ナナ・ディッツェル
ナナ・ディッツェル(Nanna Ditzel、1923-2005)は、60年以上にわたって活躍したデンマークの家具デザイナーである。自然から得た有機的なフォルムと、デンマークデザインとしては異例の大胆な色彩、そして実験的な素材で知られ、しばしば「デンマークデザインのグランド・デイム(大御所)」と称される。ハンギングエッグチェア、ハリングダールのテキスタイル、トリニダードチェアなど、各時代を象徴する名作を残した。
バイオグラフィー
ナナ・ディッツェル(旧姓ハウベア)は、1923年10月6日、コペンハーゲンに生まれた。芸術とデザインに情熱を持つ母エルナのもと、芸術志向の家庭で育つ。家具職人としての訓練を受けたのち、コペンハーゲンの芸術工芸学校(1943-1946)と王立デンマーク美術アカデミーで学び、後者では「デンマークデザインの父」と称されるカーレ・クリントに師事して、1946年に学位を取得した。
在学中に出会ったヨアゲン・ディッツェル(建築家・室内装飾家・家具デザイナー、1921-1961)は、ナナの人生とキャリアにおいて最も重要な人物となった。二人は1946年頃に結婚して共同スタジオを設立し、約15年にわたって協働する。このパートナーシップは生産的で、1956年には北欧デザイン界で最も権威ある「ルンニング賞」を共同受賞し、ミラノ・トリエンナーレでも複数のメダルを得た。二人は3人の娘——デニー(1950年生)と双子のルルとヴィータ(1954年生)——をもうけた。1956年からは銀器メーカーのゲオルグ・イェンセンのためにジュエリーなどを手がけ、その関係は長く続いた。
1961年、ヨアゲンが39歳の若さで癌により急逝したことは、ナナにとって大きな転機となった。3人の幼い娘を抱えながら一人でスタジオを続けた彼女は、独自のデザイン言語を確立していく。1968年にはドイツ生まれの家具商クルト・ハイデと再婚し、ロンドンのハムステッドに移住。国際的なデザインショールーム「インタースペース」を共同で営みながら、ファイバーグラスやフォーム、プラスチックなど実験的な素材に取り組んだ。1985年にクルトが亡くなった後、1986年にコペンハーゲンへ戻り、スタジオを再建した。
晩年は、彼女の最も高く評価される時期となった。1989年にフレデリシアとの協働を「ベンチ・フォー・トゥー」で開始し、1993年、70歳のときに発表した「トリニダードチェア」は、CNC技術を用いた透かし彫りのデザインでフレデリシアの歴史における転換点となった。同作は1995年にデンマーク最高のデザイン栄誉であるID賞を受賞している。ナナ・ディッツェルは2005年6月17日、81歳で亡くなるまで、精力的にデザイン活動を続けた。
デザインの哲学
ナナ・ディッツェルのデザイン哲学の核心は、自然から得たインスピレーションと、人間の快適さの追求にあった。娘のデニーが「なぜデザインがすべて丸い形なのか」と尋ねたとき、ナナは「窓の外を見てごらん。自然界には直角は存在しないのよ」と答えたという。この見方は彼女のキャリアを貫く原則となり、多くのデンマーク・モダニズムの角張った造形を退ける、流動的で曲線的なフォルムとして現れた。
もう一つの柱は、快適な家具が新しい思考や生き方への道を開くという信念だった。「最良の思考は、ほぼ横たわるような快適な姿勢のときに生まれる」と彼女は確信していた。この考えは、部屋全体をさまざまな高さの座面で構成する「ステアスケープ(階段状の風景)」という空間コンセプトにも結実している。「人生は可能な限り喜びに満ちているべき」という人間中心の原則は、大胆で喜びに満ちた色彩から、静的な部屋を動的で遊び心のある環境へと変える家具まで、彼女のすべての作品に浸透していた。カーレ・クリントのもとで厳格な機能主義を学んだナナだったが、その制約から離れ、より自由で遊び心のあるモダニズムを追求した。1997年の王立デンマーク美術アカデミーでの講演では、「良い趣味だと言われることは、予測可能な選択を意味するため、疑わしい賛辞になり得る」とも語っている。
作品の特徴
ナナ・ディッツェルの作品を特徴づけるのは、自然界から着想を得た有機的で彫刻的な形態、デンマークデザインとしては異例の大胆な色彩、そして革新的な素材の探求である。彼女のデザインは流動的で曲線的な形状をもち、人体を包み込むような造形が多い。ハンギングエッグチェアの卵形のフォルムや、トリニダードチェアの扇形の背もたれはその例であり、トリニダードチェアの透かし彫りは、移ろう光と影のパターンを生み出す。
多くのデンマークのデザイナーが自然な木の色合いを好んだのに対し、ディッツェルはターコイズ、ピンク、鮮やかな赤や青、白と黒のコントラストを大胆に用いた。クヴァドラットのアナス・ビリエルが彼女を「ヴェルナー・パントンと並ぶ1960年代の最も重要なカラーリストの一人」と評したように、色彩は彼女の大きな武器だった。素材の面でも先駆者であり、デンマークのデザイナーの中でも早くから工業用のファイバーグラスを採用し、伝統的な籐細工を前衛的な家具へと変え、実験的なフォームラバーの座のランドスケープを生み出した。トリニダードチェア(1993年)では、最先端のCNC技術によって、合板ではそれまで難しかった精密な透かし彫りを実現している。
主な代表作とその特徴
1959年にナナとヨアゲン・ディッツェルが生み出した、籐製の吊り下げ式チェア。天井から鎖で吊るされた卵形の曲面シェルは、シェルとフレームを一つの作品として統合した初期の例の一つである。中空のシェルに座ると、外の世界を眺めながら自分だけの空間に包まれ、揺られることができる。包み込むような籐のフォルムは1960年代の自由な気分を象徴し、ファッション撮影などでも愛され、同時代を代表するアイコンとなった。現在もシカ・デザイン社が、屋内版(天然ラタン)と屋外版(人工ラタン)の両方を生産している。
フレデリシアのために制作された、商業的にも大きく成功した代表作。背と座面の繊細な透かし彫りは、カリブ海のトリニダード島の植民地建築に見られるジンジャーブレッド(装飾的な透かし細工)のファサードに着想を得ている。デンマークに導入されたばかりのCNCミリング技術を用いることで、成形合板ではそれまで不可能だった精密な透かし彫りを実現した。この透かしは装飾であると同時に、通気や音響の面でも機能する。装飾を排するモダニズムの信条に対し、装飾そのものを主題とした画期的な作品であり、1995年にデンマーク最高のデザイン栄誉であるID賞を受賞、現在もフレデリシアで生産が続いている。
ハリングダール テキスタイル(1965年)
クヴァドラットを代表する張地用テキスタイルで、1965年にナナ・ディッツェルが手がけた(クヴァドラットの会社設立は1968年)。「ウール生地の原型」とも呼ばれ、その成功は素材の組み合わせにある。ウール(70%)が優れた耐久性と柔軟性をもたらし、ビスコース(30%)が色彩に輝きと深みを加える。多彩なカラーウェイで展開され、50年以上にわたってクヴァドラットの代表的なテキスタイルであり続け、ニューヨークのMoMAやベルリンの国会議事堂などでも使われている。
ベンチ・フォー・トゥー(1989年)
66歳のディッツェルがデザインした「ベンチ・フォー・トゥー」は、フレデリシアとの最初の共同プロジェクトであり、長く実りある協働の始まりとなった。デザインコンペティションのために制作されたこのベンチは、1.5mm厚の飛行機用ベニヤ板という独創的な素材選択により、ほかの数多くの提案を抑えて選ばれた。翼のように曲がった背もたれには、幾何学的なパターンがシルクスクリーンで印刷されている。発表後、日本の旭川国際家具デザインコンペティションで金賞を受賞した。
功績と業績
ナナ・ディッツェルの60年以上のキャリアは、デンマーク国内外での数多くの賞と評価によって彩られている。
- 1950年
- 国家ゴールドスミス業界コンペティションで一等賞(ジュエリー)
- 1951・1954・1957年
- ミラノ・トリエンナーレで銀メダル
- 1956年
- ルンニング賞(ヨアゲンと共同受賞)。北欧デザイン界で最も権威ある賞の一つ。
- 1960年
- ミラノ・トリエンナーレで金メダル(ゲオルグ・イェンセンの銀のブレスレットに対して)
- 1990年
- 日本・旭川国際家具デザインコンペティションで金賞(「ベンチ・フォー・トゥー」に対して)
- 1995年
- ID賞(デンマーク最高のデザイン栄誉。トリニダードチェアに対して)/ダネブロ勲章
- 1996年
- 名誉王立デザイナー(ロンドン王立芸術協会)
- 1998年
- 生涯芸術家助成金(デンマーク芸術財団・文化省)
- 1999年
- トーヴァル・ビンデスベル賞。20世紀デンマークデザインへの多大な影響を認めて。
没後も再評価が続き、生誕100年にあたる2023年にはトラフォルト近代美術・デザイン美術館で大規模な回顧展が、2025年にはコペンハーゲンのデンマーク建築センターで展覧会が開催された。
評価と後世への影響
生前のナナ・ディッツェルは「デンマークデザインのパンク女性」とも評され、年長のデザイナーたちが踏み込まなかった領域に挑んだ。ファイバーグラス、フォームラバー、籐、ポリエステルといった素材への実験的な姿勢、大胆な色彩、自然に着想を得た有機的なフォルムが、その特徴である。ところが2005年の死後、彼女は約15年間「ほぼ忘れ去られて」いた。その多大な貢献にもかかわらず主流のメディアやデザインフェアから遠ざかっていたが、2020年頃から重要な再評価が始まった。
フレデリシアのオーナー、トーマス・グラーヴェンセンは「彼女はデンマークのトップ5に入るデザイナーの一人であり、ハンス・J・ヴェグナーやアルネ・ヤコブセン、ヴェルナー・パントンと並んで数えられるに値する」と語る。クヴァドラットのアナス・ビリエルも、彼女が忘れられていた理由を「おそらく女性だったから」だと述べている。彼女は戦後のデンマーク・モダン運動を築いた世代の主要な一人であり、素材革新、「ステアスケープ」という空間コンセプト、大胆な色彩、そして快適でリラックスした姿勢が創造的思考を促すという身体中心の哲学において、独自の貢献を残した。デザインの長寿が持続可能性につながり、適応可能な家具が柔軟な生活空間のニーズに応えるという点で、その仕事は今日の関心にも直接つながっている。
作品一覧
椅子・ソファ
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1949年 | ソファ | 2人掛けソファ | Knud Willadsen |
| 1951年 | 椅子 | マダム・チェア | Robert W. / 現Sika Design |
| 1951年 | シェーズロング | シェーズロング | Knud Willadsen |
| 1953年 | 椅子 | モデル113 アームチェア | Poul Kold Savværk |
| 1953年 | 椅子 | ディッツェル・ラウンジチェア(Model 2631) | Fredericia Furniture |
