概要
ジオ・ポンティ(1891-1979)は、イタリアの建築家・デザイナー・編集者である。陶磁器、ガラス、家具、照明、船舶内装から高層建築までを同じ設計対象として扱い、六十年にわたって仕事を続けた。1928年に創刊した雑誌『ドムス』の編集を通じて、イタリアの生産とデザインを国際的に紹介する場をつくった。1957年のスーペルレッジェーラは、リグーリア地方の伝統的な椅子の構成を量産に置き換えた例として知られ、現在もカッシーナが生産している。
バイオグラフィー
1891年11月18日、ミラノに生まれた。本名ジョヴァンニ・ポンティ。ミラノ工科大学で建築を学んだが第一次世界大戦で学業が中断し、1916年から1918年まで工兵将校として従軍している。復学後、1921年に建築の学位を得た。
1923年からフィレンツェ近郊セスト・フィオレンティーノのリチャード・ジノリの芸術監督を務め、1930年まで陶磁器の製品構成を全面的に組み替えた。同社の出品は1925年のパリ装飾美術博覧会でグランプリを受けている。
1927年から1933年まではエミリオ・ランチャ、ミノ・フィオッキと共同で設計事務所を運営し、1933年からはアントニオ・フォルナローリ、エウジェニオ・ソンチーニと組んだ。1952年からはフォルナローリとアルベルト・ロッセリを加えた体制で、ピレリタワーをはじめとする戦後の主要な仕事にあたっている。
1928年に『ドムス』を創刊し、以後ほぼ生涯にわたって編集を担った。1941年にいったん離れて『スティレ』を創刊し、1948年に『ドムス』へ戻っている。1936年から1961年まではミラノ工科大学の建築学部で教授を務めた。1954年には、アルベルト・ロッセリとともにイタリアの工業デザイン賞コンパッソ・ドーロの創設に関わっている。1979年9月16日、ミラノで没した。
デザインの思想と方法
ポンティは、機能から形が一義的に決まるという考え方を採らなかった。同じ機能を満たす形は複数あり、そのうちどれを選ぶかは、生産の条件と、その物が置かれる生活の側から決まる。彼が陶磁器から高層建築まで扱いながら一貫していたのは、この選択の理由を毎回引き受ける姿勢である。
伝統的な型から重量を抜く
ポンティの家具設計には、既存の椅子の型を出発点にして、そこから材料と部材の断面を削っていく進め方が繰り返し現れる。1951年のレッジェーラと1957年のスーペルレッジェーラは、リグーリア地方キアヴァリの軽量な椅子を下敷きに、脚の断面を三角形にして必要な強度を確保しながら重量を減らしたものである。形を新しく発明するのではなく、成立している型の余分を取り除くという手順にあたる。
閉じた形としての建築
高層建築では、無限に伸びうる直方体ではなく、両端がすぼまる有限の平面を用いた。ピレリタワーの紡錘形の平面は、構造設計を担ったピエール・ルイジ・ネルヴィとアルトゥーロ・ダヌッソによる構造体の配置と対応しており、意匠上の選択であると同時に構造の帰結でもある。外装と構造を分離したことで、高層でありながら壁面を薄く見せることが可能になった。
面を分割して光を受ける
後年の建築では、外壁を小さな面に分割し、光の当たり方に差をつける手法が目立つ。デンバー美術館では、多面体状に折られた外壁に多数のガラスタイルを貼り、時刻によって面ごとに輝きが変わる構成をとった。同じ操作は陶磁器の釉薬や、床のタイル割りにも見られる。単一の大きな面を避け、細かい単位の反復で全体をつくるという点で共通している。
編集という仕事
『ドムス』の編集は、彼の設計と切り離せない。誌面ではイタリア国内の生産現場と、国外のモダニズムの動向を並べて扱った。設計者・製造者・読者のあいだに共通の参照点をつくる仕事であり、戦後にイタリアの家具・照明産業が国際的な市場を得ていく過程を支えた。設計と流通の両方に関わったことが、彼の製品の作られ方にも影響している。
カッシーナの歴史や他の製品について詳しくはカッシーナ ブランドページをご覧ください。
代表作にみる方法
レッジェーラ 646(1951年)
キアヴァリの伝統的な軽量椅子を下敷きに、部材を細く整理した椅子である。座枠と脚の接合部を最小限にとどめ、座面には籐を用いた。この時点ですでに軽さは実現していたが、ポンティはさらに断面を詰める作業を続け、六年後のスーペルレッジェーラに至る。同じ主題を二段階で解いた記録として読める。→レッジェーラ 646
スーペルレッジェーラ 699(1957年)
レッジェーラの構成を保ったまま、脚の断面を三角形とし、幅を詰めた椅子である。断面形状を変えることで、材料を減らしても曲げに対する強度を落とさずに済む。軽さは目的ではなく、部材の断面をどこまで詰められるかという検討の結果として現れている。カッシーナが1957年から生産を続けている。→スーペルレッジェーラ 699
ピレリタワー(1956-1960年)
ミラノ中央駅前に建つ32階建ての事務所建築で、高さは約127メートル。平面は両端がすぼまる紡錘形をとり、直方体の高層建築とは異なる輪郭をもつ。構造は中央部に集約され、外装はそこから独立したカーテンウォールとした。構造と外装の分離という近代建築の原則を用いながら、平面形を閉じた図形にすることで、伸長する箱とは別の見え方を与えている。
ヴィラ・プランシャール(1953-1957年、カラカス)
美術収集家夫妻のための住宅で、菱形の平面をもつ。建築、内装、家具、食器までを一括して設計しており、彼の総合的な仕事の代表例とされる。二層分の高さを使った吹き抜けと、壁面の開口の配置によって、熱帯の強い光を室内で段階的に落としている。
デンバー美術館(1971年)
ポンティが北米で完成させた唯一の建築で、地元の設計事務所との協働による。外壁を多面体状に折り、ガラスタイルを貼ることで、面ごとに異なる反射を得ている。窓を絞った閉じた外観は、作品を保護するという美術館の要求から導かれたもので、面の分割という彼の手法が最も大きな規模で使われた例にあたる。
評価と影響
ポンティは一般に、戦後イタリアのデザインが国際的な位置を得る過程で中心的な役割を果たした人物と評価されている。設計者としての仕事と、『ドムス』の編集者としての仕事の双方が挙げられることが多い。
