ランディ チェアは、スイスのアーティスト兼デザイナーであるハンス・コレー(Hans Coray, 1906-1991)が1938年に設計した、世界初のオールアルミニウム製アウトドアチェアである。1939年にチューリッヒで開催されたスイス国民博覧会(Schweizerische Landesausstellung、通称「ランディ」)の公式座席として制作され、博覧会の名称がそのまま椅子の愛称となった。
三次元成形されたシェル型の座面を独立したフレームの上に載せるという革新的な構造原理は、後にチャールズ&レイ・イームズ夫妻によって体系化・発展され、20世紀後半の家具デザインにおける一つの規範となった。技術革新、素材の最適活用、ミニマリストなフォルム、控えめな優雅さを兼ね備えたランディ チェアは、発表から85年以上を経た現在もなお清新な魅力を放ち続けている。
特徴・コンセプト
ランディ チェアは、明快な二部構成によって成り立っている。ベースは、溶接されたクロスビームで接続された一対のU字型アルミニウム押出成形プロファイルで構成され、これが自立するフレームとして機能すると同時に、脚部と低めのアームレストを兼ねている。その上に載る座面シェルは、アルミニウム板をプレス成形したもので、91個の円形パンチ穴が穿たれている。
素材と構造
当時、アルミニウムは家具デザインにおいてほとんど使用されていなかったが、スイスにとってアルミニウムは国の主要輸出品であり、その工業力を象徴する素材であった。コレーは、航空機の座席で広く採用されていたアルミニウムの可能性に着目し、軽量かつ耐候性に優れた屋外用椅子の開発に挑んだ。特殊な化学処理によって金属に強度が付与され、表面には美しい光沢が生まれた。
パンチ穴の意匠
座面と背もたれに施された91個のパンチ穴は、単なる装飾ではなく、複合的な機能を担っている。第一に、椅子全体の重量を約2.7キログラムに抑え、持ち運びと積み重ねを容易にする。第二に、シェルに適度な弾力性を与え、座り心地を向上させる。第三に、雨水を排出し、屋外での使用に適した仕様とする。この穿孔パターンは、スイスの金属パンチング技術の伝統を引用しながら、ランディ チェアを一目で識別可能なアイコニックな外観へと昇華させた。
スタッキング機能
ランディ チェアは最大6脚まで垂直に積み重ねることが可能である。博覧会会場の公園や広場に1,500脚が配置されたことからも明らかなように、大規模なイベント会場での運用効率が設計当初から考慮されていた。軽量性とスタッキング機能の組み合わせは、コントラクト家具の先駆的な概念を体現している。
エピソード
誕生の経緯
1938年夏、当時まだ無名であったハンス・コレーは、建築家ハンス・ホフマンの事務所を訪れ、自らがデザインした陳列ケースをバウハウス出身のハンス・フィッシュリに見せた。フィッシュリは陳列ケースよりも、来年の国民博覧会のためのアルミニウム製椅子の方が有益であると助言した。この一言に触発されたコレーは、わずか数週間のうちに「あらゆる点で新しい」椅子のデザインを完成させた。製造は、ブラットマン金属製品会社(P. & W. Blattmann Metallwaren-Fabrik)およびロルシャッハ金属工場が担当した。
博覧会と戦争の影
1939年5月6日から10月29日まで開催されたスイス国民博覧会は、チューリッヒ湖畔の両岸に会場を設け、約1,050万人の来場者を集めた。博覧会開会中の9月1日、第二次世界大戦が勃発し、会場は「精神的国土防衛」の象徴として、スイス国民に自国のアイデンティティと独立を再認識させる場となった。ランディ チェアは、モダンで革新的なスイスを体現する存在として、来場者の記憶に深く刻まれた。博覧会終了後、椅子は15スイスフランで一般販売されたが、戦時下の「精神的国土防衛」の風潮のなかで、スイスの消費者は伝統的な素朴な木製家具へと回帰し、アルミニウム製家具は長く忘却の時代を迎えることとなった。
イームズ夫妻との接点
チャールズ&レイ・イームズ夫妻は、カリフォルニアの自邸にランディ チェアを所有していた。夫妻は三次元成形シェルの構造原理に着想を得て、1950年代にファイバーグラス製のシェルチェアを開発した。興味深いことに、イームズ夫妻は自らのデザインした椅子ではなく、ランディ チェアを庭で使用していたという。このエピソードは、ランディ チェアが「デザイナーのためのデザイン」であることを示す象徴的な逸話として語り継がれている。
特許の悲劇
ランディ チェアは商業的に成功を収めたにもかかわらず、コレー自身はその恩恵をほとんど受けることができなかった。彼がデザインの特許を取得しなかったためである。革新的な構造原理は多くのデザイナーに模倣され、派生的なデザインが世界中で生産されたが、コレーに利益がもたらされることはなかった。
評価
ランディ チェアは、20世紀デザイン史において画期的な位置を占める作品として高く評価されている。シート板材を三次元成形して独立したベースの上に載せるという構造原理は、本作品によって初めて確立され、その後のシェルチェア・デザインの基礎となった。
ニューヨーク近代美術館(MoMA)およびクーパー・ヒューイット国立デザイン博物館(スミソニアン協会)をはじめ、世界各地の主要デザインミュージアムのパーマネントコレクションに収蔵されており、その美術館的価値は国際的に認められている。スイス国立博物館は、ランディ チェアを「スイスの品質生産の象徴」と位置づけ、スイスデザインの最も重要なマイルストーンの一つとして紹介している。
2004年には、スイス郵便が「デザインクラシック」シリーズの切手としてランディ チェアを採用し、懐中時計、スイスアーミーナイフ、ケーブルカーと並ぶスイスの最も重要なデザイン成果として顕彰した。
製造の変遷
ランディ チェアの製造者は時代とともに変遷してきた。当初はP. & W. ブラットマン金属製品会社(MEWA)が製造を担当し、1950年代に生産が再開された際には、安定性向上のためにパンチ穴の数が91個から60個に減少する設計変更が行われた。1970年からはイタリアのザノッタ社が「2070 スパルタナ」の名称で製造を引き継いだ。
2014年、スイスのヴィトラ社が製造権を取得し、ハンス・コレーの未亡人であるアンリエット・コレーの監修のもと、91個のパンチ穴を持つ1938年のオリジナルデザインに忠実な復刻版の生産を開始した。現代の最新技術を活用しながらも、オリジナルの精神を継承する復刻は、ランディ チェアの21世紀における新たな章を切り開いた。
基本情報
| デザイナー | ハンス・コレー(Hans Coray, 1906-1991) |
|---|---|
| デザイン年 | 1938年 |
| 初出 | 1939年 スイス国民博覧会(チューリッヒ) |
| 現行メーカー | Vitra(ヴィトラ) |
| 過去の製造者 | P. & W. Blattmann(MEWA)、Zanotta |
| 素材 | プレス成形アルミニウム(座面シェル)、アルミニウム押出成形プロファイル(脚部・アームレスト)、ラバー(グライド) |
| 寸法 | 高さ77.5cm × 幅54cm × 奥行56.2cm(座面高約47cm) |
| 重量 | 約2.7kg |
| パンチ穴 | 91個(オリジナル仕様) |
| スタッキング | 最大6脚 |
| 収蔵美術館 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館、スイス国立博物館ほか |