メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー(Makers of Simple Furniture)
メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーは、1931年にイギリスの家具デザイナー、ジェラルド・サマーズとそのパートナーであるマージョリー・ブッチャーによってロンドンに設立された家具ブランドです。「コンクリート時代のための家具」を標榜し、成形合板を用いた革新的な家具デザインで、英国モダニズムの先駆者として知られています。わずか9年間の活動期間でありながら、200点以上のデザインを生み出し、とりわけ一枚の合板から成形された「ベント・プライウッド・アームチェア」は、20世紀家具デザイン史における傑作として、今なお世界中の美術館に収蔵されています。
ブランドの特徴・コンセプト
メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーの根幹を成すのは、「形態は機能に従う」という機能主義の理念です。創業者ジェラルド・サマーズは「純粋なデザインにおいて、すべての部分と部材は、その目的に適うよう全力を尽くすべきである」と語り、装飾を排した合理的なデザイン哲学を貫きました。このアプローチは、第一次世界大戦中にエンジニアとして培った経験に根ざしており、材料、機能、製造方法を重視する彼の設計思想は、同時代のヨーロッパやスカンジナビアのモダニストたちと軌を一にするものでした。
同社の家具は、航空機用合板の技術を応用した成形技術を特徴としています。当時、合板は家具に使用されていたものの、その素材感は隠されることが一般的でした。しかしサマーズは、白く塗装されたセルロース仕上げを通して木目を透かせ、合板本来の美しさを表現することを選びました。この姿勢は、素材への誠実さと機能美の追求という点で、今日のサステナブルデザインの先駆けともいえるものです。
ブランドヒストリー
創業期(1931年)
1931年、ジェラルド・サマーズとマージョリー・ブッチャーは、ロンドンに「メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー」を開設しました。サマーズは1899年にエジプトのアレクサンドリアで生まれ、ロンドン南東部のエルサム・カレッジで木工と家具デザインを学んだ後、ラストン・エンジニアリング社で見習いとして働きました。第一次世界大戦に従軍した後、1929年頃からマージョリーとともにシンプルな家具づくりへの関心を深め、ついに独立を果たしたのです。
黄金期(1933年〜1937年)
1933年、ロンドンのフォートナム・アンド・メイソン百貨店で開催された展示会は、同社にとって転機となりました。フィンランドの巨匠アルヴァ・アアルトも同じ展示会に参加しており、二人の合板家具への取り組みは互いに刺激を与え合いました。1934年には、サマーズの代表作となる「ベント・プライウッド・アームチェア」が誕生。一枚のバーチ合板から成形されたこの椅子は、1934年3月13日にロンドン特許庁に意匠登録されました。同社の製品はヒールズやハロッズといったロンドンの高級百貨店で販売されたほか、アメリカのマーシャル・フィールドやジェームズ・ペンドルトンといった百貨店にも納入されました。
イソコンとの協業
サマーズは、モダニズム建築の推進者であるジャック・プリチャードが設立したイソコン社とも深い関係を持っていました。プリチャードは合板メーカー「ヴェネスタ」のマネージャーでもあり、サマーズは彼から合板に関する多くの知識を得ました。1937年から1938年にかけて、サマーズはイソコンのために独特のS字カーブを描くティートロリーをデザイン。これは彼がイソコンに提供した唯一の記録されたデザインであり、ハムステッドのローンロード・フラッツ(イソコン・ビルディング)の小さなキッチンからお茶を運ぶための優雅な解決策として生まれました。
閉業と遺産(1940年以降)
第二次世界大戦の勃発により合板の入手が困難となり、1940年、メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーは閉業を余儀なくされました。その後、サマーズ夫妻はジェラルド・サマーズ株式会社を設立し、エンジニアリング部品のサプライヤーとして事業を転換しました。ジェラルドは1967年に、マージョリーは1996年に他界しましたが、彼らの業績は1970年代以降、英国デザイン史の研究者たちによって再評価され始めました。とりわけベント・プライウッド・アームチェアは、アルヴァ・アアルトの曲木家具とチャールズ&レイ・イームズの成形合板家具をつなぐ重要な作品として、デザイン史における地位を確立しています。
主なインテリアとその特徴
ベント・プライウッド・アームチェア(1934年)
メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーを代表する傑作であり、20世紀家具デザイン史における金字塔です。13層のクロスグレイン・バーチ合板を一枚のシートから成形して作られ、金属製のコネクターを一切使用していません。合板シートに4本の縦方向と2本の横方向の切れ込みを入れ、接着剤がまだ湿っている状態で木製の型に8時間プレスすることで、脚、肘掛け、座面、背もたれのすべてが一体となった流麗なフォルムが生まれます。サマーズ自身は、熱帯地方の高湿度環境でも木材の腐敗や虫害に強い椅子を設計することを目指していたとも言われています。生産数はわずか120脚と極めて希少で、現在はニューヨーク近代美術館、メトロポリタン美術館、ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館、ヴィトラ・デザイン・ミュージアムなど、世界有数の美術館に収蔵されています。
ティートロリー/ディナーワゴン(1935年〜1937年)
一枚の合板を8の字状に曲げ、3段の棚を組み込んだ独創的なデザインのトロリーです。第一次世界大戦後、使用人が減少した家庭において、主人自らがゲストにお茶やディナーを運ぶ必要が生じた時代背景を反映した、実用的かつエレガントな解決策でした。サマーズが設計した特殊なスプリング式サスペンション機構を備えた4つのキャスターにより、様々な床面でもスムーズな走行が可能です。白、黒、ナチュラル仕上げの3色が用意され、棚面には茶、赤、青、黒、白のラバーカバーを選択できました。
