CH110デスクは、デンマークを代表する家具デザイナー、ハンス・J・ウェグナーが1970年に発表したエグゼクティブデスクである。ウェグナーといえば無垢材を用いた有機的な椅子のデザインで広く知られるが、本作はステンレススチールのフレームを採用した異色の作品として、彼のデザイン領域の広さを示す重要な一点に位置づけられる。
本デスクは、当時ウェグナーが手がけていた「CH100シリーズ」と呼ばれるオフィス家具コレクションの一部として誕生した。同シリーズは、デンマークの老舗家具メーカー、ヨハネス・ハンセンとの協働により少数が製作されたものの、長らく生産が途絶えていた。その後、2008年にカール・ハンセン&サン社の創業100周年を記念して復刻され、現代のインテリアシーンにおいて再び脚光を浴びることとなった。
特徴・コンセプト
CH110デスクの最大の特徴は、木材とステンレススチールという異なる素材の巧みな融合にある。天板、幕板、そして2つの細身の引き出しが一体となった大きなベニヤ構造体が、スリムなステンレスフラットスチールの脚部に支えられる構成をとる。この組み合わせにより、堅牢でありながらも視覚的には軽やかで浮遊感のある佇まいが実現されている。
素材と仕上げ
天板にはオーク材またはウォールナット材が用いられ、オイル仕上げとラッカー仕上げの選択が可能である。ステンレススチールの脚部は手作業で丁寧に研磨され、木の温もりと金属の冷たさが絶妙なコントラストを生み出している。
収納と機能性
引き出しには繊細なステンレススチール製のハンドルが装着され、伝統的なダブテイル(蟻組み)接合により仕上げられている。内部は実用的に仕切られており、一方の引き出しには底面が丸みを帯びた小さなトレイが設けられ、小物や貴重品を収納するために設計されている。鍵付きの施錠機構も備わり、セキュリティにも配慮されている。
デザイン哲学
ウェグナーは「オーガニック・ファンクショナリズム(有機的機能主義)」の提唱者として知られる。これは、機能性を重視しながらも、有機的で人間に寄り添う形態を追求する思想である。CH110デスクにおいても、シンプルで力強いラインの中に穏やかさを感じさせ、広大なデスクトップが創造的な思考のための理想的な空間を提供するという、彼の哲学が色濃く反映されている。
エピソード
CH110デスクは、1970年代初頭にウェグナーがヨハネス・ハンセン社のために設計したCH100シリーズの一部として誕生した。このシリーズは、ラウンジチェア、ソファ(3サイズ)、コーヒーテーブルなどで構成される総合的なオフィス家具コンセプトであり、ウェグナーがスチールフレーム家具に本格的に取り組んだ数少ない例の一つである。
当時の生産数は極めて限られており、長年にわたって市場に出回ることは稀であった。しかし、オークション市場においては、その希少性と美しさゆえに高値で取引されてきた。2008年、カール・ハンセン&サン社の創業100周年という節目を迎えるにあたり、ウェグナー・スタジオとの協議のもと、同社がCH100シリーズの復刻生産を担うことが決定された。シリーズ名の「CH100」は、この創業100周年に由来するものである。
評価
CH110デスクは、ウェグナーの代表作である椅子群とは趣を異にするが、彼のデザイナーとしての多面性と卓越した技量を示す作品として高く評価されている。キュビスム的とも形容される簡潔な造形は、発表から半世紀以上を経た現在もなお、モダンな印象を保ち続けている。
エグゼクティブオフィスから個人の書斎まで、幅広いシーンに適応する普遍的なデザインとして、世界中のインテリア愛好家やデザインコレクターから支持を集めている。木材の温かみとスチールの洗練された佇まいの融合は、北欧デザインの真髄を体現するものとして、デンマーク・モダンの文脈においても重要な位置を占める。
ハンス・J・ウェグナーについて
ハンス・ヨルゲンセン・ウェグナー(1914年4月2日 - 2007年1月26日)は、20世紀を代表するデンマークの家具デザイナーである。デンマーク南部トゥナー出身で、靴職人の息子として生まれた。17歳で指物師の修業を開始し、その後コペンハーゲンの工芸学校で学んだ。
生涯を通じて500脚以上の椅子をデザインし、そのうち100脚以上が量産化された。「椅子の巨匠」「椅子の王様」と称され、1949年にデザインしたラウンドチェア(通称「ザ・チェア」)は、1960年のアメリカ大統領選挙討論会でジョン・F・ケネディとリチャード・ニクソンが座ったことでも知られる。代表作にはYチェア(ウィッシュボーンチェア)、ピーコックチェア、シェルチェアなどがある。
1951年にはルニング賞およびミラノ・トリエンナーレのグランプリを受賞し、1959年には英国王立工業デザイナーに選出されるなど、数々の栄誉に輝いた。1977年から1979年にかけては、デンマーク王立美術アカデミーの学長を務めた。
カール・ハンセン&サンについて
カール・ハンセン&サン(Carl Hansen & Søn)は、1908年10月28日にマスターキャビネットメーカーのカール・ハンセンがデンマーク・オーデンセに最初の工房を開いたことに始まる、115年以上の歴史を持つ家具メーカーである。現在はフュン島のオーロップに本拠を置き、創業者の孫であるクヌッド・エリック・ハンセンが経営を担う家族経営企業として続いている。
1949年以降、ハンス・J・ウェグナーとの協働関係を築き、現在では世界最大のウェグナー家具製造メーカーとして知られる。アルネ・ヤコブセン、ボーエ・モーエンセン、オーレ・ヴァンシャー、カーレ・クリント、ポール・ケアホルム、さらに建築家の安藤忠雄など、著名なデザイナーとのコラボレーションを展開し、デンマーク・モダンの伝統を現代に継承している。
基本情報
| デザイナー | ハンス・J・ウェグナー(Hans J. Wegner) |
|---|---|
| ブランド | カール・ハンセン&サン(Carl Hansen & Søn) |
| デザイン年 | 1970年 |
| 復刻年 | 2008年(カール・ハンセン&サン創業100周年記念) |
| 生産国 | デンマーク |
| 寸法 | 幅190cm × 奥行95cm × 高さ71cm |
| 素材 | 天板:オーク材またはウォールナット材(無垢材・突板) 脚部:ステンレススチール(フラットバー) 引き出しハンドル:ステンレススチール |
| 仕上げ | オイル仕上げまたはラッカー仕上げ |
| シリーズ | CH100シリーズ |
| 特記事項 | 引き出しにダブテイル接合採用、鍵付き |
参考文献
- Carl Hansen & Søn 公式サイト(carlhansen.com)
- Danish Design Store(danishdesignstore.com)
- Design Museum Deutschland - Hans J. Wegner: Designing Danish Modern(design-museum.de)
- Encyclopedia of Design(encyclopedia.design)