ナナ・ディッツェル:デンマークデザインの革新者

バイオグラフィー

ナナ・ハウベア・ディッツェル(旧姓ハウベア)は、1923年10月6日、コペンハーゲンで生まれた。製造業に従事する父ヴィリアムと、芸術とデザインに情熱を持つ母エルナのもと、芸術志向の自由な中産階級の家庭で育った。1943年、リチャーズ・スクールで家具職人としての訓練を完了し、その後コペンハーゲン芸術工芸学校(1943-1946)で家具デザインを学んだ。1944年からは王立デンマーク美術アカデミーで「デンマークデザインの父」と称されるカーレ・クリントに師事し、1946年に家具デザインと建築の学位を取得した。

学生時代に出会ったヨアゲン・ディッツェル(建築家・室内装飾家・家具デザイナー)は、ナナの人生とキャリアにおいて最も重要な人物となった。二人は1944年から共同作業を開始し、1946年頃に結婚、共同デザインスタジオを設立した。この15年間のパートナーシップは極めて生産的で、1950年のゴールドスミス協会コンペでの一等賞、1956年の北欧デザイン界で最も権威ある賞「ルンニング賞」の共同受賞、そしてミラノトリエンナーレでの複数のメダル獲得など、輝かしい成果を収めた。二人は3人の娘、デニー(1950年生)、双子のルル and ヴィータ(1954年生)をもうけた。

1961年4月、ヨアゲンが39歳という若さで癌により突然死去したことは、ナナにとって深刻な転機となった。3人の幼い娘を抱えてスタジオを一人で継続するという状況は「多くの人を圧倒しただろう」と後に評されるが、彼女は決意を持って仕事を続けた。その年の晩夏に最初のソロ作品となる「チルラウンジチェア」をデザインし、独自のデザイン言語を確立していった。

1968年、ナナはドイツ生まれの家具商クルト・ハイデと再婚し、ロンドンのハムステッドに移住した。二人は国際的に認知されたデザインショールーム「インタースペース・インターナショナル・デザインセンター」を共同設立し、イタリア家具とナナのデザインを扱った。この18年間のロンドン時代(1968-1986)、彼女はファイバーグラス、フォーム、プラスチックなど実験的な素材に注力し、イギリス、スコットランド、アイルランドの複数のテキスタイルメーカーと協働した。1985年にクルトが死去した後、1986年にナナはコペンハーゲンに帰還し、独立したデザインスタジオを再建立した。

晩年のキャリアは彼女の最も評価される時期となった。1989年にフレデリシア・ファーニチャーとの協働を開始し、「ベンチ・フォー・トゥー」で1990年に日本の国際家具デザインコンペティションで金賞を受賞。そして1993年、70歳で創作した「トリニダードチェア」は、最先端のCNC技術を用いた透かし彫りのデザインでフレデリシア社の歴史における転換点となり、1995年にデンマーク最高のデザイン栄誉であるID賞を受賞した。彼女は2005年6月17日、81歳で亡くなるまで精力的にデザイン活動を続けた。

デザインの哲学:自然、快適さ、そして思考の自由

ナナ・ディッツェルのデザイン哲学の核心は、自然から得たインスピレーションと人間の快適さの追求にあった。娘のデニーが彼女のデザインがなぜすべて丸い形をしているのか尋ねたとき、ナナは答えた:「窓の外を見てごらん、デニー。自然界には直角は存在しないのよ。」この観察は彼女の60年のキャリアを通じて導きの原則となり、多くのデンマーク・モダニズムの角張った硬直性を拒否する流動的で曲線的な形態として現れた。

ディッツェルの哲学のもう一つの柱は、快適な家具が新しい思考と生活の方法への道を開くという信念だった。娘デニーは説明する:「ナナは、私たちの最良の思考はほぼ横たわるような快適な姿勢にあるときに生まれると確信していました。」これは単なる物理的な快適さではなく、身体の位置が自由で創造的な思考能力に直接影響するというディッツェルの信念だった。この哲学は彼女の革新的な「ステアスケープ」(階段状の風景)コンセプトに結実し、部屋全体を様々な高さの座面や寝椅子で構成した空間的インスタレーションとなった。

