプ(クローム仕上げまたは粉体塗装) |
| スタッキング | 最大8脚まで可能 |
| 価格帯 | 60,000円~120,000円(仕様により異なる) |
| 販売実績 | 累計700万脚以上(2023年時点) |
| 生産国 | デンマーク |
| 保証期間 | 5年間(フリッツ・ハンセン正規品) |