ブックユニット(1935年頃)
L字型のモジュラー式本棚で、サマーズは「モンドリアン的な完成度」を達成したと評されています。非対称の内部寸法と独特の外観シルエットを持ち、様々な組み合わせで配置することが可能です。他に類を見ないモジュラーデザインでありながら、サマーズの「形態と機能の相互依存」という設計原則に忠実に従っています。意匠登録番号796529として登録され、白く染色されたバーチ合板で製作されました。
ツーティアテーブル(1934年)
ベント・プライウッド・アームチェアと同年に設計された2段式のオケージョナルテーブルです。3本脚のシンプルで経済的なデザインは、サマーズの合理主義的アプローチを体現しています。合板の木目が白く染色されたセルロース仕上げを通して透けて見え、素材本来の美しさを活かしたデザインとなっています。
タイプPチェア(1934年頃)
曲げ合板の単一ストリップから脚を形成し、それが背もたれのサポートへと立ち上がる独自の構造を持つダイニングチェアです。イタリアの建築家カルロ・モリーノが1950年代に類似の技法を用いたことでも知られており、サマーズがいかに時代を先取りしていたかを示しています。当時のカタログでは「厳選されたバーチ材で構成され、クリアポリッシュ仕上げ。カジュアルな使用にもダイニングにも適している」と説明されていました。現存が確認されているのはわずか1脚のみという極めて希少な作品です。
ワードローブ
サマーズが設計した独創的なスライディング・フォールディングドア機構を備えたワードローブは、通常の2枚扉を開く動作ではなく、1回の動作で内部全体にアクセスできるよう工夫されています。この機能的なイノベーションは、限られた空間を効率的に活用するモダン住宅のニーズに応えるものでした。
主なデザイナー
ジェラルド・サマーズ(Gerald Summers, 1899-1967)
メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーの創業者であり、すべてのデザインを手がけた英国モダニズム家具の巨匠です。1899年、エジプトのアレクサンドリアで6人兄弟の末っ子として生まれました。ロンドン南東部のエルサム・カレッジで木工と家具デザインを学び、1915年に16歳で学校を離れた後、ラストン・エンジニアリング社で見習いとして働きました。この時期に培ったエンジニアとしての合理的思考が、後の家具デザインに大きな影響を与えています。第一次世界大戦に従軍した後、マージョリー・ブッチャーと結婚し、1929年頃からシンプルな家具の製作に取り組み始めました。機能を最優先とし、素材と製造方法を重視する彼の姿勢は、英国の進歩的デザイナーたちが掲げた「目的への適合」という理念と完全に一致していました。サマーズの作品は長らく忘れられていましたが、1970年代以降、20世紀デザイン史における重要な位置を占めるものとして再評価されています。
マージョリー・ブッチャー(Marjorie Butcher, 1909-1996)
ジェラルド・サマーズのパートナーであり、メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーの共同経営者を務めました。会社の運営、販売、顧客対応など、ビジネス面を担当し、サマーズのデザイン活動を支えました。「それは物事を成し遂げなければならなかった。だからジェラルドは、それがなすべき仕事をするようにデザインしたのです」という彼女の言葉は、同社の機能主義的デザイン哲学を端的に表しています。1940年の閉業後はジェラルド・サマーズ株式会社でエンジニアリング部品事業を共に営み、1996年に他界するまで、同社の記録と記憶を守り続けました。彼女の詳細な回想は、2024年に出版されたマーサ・ディーズ著の包括的研究書の重要な資料となっています。
受賞・評価
メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーの作品は、創業当時から現代に至るまで、高い評価を受け続けています。1930年代には、「デザイン・フォー・トゥデイ」誌やアーキテクチュラル・レビュー、デイリー・メールといった雑誌や新聞で頻繁に紹介され、英国全土の映画館で上映されたニュースリールにも登場しました。1979年には、英国芸術評議会が主催した「サーティーズ:戦前の英国美術とデザイン」展に出品され、1988年にはロンドンのクラフツ・カウンシル・ギャラリーで開催された「構成主義:芸術とデザインにおいて」展にも展示されました。2012年には、ベント・プライウッド・アームチェアがカントリー・ライフ誌とLAPADAによる「オブジェクト・オブ・ザ・イヤー」を受賞。2014年にはニューヨーク近代美術館で開催された「プライウッドの魔法」展でも大きく取り上げられました。
コレクション収蔵先
- ヴィクトリア・アンド・アルバート美術館(ロンドン)- 5点収蔵、20世紀家具ギャラリーにて常設展示
- ニューヨーク近代美術館(MoMA)
- メトロポリタン美術館(ニューヨーク)
- ヴィトラ・デザイン・ミュージアム(ドイツ)
- ウォルフソニアン・デザイン・ミュージアム(マイアミ)
- ゲフリー博物館(ロンドン)- ブックユニット2点収蔵
- カークランド美術館(デンバー)
基本情報
| 正式名称 | Makers of Simple Furniture, Ltd.(メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー) |
|---|---|
| 設立 | 1931年 |
| 閉業 | 1940年 |
| 創業者 | ジェラルド・サマーズ(Gerald Summers)、マージョリー・ブッチャー(Marjorie Butcher) |
| 所在地 | イギリス、ロンドン |
| 主な素材 | バーチ合板、航空機用合板 |
| 主な販売先 | ヒールズ、ハロッズ(ロンドン)、マーシャル・フィールド(シカゴ)、ジェームズ・ペンドルトン(ニューヨーク) |
| 参考文献 | Martha Deese『Gerald Summers & Marjorie Butcher: Makers of Simple Furniture, 1931-1940』Hatje Cantz, 2025 |