彼女の究極のデザイン目標は、「常にそこにあったかのように見える」作品を創造することだった。このタイムレスさの哲学は、彼女のデザインが馴染み深くも革命的で、不自然ではなく自然に感じられるべきだという考えを意味した。そして最もヒューマニスティックな原則:「人生は可能な限り喜びに満ちているべき」。この哲学は、大胆で喜びに満ちた色彩の使用から、静的な部屋を動的で遊び心のある環境に変える家具風景まで、彼女のすべての作品に浸透していた。

カーレ・クリントの下で厳格な機能主義の原則を学んだナナだったが、彼女はそれらの制約から脱出し、より自由で遊び心のあるモダニズムを追求した。フレデリシア・ファーニチャーによれば:「彼女はクリントが教えていた非常に制限的で形式的なデザインの規則から脱却しました。」この反骨精神は、彼女が「予測可能な選択をすることを意味するため、良い趣味だと言われることは疑わしい賛辞になり得る」と1997年の王立デンマーク美術アカデミーでの講演で述べたことにも表れている。

作品の特徴:有機的フォルム、大胆な色彩、実験的素材

ナナ・ディッツェルの作品を特徴づけるのは、自然界から着想を得た有機的で彫刻的な形態、デンマークデザインとしては異例の大胆な色彩の使用、そして革新的な素材の探求である。

彼女のデザインは流動的で曲線的な形状を特徴とし、人体を抱擁するような造形を持つ。リングチェアの半円形のアームレスト、ハンギングエッグチェアの卵形の彫刻的フォルム、トリニダードチェアの扇形の背もたれはすべて、身体との調和を重視した有機的デザインの例である。光と影の遊びも重要な要素で、トリニダードチェアの透かし彫りは移動する光のパターンを創り出す。

多くのデンマークデザイナーが自然木の色調を好んだのに対し、ディッツェルはターコイズ、ピンク、鮮やかな赤、青、黒と白のコントラストを大胆に採用した。娘のデニーは述懐する:「過去20年間の色彩の欠如は、彼女を間違いなく失望させたでしょう。控えめな白、灰色、ベージュ、黒の色彩パレット——ナナは泣いたでしょう。」

ディッツェルは複数の素材における先駆者だった。デンマークデザイナーの中でも最初期に産業用プラスチックであるファイバーグラスを採用し、伝統的な籐細工を前衛的な家具に変容させ(1959年のハンギングエッグチェア)、実験的なフォームラバーのシーティングランドスケープを創造した。トリニダードチェア(1993)では、最先端のCNC技術を利用し、合板では以前不可能だった複雑な透かし彫りパターンを実現した。

主要代表作品

トリニダードチェア(1993)

最も商業的に成功したデザインであり、フレデリシア社の歴史における転換点となったトリニダードチェアは、カリブ海のトリニダード島の植民地建築に見られるジンジャーブレッド・ファサード(装飾的な透かし彫り)からインスピレーションを得た。最先端のCNCミリング技術を使用して、彼女は合板シェル家具では以前不可能だった精密なレーザーカット・パターンを創造した。この透かし彫りは単なる装飾ではなく、換気、室温の維持、優れた音響特性をもたらす。このデザインは、装飾を排除するというモダニズムの信条に反し、装飾そのものを焦点とした画期的な作品だった。1995年にデンマーク最高のデザイン栄誉ID賞を受賞し、現在もフレデリシア社で生産され続けている。

ハンギングエッグチェア(1959)

アルネ・ヤコブセンがフリッツ・ハンセン社のために有名なエッグチェアをデザインした1年後の1959年、ナナとヨアゲン・ディッツェルは籐バージョンを創作した——洗練されたユーモラスな声明だった。天井から鎖で吊り下げられた卵形の曲面シェルによって、彼らは椅子を一貫した浮遊する形態として実現した。デザインコンセプトは革命的で:シェルとフレームを一つの作品として統合した最初の椅子の一つ。中空のシェルに座ることで、使用者は自分だけの空間に隠れながら外の世界を見ることができ、瞑想的に揺れることができる。現在もシカ・デザイン社によって、屋内版(天然ラタン)と屋外版(アル・ラタン)の両方で生産されている。

ハリングダール テキスタイル(1965)

