フォールディング・アームチェアは、イギリスのモダニズム家具デザイナー、ジェラルド・サマーズが1934年にデザインした革新的なラウンジチェアである。一枚の成形合板から切り出され、金具やジョイントを一切使用せずに成形された本作品は、20世紀家具デザイン史における金字塔として広く認識されている。
サマーズが設立した「メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー」社で製造されたこの椅子は、材料と製造プロセスと機能と形態の理想的な統合を、最も簡潔な形で実現した傑作として評価される。熱帯地域の高湿度環境での使用を想定して設計され、木材の腐敗や虫害に強い構造を持つ点も特筆に値する。
特徴とコンセプト
革新的な一体成形技術
フォールディング・アームチェアの最大の特徴は、一枚の合板シートから作られる一体成形構造にある。13層のクロスグレイン合板を重ね合わせたシートに、4本の縦方向と2本の横方向の切り込みを入れ、航空産業で使用される高性能接着剤を用いて木製型に圧着する。この製法により、座面、背もたれ、肘掛け、脚部がシームレスにつながった有機的なフォルムが実現された。
型に8時間圧着した後、前脚部分のみを切り出すことで製作が完了する。この製造プロセスは無駄がなく、材料の経済性においても優れている。当時、アルヴァ・アアルトやマルセル・ブロイヤーといったヨーロッパのデザイナーたちは接着剤の強度不足に悩まされ、補強材や金属ブラケットを追加せざるを得なかったが、サマーズはこの課題を一体成形という革新的アプローチで解決した。
機能主義の追求
サマーズのデザイン哲学は「純粋なデザインにおいて、各部分と部材は目的に適合するよう、その役割を完全に果たすべきである」という信念に基づいていた。フォールディング・アームチェアは、この哲学を体現した作品として、装飾を排除し、構造そのものが美を生み出す造形言語を確立した。
滑らかな表面と金属部品の不使用により、衛生的で劣化しにくい特性を持つ。クッションを用いなくても快適な座り心地を実現する有機的な曲線は、人体工学的な配慮と美的感覚の完璧な融合を示している。この椅子は「コンクリート時代のための家具」として構想され、モダンインテリアの概念を英国において形成する上で重要な役割を果たした。
熱帯環境への適応
サマーズが本作品を設計した際、熱帯地域の極度な湿度に耐えうる家具の創造を目指した点は特筆に値する。ジョイントや布張りを排除することで、木材の腐敗や虫害のリスクを最小化し、過酷な気候条件下でも長期使用に耐える構造を実現した。この実用性への配慮は、サマーズの技術者としての背景と、デザイナーとしての感性が見事に統合された証左である。
制作エピソード
フォールディング・アームチェアの誕生には、興味深い経緯がある。サマーズがアルヴァ・アアルトの合板家具に影響を受けたという通説が存在するが、実際にはサマーズがデザイン登録申請を行った時期は、1933年末にロンドンのフォートナム・アンド・メイソンで開催されたアアルトの展覧会とほぼ同時期であった。このことから、サマーズのデザイン開発は独自に進められており、両者は同時代の平行した革新として捉えるべきであることが示唆される。
サマーズは1899年にエジプトのアレクサンドリアで生まれ、ロンドンのエルサム・カレッジで家具デザインを学んだ。第一次世界大戦中は技術者見習いとして働き、その経験が後のデザインアプローチに大きな影響を与えた。戦後、マージョリー・ブッチャーと結婚し、彼女への贈り物として家具を製作したことが、デザインキャリアの始まりとなった。
1931年、サマーズはマージョリーとともに「メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー」社をロンドンに設立した。小規模な工房ながら、受注生産により数百点もの独創的な合板家具を生み出した。フォールディング・アームチェアは1934年にデザイン登録され、約120台のみが製造された。この希少性は、複雑な製造工程と高い製造コストに起因する。1940年、第二次世界大戦により合板の入手が困難となり、英国政府の輸入制限により工房は閉鎖を余儀なくされた。
評価と影響
フォールディング・アームチェアは、20世紀で最も重要なデザインの一つとして広く認識されている。一体成形による単一ピース構造は、金属やプラスチックでも当時は実現困難であり、合板という素材の可能性を最大限に引き出した先駆的な試みとして評価される。
本作品は、ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ロンドンのヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)、メトロポリタン美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムなど、世界の主要なデザイン博物館に収蔵されている。2012年には、V&Aの20世紀家具ギャラリーに常設展示され、また同年、英国の権威あるLAPADA賞で「オブジェクト・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。
サマーズの業績は長らく過小評価されてきたが、1970年代以降、英国デザイン史の再評価が進む中で、その先駆性が認識されるようになった。現代においては、チャールズ&レイ・イームズの成形合板椅子の先駆者として、また、材料の経済性と構造の美を統合したモダニズム家具の傑作として、デザイン史上における重要な位置を占めている。
ただし、製品には構造的な弱点も存在した。後脚が強い圧力に耐えられず破損しやすいという問題があり、これが普及を妨げる一因となった。それにもかかわらず、本作品が示した可能性は、後の家具デザインに計り知れない影響を与え続けている。
基本情報
| デザイナー | ジェラルド・サマーズ(Gerald Summers) |
|---|---|
| デザイン年 | 1934年 |
| 製造 | メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー(Makers of Simple Furniture) |
| 製造期間 | 1934年〜1940年 |
| 製造数 | 約120台 |
| 素材 | バーチ(樺)成形合板、13層クロスグレイン構造 |
| 寸法 | 高さ約76cm × 幅約60cm × 奥行約89cm |
| 重量 | 約9kg |
| デザイン登録番号 | REGD.No 791116(英国特許庁、1934年) |
| 主要収蔵機関 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館(V&A)、メトロポリタン美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアム |