Chair_One Concrete Baseは、ドイツ人デザイナーのコンスタンティン・グルチッチが2003年にデザインし、イタリアの名門家具メーカーMagis（マジス）が2004年に発表した革新的なアウトドアチェアである。サッカーボールの構造から着想を得た独創的な幾何学形状と、重厚なコンクリートベースを組み合わせることで、屋外空間における新しい座の価値を創出した記念碑的作品である。

本作品は、通常の4本脚仕様のChair_Oneファミリーの派生モデルとして開発された。円錐形のコンクリートベースは、屋外での安定性を飛躍的に高めるとともに、公共空間における盗難抑止という実用的な目的も兼ね備えている。このコンクリートベース版の登場により、Chair_Oneは屋内の洗練された空間から、テラス、パティオ、公共広場といった屋外環境へとその活躍の場を大きく広げることとなった。

デザインの特徴とコンセプト

幾何学的構造美の探求

Chair_Oneの最も特徴的な要素は、その三次元的な幾何学構造である。グルチッチは「サッカーボールのように、複数の平面を角度をつけて組み合わせることで立体形状を作り出した」と述べている。ダイキャスト製法によって一体成型されたシート部分は、大小さまざまな三角形と四角形のパネルが精密に組み合わされ、まるでバスケットのような網目状の構造を形成している。

この構造は単なる装飾的なデザインではなく、力学的な必然性に基づいている。材料が必要な箇所には密に配置され、不要な箇所は開放することで、最小限の素材で最大限の強度を実現している。グルチッチは「素材の流れ」を重視し、溶融アルミニウムが金型内を流れる過程そのものをデザインの一部として捉えた。結果として生まれた形態は、構造的合理性と彫刻的美しさが見事に融合した傑作となった。

コンクリートベースの機能性

Chair_One Concrete Baseの最大の特徴は、その名の通り重厚なコンクリート製の円錐形ベースにある。この円錐形のベースは直径35cmを誇り、椅子全体に安定性をもたらすとともに、強風下でも転倒しにくい低重心設計を実現している。コンクリートの表面は透明なクリアコーティングまたはブラックの塗装で仕上げられており、屋外環境における耐久性が確保されている。

このコンクリートベースには、もうひとつ重要な機能が込められている。それは公共空間における盗難抑止である。重量のあるコンクリートベースにより、椅子を容易に持ち去ることが困難となり、屋外のカフェテラスや公共広場での使用においても安心して設置できる。また、回転機構を備えたスイベルバージョンも用意されており、セルフリターン機構により常に正面を向くよう設計されている。

先進的な製造技術

Chair_Oneの製造において、グルチッチとMagisは椅子製造における前例のない挑戦に取り組んだ。シート部分全体を単一のダイキャスト部品として成型することは、当時としては極めて大規模かつ技術的に困難なプロジェクトであった。通常、ダイキャスト製法は小型部品の製造に用いられるが、Chair_Oneではこの技術を椅子という大型製品に応用した。

開発過程では、物理的なモデル製作、デジタルレンダリング、コンピュータシミュレーションを駆使し、約4年の歳月をかけて細部を調整した。アルミニウム表面には、フッ素化チタンのスパッタリング処理とポリエステル粉体塗装が施されており、耐候性と耐火性を備えている。この表面処理により、屋外での長期使用においても美しい外観を保持することが可能となっている。

開発エピソードと背景

Chair_Oneの開発は、グルチッチとMagisの創業者ユージニオ・ペラッツァとの出会いから始まった。ペラッツァの企業家精神と革新への直感が、この野心的なプロジェクトを可能にした。グルチッチ自身、当時まだ比較的若手のデザイナーであり、「この挑戦は素朴さと大胆さの混合から始まった」と振り返っている。ダイキャストアルミニウムを使用する機会を与えられた彼は、その可能性を極限まで追求することを決意した。

開発過程において、グルチッチは初めて3Dコンピュータモデリングを本格的に活用した。これは彼のスタジオにとって画期的な転換点となり、デジタル技術と伝統的な手作業によるモデル製作を融合させるアプローチを確立する契機となった。最初は紙を編んだモデルから始まり、やがてアルミニウムで実現することを決定するまで、無数の試行錯誤が重ねられた。

コンクリートベース版の開発は、Chair_Oneの成功を受けて行われた自然な発展であった。屋外環境での使用を想定した際、安定性と盗難防止という実用的な課題に直面した。円錐形のコンクリートベースというソリューションは、機能性と視覚的なインパクトを両立させる見事な解答となった。この重厚な基部は、Chair_Oneの軽快な幾何学構造との対比を生み出し、作品に新たな次元の力強さをもたらしている。

デザイン界における評価

Chair_Oneは発表直後から国際的なデザイン界で高い評価を受けた。2004年にGood Design Awardを受賞し、同年にはイタリアの権威あるXX Compasso D'Oro Selectionに選出された。さらに2006年には、ドイツ連邦政府が主催するGerman Design Awardで銀賞を獲得している。これらの栄誉は、Chair_Oneが単なる椅子を超えた、現代デザインの重要な到達点であることを示している。

世界の主要な美術館やデザインミュージアムがChair_Oneを永久コレクションに加えている。ニューヨーク近代美術館（MoMA）、パリのポンピドゥーセンター、ミュンヘンのディー・ノイエ・ザムルングなど、現代デザインの殿堂がこの作品を収蔵していることは、その歴史的重要性を物語っている。シカゴ美術館では2009年にグルチッチの個展が開催され、Chair_Oneは展示の中心的作品として紹介された。

デザイン批評家たちは、Chair_Oneを20世紀半ばのワイヤーロッド椅子の系譜に位置づけながらも、その革新性を高く評価している。ハリー・ベルトイアやチャールズ&レイ・イームズの名作と比較されることも多いが、ダイキャストアルミニウムという全く異なる製法と素材を用いることで、Chair_Oneは独自の領域を確立した。21世紀のデザインアイコンとして、その地位は揺るぎないものとなっている。

現代における影響と展開

Chair_Oneは発表から20年以上が経過した現在も、継続的に生産され続けている。その普遍的なデザインは時代を超えた魅力を保ち、世界中の住宅、オフィス、公共空間で使用されている。特にコンクリートベース版は、レストランのテラス席、ホテルのパティオ、都市部の公共広場など、屋外の商業空間や公共環境で広く採用されている。

2024年には、Chair_One誕生20周年を記念した展覧会がヴェネツィアの王立庭園で開催され、ゴールド仕上げのリミテッドエディションが発表された。この記念イベントは、Chair_Oneが単なる工業製品ではなく、文化的な重要性を持つデザイン作品として認識されていることを示している。

Chair_Oneファミリーは、その後も着実に拡大を続けている。3脚のスツール、ダイニングテーブル、ビストロテーブル、さらには3脚を連結したベンチなど、派生モデルが次々と開発された。これらすべてが、オリジナルのChair_Oneが確立した幾何学的デザイン言語を共有しており、統一感のある空間演出を可能にしている。グルチッチとMagisの協働は現在も継続しており、この成功はその後の多くのプロジェクトの礎となっている。

基本情報

製品名 Chair_One Concrete Base（チェア ワン コンクリート ベース）
デザイナー コンスタンティン・グルチッチ（Konstantin Grcic）
ブランド Magis（マジス）
デザイン年 2003年
発表年 2004年
製造国 イタリア
分類 アウトドアチェア
主要素材 ダイキャストアルミニウム（シート）、コンクリート（ベース）
表面仕上げ フッ素化チタンスパッタリング処理、ポリエステル粉体塗装
サイズ 幅55cm × 奥行59cm × 高さ80cm（座面高46.5cm）
ベース直径 35cm
主な受賞歴 Good Design Award（2004年）、XX Compasso D'Oro Selection（2004年）、German Design Award 銀賞（2006年）
パーマネントコレクション ニューヨーク近代美術館（MoMA）、ポンピドゥーセンター、ディー・ノイエ・ザムルング、シカゴ美術館 ほか
特記事項 屋外使用可能、耐火性、スタッキング可能、スイベル版あり（セルフリターン機構付）