ミラノ工科大学で1936年から1961年まで教え、この間にアルド・ロッシやアキッレ・カスティリオーニらが在籍している。1954年のコンパッソ・ドーロ創設への関与や、ミラノ・トリエンナーレへの継続的な参加も、産業と設計を結ぶ制度づくりの一環として言及される。
製品では、カッシーナ、フォンタナアルテ、モルテーニなどが現在も彼の設計を生産している。ピレリタワーとデンバー美術館はいずれも近年に修復を経ており、建築の側でも再検討が進んでいる。
受賞・収蔵
受賞
- 1925年 パリ装飾美術博覧会 グランプリ(リチャード・ジノリの出品に対して)
- 1934年 ヴァーサ勲章コマンダー(スウェーデン)
- 1968年 ロイヤル・カレッジ・オブ・アート 名誉博士号
- パリ建築アカデミー 金メダル
収蔵
ニューヨーク近代美術館(MoMA)に以下の収蔵が確認できる。
- レッジェーラ サイドチェア(モデル646、1951年) 収蔵番号 596.1953
- スーペルレッジェーラ チェア(モデル699、1957年) 収蔵番号 172.2026
- タンブラー(1953-54年) 収蔵番号 468.1956.1-3
作品一覧
| 発表年 | 区分 | 作品名 | ブランド / 場所 |
|---|---|---|---|
| 1923-1930年 | 陶磁器 | リチャード・ジノリの製品群 | Richard Ginori |
| 1928年 | 出版 | 『ドムス』創刊 | Editoriale Domus |
| 1931年 | 照明 | ビリア テーブルランプ | Fontana Arte |
| 1934年 | 建築 | ローマ大学 数学研究所 | ローマ、イタリア |
| 1936年 | 建築 | モンテカティーニ第1本社 | ミラノ、イタリア |
| 1946-1949年 | ガラス | ムラーノガラスの器 | Venini |
| 1948年 | プロダクト | ラ・コルヌータ(エスプレッソマシン) | La Pavoni |
| 1950年 | 船舶内装 | アンドレア・ドーリア/ジュリオ・チェーザレ | Italia di Navigazione |
| 1951年 | 椅子 | レッジェーラ 646 | Cassina |
| 1953年 | 椅子 | D.154.2 アームチェア | Molteni&C |
| 1953年 | アームチェア | 807 ディステックス | Cassina |
| 1953-1957年 | 建築 | ヴィラ・プランシャール | カラカス、ベネズエラ |
| 1954年 | 椅子 | 803 アームチェア | Cassina |
| 1955年 | デスク | D.859.1 デスク | Molteni&C |
| 1956年 | 建築 | ホテル・パルコ・デイ・プリンチピ | ローマ、イタリア |
| 1956-1960年 | 建築 | ピレリタワー | ミラノ、イタリア |
| 1957年 | 椅子 | スーペルレッジェーラ 699 | Cassina |
| 1961-1964年 | 建築 | サン・フランチェスコ・アル・フォッポニーノ教会 | ミラノ、イタリア |
| 1962年 | 建築 | ホテル・パルコ・デイ・プリンチピ | ソレント、イタリア |
| 1963-1971年 | 建築 | ターラント大聖堂 | ターラント、イタリア |
| 1964-1968年 | 建築 | ビーイェンコルフ百貨店 | アイントホーフェン、オランダ |
| 1967年 | 照明 | ファト ランプ | Artemide |
| 1971年 | 建築 | デンバー美術館 | デンバー、アメリカ |
| テーブル | D.555.1 テーブル | Molteni&C | |
| 収納 | D.357.1 ブックケース | Molteni&C | |
| 収納 | トゥルモー アーキテットゥーラ | Molteni&C |
プロフィール
| 生没年 | 1891年11月18日〜1979年9月16日 |
|---|---|
| 出身地 | イタリア・ミラノ |
| 国籍 | イタリア |
| 活動拠点 | ミラノ |
| 分野 | 建築、家具、照明、陶磁器、ガラス、出版 |
| 主な協働ブランド | Cassina、Molteni&C、Richard Ginori、Fontana Arte、Venini、Artemide |
Reference
- Gio Ponti: Biography | Cassina
- https://www.cassina.com/ww/en/maestri/gio-ponti.html
- Gio Ponti | Domus
- https://www.domusweb.it/en/biographies/gio-ponti.html
- Gio Ponti | Britannica
- https://www.britannica.com/biography/Gio-Ponti
- Gio Ponti and Pirelli | Fondazione Pirelli
- https://www.fondazionepirelli.org/en/historical-archive/gio-ponti-and-pirelli-the-story-of-a-skyscraper/
- 699 Superleggera | Cassina
- https://www.cassina.com/ww/en/products/superleggera.html
- 50 Years of Gio Ponti's Martin Building | Denver Art Museum
- https://www.denverartmuseum.org/en/blog/50-years-gio-pontis-martin-building
- The Museum of Modern Art Collection
- https://www.moma.org/collection/works/2325