ジェラルド・サマーズは、20世紀前半の英国において、成形合板技術の可能性を追求し、家具デザインの新たな地平を切り拓いた先駆的デザイナーである。一枚の合板から継ぎ目なく成形された「ラウンジチェア」は、工業的素材と手工業的技術の融合による造形美の極致として、今日なお世界中のデザイン史研究者やコレクターを魅了し続けている。
バイオグラフィー
1899年、エジプトのアレクサンドリアに英国人の両親のもとに生まれる。幼少期をエジプトで過ごした後、英国に帰国し教育を受ける。第一次世界大戦後、ロンドンにおいて家具製作の道を志す。
1929年、同じくデザインへの情熱を持つマージョリー・バトラー(Marjorie Butcher)と結婚。二人は共同でデザイン活動を展開することとなる。1931年、ロンドンのリドリー・プレイスにおいて「メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャー(Makers of Simple Furniture)」を設立。この工房名が示す通り、簡素でありながら機能的な家具の製作を企業理念として掲げた。
1930年代を通じて、サマーズは成形合板を用いた革新的な家具を次々と発表。特に1934年に発表したラウンジチェアは、一枚の合板から切り出し、熱と圧力によって三次元的に成形するという、当時としては極めて先進的な技法を用いたものであった。この作品は英国国内のみならず、熱帯気候の植民地への輸出も視野に入れて設計されており、接合部を持たない構造は、高温多湿の環境下での接着剤の劣化という問題を巧みに回避するものであった。
第二次世界大戦の勃発により、メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーの活動は1940年に停止を余儀なくされる。戦後、サマーズは家具デザインの第一線から退き、1967年に68歳でその生涯を閉じた。
デザイン哲学
サマーズのデザインアプローチは、「素材の本質に寄り添う」という姿勢に貫かれている。合板という工業的素材の特性を深く理解し、その可塑性と強度を最大限に引き出すことで、従来の木工技術では実現不可能であった造形を可能にした。
彼の設計思想の核心には、「シンプリシティ(簡素さ)」の追求がある。装飾を排し、構造そのものが美を生み出すという信念は、同時代のバウハウスやモダニズム運動と共鳴するものであった。しかしながら、サマーズの作品は冷徹な機能主義に終始することなく、曲線を多用した有機的なフォルムによって、人間的な温もりを湛えている。
また、サマーズは製造工程の合理化にも深い関心を寄せていた。パーツ数の削減、組立工程の簡略化、そして材料の無駄を最小限に抑える設計は、大量生産時代を見据えた先見的なものであった。同時に、彼の家具は量産品でありながら、一点一点に職人の手仕事による繊細な仕上げが施されており、工業と手工業の理想的な調和を体現している。
作品の特徴
ジェラルド・サマーズの作品群を特徴づける最も顕著な要素は、成形合板の革新的な使用法である。当時、合板は主に建築用の平板材として用いられていたが、サマーズはこの素材を三次元的に曲げ、複雑な曲面を持つ家具を創出した。
一体成形の追求
サマーズの代表作であるラウンジチェアに象徴されるように、彼は可能な限り部品点数を減らし、一枚の素材から家具を生み出すことを志向した。この手法は、接合部の脆弱性を排除し、構造的な堅牢性を高めると同時に、連続する曲面による視覚的な一体感を生み出している。
有機的曲線
直線的なモダニズムとは一線を画し、サマーズの作品は流れるような曲線を特徴とする。人体の自然なカーブに沿うように設計されたシルエットは、見た目の美しさのみならず、優れた座り心地をも実現している。
機能と美の統合
装飾的要素を一切排しながらも、構造そのものが造形美を生み出すという設計思想は、20世紀デザインの理念を先取りするものであった。素材の木目が描く自然の紋様が、唯一の「装飾」として作品を彩っている。
代表作品
ラウンジチェア / Lounge Chair(1934年)
ジェラルド・サマーズの名を不朽のものとした傑作。一枚のバーチ合板(厚さ約6〜8mm)から、座面、背もたれ、肘掛け、脚部のすべてを切り出し、熱と蒸気を用いて三次元的に成形した作品である。
この椅子の製作には、高度な技術と入念な計画が必要とされた。まず、平面の合板に精密なカッティングを施し、その後、専用の型を用いて曲げ加工を行う。一枚の板から椅子全体を成形するという発想は、当時としては極めて革新的なものであり、イームズ夫妻による成形合板家具の登場に先立つこと約10年であった。
製作数は極めて限られており、現存する個体は世界中で120〜150脚程度と推定されている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)、ヴィクトリア&アルバート博物館(V&A)をはじめとする世界有数のデザインミュージアムがこの作品を所蔵しており、オークションにおいては数万ドルから十数万ドルの価格で取引されている。
ネストテーブル / Nesting Tables(1934年頃)
サマーズの合板加工技術を活かした入れ子式のサイドテーブル。シンプルな構造でありながら、曲線を描く脚部と天板の組み合わせが優美な印象を与える。実用性と美的完成度を高い次元で両立させた作品である。
アームチェア / Armchair(1933-1934年)
ラウンジチェアと同様に成形合板を用いたアームチェア。やや直立した背もたれと、体を包み込むような曲面を持つ座面が特徴。オフィスや書斎での使用を想定した、より実用的なデザインとなっている。
カットアウトチェア / Cut-Out Chair(1934年頃)
合板に幾何学的な切り抜きを施したサイドチェア。軽量化と視覚的な軽やかさを実現すると同時に、切り抜きパターンが独特の装飾効果を生み出している。サマーズの実験的精神を示す作品である。
チルドレンズチェア / Children's Chair(1930年代)
子供用に設計された小型の成形合板チェア。角を丸く処理した安全設計と、子供の体格に合わせたプロポーションが特徴。サマーズのデザインが持つ人間工学的配慮が、子供向け製品においても発揮されている。
功績と業績
ジェラルド・サマーズの功績は、成形合板技術の家具デザインへの応用において、世界に先駆けて画期的な成果を挙げたことにある。1930年代という時代にあって、彼が達成した技術的・造形的革新は、同時代のアルヴァ・アアルトやマルセル・ブロイヤーの仕事と並び称されるべきものである。
特筆すべきは、一枚の合板から椅子全体を成形するという「シングルシート・コンストラクション」の確立である。この技法は、後にチャールズ&レイ・イームズが発展させ、20世紀後半のデザイン界に多大な影響を与えることとなる。サマーズは、いわばその先駆者としての地位を確立したのである。
また、メイカーズ・オブ・シンプル・ファニチャーの活動を通じて、サマーズは英国におけるモダンデザイン運動の一翼を担った。簡素さと機能性を重視する彼の姿勢は、装飾過多であった当時の英国家具業界に新風を吹き込み、後のミッドセンチュリーモダンへと続く道筋を示した。
後世への影響
ジェラルド・サマーズの作品は、20世紀後半から21世紀にかけて再評価が進み、デザイン史における重要性が広く認識されるようになった。彼のラウンジチェアは、モダンファニチャーの金字塔として、世界中の美術館やコレクターに珍重されている。
技術的観点からは、サマーズが開拓した成形合板の三次元的成形技術は、イームズ、ヤコブセン、柳宗理など、後続の巨匠たちに受け継がれ、発展していった。特に、素材の特性を活かしながら一体成形を追求する姿勢は、今日のプラスチック成形家具やカーボンファイバー製品にも通底する設計思想である。
美学的には、サマーズの有機的フォルムは、バイオモルフィズム(生物形態主義)の先駆けとして位置づけられる。彼が追求した「自然な曲線」と「構造美」の融合は、北欧モダンやオーガニックモダニズムの潮流に影響を与え、現代のサステナブルデザインにおいても参照される美学的規範となっている。
今日、サマーズの作品はオリジナルの希少性から、コレクターズアイテムとしての価値も極めて高い。その作品が体現する技術的革新と造形美の理想は、時代を超えて人々を魅了し続け、20世紀デザイン史に燦然と輝く金字塔として、永くその名を刻み続けることであろう。
作品一覧
| 年 | 区分 | 作品名 | ブランド/製造元 |
|---|---|---|---|
| 1933年 | 椅子 | Armchair(アームチェア) | Makers of Simple Furniture |
| 1934年 | 椅子 | Lounge Chair(ラウンジチェア) | Makers of Simple Furniture |
| 1934年頃 | 椅子 | Cut-Out Chair(カットアウトチェア) | Makers of Simple Furniture |
| 1934年頃 | テーブル | Nesting Tables(ネストテーブル) | Makers of Simple Furniture |
| 1934年頃 | テーブル | Coffee Table(コーヒーテーブル) | Makers of Simple Furniture |
| 1934年頃 | テーブル | Side Table(サイドテーブル) | Makers of Simple Furniture |
| 1935年頃 | 椅子 | Children's Chair(チルドレンズチェア) | Makers of Simple Furniture |
| 1930年代 | 椅子 | Dining Chair(ダイニングチェア) | Makers of Simple Furniture |
| 1930年代 | 椅子 | Stacking Chair(スタッキングチェア) | Makers of Simple Furniture |
| 1930年代 | 棚 | Bookshelf(ブックシェルフ) | Makers of Simple Furniture |
| 1930年代 | デスク | Writing Desk(ライティングデスク) | Makers of Simple Furniture |
| 1930年代 | 収納 | Cabinet(キャビネット) | Makers of Simple Furniture |
Reference
- Victoria and Albert Museum - Gerald Summers
- https://www.vam.ac.uk/collections
- MoMA - The Collection - Gerald Summers
- https://www.moma.org/collection/
- Design Museum - 20th Century Design
- https://designmuseum.org/
- 1stDibs - Gerald Summers Furniture
- https://www.1stdibs.com/creators/gerald-summers/
- Pamono - Gerald Summers
- https://www.pamono.com/designers/gerald-summers
- Sotheby's - Design Sales
- https://www.sothebys.com/en/departments/design
- Christie's - 20th Century Design
- https://www.christies.com/departments/design