キャブチェア(412/413)── レザーが構造を担う椅子
1977年、マリオ・ベリーニがカッシーナのために設計したキャブチェア(Cab Chair)は、レザーそのものが自立する構造を持つ椅子として生まれた。人体における骨格と皮膚の関係に着想を得たこの椅子は、スチールパイプのフレームという「骨」の上に、サドルレザーという「皮膚」をまとわせる構成を採る。レザーは単なる張地ではなく、椅子の外形を支える外皮として機能しており、「フレームに革を張る」という従来の家具の考え方とは異なるアプローチを示した。発表から半世紀近くを経た現在もカッシーナのベストセラーであり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションにも収蔵されている。モデル412はアームレスのサイドチェア、モデル413はアーム付きのアームチェアである。
特徴・コンセプト
骨格と皮膚 ── 身体構造への着想
キャブチェアの設計の核心は、人体の構造を家具に置き換える発想にある。エナメル塗装を施したスチールパイプのフレームが骨格として機能し、その上を覆うサドルレザーが皮膚の役割を果たす。レザーは椅子の外形そのものを支える自立型の外皮として設計されており、従来の家具の常識とは異なる構成を採った。ベリーニ自身はこの椅子について「全く新しい種類の椅子であり、すべてがレザーで構成されている。以後、数多く模倣された」と語っている。
仕立て服のような製造工程
キャブチェアのレザーカバーは、16枚のサドルレザーのパーツから構成される。各パーツは個別に型抜きされ、手作業による14の工程を経て加工される。外縁を精確にトリミングして合わせたうえで縫合され、組み上がったカバーはスチールフレームにかぶせられ、ジッパーで固定される。この着脱可能な構造は、仕立て服(ビスポーク・テーラリング)と同じ考え方に基づいている。
モデルバリエーション
キャブチェアは複数のモデルでファミリーを構成している。モデル412はアームレスのサイドチェアで、ダイニングや会議室での使用に適したすっきりとしたシルエットを持つ。モデル413はアームレスト付きのアームチェアで、背もたれからアームレストへと連続する曲線が特徴で、よりくつろいだ着座姿勢に対応する。2019年以降は、通常モデルより大きいマキシ(奥行きを約5cm拡大)や、より小さいプティなど、寸法の展開も加わっている。
エピソード
着想の源泉 ── 「皮膚と骨格」
マリオ・ベリーニは、デザインの検討段階で粘土による模型制作を重視することで知られる。キャブチェアの開発においても、人体の骨格と皮膚の関係を出発点とし、その構造を椅子に応用することを着想した。皮膚が骨格の上に密着しながらも独立した器官として機能しているように、レザーがフレームの上に被さりながら自立的な構造体として成立する。この生物学的なたとえが、キャブチェアの発想の根底にある。
数多くの模倣を生んだオリジナル
キャブチェアは発表以来、世界中で多くの模倣品を生んできた。ベリーニ自身も後年に多くの模倣が生まれたことに触れているが、カッシーナの工房で一脚ずつ手作業で仕上げられるオリジナルは、レザーの質感、縫製の精度、フレームへのフィット感において模倣品とは異なる。半世紀近くにわたってベストセラーであり続けていることが、このオリジナルの評価を示している。
評価
キャブチェアは、20世紀後半のイタリアン・デザインを代表する椅子のひとつとして国際的に評価されている。ニューヨーク近代美術館(MoMA)のコレクションに収蔵されているほか、各地の美術館やデザインミュージアムでイタリアン・デザインの作例として紹介されている。レザーが自立する構造という発想は、家具デザインにおける素材と構造の関係をあらためて問い直すものであった。
キャブチェアはダイニングチェアのほか、オフィスの来客用チェア、ホテルやレストランのインテリア、書斎の椅子としても広く用いられており、その汎用性の高さも評価されている。サドルレザーは使い込むほどに風合いが深まり、経年変化を楽しめる点も支持される理由のひとつである。
基本情報
| 作品名(日本語) | キャブチェア 412/413 |
|---|---|
| 作品名(英語) | Cab Chair 412 / 413 |
| デザイナー | マリオ・ベリーニ(Mario Bellini, 1935年– / イタリア・ミラノ出身) |
| ブランド | カッシーナ(Cassina S.p.A.)/イタリア |
| 発表年 | 1977年 |
| 分類 | チェア(ダイニングチェア/アームチェア) |
| 素材 | エナメル塗装スチールパイプフレーム、ポリウレタンフォーム、サドルレザー(16枚のパーツで構成) |
| サイズ(412) | W520 × D490 × H820 mm(座面高 約450mm) |
| サイズ(413) | W620 × D520 × H820 mm(座面高 約450mm) |
| カラーバリエーション | サドルレザー各色(ブラック、ブラウン、ナチュラルほか、カッシーナのレザーコレクションより選択) |
| コレクション | カッシーナ I Contemporanei(イ・コンテンポラネイ)コレクション |
| 製造国 | イタリア |
| 主な収蔵先 | ニューヨーク近代美術館(MoMA)コレクション |