クヴァドラット社の最初にして最も象徴的なテキスタイルであるハリングダールは、1965年にナナ・ディッツェルが創作し(会社は1968年設立)、「ウール生地の原型」と呼ばれている。この生地の成功は、完璧な素材の組み合わせにある:ウール(70%)が優れた耐久性と柔軟性を提供し、ビスコース(30%)が色彩に輝きと深みを加える。当初58色のカラーウェイで展開され、50年以上にわたってクヴァドラットの最も売れているテキスタイルの一つであり続け、ニューヨークのMoMA、ベルリンの国会議事堂、ビルバオのグッゲンハイム美術館にも採用されている。

ベンチ・フォー・トゥー(1989)

66歳のディッツェルがデザインした「ベンチ・フォー・トゥー」は、ナナ・ディッツェルとフレデリシア・ファーニチャーとの最初の共同プロジェクトで、長く実りある協働の始まりとなった。このベンチはデザインコンペティション用に創作され、ディッツェルの独創的な素材選択——1.5mm厚の飛行機用ベニヤ板——が472の他の提案を抑えて勝利した。翼のような曲面の背もたれには幾何学的なターゲット/レーダーパターンがシルクスクリーン印刷され、座る人を抱擁する。1990年の発表直後、日本の国際家具デザインコンペティションで金賞を受賞した。

功績と業績

ナナ・ディッツェルの60年以上のキャリアは、デンマーク国内外での多数の賞と認知によって特徴づけられている。

1950年
国家ゴールドスミス業界コンペティションで一等賞(ジュエリー)
1951、1954、1957年
ミラノ・トリエンナーレで銀メダル
1956年
ルンニング賞(ヨアゲンと共同)——北欧デザイン界で最も権威ある賞、しばしば「デザイン界のノーベル賞」と呼ばれる
1960年
ミラノ・トリエンナーレで金メダル(ゲオルグ・イェンセンの銀ブレスレットに対して)
1989年
日本旭川国際家具デザインコンペティションで金メダル(「ベンチ・フォー・トゥー」に対して)
1995年
ID賞(デンマーク最高のデザイン栄誉)——トリニダードチェアに対して授与
1995年
ダネブロ勲章——デンマーク市民に授与される最高の栄誉の一つ
1996年
名誉王立デザイナー——ロンドン王立芸術協会
1998年
生涯芸術家助成金——デンマーク芸術財団(文化省)
1999年
トーヴァル・ビンデスベル賞——20世紀デンマークデザインへの多大な影響を認めて
2023年
「ナナ・ディッツェル——デザインを新たな高みへ」——トラフォルト近代美術・デザイン美術館(これまでで最も包括的なディッツェル展、100周年記念)
2025年
「ナナ・ディッツェル:自由への解放」——デンマーク建築センター、コペンハーゲン(1月24日-5月11日、現在開催中)

評価と後世への影響

生前、ナナ・ディッツェルは「デンマークデザインのパンク女性」と評され、年上のデザイナーたちが敢えてしなかった慣習に挑戦した。彼女は素材への実験的アプローチ——ファイバーグラス、フォームラバー、籐、ポリエステル——で知られ、大胆な色彩選択と自然に触発された有機的形態で認識されていた。

皮肉なことに、2005年の死後、ディッツェルは約15年間「ほぼ忘れ去られて」いた。主流メディアとデザインフェアから大部分が不在だったのは、彼女の多大な貢献にもかかわらずである。しかし、2020年頃から重要な再評価が始まった。

トーマス・グラーヴェンセン(フレデリシア社オーナー、2022年)は述べる:「彼女はデンマークのトップ5デザイナーの一人だと思います。彼女はビッグマスターたちと並んでいます」そして「ハンス・J・ヴェグナー、アルネ・ヤコブセン、ヴェルナー・パントンなどのデンマークデザインのアイコンと並んで数えられるに値します。」

アナス・ビリエル(クヴァドラットCEO、2022年)は語る:「彼女は忘れ去られていたと結論せざるを得ません。おそらく彼女が女性だったからです」そして彼女を「ヴェルナー・パントンと並んで1960年代の最も重要なカラーリストの一人」と呼んだ。

ナナ・ディッツェルは戦後デンマーク・モダン運動を創造した世代の主要メンバーだった。彼女の革新的な貢献には、素材革新(ファイバーグラス、フォームラバー、ポリエステル、籐のパイオニア)、空間コンセプト(革命的な「ステアスケープ」コンセプト)、色彩理論(デンマークデザインが自然木のトーンを好む中での大胆な色彩使用)、身体中心のデザイン(快適でリラックスした座位が創造的思考を促進するという哲学)が含まれる。