| 1953年 | 椅子 | ND83 ラウンジチェア | Søren Willadsen |
| 1958年 | 椅子 | リングチェア(ソーセージチェア) | Kold Savværk / 現GETAMA |
| 1958年 | 椅子 | バドミントンチェア(Model ND150) | Kold Savværk |
| 1959年 | 椅子 | ハンギングエッグチェア | R. Wengler / 現Sika Design |
| 1961年 | 椅子 | チル・ラウンジチェア(Model ND-20) | Robert W. / 現Sika Design |
| 1962年 | 椅子 | ラナ・ラウンジチェア | Robert W. / 現Sika Design |
| 1962年 | 椅子 | チャコニアチェア | Fredericia(2023年限定生産100個) |
| 1969年 | 椅子 | ナニー・ロッキングチェア | Sika Design(2013年初生産) |
| 1983年 | 椅子 | アーケード・チェア | Brdr. Krüger(2020年初生産) |
| 1989年 | ベンチ | ベンチ・フォー・トゥー | Fredericia Furniture |
| 1990年 | 椅子 | バタフライチェア | Fredericia Furniture |
| 1993年 | 椅子 | トリニダードチェア(Model 3398) | Fredericia Furniture |
| 1996年 | 椅子 | シーシェルチェア | PP Furniture |
| 1998年 | スツール | トリニダード・バースツール | Fredericia Furniture |
| 1998年 | 椅子 | テンポチェア | Fredericia Furniture |
テーブル・デスク
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1950年代 | テーブル | 取り外し可能トレイ付きティーテーブル | 不明 |
| 1950年代 | テーブル | モデル148 テーブル | Kold Savværk |
| 1955年 | デスク | ND93 デスク | Søren Willadsen |
| 1955年 | テーブル | オーシャン・テーブル | Mater(2019年リサイクル海洋プラスチックで再発行) |
| 1993年 | テーブル | トバゴ・テーブル | Fredericia Furniture |
子供用家具
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1954-55年 | 子供用椅子 | 高椅子(Model ND54) | Kold Savværk / 現Carl Hansen & Søn |
| 1962年 | 子供用家具 | トリッセ/トードストゥール | Kold Savværk / 現Snedkergaarden |
| 1963-64年 | 子供用ベッド | ルル・クレードル | Kold Savværk / 現Brdr. Krüger |
テキスタイル
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1964-65年 | テキスタイル | ハリングダール65 | Kvadrat |
| 1987-90年代 | テキスタイル | IC3列車内装テキスタイル | デンマーク鉄道 |
ジュエリー
| 年月 | 区分 | 作品名 | ブランド |
|---|---|---|---|
| 1954-2005年 | ジュエリー | 150点以上のデザイン | Georg Jensen |
| 1956年 | ジュエリー | ブローチ#326 | Georg Jensen |
| 1960年頃 | ジュエリー | 「アイ」バングル | Georg Jensen |
Reference
- Fredericia Furniture - Nanna Ditzel
- https://www.fredericia.com/designers/nanna-ditzel
- Kvadrat - Hallingdal 65
- https://www.kvadrat.dk/en/products/upholstery/1268-hallingdal-65
- Sika Design - Nanna Ditzel Collection
- https://www.sika-design.com/designers/nanna-ditzel
- GETAMA - Nanna Ditzel
- https://www.getama.com/designers/nanna-ditzel
- Trapholt Museum - Nanna Ditzel Exhibitions
- https://www.trapholt.dk/en/
- Danish Architecture Center - Nanna Ditzel: Setting Thought Free
- https://dac.dk
- Designmuseum Danmark - Nanna Ditzel Collection
- https://designmuseum.dk/en/
- Nanna Ditzel Design - Official Estate
- https://www.nanna-ditzel-design.dk/