ディッツェルの作品は21世紀の関心事項に直接語りかけている。デザインの長寿が持続可能な思考を証明し、モジュール式で適応可能な家具は柔軟な生活空間への現在のニーズに関連し、身体に焦点を当てたデザイン哲学は現代のアクセシビリティへの懸念に対応している。トラフォルト美術館のキュレーター、ペルニラ・ストックマーは述べる:「ディッツェルの柔軟で革新的なソリューションは、今日の建築家やデザイナーに革新的で持続可能に考えるよう、柔軟性、適応性、長期的ソリューションを重要な要素として触発し続けることができます。」

作品一覧

椅子・ソファ

年月 区分 作品名 ブランド
1949年 ソファ 2人掛けソファ Knud Willadsen
1951年 椅子 マダム・チェア Robert W. / 現Sika Design
1951年 シェーズロング シェーズロング Knud Willadsen
1953年 椅子 モデル113 アームチェア Poul Kold Savværk
1953年 椅子 ディッツェル・ラウンジチェア(Model 2631) Fredericia Furniture
1953年 椅子 ND83 ラウンジチェア Søren Willadsen
1958年 椅子 リングチェア(ソーセージチェア) Kold Savværk / 現GETAMA
1958年 椅子 バドミントンチェア(Model ND150) Kold Savværk
1959年 椅子 ハンギングエッグチェア R. Wengler / 現Sika Design
1961年 椅子 チル・ラウンジチェア(Model ND-20) Robert W. / 現Sika Design
1962年 椅子 ラナ・ラウンジチェア Robert W. / 現Sika Design
1962年 椅子 チャコニアチェア Fredericia(2023年限定生産100個)
1969年 椅子 ナニー・ロッキングチェア Sika Design(2013年初生産)
1983年 椅子 アーケード・チェア Brdr. Krüger(2020年初生産)
1989年 ベンチ ベンチ・フォー・トゥー Fredericia Furniture
1990年 椅子 バタフライチェア Fredericia Furniture
1993年 椅子 トリニダードチェア(Model 3398) Fredericia Furniture
1996年 椅子 シーシェルチェア PP Furniture
1998年 スツール トリニダード・バースツール Fredericia Furniture
1998年 椅子 テンポチェア Fredericia Furniture

テーブル・デスク

年月 区分 作品名 ブランド
1950年代 テーブル 取り外し可能トレイ付きティーテーブル 不明
1950年代 テーブル モデル148 テーブル Kold Savværk
1955年 デスク ND93 デスク Søren Willadsen
1955年 テーブル オーシャン・テーブル Mater(2019年リサイクル海洋プラスチックで再発行)
1993年 テーブル トバゴ・テーブル Fredericia Furniture

子供用家具

年月 区分 作品名 ブランド
1954-55年 子供用椅子 高椅子(Model ND54) Kold Savværk / 現Carl Hansen & Søn
1962年 子供用家具 トリッセ/トードストゥール Kold Savværk / 現Snedkergaarden
1963-64年 子供用ベッド ルル・クレードル Kold Savværk / 現Brdr. Krüger

テキスタイル

年月 区分 作品名 ブランド
1964-65年 テキスタイル ハリングダール65 Kvadrat
1987-90年代 テキスタイル IC3列車内装テキスタイル デンマーク鉄道

ジュエリー

年月 区分 作品名 ブランド
1954-2005年 ジュエリー 150点以上のデザイン Georg Jensen
1956年 ジュエリー ブローチ#326 Georg Jensen
1960年頃 ジュエリー 「アイ」バングル Georg Jensen

Reference

Fredericia Furniture - Nanna Ditzel
https://www.fredericia.com/designers/nanna-ditzel
Kvadrat - Hallingdal 65
https://www.kvadrat.dk/en/products/upholstery/1268-hallingdal-65
Sika Design - Nanna Ditzel Collection
https://www.sika-design.com/designers/nanna-ditzel
GETAMA - Nanna Ditzel
https://www.getama.com/designers/nanna-ditzel
Trapholt Museum - Nanna Ditzel Exhibitions
https://www.trapholt.dk/en/
Danish Architecture Center - Nanna Ditzel: Setting Thought Free
https://dac.dk
Designmuseum Danmark - Nanna Ditzel Collection
https://designmuseum.dk/en/
Nanna Ditzel Design - Official Estate
https://www.nanna-ditzel-design.dk/